さてと、初詣に来た以上、やはり最初にすべきはお参りでしょう。


 そんなわけで、さっそくみんなと突撃開始。
 この人混みを乗り越えないと、肝心の境内に行けないからね。

 でもあまりの混雑ぶりに、さっそくみんなバラバラになっちゃった。
 まあ、そうした時のための待ち合わせ場所は、事前にちゃんと決めてあるからいいんだけど。
 この中で10人まとまっての行動は、最初から無理だと思ってたからね。
 人混みの中でもまれてる今、その考えが正しかったことが、よーくわかるわ。


 それにしても、本当にすごい人。
 でもって、すごい圧迫感。
 前後左右から、これでもかってくらい強い力で押されて、とんでもないったら。


 でも、何でみんな、こんなにも周囲の人を押すんだろう?

 前に進んでるわけだから、後ろから押されるのは、まあわかるのよ。
 で、前から押されるのも、後ろから押した反動だと思えばしょうがない。

 けど、左右から押されるのは何で? それがわからない。
 せめて両側からの圧力がなければ、これだけの人の中でも、まだ楽なのに。
 おかげで、めちゃくちゃ苦しいっての。


 そんなことを心の中でぼやきつつ、わたしは周囲の人たちと押し合いへし合いしながら、スローペースで進んでいく。でもほとんど進まないから、どっちかっていうと、立ち往生してる感じだけど。

 そんなわけで、真冬にも関わらず熱気に溢れる人々の中で、ただただボーッとするしかないわたし。

 こういう時に、暇がつぶせる相手がいないのはつまんないなあ。
 近くに誰かいないかと、首を巡らせてみるけれど、この人混みじゃ満足に見回せない上、見える範囲には見知った姿が1人もない。

 しょうがない。無事お参りを終えるまで、1人でおとなしくしてるか。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 どれくらい時間がたったろう。

 そう思い、腕時計で時間を確認してみる。
 けど、みんなとはぐれてから、まだ数分程度しかたってない。
 もう、かなりの時間、こうしてる気がするんだけど……。
 まあ、やることもなくただ待ってるだけじゃ、時間の流れも遅く感じて当然か。
 しかも、大して進んでないし。でもそのわりに、なぜか押されるし。


 ほんとさー、後ろにいる人たちって、何でこんなにも押してくるわけ?
 早く進みたいのはわかるけど、前の人が動かない以上、どうやったって全体は動かないのよ。
 だから今は、真ん中にいる人間のことを考えて、おとなしくしてろっての。

 でも、後ろの動きが治まったかと思えば、今度は右から押されるしー。
 中途半端にグラグラ揺らされると、気持ち悪くなるんだから、本当にやめてよね。


 ……っていうか……。
 実はわたし、すでにだいぶ気持ち悪かったりする。


 できるだけそのことを考えないよう、他のことに気を向けようとして頑張ってたんだけど、どうやらさすがに無理っぽい。
 断言する。わたしは今ヤバイ。ヤバすぎる。

 吐きそうとか、そういうのじゃないんだけど、でも気持ち悪い。
 歩くのもつらいくらい。
 そのせいか、立ってるのもだんだん苦しくなってきた。


 でも、そんな時に限って、今まで何の変化もなかった人波が、緩やかに動き始めるんだからたまらない。


 こうした間の悪い出来事に気落ちしたこともあって、思わずここで、足を止めてしまったわたし。
 そんなわたしを、周囲の人たちは迷惑そうに避けていく。
 いや、迷惑そうじゃなくて、これは明らかに迷惑なんだけど。

 でも、迷惑なのがわかったって、こればっかりはどうしようもない。
 しかも動きを止めたことで、それまで胸の辺りだけでわだかまっていた気持ち悪さが、全身に広がったような気さえした。つまりは、よりいっそう気持ち悪くなったということで。

 何とか気合いで乗り切ろうと踏ん張ったんだけど、最終的にはあまりの具合の悪さに、たまらずそのまましゃがみこみそうになった。
 こんな人混みの中でそんなことをしようものなら、踏みつけられても文句は言えない。

 踏まれたら痛いだろうなー。
 ぼんやり思ってる間にも、徐々に膝から力が抜けていく。


 そして、完全に沈み込みそうになった時――強い力でもって、いきなり真上に引き上げられた。


「何をしてるんだ、おまえは」


 それは、怒ったような驚いたような、手塚部長の声。


 ……って、部長? 何だ、意外と近くにいたんですね。
 何をしてるって……今まさに、倒れようとしてるところです。
 今は声を出すのも億劫なんで、きちんと説明できませんが。


