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季節は春。 1年生は2年生になり、2年生は3年生になる。 そしてみんなで、新たにやって来た1年生を迎えるのだ。 ピカピカの1年生――それはつまり、初々しい新入部員。 成長を見越しての、心持ち大きな制服を纏う愛らしい姿に、思わず胸キュンしちゃうかわいい子たち。 そんな子たちがテニス部に来てくれれば、わたしの学園生活は、より輝きと潤いを増すのに。 「あーあ、新入部員が欲しいなあ……」 それはわたしからすれば、何てことない、ただの独り言だったんだけど。 でも、周りの人が思わず動きを止めるくらいには、素っ頓狂な一言だったようである。 「いきなり何言い出すんだ、おまえ?」 部活終了後、ボール拾いに勤しんでいたわたしは、桃にそう訊ねられたことで、ようやく自分が、思わず口にしていた一言に気がついた。 振り返れば、練習を終えて部室に移動しようとしていたレギュラー陣も、一様にこちらを注目している。 ……そんなにおかしなこと言ったかな? 何だかわけもなく気まずくなったので、しょうがなくわたしは、思っていたことを再び口にした。 「だから、新入部員が欲しいなあって」 「それは聞いたよ」 「新入部員ならいるじゃん、ほら」 不二先輩の言葉に頷き、菊丸先輩が後片づけに奔走する、入部したての1年坊主を指し示す。 うーん、それはそうなんだけど、わたしが言いたいのはそういうことじゃなくて……。 「だから、もっともっと欲しいんですよ」 「俺たちだけじゃ駄目なんすか?」 「だってわたしは、かわいい後輩が欲しいんだもん」 「かわいい」を強調して即答したわたしに、越前はちょっぴり気分を害した模様。 「ムカつく」と短くこぼすと、他の1年生たちに混じって、共に片づけを始めた。 なーにが、「ムカつく」よ。 どこの世界に、先輩を先輩とも思わない不遜な後輩を、かわいいと思うヤツがいるっての。 そりゃ、顔立ちはかわいいと思うよ。でも態度があれじゃーねー。 もっとお友達のカチローたちみたく、態度もかわいらしくなってよ。 ……まあ、そんな越前、想像もつかないけどさ。 何気なく思っていただけのことなのに、こうして一度口にすると、欲望はたちどころに大きくなる。 自分の気持ちに忠実なわたしは、力強く拳を握り力説した。 「そんなわけで、もっと大々的に1年生を勧誘しましょうよ!」 「今ぐらいで、十分だと思うけどな」 大石先輩が苦笑する。 でも十分だと思えてたら、欲しいなんて思わない。 「ヤダッ! 1年生が欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいてっ!」 青学の母に力の限り駄々をこねていたら、手塚部長に後ろから部誌で叩かれた。 結構痛い……。 「くだらんことで騒ぐ前に、とっとと片づけをすませろ」 くだらない? いくら部長でも、それは聞き捨てならないわ。 自分で言うのもなんだけど、わたしは珍しく真剣な顔で、ズズイッと部長に詰め寄った。 「くだらなくなんかないですよ! 新入部員の数とかわいい後輩の数は、決して比例しないんです。でもかわいい後輩に、『先輩☆』って呼んでもらうためには、そのかわい子ちゃんたちに新入部員になってもらうより他ないんですよ。それでも先輩は、新たな新入部員がいらないって言うんですか!?」 「……いらないだろう、別に」 ちっ! やっぱり部長ほどの強者となると、勢いのみで丸め込むのは無理か。 っていうか、みんなかわいい1年生が欲しくないってわけ!? ……まあ、「かわいい」の定義が、みんなとわたしじゃ、違うような気もするけどさ。 でもでもっ、かわいくないよりはかわいい方がいいじゃない! 「ああもうっ! これだから枯れちゃった最上級生は、あだっ!!」 今度は、部誌の角で叩かれた。 痛いっ、マジ痛い! っていうか部長、わたしかよわい女の子なんで、少しは手加減してください。 「やる気のある人間は、放っておいてもやって来る。こちらでどうこうする必要はない」 出たな、正論。 でも、そう来ることは予想済み。 