さてと、初詣に来た以上、やはり最初にすべきはお参りでしょう。


「じゃあ、誰が一番最初に賽銭投げれるか競争な!」


 言うが早いか、溢れ返る人混みの中に突撃していく菊丸先輩。


「あっ、こら英二! 団体行動を乱すんじゃない!」


 すぐに大石先輩が注意を促すけど、もはや菊丸先輩の姿は人の向こうに消えている。
 遊び心満載の時の菊丸先輩って、普段の3倍は動きが早いから要注意だわ。……って、今さら言っても遅すぎだけど。

 そんなわけで、初詣早々、頭を抱える羽目になった大石先輩。
 わたしはそんな先輩の肩を、ポンポンと優しく叩き、


「まあまあ、大石先輩。どのみちこれだけの人の中じゃ、団体行動は難しいですよ」
「そ、それはそうだろうけど……」
「じゃあ、大石先輩も団体行動に難ありと認めたことだし、お参りが終わったら、またここに集合ってことで」
「了解。そういうことだそうだ、大石」
「え!? ちょっ……!」


 そう言うと大石先輩の言葉も待たず、わたしと乾先輩もこの激しい人混みに飛び込んだ。
 後ろの方で、「と乾まで!」とか「うちの部員は『協調性』という言葉の意味を知らないのか!」って声が聞こえてくるけど、協調性に欠けるのは、別に今に始まったことじゃないし。
 ……まあ、威張れることじゃないけどね。でも大石先輩も早く行かないと、「賽銭を一番で投げたご褒美に〜♪」とか言って、菊丸先輩にたかられますよ。


 けど、そんなわたしも、あっという間に大石先輩の心配をしてる余裕はなくなった。


「あ、あれっ?」


 気がつけば、すぐそばにいたはずの乾先輩の姿が消えている。
 どうやらこの人混みの力は、予想以上にすごかったようだ。
 ちょっともまれただけなのに、瞬時に先輩と引き離されてしまった。

 でも大丈夫。だって乾先輩は見つけやすいもの。慌てず騒がず、捜索開始。
 見た感じ、この辺りには背の高い人がそんなにいないからね。
 だからちょっと見上げて、周りよりも頭の位置が高い人がいれば――ほら、早速発見。
 ……って、いつの間にか、わたしよりもずっと先の方にいるじゃない! やっぱ足が長いと進むのも早いなー。


 何とか人々の隙間を縫い、頑張って乾先輩との距離を詰めるわたし。
 すると――


「あ」
「おりょ?」
「ん?」


 なぜか乾先輩の背後で、菊丸先輩と大石先輩に遭遇した。
 2人もこの出会いには、さすがにビックリした様子。かく言うわたしもビックリした。


「大石先輩、わたしたちの後に来たわりには、ここまで来るの早かったですね」
「まあ人はすごいけど、境内までわりとスムーズに流れができてるみたいだからな。その流れにうまく乗ったら、結構すんなりここまで来れたよ」
「でも、やっぱりここじゃ団体行動は無理っぽいでしょ?」
「あー、確かに」


 言って、大石先輩は苦笑い。
 菊丸先輩も、なぜか一緒になって笑ってる――けど………………あれ?


「あのー、菊丸先輩。一番最初に行ったはずのあなたが、何でまだこんなとこに……?」


 そんな素朴な疑問を口にした瞬間、たちまち菊丸先輩の顔は、笑顔から憮然としたものに変わってしまった。


「しょーがないだろ! あちこちからぎゅうぎゅうやられたせいで、変なとこまで押しやられたんだから! あやうく参道を押し出されそうになったのを、何とかふんばって、それでようやくここまで戻ってきたんだぞ!」


 よく見れば、結構ボロボロ。ほっぺの絆創膏もはがれかけている。
 行動力には定評のある菊丸先輩がここまで苦労するなんて――やはりこの人混み、侮れない。
 だって、おとなしく流れに沿って進んでる今でも、相当な混雑ぶりだもの。
 これを無理に突っ切ろうと思ったら、その反動はかなりのものだわ。