 そんな、何も言わないわたしを不審に思ったか、何気なくこちらの顔をのぞき込んできた部長の顔に、驚きが走る。


「出るぞ」


 ……どうやらこのお方にヤバイと思われるほど、顔色からして、わたしはヤバかったみたいです。
 こうして手塚部長の手を借りて、急遽わたしは、戦線離脱することになったのでした。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 これだけの人たちの中を、進行方向と逆に進んでいくのは、やはり一苦労だった。
 まあ苦労したのは、ふらつくわたしを支えながらそれをこなした、手塚部長の方だけど。

 そして無事人混みを抜け、軽く一息ついてたら、わたしたちの方に駆け寄ってくる人影が目にとまった。


「何かあったのか、手塚、ちゃん。いきなり抜け出したりして」


 何と、それは河村先輩。
 どうやら先輩も、わりと近くにいたみたい。
 何だ、わたしが探しきれなかっただけで、結構近くに固まってたんだね。

 そんな河村先輩は、流れに逆らって外に出るわたしたちに気がついた上、変に思って、わざわざ来てくれたみたいだった。
 そして顔色の悪いわたしを見て、先程の部長同様、ぎょっとする。


「ちょっ……だ、大丈夫、ちゃん!?」
「ええ、まあ……」
「嘘つけ。倒れ込む寸前だったじゃないか」
「まあまあ、手塚。確かあっちの方にベンチがあったから、そこでしばらく休まないか?」


 言って河村先輩が指差すのは、参道の脇。
 そこには自販機が3つほどあって、買ったものを飲みながら休憩できるよう、ベンチもいくつか備えつけてあるところだった。

 幸い、今が参拝のピークということもあって、ベンチは比較的すいている。
 そこまで行けば、ひとまずわたしは、休息をとることができる――はずだった。

 でも人生には、意外な出来事が付き物なわけで。


「本当は、横になれればいいんだが」
「いえ、とりあえず座れれ――ばっ!?」


 何と部長は、わたしをベンチに座らせると、同じく隣に座った自分の方へと、いきなりわたしの上半身全体を傾けさせたのです。


 ち、ちょっと待って。
 これは……この体勢はっ!
 ひ、ひひひ、膝枕というヤツではっ!!!!!



「#☆■@※*▼◎◇●!?!?!?」



 こ、言葉になりません、隊長!(軽く錯乱中)
 だって、天下の手塚国光が、わたしごときを膝枕って……こんなこと、この世にあっていいんでしょうか!
 見てる河村先輩も、これにはビックリした様子。っていうか、わたしが一番ビックリよ。


「ちょっ……ぶ、ぶちょっ」


 ああ、声がうまく出てくれない。
 顔色も表情も、激しく変動してる気がする。
 ただでさえ体調が芳しくないのに、さらにそこへ、動悸・息切れ・めまいの嵐が!

 そんなふうに、明らかにわたしがおかしくなってきたので、見かねた河村先輩が助け船を出してくれた。


「て、手塚。もしかしたら起きてる方が、ちゃんは楽かもしれないよ。ねっ?」


 その言葉に必死でうなずくわたし。


「そうか? なら、そうしよう」


 その言葉にホッとしたのも束の間、今度は起き上がるや否や、部長の肩にもたれさせられる。
 わたしを支えるために、肩に手を回して。そう、次は部長に肩を抱かれてしまった。

 これはこれで緊張するんだけど、さっきの膝枕のインパクトに比べれば軽いもの。
 緊張感が消えたぶん、確かに楽になりました。
 ……って、結局は、最初の状態に戻っただけなんだけど。


 でも、明らかにホッとした様子のわたしに、さすがに河村先輩は苦笑していた。
 そりゃね、部長の行動が、わたしの身体を気遣ってくれてのことなのはわかるわよ。けど、だからっていきなり膝枕はないでしょ。
 あの人は、自分がいかにいい男か自覚してないんだから、かえってタチが悪いわ。……まあ、いい経験をさせてもらったけどね。


