青学テニス部素敵生活 05



 部活が始まるまで、あと少し。
 みんなはすでに、テニスコートへと集まっている。
 なのに、わたしと不二先輩は、部室の中で2人きり。


ちゃん、話があるから、ちょっと残って」


 備品を取りに、ほんのちょっと部室に入っただけだった。
 でもその短時間で、不二先輩はわたしの異変に気づいたんだ。


 どうしよう……ドキドキする。
 ものすごく、ドキドキする。


 いつもと違って不安定な自分を、わたし自身、もうどうにもできなくて。
 ならいっそ、不二先輩にすべてを委ねようと思った。

 思ったけど、いざそうなると、やっぱり落ち着かない。
 そんなわたしの頬に、不二先輩の手がそっと触れ、胸の高鳴りは最高潮になる。


「緊張する?」


 目に見えて明らかなわたしの強張りに、不二先輩が問いかける。


「だ、だって……わたし、こんなこと初めてで……」
「大丈夫、肩の力を抜いて。全部、僕にまかせてればいいから」


 そうは言っても……。
 だってそもそも、こんなことになるなんて思わなかったもの。


「んっ……」


 でも、いろいろ考えてたら、あっという間に、わたしの唇は不二先輩に塞がれてしまい――




















「おまえたち! 部室で何をしている!!」
「わっ! バカ、手塚!」
「今入ってっちゃ、まずいっスよ!」


 心なしか慌てた様子で、乱暴にドアを開け、手塚部長が飛び込んできた。

 その激しい音に、思わずビクッと震えるけど、不二先輩は動じない。
 そして部長の後ろから、菊丸先輩や桃といった、他の面々の姿も見え……そんなみんなを、不二先輩はいつもの笑顔で出迎えた。


「やあ、手塚。それに、みんなもどうしたの? そんなとこで固まって」


 うわっ、白々しい。
 どうせ、わかってたんでしょ。みんなが部室の外で、聞き耳立ててたこと。


 みんなは、不二先輩に鼻をつままれ、なおかつ手のひらで口を塞がれてるわたしを見て、何が何だかわからないという顔をしていた。

 その間ずっと、不二先輩の手は離れない。
 全然離れない。
 本当に離れない。


 っていうか、離す気がない……?


「んっ!? ふっ、ううっ……!!」
「ふ、不二、そろそろ離してやれよ」
「あ、忘れてた」


 嘘つけ!
 むちゃくちゃ、力入れてたじゃん!!

 見た目に反した、頑強な力。
 それが緩むと同時に、わたしは涙目で、不二先輩の手を振り払った。


「ひどい、不二先輩! やっぱり、先輩を信じたわたしがバカだっ、ひっく」
「あー、やっぱりダメだったね」
「つーか、まだ止まってなかったのか……」


 海堂くんが、どこか感心したように言う。

 確かに、ずーっと出っぱなしだからね、このしゃっくり。
 そう、かれこれ2時間以上……。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 事の起こりは昼食後。
 何の前触れもなく、ふいに出始めたしゃっくりは、止まることなく、とにかくひたすら出続けた。

 最初のうちこそ、みんな心配してくれた。
 でも5時間目を経過して、6時間目にもなると、さすがに周囲も慣れてきて。
 おかげで、最終的には先生を始め、クラス中からも、見事に無視されちゃったんだ。
 わたしの苦しさは、その間ずっと続いてたのに!


「本当に、2時間以上止まらないの? 水は飲んでみた?」


 心配そうに問う河村先輩に、わたしはしゃっくりしつつ頷いた。

 そう、水を飲むとか息を止めるとか、できることは、すでにいろいろ試していた。
 それでも、どうにもならなくて。
 だから、たまたまわたしの異変に気づいた不二先輩に、助けを仰いだんだ。


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「やっぱり無難なのは、息を止めてみることだね」
「でも止、ひっく、めてる間もしゃっくりが出て、我慢しき、ひっく、れないんですよ」
「なら、僕が協力してあげるから、もう一度やってみない?」

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 そうして不二先輩の手を借りたわけなんだけど……なんだか、単にからかわれただけな気がする。
 でもそれを聞いて、ようやくみんな、この状況に納得したようだった。


「なーんだ。そういうことか」
「リストバンド忘れて部室に入ろうとしたら、深刻そうに2人が話してるから、何だか入りづらくってさ。そうこうしてるうちにみんな集まったんだけど、そのうちこんなこと初めてとか、全部僕にまかせてとか言い出すから、ビックリしたにゃー」