「でもでも、もし1人で、テニス部の敷居をまたぐ勇気のない子がいたとしたら? そりゃ、それくらいの勇気が出せなくてどうするとは思うけど、その勇気のない子が、磨いたらものすごいダイヤモンドになっちゃうくらいの逸材だったとしたらどうします? そういうことだって、ないとは言い切れないでしょ?」 「それはそうだが……」 勢い込んで言うわたしに、部長がわずかに身を退いた。 おっ、何だか優勢の兆し。 「無理やり引き込んだって、やる気がなければ続かないのはわかってます。でも、あと一歩の勇気が出せない子たちの背中を押してやることは、そういうこととは違うと思うんです」 「ま、まあな」 「じゃあ、新入部員を勧誘してもいいんですね?」 「…………………………」 「何で、そこで黙るんですか!?」 やっぱり、部長は手強い。 勢いに屁理屈を上乗せしてみたけど、冷静に考える時間は決して手放さず、わたしの言葉に呑まれようとしない。 っていうか、新入部員の勧誘って、そんなに考えなきゃいけないこと? ……いや、わたしの見え見えの動機が、不純すぎるからだろうなあ。 けど、天はわたしに味方した! 「いいじゃん、手塚。部員の勧誘くらい」 お助け天使、その名は河村隆先輩。 「本当にやる気のないヤツって、誘われても簡単に入らないと思うよ。それならちゃんの言う通り、今回はダイヤの原石を探すと思って、やってみないか?」 「……そうだな。そこまで言うなら、一度やってみるか」 部長陥落。 超渋々で、眉間の皺がものすごいことになっているけど、この際それは気にしない。 「やったー! ありがとう、河村先輩!」 感謝の気持ちを込めてハグ。 うふふ、頬染めちゃってかわいい〜☆ これこれ、こういうの。 こういう反応をしてくれる後輩が欲しいのよ。 じゃあ、善は急げ。 さっそく行動開始だぜ! 「では、越前。そんなわけで、これよろしく」 「何がそんなわけっすか?」 着替えの途中で声をかけられ、心底嫌そうな顔をしている越前にわたしが差し出したのは、1枚の画用紙と数本のカラフルなペン。 「まずは、地道にポスター書きでしょ」 「ああ、かわいい後輩とやらをゲットするための小細工ですか」 ……根に持ってるな、こいつ。 不機嫌丸出しでわたしを睨みつけるし、ナイスアイデアを小細工とか言うし。 「そもそもこういうのは、発案者がやるべきでしょ?」 「まあ、そうだけどさ。でも越前は1年なんだから、同じ1年生の部活心をくすぐるツボとか知ってるでしょ?」 「……何言ってんすか?」 真顔で問うな。 その上、「先輩、頭大丈夫っすか?」って目で、わたしを見るな。 けど、わたしはめげない。 言うこときかなきゃ、部室から出してやんないんだから。 越前は、しばらく頑固に抵抗していた。 けど、気合いに満ち満ちたわたしの背後には、面白そうにこちらを眺めている先輩たちが控えている。 わたしと越前、どちらの味方かと問えば、ほとんどわたしにつくだろう。 やがて逃げられないことを悟った越前は、肩をガックリ落として、重いため息をついた。 「……とりあえず、『新入部員歓迎』とか書いときゃいいですね」 言って、やる気なさそうに、ペンを走らせる越前。 ほくほく笑顔で見やるわたし。 先輩たちも覗き込み、「歓迎って、画数多くてめんどくさい」との呟きがもれる中で、でき上がったのが―― 新入部員カソゲイ 部室中が大爆笑に包まれたのは、言うまでもありません。 「あははははっ! ンがソになってるよ!」 「こういうのを見ると、越前は帰国子女なんだって実感するよなー」 「……っ、日本で生まれ育ったヤツでも、結構間違えてますけどね」 机をバシバシ叩いて、力の限り笑い転げるわたしと桃に、不満そうに、そしてちょっぴり恥ずかしそうに頬を染めて、文句を吐き捨てる越前。 こういうところは、とってもかわいいのにな。 確かに、日本生まれの日本育ちでも、間違えるヤツは結構いる。 でもわたし自身は、ンとソを間違えたりなんかしないもん。 けど悲しいことに、周囲の人には、そうは見えなかったらしい。 「そうやっておチビのこと笑ってるけど、と桃だって、案外、書き間違えてそうだよな」 あろうことか菊丸先輩が、意地悪そうにそんなことを言ってくれた。 