青学テニス部素敵生活 01



「桜乃ー、急いで急いでー! 早くしないと、リョーマ様が帰っちゃうよー!」
「ま、待ってよ、朋ちゃーん」


 最近ではすっかり聞き慣れたその声が、派手な足音と共に、だんだんこちらにやって来る。
 大慌てなその様子のかわいさに、知らず知らず、笑みがこぼれてしまうわたし。


 小坂田朋香と竜崎桜乃。


 やって来たのは、すっかり顔なじみになったこの2人。
 向こうもわたしの姿を見るや、元気に声をかけてきた。


「こんにちは、先輩! あの、リョーマ様は今どこにいますか?」


 元気一杯の朋ちゃんが、息を弾ませてそう訊ねる。
 わたしは、部室の方に軽く目をやり、


「1年生は後片付けが終わったばかりで、今着替えてるとこ。もう少ししたら、出て来ると思うよ」
先輩は、まだお仕事なんですか?」
「いや、わたしも一緒に終わったとこ。いくら1年だからって、仕事押しつけてばっかじゃ、かわいそうだしね」


 1年生にも雑用業務があるとはいえ、そういうのは基本的に、マネージャーであるわたしの仕事だし。
「まあ、マネージャーは自分1人だから、ついつい1年に頼っちゃうんだけどー」と言って笑うわたしに、2人はおもむろに訊ねてきた。


「あの、前から一度聞いてみたかったんですけど、先輩って、どうして男子テニス部のマネージャーになったんですか?」
「どうしてとは?」
「だって、男テニのマネージャーっていったら、ものすごく人気があって、倍率も高いじゃないですか。そのせいで、無用な騒ぎを避けるためって、今年は1人もとらなかったし。そりゃ、先輩がしっかりやってるから、特に必要ないかもしれないけど……。でもそれじゃ、先輩の時はどうだったんですか?」


 ああ、そういうことね。
 生意気ルーキーに恋い焦がれるお嬢さん方にとっちゃ、確かに気になる問題だわ。
 いい男揃いの男子テニス部に許された、唯一のマネージャーは、一体何者なのかってね。


 まあ、わたしにもいろいろあったのよ。
 それで、ここのマネージャーになったわけなんだけども。


 そう問われたことで、わたしはあらためて、当時のことを思い返してみる。
 マネージャーになった、1年前のあの日のことを――



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 あれは確か、青学に入学して、それなりにたった頃。
 少しずつ学校生活にも慣れてきて、わたしは放課後、気ままに学校散策を楽しんでいた。

 これといって入りたい部はなかったけど、あっさり帰ったって、どうせ家で暇を持て余すだけだろうから、何か部活に入ろうと思ってたの。それでいろんな部を、ちょっとずつ見学してたのね。

 けど、「これぞ!」って部に、なかなか出会えなくて。
 何でもよかったとはいえ、やっぱりやるからには、楽しくいきたいじゃない。


 それであちこちウロウロしてたんだけど、気がつけば職員室の近くにいて。
 そこで偶然スミレちゃん――当時は初々しく、「竜崎先生」って呼んでたけど――に会っちゃったのね。

 そしてスミレちゃんはわたしを見つけると、初対面にも関わらず、いきなりプリントの束を押しつけてきて、申し訳なさそうにこう言った。


「悪いけど、これを男子テニス部まで届けてくれないか? 実は、今から職員会議でね」


 今度行われる練習試合の詳細や、注意事項を記したものらしい。
 このプリント作りが思いのほか手間取って、会議ギリギリの時間になっちゃったんだって。
 まあ断る理由もないし、何より暇だったから、軽ーく引き受けたわけよ。


 で、男テニがいるテニスコートまで行ったはいいんだけど……何か様子がおかしいのよね。


 なぜだかやたら騒がしい……っていうか、人だかりができてるし。
 何かもめてる?
 ただ、その肝心のもめごとは、人垣のせいでわたしからは見えないけど。
 まあ、嫌でも耳に飛び込んでくる怒声と罵声から、ケンカであることはすぐに想像がついた。

