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さてと、初詣に来た以上、やはり最初にすべきはお参りでしょう。 そんなわけで、さっそくみんなと突撃開始。 この人混みを乗り越えないと、肝心の境内に行けないからね。 でもあまりの混雑ぶりに、さっそくみんなバラバラになっちゃった。 まあ、そうした時のための待ち合わせ場所は、事前にちゃんと決めてあるからいいんだけど。 この中で10人まとまっての行動は、最初から無理だと思ってたからね。 人混みの中でもまれてる今、その考えが正しかったことが、よーくわかるわ。 それにしても、本当にすごい人。 でもって、すごい圧迫感。 前後左右から、これでもかってくらい強い力で押されて、とんでもないったら。 でも、何でみんな、こんなにも周囲の人を押すんだろう? 前に進んでるわけだから、後ろから押されるのは、まあわかるのよ。 で、前から押されるのも、後ろから押した反動だと思えばしょうがない。 けど、左右から押されるのは何で? それがわからない。 せめて両側からの圧力がなければ、これだけの人の中でも、まだ楽なのに。 おかげで、めちゃくちゃ苦しいっての。 そんなことを心の中でぼやきつつ、わたしは周囲の人たちと押し合いへし合いしながら、スローペースで進んでいく。でもほとんど進まないから、どっちかっていうと、立ち往生してる感じだけど。 そんなわけで、真冬にも関わらず熱気に溢れる人々の中で、ただただボーッとするしかないわたし。 こういう時に、暇がつぶせる相手がいないのはつまんないなあ。 近くに誰かいないかと、首を巡らせてみるけれど、この人混みじゃ満足に見回せない上、見える範囲には見知った姿が1人もない。 しょうがない。無事お参りを終えるまで、1人でおとなしくしてるか。 どれくらい時間がたったろう。 そう思い、腕時計で時間を確認してみる。 けど、みんなとはぐれてから、まだ数分程度しかたってない。 もう、かなりの時間、こうしてる気がするんだけど……。 まあ、やることもなくただ待ってるだけじゃ、時間の流れも遅く感じて当然か。 しかも、大して進んでないし。でもそのわりに、なぜか押されるし。 ほんとさー、後ろにいる人たちって、何でこんなにも押してくるわけ? 早く進みたいのはわかるけど、前の人が動かない以上、どうやったって全体は動かないのよ。 だから今は、真ん中にいる人間のことを考えて、おとなしくしてろっての。 でも、後ろの動きが治まったかと思えば、今度は右から押されるしー。 中途半端にグラグラ揺らされると、気持ち悪くなるんだから、本当にやめてよね。 ……っていうか……。 実はわたし、すでにだいぶ気持ち悪かったりする。 できるだけそのことを考えないよう、他のことに気を向けようとして頑張ってたんだけど、どうやらさすがに無理っぽい。 断言する。わたしは今ヤバイ。ヤバすぎる。 吐きそうとか、そういうのじゃないんだけど、でも気持ち悪い。 歩くのもつらいくらい。 そのせいか、立ってるのもだんだん苦しくなってきた。 でも、そんな時に限って、今まで何の変化もなかった人波が、緩やかに動き始めるんだからたまらない。 こうした間の悪い出来事に気落ちしたこともあって、思わずここで、足を止めてしまったわたし。 そんなわたしを、周囲の人たちは迷惑そうに避けていく。 いや、迷惑そうじゃなくて、これは明らかに迷惑なんだけど。 でも、迷惑なのがわかったって、こればっかりはどうしようもない。 しかも動きを止めたことで、それまで胸の辺りだけでわだかまっていた気持ち悪さが、全身に広がったような気さえした。つまりは、よりいっそう気持ち悪くなったということで。 何とか気合いで乗り切ろうと踏ん張ったんだけど、最終的にはあまりの具合の悪さに、たまらずそのまましゃがみこみそうになった。 こんな人混みの中でそんなことをしようものなら、踏みつけられても文句は言えない。 踏まれたら痛いだろうなー。 ぼんやり思ってる間にも、徐々に膝から力が抜けていく。 そして、完全に沈み込みそうになった時――強い力でもって、いきなり真上に引き上げられた。 