 そして、この突拍子もない出来事で気が紛れたおかげで、気分の悪さが、ちょっとだけ吹き飛んでくれた。まだまだ具合は悪いけど、この様子ならじきに治まりそうだ。

 でも、未だ顔色の冴えないわたしに、河村先輩がふとこう言った。


「そういえば、ちゃん、ここに来た時から調子悪そうだったよね」


 あー、確か人混みを見て圧倒されてた時に、そんなこと言われたような……。


「いや、あの時はそうでもなかったですよ。でも、人の中に入ったら、自分でも驚くほどガタガタになっちゃって……」
「なら、貧血かな?」
「でも、今は生理じゃないし、貧血ってことはないと思います」
「!! い、いや、俺はそういうことを言ったわけじゃなくて……」


 いきなり真っ赤になって、おたおたする河村先輩。

 そ、そんなにうろたえなくても……。かえって、こっちまで恥ずかしくなるじゃないですか。
 だって、貧血なんてそうそう起こさない人間としては、そういう可能性があるのは血が足りない時、つまり生理時しか思い浮かばないんだもん。


「……はもう少し、言葉の選び方を学べ」


 手塚部長まで、眉間に皺を寄せてそんなことを言う。

 とはいえ、この場合は選びようが……。生理なんて「アレ」としか形容しようがないし、しかも「アレ」って言ったとしても、この2人にはわかってもらえないような気がするし……。
 それにそもそも、これは貧血とはちょっと違うと思うのね。


「うーん……。人混みに酔っ……た、のかな?」


 疑問系なのはしょうがない。だってちゃんとした理由なんて、自分でもわかんないんだもん。
 ただ、人混みの中で、身体が圧迫されたのが影響してる可能性はあるかもしれない。
 それで呼吸もしづらくて……って、酸素欠乏症?

 それ以外の他の可能性っていったら……うーん、何かあるかな?
 それを考えて頭を悩ませていたら、突如、馴染みのある声が。


「あれっ、部長にタカさんに? こんなとこでどうしたんすか?」


 顔を上げれば、そこにいるのはなぜか桃。


 それでふと思い立ち、腕時計を見る。
 自分のことでバタバタしてて気づかなかったけど、みんながバラバラになってから、すでに15分が経過していた。

 しかもここは、事前に決めた、待ち合わせ場所への通り道でもある。
 つまり必然的に、お参りを終えた者から順に、ここを訪れることになるわけで。


「早いな、桃。一番だぞ」


 そう、つまりはあの人混みを突破して、お参りを終えたということ。
 気分の悪さですっかり忘れていたけど……2人の先輩は、わたしにつき合ったせいで、お参りしそびれちゃったんだ。せっかくの初詣なのに、それってあんまりだと思う。


「手塚部長、河村先輩、わたしもう大丈夫なんで、今からお参り行ってきてください」


 でも、そう言ったものの、先輩2人は「今からか?」と表情で訊ねてくる。

 う……。や、やっぱり今からじゃ遅いかな。
 桃がここにいるってことは、これから続々と、みんなもここに来るわけだし。
 けど、ただ1人事情を知らない桃だけが、この微妙な空気を悟れない。


どうかしたんスか?」
「ああ。具合が悪くなって倒れかけたんだ」
「へー。おまえ、意外に軟弱なんだなあ」
「うるさい! 繊細なわたしを、野蛮人のあんたと一緒にするな」
「た、確かに、もう大丈夫そうだね」


 まあ、100%とは言い難いけど、おおむね大丈夫。
 こうして復活の道を歩めるのも、手塚部長と河村先輩がいてくれたおかげね。
 だから、その先輩たちの初詣が、わたしのせいで台なしになるなんて、あまりに申し訳なさすぎるのよ。

 そうした理由もあって、一向に引こうとしないわたし。
 すると、そのことを感じ取ったのか、ついには桃がこう言ってくれた。


もこう言ってることだし、行ってきたらどうっすか? 後は俺がついてますんで」
「でも、そろそろみんな戻ってくる頃だろ?」
「いや、まだしばらくかかると思いますよ。俺は目の前の人たちを、片っ端からかき分けて、ダッシュで進んできたから早かったけど」


 うわ、何て傍迷惑なことを。

 しかも今ので、ようやく左右から押される謎が解けた。
 すべては、あんたみたいに、変なとこから無理やり入り込む奴のせいだったのよ。
 つまりわたしは、その余波を受けて、四方八方から押されることになったんだ。
 で、挙句に部長たちに、迷惑かけることになっちゃったのよ。


「な、何で睨んでんだよ、
「……別に」


 今さら言ってもしょうがないから、言わないけどさ。
 でも、言いたいことはいろいろあるんだから。

 それより、問題は部長たちよ。
 そりゃ無理にとは言わないけど、でも、できるならお参りしてきてほしい。
 さすがにわたしはダメっぽいから、わたしのぶんも一緒に。

 そう言ったら、部長たちも断りきれなくなったみたいで、最終的には、渋々参拝への道に戻っていった。
 うーん、こういう言い方は反則だったかなあ? でも、めったにない、わたしからのしおらしいお願いなんだから、きいてくれたっていいわよね。

 で、先輩たちを無事見送って、ホッと一息ついてたら、


「ほらよ」
「へ?」


 言って、隣に座る桃が、いつの間に買ってきたのか、紅茶の缶を差し出してくれた。
 もしかして……くれるの?