そして、ふいに口ごもる桃。 ……って、あんた間違えてるの? 人のこと、笑ってる場合じゃないじゃん! あ、そんな桃と一緒に笑ってたけど、わたしは違うんだからね。 とにかく、大急ぎで反論する。 「ンとソの違いくらいちゃーんとわかります! わたしが区別つかなかったのは、ナとメの方だもん」 「そっちの方がわかりやすいじゃん」 うっ。そ、そうかもしれないけど……。 でもそれは、小学校低学年の頃の話だもん。 「そ、そういう菊丸先輩だって、カソゲイ顔じゃないですか!」 「何だよ、それ」 だって、菊丸先輩よ? 失礼だけど、いかにもこういうミスしてそうじゃない。 「へへーん。俺はンもソも、きちんと書けますよーだ」 「でも英二の字は、ワとクの違いが、イマイチわかんないよね」 「不二っ、余計なことを……!」 不二先輩のその一言に、沈んでいた桃とわたしは、たちまち勢いを取り戻す。 何でこんな時だけ、わたしたちの息はピッタリなんだろう。 「へーえ」 「ふーん」 「な、何だよ、おまえら」 たじろぐ菊丸先輩に、わたしたちはニヤリと笑って、不敵に迫る。 「ンとソの違いがわかっても、それじゃーなー」 「そっちはよくても、シとツの区別がつかないってのも考えられるわ」 「うわー。そんな人に、ンとソについての文句は言われたくないなあ、俺」 「ちょっと待て! 別に俺は、そんなこと一言も……」 菊丸英二、後輩2人にいじめられるの図。 何が気の毒って、そんな菊丸先輩を助ける人がいないってことよね。下手すると、次の標的になっちゃうから。 だからって、あんまりしつこくいじめると、大石先輩が助け船を出すけどね。 越前は自分が標的じゃなくなったことにホッとしてるし、不二先輩は相変わらず笑顔で―― ……あれ? 不二先輩、一体どこ見てるんだ? 顔はこっちを向いているけど、見た感じ、視線はわたしたちを突き抜けて、後ろの方へ……。 ――後ろ? それに気づいた時、わたしはすごく嫌なことにも気がついた。 菊丸先輩いじりをやめて、恐る恐る振り返る。 そこにいたのは……。 「……呆れたな」 本当に、心の底からそう思うといった顔で、今まで静観していた手塚部長が口を開いた。 たちどころに静まり返る部室内。 「教育水準の低い部員を、このまま放置するのは問題だろう。そんなところへ新しい部員を入れたら、おまえたちを教育する時間がなくなるから、やはり今回の案は認められないな」 「え、えっと部長。それってつまり……」 嫌な予感がひしひしと。 でもってこの手の予感は、悲しいことに当たるものなのです。 「この話はなかったことにする」 「えーっ!?」 何で? どうして、そんなことになっちゃうの!? 「もうっ、菊丸先輩が、シとツの違いがわかんないなんて言うから!」 「言ってないし! そもそも、ほんとにンとソの違いがわかってなかったのは、桃の方じゃん!」 「そ、そりゃそうだけど……。でもだって、ナとメがわかんねーとか言ってたじゃんか!」 「桃と違って、今はちゃんとわかるもん!」 低レベルな言い合いを始めたわたしたちに、部長の眉間の皺が深くなるのがわかる。 でも部活が終わった今、「グラウンド20周」とは、言いたくても言えないもんね。 「まだまだだね」 越前がそう言ったような気もするけど、たった今、目の前でカソゲイって書いたあんたにだけは言われたくない。 結局わたしたちは、3人そろって部長に部誌で叩かれて(またしても角よ、角!)、3人仲良く涙目になった。 その後で、本当に悔しかったらしい菊丸先輩は、「見ろ! 俺はちゃんと書けるんだ!」とわざわざ現国のノートを見せてくれた。 確かに書けてたけど、不二先輩の言った通り、ワとクはイマイチ見分けがつかなくて、そっちで新たに笑の渦が巻き起こることに。 地団駄踏みまくる菊丸先輩は、結構かわいかった。 ……しょうがない。 かわいい後輩は諦めて、今しばらくは、かわいい先輩たちの方を堪能することにしよう。 ちなみに後日、ンとソをきちんと書けるようになった越前に、桃のヤツはさんざんからかわれたそうな。 −END−
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