「何をしてるんだ、おまえは」 それは、怒ったような驚いたような、手塚部長の声。 ……って、部長? 何だ、意外と近くにいたんですね。 何をしてるって……今まさに、倒れようとしてるところです。 今は声を出すのも億劫なんで、きちんと説明できませんが。 そんな、何も言わないわたしを不審に思ったか、何気なくこちらの顔をのぞき込んできた部長の顔に、驚きが走る。 「出るぞ」 ……どうやらこのお方にヤバイと思われるほど、顔色からして、わたしはヤバかったみたいです。 こうして手塚部長の手を借りて、急遽わたしは、戦線離脱することになったのでした。 これだけの人たちの中を、進行方向と逆に進んでいくのは、やはり一苦労だった。 まあ苦労したのは、ふらつくわたしを支えながらそれをこなした、手塚部長の方だけど。 そして無事人混みを抜け、軽く一息ついてたら、わたしたちの方に駆け寄ってくる人影が目にとまった。 「何かあったのか、手塚、ちゃん。いきなり抜け出したりして」 何と、それは河村先輩。 どうやら先輩も、わりと近くにいたみたい。 何だ、わたしが探しきれなかっただけで、結構近くに固まってたんだね。 そんな河村先輩は、流れに逆らって外に出るわたしたちに気がついた上、変に思って、わざわざ来てくれたみたいだった。 そして顔色の悪いわたしを見て、先程の部長同様、ぎょっとする。 「ちょっ……だ、大丈夫、ちゃん!?」 「ええ、まあ……」 「嘘つけ。倒れ込む寸前だったじゃないか」 「まあまあ、手塚。確かあっちの方にベンチがあったから、そこでしばらく休まないか?」 言って河村先輩が指差すのは、参道の脇。 そこには自販機が3つほどあって、買ったものを飲みながら休憩できるよう、ベンチもいくつか備えつけてあるところだった。 幸い、今が参拝のピークということもあって、ベンチは比較的すいている。 そこまで行けば、ひとまずわたしは、休息をとることができる――はずだった。 でも人生には、意外な出来事が付き物なわけで。 「本当は、横になれればいいんだが」 「いえ、とりあえず座れれ――ばっ!?」 何と部長は、わたしをベンチに座らせると、同じく隣に座った自分の方へと、いきなりわたしの上半身全体を傾けさせたのです。 ち、ちょっと待って。 これは……この体勢はっ! ひ、ひひひ、膝枕というヤツではっ!!!!! 「#☆■@※*▼◎◇●!?!?!?」 こ、言葉になりません、隊長!(軽く錯乱中) だって、天下の手塚国光が、わたしごときを膝枕って……こんなこと、この世にあっていいんでしょうか! 見てる河村先輩も、これにはビックリした様子。っていうか、わたしが一番ビックリよ。 「ちょっ……ぶ、ぶちょっ」 ああ、声がうまく出てくれない。 顔色も表情も、激しく変動してる気がする。 ただでさえ体調が芳しくないのに、さらにそこへ、動悸・息切れ・めまいの嵐が! そんなふうに、明らかにわたしがおかしくなってきたので、見かねた河村先輩が助け船を出してくれた。 「て、手塚。もしかしたら起きてる方が、ちゃんは楽かもしれないよ。ねっ?」 その言葉に必死でうなずくわたし。 「そうか? なら、そうしよう」 その言葉にホッとしたのも束の間、今度は起き上がるや否や、部長の肩にもたれさせられる。 わたしを支えるために、肩に手を回して。そう、次は部長に肩を抱かれてしまった。 これはこれで緊張するんだけど、さっきの膝枕のインパクトに比べれば軽いもの。 緊張感が消えたぶん、確かに楽になりました。 ……って、結局は、最初の状態に戻っただけなんだけど。 でも、明らかにホッとした様子のわたしに、さすがに河村先輩は苦笑していた。 そりゃね、部長の行動が、わたしの身体を気遣ってくれてのことなのはわかるわよ。けど、だからっていきなり膝枕はないでしょ。 あの人は、自分がいかにいい男か自覚してないんだから、かえってタチが悪いわ。……まあ、いい経験をさせてもらったけどね。 そして、この突拍子もない出来事で気が紛れたおかげで、気分の悪さが、ちょっとだけ吹き飛んでくれた。まだまだ具合は悪いけど、この様子ならじきに治まりそうだ。 