青学テニス部素敵生活 03



 校内ランキング戦。
 それは毎月2・3年全員を4ブロックに分けてリーグ戦を行い、各ブロックの上位2名、計8名がレギュラーとして各種大会への切符を手にする、青学独自の戦いである。

 そしていつもは、手塚部長が前もって準備するランキング戦のリーグ表を、なぜか今、わたしが部室で書いていた。

 異例の事態……というほど大げさなものじゃないけど、それでもこれまでありえなかったこと。
 今もまた、部室に来たばかりの桃が、作業に勤しむわたしを見るなり、いきなり疑問を口にした。


「あれっ? 何でが、それ書いてるわけ?」
「そっちの人たちに聞いて」


 視線さえ向けることなく、つっけんどんに答えるわたし。

 もう、いちいち説明するのも面倒くさい。
 それ聞くの、桃で何人目になるだろう?


 続々と部員たちが集まり、部活の支度を整えるこの部室の中で、マネージャーのわたしは、一足先に仕事を始めていた。
 でも、普段やらないその仕事は、当然みんなの目にとまり、誰かが来るたび必ず聞かれて、いいかげんうんざりしていたとこなのよ。

 事情を知らない桃は、しばらくの間、「なんでだよ」とまとわりついて聞いてきたけど、かなり嫌になっていたわたしは、本気で口を開かなかった。
 そこで仕方なく、その経緯をすでに知っている海堂くんと越前が、来たばかりの桃に、代わりに説明する。


「3年は学年集会で、部活に少し遅れるんだってよ」
「で、手塚部長に、代わりにあれ書いといてくれって頼まれたんだって」


 まあ、つまりはそういうこと。


「ただ表を書くだけのことを、あの部長がわざわざ頼んだわけ? めっずらしー」


 桃がもらした感想は、もっともなもの。
 他のみんなもその気持ちは同じようで、そろってうんうんと頷いていた。

 っていうか、当のわたしもそう思うしね。
 だからなのか、ついついため息がこぼれてしまう。


「うん、わたしも最初そう思ったんだけどさ。でもこれ、書いてみると、意外に手間がかかって面倒くさいのよ」


 しかも結構大きいし。定規で線を引くだけでも一苦労なのに、それを4枚よ? 思ったより、重労働なんだから。

 けれど、そんな愚痴も何のその。
 最初からすべてを見ていた人の反応は、非常に冷たかった。


「わかってんなら、何でもっと早くにやらねえんだ」
「うっ……。だ、だって、すぐにできると思ったんだもん」


 実はこの仕事、昼休みに頼まれたもの。
 何と手塚部長が、わざわざ2年の教室まで、ご降臨あそばされたのです。
 そして同じクラスの海堂くんは、それをしっかり見ていると。
 与えられた仕事に即座に手をつけなかったことも、部室に来てからようやくそれを始めたことも、何もかも。

 そんなわけで、ご機嫌斜めな海堂くん。
 まあ、これが完成しなきゃ試合が始められないから、無理ないんだけどさ。
 しかも今日の部活は、これがメインなわけだし。


「予想では、とっくに終わってるはずなのに……あっ、線曲がった!」


 もうっ、何で定規当ててるのに曲がんのよ。
 でも、イラつくわたしに、桃が呆れたように言う。


「何言ってんだよ。すぐにできる仕事なら、わざわざ部長が、おまえに任せるわけねえじゃん」


 ……ごもっとも。
 でもわかりきったことを言われると、かえって腹が立つ。
 この歪んだ表、桃の組み合わせで使ってやろうっと。


 っていうかですね、こういう手のかかることは、できればもうちょっと早く言ってほしいと思うんですよ。
 そりゃ、ランキング戦は今後の行く末を左右する大事な試合だから、いつも組み合わせをギリギリまで練り上げているのは、よく知っている。
 おまけに部長は生徒会長だから、生徒会の仕事もあるし――だから時間がなくなって、わたしに頼むわけよね。
 それにあの人は、なまじ優秀なもんだから、飛び入りの仕事も結構舞い込むし。

 そもそも考えてみれば、あの手塚部長がわたしを頼るなんて珍しいこと、これから先もあるとは思えない。
 とすれば、これは本当に貴重な機会となるわけで。
 そう思えば、この仕事だって、俄然やる気が湧いてくる……ような気がする。
 でもそのおかげで、表作成は何とか頑張りきることができた。


「はー、やっと表ができた」


 後はこれに、みんなの名前を書き込んでいかなきゃね。
 でも、ここまでくれば、もう楽勝よ。

 そうして、せっせと2・3年生の名前を記入する。


 みんなの興味も次第にわたしから薄れていって、今はいい感じで放っておいてくれている。
 無闇にちょっかいを出されないぶん、自分のペースもうまく保てて、わたしはようやく仕事の波に乗ってきた。

 けど、名前を書く段階に来たってことは、仕事はもう、終盤に差しかかっているわけで。
 あーあ、もっと早く、この波に乗りたかったなー。
 だって、名前書きより表作成の方が、ずっと大変だったもん。