「珍しく優しいじゃん」
「ん? 臨時収入があったからな」


 それを受け取ると、やたら機嫌よさげに、自分用に買ってきたコーヒーを飲み始める桃。


「臨時収入?」
「いやー、こういうことってあるもんなんだなー」


 言って、首の後ろ辺りを指し示す桃。

 のぞき込んでみるものの、特に変わったものは見当たらない。
 強いて言うなら、今日の桃はパーカーを着てるから、そこにあるのは当然フードだけで。

 でも、そのフードが何なわけ?
 そういう顔で見ていたら、桃がさらに説明を加えた。


「近くまで行くのがめんどくさいのか、やたら遠くから賽銭投げる奴が、結構いたんだよ。けどさ、そういうのって、ほとんど賽銭箱まで届かねえわけ」
「じゃあ、そのまま地面にまっさかさまってこと?」
「ところが、意外と落ちねえんだな、これが」


 ?????
 落ちないなら、その賽銭はどこにいくわけよ。

 で、しばし考える。

 満面の笑みの桃。
 自慢げに指し示すフード。
 いや、フードっていうか……その中?

 中???

 そこで何かひっかかって、桃を見れば、奴はそりゃもうにこやかに、


「しめて397円也。だから、おまえにもお裾分け」


 そして桃が、握りしめていた手のひらを開くと、そこには小銭がジャラジャラと。

 はっ!
 もしかしてもしかすると、それってば……賽銭!?


「知らないうちに、結構フードに入ってたみたいでさ。で、こっちに向かって歩いてる時、やたら襟首の辺りがジャラジャラうるさいと思って見てみたら、この通りよ」


 マ、マジで?
 へー、そういうことってあるもんなのね。で、臨時収入か……。

 まあ、これは不可抗力だから、賽銭泥棒ってことにはならないわよね。
 だからって、堂々ともらっていいものかどうかは疑問だけど。

 ――でも……ねえ、ちょっと待って。


「あ、あのさ、桃。じゃあ、まさかこの紅茶……」


 驚いて、もらったばかりの紅茶を見る。

 だって臨時収入で買ってくれたってことは、ようするに……もとになるお金が賽銭だってことよね。
 けど、すでに桃は一緒に買ったコーヒーを、すっかり飲み干したところで、


「まあまあ。どのみちおまえ、今日はお参り無理だろ。これは、そんなおまえをかわいそうに思った、神様からの差し入れってことでさ」


 んー……いいのかな?
 そういうことなら、ありがたく受け取るけど。

 それに、桃がわたしを気遣って何かしてくれるなんて、そうそうあることじゃないもんね。
 よしっ、なら、せっかくだからもらっちゃおう。


「わかった、ありがと」


 だいぶ体調も持ち直して、元気になったわたしは、遠慮なくそれをいただいた。


 今日の初詣は、いきなりとんでもないアクシデントに見舞われて落ち込んだけど、みんなの優しさに触れられて、ちょっとだけ嬉しかった。

 でも帰り道で、何の前触れもなくいきなりすっ転んだ桃を見た時は、やっぱ賽銭をくすねちゃいけねーな、いけねーよと思ったわ。神様はちゃんと見てるもんなのね。

 けど、そうやって他人事のように見ていたら、次の瞬間、わたしまですっ転んだ。
 そ、そうか。あの紅茶をもらった以上、わたしも共犯なんだ。

 そんなわけで桃と2人、神社に向かってごめんなさいと頭を下げたところで、今年の初詣は幕を降ろしたのでした。


 ほんと、わたしってば、何しにここに来たんだか……。

−END−

+------------------------------------------------------------+

 分岐3は、手塚・河村・桃城で、お参り断念編。

 人の多い場所って、慣れてないと、それだけで思わぬダメージを受けますよね。

+------------------------------------------------------------+

2004.02.23

back