でも、未だ顔色の冴えないわたしに、河村先輩がふとこう言った。 「そういえば、ちゃん、ここに来た時から調子悪そうだったよね」 あー、確か人混みを見て圧倒されてた時に、そんなこと言われたような……。 「いや、あの時はそうでもなかったですよ。でも、人の中に入ったら、自分でも驚くほどガタガタになっちゃって……」 「なら、貧血かな?」 「でも、今は生理じゃないし、貧血ってことはないと思います」 「!! い、いや、俺はそういうことを言ったわけじゃなくて……」 いきなり真っ赤になって、おたおたする河村先輩。 そ、そんなにうろたえなくても……。かえって、こっちまで恥ずかしくなるじゃないですか。 だって、貧血なんてそうそう起こさない人間としては、そういう可能性があるのは血が足りない時、つまり生理時しか思い浮かばないんだもん。 「……はもう少し、言葉の選び方を学べ」 手塚部長まで、眉間に皺を寄せてそんなことを言う。 とはいえ、この場合は選びようが……。生理なんて「アレ」としか形容しようがないし、しかも「アレ」って言ったとしても、この2人にはわかってもらえないような気がするし……。 それにそもそも、これは貧血とはちょっと違うと思うのね。 「うーん……。人混みに酔っ……た、のかな?」 疑問系なのはしょうがない。だってちゃんとした理由なんて、自分でもわかんないんだもん。 ただ、人混みの中で、身体が圧迫されたのが影響してる可能性はあるかもしれない。 それで呼吸もしづらくて……って、酸素欠乏症? それ以外の他の可能性っていったら……うーん、何かあるかな? それを考えて頭を悩ませていたら、突如、馴染みのある声が。 「あれっ、部長にタカさんに? こんなとこでどうしたんすか?」 顔を上げれば、そこにいるのはなぜか桃。 それでふと思い立ち、腕時計を見る。 自分のことでバタバタしてて気づかなかったけど、みんながバラバラになってから、すでに15分が経過していた。 しかもここは、事前に決めた、待ち合わせ場所への通り道でもある。 つまり必然的に、お参りを終えた者から順に、ここを訪れることになるわけで。 「早いな、桃。一番だぞ」 そう、つまりはあの人混みを突破して、お参りを終えたということ。 気分の悪さですっかり忘れていたけど……2人の先輩は、わたしにつき合ったせいで、お参りしそびれちゃったんだ。せっかくの初詣なのに、それってあんまりだと思う。 「手塚部長、河村先輩、わたしもう大丈夫なんで、今からお参り行ってきてください」 でも、そう言ったものの、先輩2人は「今からか?」と表情で訊ねてくる。 う……。や、やっぱり今からじゃ遅いかな。 桃がここにいるってことは、これから続々と、みんなもここに来るわけだし。 けど、ただ1人事情を知らない桃だけが、この微妙な空気を悟れない。 「どうかしたんスか?」 「ああ。具合が悪くなって倒れかけたんだ」 「へー。おまえ、意外に軟弱なんだなあ」 「うるさい! 繊細なわたしを、野蛮人のあんたと一緒にするな」 「た、確かに、もう大丈夫そうだね」 まあ、100%とは言い難いけど、おおむね大丈夫。 こうして復活の道を歩めるのも、手塚部長と河村先輩がいてくれたおかげね。 だから、その先輩たちの初詣が、わたしのせいで台なしになるなんて、あまりに申し訳なさすぎるのよ。 そうした理由もあって、一向に引こうとしないわたし。 すると、そのことを感じ取ったのか、ついには桃がこう言ってくれた。 「もこう言ってることだし、行ってきたらどうっすか? 後は俺がついてますんで」 「でも、そろそろみんな戻ってくる頃だろ?」 「いや、まだしばらくかかると思いますよ。俺は目の前の人たちを、片っ端からかき分けて、ダッシュで進んできたから早かったけど」 うわ、何て傍迷惑なことを。 しかも今ので、ようやく左右から押される謎が解けた。 すべては、あんたみたいに、変なとこから無理やり入り込む奴のせいだったのよ。 つまりわたしは、その余波を受けて、四方八方から押されることになったんだ。 で、挙句に部長たちに、迷惑かけることになっちゃったのよ。 「な、何で睨んでんだよ、」 「……別に」 今さら言ってもしょうがないから、言わないけどさ。 