「な、難儀なことで……」
「まあまあ。結局、地道に進むのが一番ってことだよ」


 そう言って大石先輩が、この場をまとめようとした。
 けれどそれまでブーブー言ってた菊丸先輩は、なぜかふいにニヤリと笑い、


「いやいや、そうでもないと思うぜ。だってこの状況で、一番大きな乾がわざわざ俺たちの目の前にいるのは、これは盾になってサクサク進んでもらえっていう、天の啓示だと思うんだよ」


 おおっ、なるほど!
 確かに目の前に大きい人がいれば、前方からの攻撃はそこでかなり防がれるわ。
 こうした人混みって、どういうわけか前から押される時ってあるでしょ? でもそういうのは、そのダメージを緩和できずにさらに後ろに流しちゃうから、その後ろにいる人たちも前の人から押されるってことを、ずーっと後方まで繰り返すことになるわけよ。
 でも前の人がしっかりしてれば、それがさらに後ろにまで流れることはなくなるはず。
 つまりわたしたちは、ものすごく楽ってことなるのよ。

 菊丸先輩、ナイスアイデア!
 けどその時、今まで前を向いたまま沈黙していた乾先輩が、唐突に会話に参入した。


「でもそれだと、一番最初に賽銭を投げられるのは俺ということになるな」


 その言葉に、悪だくみ顔から、突如きょとんとした顔に戻る菊丸先輩。


「へ、何で?」
「何でって、一番前にいる上、おまえたちの盾になってるわけだから」


 つまり、わたしたちが投げる賽銭をブロックする形になるということで。


「誰が一番最初に賽銭を投げられるかって競争だったよな?」


 ゆっくりと振り向いてそう言った乾先輩は、この上なく悪そうな笑顔でした。
 そして「負けたら乾汁」という、世にも恐ろしいテニス部ルールが刷り込まれてるわたしたちが、途端に必死になったのは言うまでもありません。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 まあ、負けたら乾汁ってルールはさすがになくなったけど、負けた人(つまり一番最後に賽銭を投げた人)が全員に何かおごるってルールが新たにつけ足されて、試合(?)再開となった。

 とりあえず、乾先輩の後ろから移動しないと負け同然とわかったので、まずは移動を試みることに。

 けど、こんなに周囲の人と密着してたんじゃ、やはり思うようには動けない。
 それでも周囲の迷惑も顧みずにじたばたしてたら、何とか乾先輩の背後から横に移動できたけど。

 菊丸先輩や大石先輩も何とか移動に成功したようで、最終的には4人一直線に並ぶ形となった。

 そしていよいよ境内に到達し、すぐにでも投げれるように握りしめていた賽銭を、力いっぱい放り投げるわたし。もちろん先輩たちも、同じように力いっぱい放り投げて――


 放り投げたんだけど……。



「……ねえ、今のって、結局誰が一番だったの?」

「「「うーん……」」」



 わたしの質問に対し、けれど返ってくるのは戸惑いの三重奏。

 それもそのはず、だって誰が一番に賽銭を入れたのかわからないんだもの。
 ――というのも、


「もちろん俺! ……って言いたいとこなんだけどさ」
「俺も自分では、絶対決まった! って思ったんだけど……」
「さすがに、ここまでの競り合いは計算してなかったな」
「そりゃ4人同着なんて想像つかないですよ……」


 何と、あろうことか、全員が同じタイミングで同率1位という、信じられない結果に!
 わたしたち4人がピッタリのタイミングで投げた賽銭は、そっくりな放物線を描いた後に、同じ速度で賽銭箱へと投入された。

 写真判定とか細かい審査ができれば、もちろんちゃんとした結果は出ると思う。ただ、そこまでするほど大それた勝負じゃないだけで。
 でもわたしたちの視認能力では、あるべきはずの僅差も見出だせない。


「んー、こういう場合はどうするべき?」
「いや、どうするべきと言われてもな……」
「じゃあ、しょうがない。今回は緊急措置として、賽銭をいくら入れたかでケリをつけることにしないか?」
「さんせーい!」