 どんなケンカなのかは結構気になったけど、騒ぎを治めようと取り囲んでる男テニ部員をかき分けてまで、それを見たいとは思わない。だって、下手すりや巻き込まれるしね。
 そんなのは御免なので、とにかくプリントを渡して、とっとと帰ろうっと。


 ところがどっこい、この騒ぎのせいで、コート内に入り込んだ部外者のわたしに、誰1人として気づかない。
 こ、これは困った……。


「あのー、すみません」


 とりあえず、適当に人をつかまえてみる。
 突然入ってきた見知らぬ女子生徒に、その人は驚いた様子だったけど、すぐに真剣な顔に戻って、わたしにこう言った。


「キミ、危ないよ。下がって!」
「はあ。でも、あの、プリント……」


 今と変わらずいい人な大石先輩が、わたしを案じ、腕を掴んで騒ぎから遠ざけようとする。

 でも、それはちょっとだけ遅かった。
 なぜなら、誰かが「危ない!」と叫んだ次の瞬間――いきなりわたしの右側頭部に、強烈な衝撃が襲いかかったからだ。


 倒れずにすんだのは、とっさに支えてくれた大石先輩のおかげ。
 けどわたしは、自分自身に何が起きたのかさっぱりわからず、次第に半端じゃなく痛み始めた頭を抱えて、「大丈夫か!?」と、焦り混じりに問いかける大石先輩の声を呆然と聞いていた。


 いつの間にやら、騒ぎはすっかり収まって、みんながわたしに注目している。
 中でも、驚きつつ一番真剣にわたしを見ていたのは、騒ぎの中心にいた2人組。
 互いに掴みかかる寸前だった2人は、1人はラケットを手にしているけど、もう1人にはそれがない。でもわたしの足元には今、先程はなかったはずのラケットが、なぜか1つ転がっていた。


 だんだんわかってきた。


 このラケットは、今何も持っていない、わいつのラケット。
 でもってどういうわけだか、このラケットを、あいつはわたしにぶつけたのだ。

 当時のわたしは、騒ぎを起こしたのが海堂薫と桃城武という、犬猿の仲の2人組だということを知らなければ、練習中にいつものごとく2人がもめ始め、海堂くんに掴みかかろうとした桃が、勢い余ってラケットをすっ飛ばしたことも知らなかった。
 もちろんそのラケットが、運悪く、わたしの頭を直撃したということも。

 つまりわたしからすれば、何の失礼も働いてない初対面のテニス部員から、問答無用でいきなり攻撃を食らわされたことになるってわけ。
 スミレちゃんから頼まれ、男テニのために配達係を務めた、このわたしによ?
 それはわたしからすれば、とても理不尽な仕打ちだった。
 だからこの時、否応もなく怒りが込み上げてきたのは、わかってもらえると思う。


 突然の出来事に、誰もが凍りついたように動けなかった。
 今の騒ぎでカゴが倒されたのか、そこに入っていたテニスボールが、あちこちに転がっている。
 わたしは、近くにあったそれをおもむろに拾い上げると、呆然と佇むテニス部員たちを尻目に、力一杯振りかぶった。そして投球!


 あの瞬間は、さながら映画のワンシーンのように、わたしの脳裏でスローモーションで展開していた。


 わたしの投げたボールが、迷うことなく一直線に突き進む。
 みんなの驚きの目が、わたしからボールに向けられ、束になったいくつもの視線と、そのボールが行き着く先にいたのは、悪気があろうがなかろうが、わたしに対して危害を加えた不届き者。


 すなわち――



「うがっ!?」



 ――ゴッ……!