 真相はそんなものかと言いたげな桃。
 そして菊丸先輩のことだから、一度は驚きつつも、すぐさま興味津々に、中の様子を窺ったんだろうな。
 その様子が目を引いたから、みんなも集まってきたんだと思う。


「で、手塚が飛び込んできたんだ」
「でも不二先輩、ひっく、気づいてましたよね?」
「そりゃ、あれだけ外で騒いでればね」
「騒いでた? 何も聞こえなかったけど……」
「いや、ひそひそ騒いでたよ」


 はたしてそれは、騒ぐというのだろうか?
 確かにひそひそ声というのは、時として、やたら耳につくけども……。


「理由がわかったなら、もういいだろう。そろそろ部活を始め――」
「ひっく」


 部室に押し寄せたみんなを、コートへ促そうとした手塚部長。
 でもその言葉は、わたしのしゃっくりで、ふいに中断した。
「しつこいな……」って、言われなくても、そんなのはとっくの昔に、心底思ってるの!


 とにかくこのままじゃ、落ち着いて部活が始められない。
 なので急遽、わたしのしゃっくりを止めるための会議が開かれた。


「じゃあ、ビックリさせるのはどうだろう?」
「ああ、あれもいいっていうよな」


 大石先輩の提案に、河村先輩が同意する。
 でもわたしは、静かに首を横に振った。


「さっきの手塚部長の乱にゅ、ひっく、にすごくビックリしたけど、全然きい、ひっく、てないです」
「ほんと、見事なまでに効果がないね」
「無難なのは、水を飲むことなんだけどな」
「水を飲、ひっく、んでもダメでした。っていうか、飲みすぎて、ひっく、水腹なんです」


 息の続く限り一気飲みするとか、コップの向こう側から覆いかぶさるように飲むとか、クラス中から聞いた水絡みの方法は、すでに試しすぎて腹ボテなんだ。

 でもこれで、息を止める・水を飲む・驚かせるの、しゃっくりを止める三大方法は試し終えた。
 にも関わらず、止まらないということは……一体どうなるわけ?

 でも、わたしが予測不能な未来に震えている中、所詮他人事と気楽な後輩は、呑気にこんな質問をしてきた。


「そもそも、なんでしゃっくりって出るんですかね?」


 ちょっと越前、素朴な疑問は後にしてよ。
 でも、そんなどうでもいいことに、メガネを不敵に光らせたあの先輩が口を出す。


「しゃっくりとは、別名、横隔膜痙攣と言ってだな、その名の通り、横隔膜の痙攣によって起こる症状で――」
「乾、その講釈は後にした方がよさそうだぞ」
「……そのようだな」


 どうやら、切羽詰まったわたしの、殺人的な視線に気がついたらしい。
 越前も乾先輩も、そのまま何もなかったかのように目を逸らす。

 でも次の瞬間、何かを思いついたらしい乾先輩が、ふいに「あ」と声をもらした。


「なら、これを飲んでみるのはどうだろう?」
「……何ですか、それ?」


 連続するしゃっくりが苦しくてうっとおしくて、結構まいってしまってたわたしは、乾先輩からもらったそれを、なんのためらいもなく受け取ってしまった。
 この人絡みの、飲み物の恐ろしさを知っていながら……。

 冷静な判断ができないって、本当に恐ろしい。
 みんなが声高に止めるのもきかず、わたしは謎の液体を、一気に飲み干してしまったんだ。



 ――その後の記憶は、定かじゃない。



 何だか、遠くの方で「わーっ、!?」とか、「しっかりしろ、!」とか、「は、早く保健室に!」とか、「おかしいな。こんなはずでは……」とか、言われてたような気はする。


 そして気がついた時には、わたしは保健室にいた。
 何があったのか、イマイチよくわからないんだけど……。

 でも、あまりの出来事を迎えたからか、ふと気がつけば、あれだけしつこかったしゃっくりが、いつの間にか止まっていた。


 うーん……恐るべし、乾汁。
 でも、ちょっとだけありがとう、乾汁。

 けれどあなたに感謝するのは、きっとこれが、最初で最後のことでしょう。

−END−

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 以前、テレビ番組で、何ヶ月も(何年もだったかな?)しゃっくりが止まらない人の話をやっていて、それでふと思いついた話。

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2008.10.31


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