 乾先輩の提案に、即座に手を上げるわたし。
 菊丸先輩も、うんうんとうなずき、


「なら、多い人が勝ちってことで」
「ちゃんと正直に申告しろよ、みんな」


 そして大石先輩の宣言のもとに、各自の正直な申告が始まった。

 まずトップバッターは菊丸先輩。自信満々に胸を張り、


「俺はご縁があるように5円!」


 ……そ、それは自信満々に言うほどの金額でしょうか?
 あまりに強気だから100円くらいは入れてると思ったのに、5円ってあなた……。
 この様子だと菊丸先輩、普段の賽銭は1円程度ね。
 でも5円って言ってくれて、正直助かったわ。そんなわけで、わたしも先輩同様偉そうに胸を張り、真実を告げる。


「ふふーん、わたしは十分ご縁があるように15円です」
「甘いな。俺は始終ご縁があるように45円だ」


 でも菊丸先輩に勝ったのも束の間、あっという間に乾先輩に負かされた。まあ、15円じゃしょうがないか。それにしても、みんな意外と縁起を担ぐのね。……って、人のことは言えないけど。


「じゃあ、大石先輩は?」


 そこで最後の1人、大石先輩の金額を訊ねる。


 現時点で2位のわたしは、勝利からも敗北からも距離を置いた立場。
 けど菊丸先輩と乾先輩は、大石先輩の答え次第で、大きく順位が動くのだ。
 たわいのない勝負といえど、やれば意外と白熱するもの。
 そんなわけで、2人とも緊張気味に大石先輩の言葉を待った。
 張りつめた空気に気圧されて、わたしも息を呑んでこの場の動向を見守る。


 けれど、わたしたち3人の緊張感に満ちた視線を受けた大石先輩は、何も答えず、ただ無言で手のひらをこちらに見せるのみ。
 ……いや、これは指を5本立ててるってこと?
 じゃあ、大石先輩も5円? ――なのかと思ったら、



「……500円」





 ……桁が違う!





 それを聞いた瞬間、乾先輩は軽く息を吐いて肩を落とし、ご縁同盟は敗北を迎えたのでした。


「すげー! 大石、太っ腹!」
「いや、初詣だから景気よくいった方がいいかなと。ほら、『一年の計は元旦にあり』って言うしさ」


 自分の賽銭の100倍だったことから菊丸先輩に褒めたたえられ、うっすらはにかむ大石先輩。


「じゃあ太っ腹ついでに、このままタコ焼きいってみよー!」
「それじゃルールが違うだろ、英二」


 けれど、おだてにだまされることなく爽やか笑顔でビシッと一蹴する大石先輩に、この勝負の敗者、菊丸先輩はガックリとうなだれた。

 でも、菊丸先輩はくじけない。
 自分で「賽銭の多い人が勝ち」って言った上、誰がどう見ても明らかだった勝負なのに、うなだれながらも文句をつける始末だ。


「けどさー、との違いなんて、たかが10円じゃねーか。それで俺1人が負けなんて納得できねーな」
「何言うんですか。10円を笑う者は10円に泣くんですよ。今の菊丸先輩みたいに」
「俺は別に泣いてない!」
「じゃあ、早く何かおごってください」
「……〜!」
「やっぱり泣いてるじゃないですか!」


 困った先輩だなあ。
 結局、わたしは勝負には勝ったものの、菊丸先輩に負けてしまいました。


 そんなわけで、2人でお金を出して勝ったタコ焼きを、勝者の2人に進呈することに。まあ2人とも優しいから、わたしたちにも分けてくれたけどね。
 それに菊丸先輩も、みんなでおみくじ引いた時に、さっきのお礼って言ってお金払ってくれたし。


 そうして引いたおみくじは中吉。うん、なかなかいいじゃない。
 でも、「年長者を助けるとさらに吉」とか書いてあるのが、ちょーっと気になるかも……。
 こんなのを菊丸先輩に見られた日には、きっととんでもなくこきつかわれるに違いないわ。
 用心しなきゃ。


−END−

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 分岐1は、乾・菊丸・大石と無事(?)初詣編。

 賽銭は基本的にいつも10円だけど、5円があると「十分ご縁」や「始終ご縁」にこだわりたくなります。

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2004.02.23

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