でも、言いたいことはいろいろあるんだから。 それより、問題は部長たちよ。 そりゃ無理にとは言わないけど、でも、できるならお参りしてきてほしい。 さすがにわたしはダメっぽいから、わたしのぶんも一緒に。 そう言ったら、部長たちも断りきれなくなったみたいで、最終的には、渋々参拝への道に戻っていった。 うーん、こういう言い方は反則だったかなあ? でも、めったにない、わたしからのしおらしいお願いなんだから、きいてくれたっていいわよね。 で、先輩たちを無事見送って、ホッと一息ついてたら、 「ほらよ」 「へ?」 言って、隣に座る桃が、いつの間に買ってきたのか、紅茶の缶を差し出してくれた。 もしかして……くれるの? 「珍しく優しいじゃん」 「ん? 臨時収入があったからな」 それを受け取ると、やたら機嫌よさげに、自分用に買ってきたコーヒーを飲み始める桃。 「臨時収入?」 「いやー、こういうことってあるもんなんだなー」 言って、首の後ろ辺りを指し示す桃。 のぞき込んでみるものの、特に変わったものは見当たらない。 強いて言うなら、今日の桃はパーカーを着てるから、そこにあるのは当然フードだけで。 でも、そのフードが何なわけ? そういう顔で見ていたら、桃がさらに説明を加えた。 「近くまで行くのがめんどくさいのか、やたら遠くから賽銭投げる奴が、結構いたんだよ。けどさ、そういうのって、ほとんど賽銭箱まで届かねえわけ」 「じゃあ、そのまま地面にまっさかさまってこと?」 「ところが、意外と落ちねえんだな、これが」 ????? 落ちないなら、その賽銭はどこにいくわけよ。 で、しばし考える。 満面の笑みの桃。 自慢げに指し示すフード。 いや、フードっていうか……その中? 中??? そこで何かひっかかって、桃を見れば、奴はそりゃもうにこやかに、 「しめて397円也。だから、おまえにもお裾分け」 そして桃が、握りしめていた手のひらを開くと、そこには小銭がジャラジャラと。 はっ! もしかしてもしかすると、それってば……賽銭!? 「知らないうちに、結構フードに入ってたみたいでさ。で、こっちに向かって歩いてる時、やたら襟首の辺りがジャラジャラうるさいと思って見てみたら、この通りよ」 マ、マジで? へー、そういうことってあるもんなのね。で、臨時収入か……。 まあ、これは不可抗力だから、賽銭泥棒ってことにはならないわよね。 だからって、堂々ともらっていいものかどうかは疑問だけど。 ――でも……ねえ、ちょっと待って。 「あ、あのさ、桃。じゃあ、まさかこの紅茶……」 驚いて、もらったばかりの紅茶を見る。 だって臨時収入で買ってくれたってことは、ようするに……もとになるお金が賽銭だってことよね。 けど、すでに桃は一緒に買ったコーヒーを、すっかり飲み干したところで、 「まあまあ。どのみちおまえ、今日はお参り無理だろ。これは、そんなおまえをかわいそうに思った、神様からの差し入れってことでさ」 んー……いいのかな? そういうことなら、ありがたく受け取るけど。 それに、桃がわたしを気遣って何かしてくれるなんて、そうそうあることじゃないもんね。 よしっ、なら、せっかくだからもらっちゃおう。 「わかった、ありがと」 だいぶ体調も持ち直して、元気になったわたしは、遠慮なくそれをいただいた。 今日の初詣は、いきなりとんでもないアクシデントに見舞われて落ち込んだけど、みんなの優しさに触れられて、ちょっとだけ嬉しかった。 でも帰り道で、何の前触れもなくいきなりすっ転んだ桃を見た時は、やっぱ賽銭をくすねちゃいけねーな、いけねーよと思ったわ。神様はちゃんと見てるもんなのね。 けど、そうやって他人事のように見ていたら、次の瞬間、わたしまですっ転んだ。 そ、そうか。あの紅茶をもらった以上、わたしも共犯なんだ。 そんなわけで桃と2人、神社に向かってごめんなさいと頭を下げたところで、今年の初詣は幕を降ろしたのでした。 ほんと、わたしってば、何しにここに来たんだか……。 −END−
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