 とはいえ、やはり油断は禁物だった。


 うっかり荒井を、新井と書きかけ、わたしは慌ててペンを止める。

 ……ふう、危ない危ない。普段、みんなの名前なんて書かないからな。
 それなのに、楽勝などと思い上がってはいけなかった。

 まあ、「新」の左上の「立」は、もう書いちゃったけどね。
 でもそれを、強引に「荒」に修正する。
 ……ちょっと歪だけど、これくらいならギリギリセーフでしょ。


 けど、その作業の一部始終を、しっかり見ていたヤツがいて。


先輩、俺の名前は書き間違えないでよ」
「ま、間違えないわよ!」


 証拠湮滅を施してホッとしたところへいきなり声をかけられ、不覚にも、それでビクッとしてしまった。
 その様子までしっかりと見ていた声の主、越前は、そりゃもうムカつくほどの笑顔で、こちらを眺めている。

 くっそー、越前のヤツめ。先輩に対して失礼な。
 そんなに心配なら、いっそ平仮名で書いてやる。えちぜんりょーま、ってな。


 で、本当に書いてやろうとしたんだけど――そこで生まれる、ふとした疑問。


「そういえば、越前って、アメリカ生まれなんだよね」
「……何っすか、いきなり?」


 確かにいきなりだ。でもだからって、不審者を見るような目で、わたしを見るな。
 名前のことを考えてて、唐突に思いついたんだから、しょうがないじゃん。

 とりあえず、その辺りは気にしない方向で、質問を続ける。


「アメリカ生まれってことは、あんた、ミドルネームがあるんじゃない?」
「そういやそうだな」


 お、桃が話に乗ってきた。
 他の人たちも、何だ何だって感じで、こちらに注意を向け始める。
 ちょっと離れたとこにいる海堂くんは……あー、わかってます。ちゃんと手も動かします。だから、「さっさとしやがれ」って目で、鋭く訴えかけるのはやめてください。

 とはいえ、今一番興味があるのは、やはり越前のミドルネーム問題の方で。


「ってことはさ、学校の名簿では『越前リョーマ』ってなってるけど、本当のところは違うのよね」
「名字と名前の間に、もう1つ名前があるわけだしな」
「じゃあ実際は、『越前・F・リョーマ』って感じだったりするんじゃない? ジョン・F・ケネディや藤子・F・不二雄みたいにさ」
「何で、Fばっかりなんだよ」
「その前に、藤子不二雄は違うだろ」


 あ、海堂くんからもつっこまれた。一応、気にはなってるのね。
 まあ、Fじゃないにしても、何かしらミドルネームはあると思う。


「個人的には、ベンジャミンとかだと嬉しいんだけど」
「何でだよ?」
「何か響きが面白いじゃん、ベンジャミンって。本当にベンジャミンだったら、力一杯笑ってやるのになー」
「おまえ……世の中のベンジャミンさんに怒られるぞ」


 そんな桃はほっといて、わたしは越前に向き合う。期待いっぱいのまなざしを向けて。


「で、越前。実際のところ、ミドルネームってあるの?」
「おしえない」


 でもあいつは、視線をそらして黙秘権を行使する。
 けどわたしは、そんなことくらいでくじけない。


「おしえないってことはあるのね。じゃあ、言いなさいよ」
「おしえない」
「ちょっと、越前ってば!」
「おしえない」


 頑なに口を割らない越前と、あきらめの悪いわたし。わざわざ前に回り込んで越前と視線を合わせようとするんだけど、あいつは即座にそっぽを向く。うわっ、かわいくない。

 でもわたしは、めげずにさらに回り込む。越前もあきらめ悪く、再び目をそらす。
 そんなことをしつこくしつこく繰り返していたら、ついには狭い部室内で、追いかけっこにまで発展してしまった。


「先輩命令よ、越前! いいかげん観念しなさい!」
「嫌っす」
「まあまあ。も越前も、ちょっと落ち着けって」


 さすがに見かねてか、ここで桃が止めに入った。
 っていうか、何でわたしを押さえるのよ! 越前の方がすばしっこく動いてるんだから、そっちを止めなさいよ。

 けど、力自慢の桃に押さえられてる以上、どんなに暴れても逃げ出せない。
 越前のヤツは、目の前で涼しい顔してるってのに! ああもうっ、悔しいっ!!


「言わないってことは、言いたくないミドルネームなんだわ。やっぱり越前はベンジャミンなのよ!」
「だから、世の中のベンジャミンさんに怒られるって!」
「いいかげんにおしえなさいってば!」
「だからおしえないってば」
「……ラチがあかねえ」


 海堂くんのそんな呟きが聞こえたような気がしたけれど、わたしはそれどころじゃない。
 そしてその後も、延々ベンジャミン疑惑の徹底追及に励んでたので、いつの間にかギャラリーが増えていたことに、わたしはしばらく気づかなかった。


「で、とおチビは何やってんの?」
「追いかけっこなら、外でやる方がいいんじゃない?」
「そんな呑気な。揉めてるみたいだから止めようよ」
「それより俺は、何で海堂が、ランキング戦のリーグ表を書いてるかが気になるな」
「ん? どうした手塚」


 結局、頭を抱える部長に「グラウンド10周!」と言われるまで、この騒ぎは続いたのでした。

 ちなみにリーグ表は、わたしが越前に詰め寄ってる間に、海堂くんが書いてくれたそうです。
 えっと……いろいろごめん。


 でも、そもそもはミドルネームをおしえてくれない、越前が悪いのよ!
 ……けど、あいつのミドルネームって、結局どんなのだろうね?

−END−

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 とりあえず、ごめんなさいベンジャミンさん。

 アメリカで生まれてるなら、ミドルネームってありますよね。
 でもあれって、必ずつけるものなの? ミドルネームの定義って、実のところ、よくわかりません。

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2004.05.24


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