 鈍い悲鳴と鈍い音を残し、桃がテニスコートに這う。
 わたしが放ったテニスボールは、桃の眉間に炸裂した。

 我ながら惚れ惚れするほどの、見事なクリティカルヒット!
 男テニ一同も、息を呑む素晴らしさよ。


 ……ただ残念なことに、喜ぶ間もなく、わたしもぶっ倒れたんだけど。
 そりゃ、頭に強い衝撃を受けた直後に、激しく動いたんだもの。倒れるのも当然だわ。


 その後、軽い脳震盪だから大丈夫と言い張ったものの、「頭のケガを甘く見るな」と、乾先輩にむりやり病院に連れて行かれてしまった。
 それで帰ってくると、みんなが怖々とわたしを見る中で、不二先輩に「いい肩をしている」と、なぜかほめられることに。ちょっとは真面目にわたしの心配しろっての、男子テニス部。
 まあすぐに、当時の部長と副部長だった手塚先輩が、原因を作った二人を連れて、わざわざ謝りに来てくれたけど。

 でもってこの因縁のせいか、何となく桃とはライバルっぽくなっちゃって、同じ敵を持つ連帯感からか、海堂くんとは結構仲良しさんだったりする。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 これが、わたしと男テニとの出会い。

 ああ、そうそう。何でマネージャーになったかだったわね。


 …………………………何でだっけ?


 この事件がもとで、テニス部の人たちと顔見知りになって、時々部活に顔を出しては、練習を冷やかしてたのよね。
 いや、主に冷やかしてたのは、あの一件でわたしの敵と認定された、桃なんだけど。

 でも、冷やかしてる暇があるなら、何か手伝えってことになっちゃって。
 そうしてマネージャーの真似事をしてるうちに、結局、本当のマネージャーになっちゃったんだ。


 ……何度思い返してみても、いいかげんな理由。
 男テニマネージャーを切望するお嬢さんたちに聞かれたら、マジで殺されそうだ。


 目の前では、わたしの言葉を今か今かと待ち受けている、2人のかわいい後輩たち。
 だけど、さすがにこれを最初から説明するのは、ちょっと抵抗がある。
 だってあの一件がもとで、わたしに対して、未だにビビってる部員とかいるし。

 特に今の2年生の大半って、海堂くんの気迫に気圧されてるでしょ。
 わたしってば、その海堂くんをも絶句させた事件の、張本人なわけだから。
 それを自分から告白するのは、年頃の乙女として、ちょっと……ねえ?


 で、しばらく考えた結果、結局わたしはこう答えた。


「えっと……悪いけど、ヒ・ミ・ツ♪ ということで……」


「「え――――――――――っ!?」」


 当然ながら、2人は不満大爆発。
 ああっ、あのおとなしい桜乃ちゃんまで、何だか怖い顔してる!

 口許に人差し指を立てて、かわいらしく言ってみても、女の子が相手じゃ、それは何の意味もなさない。
 みんなから、特性乾汁の材料を聞かれた乾先輩が同じことして、誰もかわいいなんて言わなかったのと、同じようなもんよね。……いや、ちょっと違うか?


 ――と、そこへ天の助けが!


「何やってんの?」
「ああっ、リョーマ様!」
「リョーマくん」


 念願の待ち人が来て、2人の注意が、わたしから越前へと向かう。
 そのスキにわたしは、「じゃ、おつかれー」と言って、そそくさと2人のもとから走り去ってしまった。
 後ろで朋ちゃんが、「あーっ、逃げるなんてずるーい!」って叫んでたけど、「逃げるが勝ち」という立派な言葉もあることなので、わたしは全然気にしません。


 こんなふうに、わたしは無事、この場を立ち去ることに成功した。
 背後で繰り広げられる1年生たちの会話を、ほんの少しだけ耳にしながら。


「ねえ、リョーマ様。先輩が何で男テニのマネージャーになったか、わたしたちにもおしえて〜」
「いや、知らないけど」
「そんなー!」


 そりゃ1年坊主は、去年の話なんぞ知らないでしょ。


 けど、わたしは油断していた。
 わたしが逃げ去ったことから、触れられたくない話題であることを悟られ、あろうことか小憎らしい越前は、先輩たちにわざわざそれを訊ねに行ったのだ。
 先輩たちにとっても印象深いあの出来事を、話さないはずがない。

 でもって、悪戯心に満ち溢れた不二先輩や菊丸先輩が、真実をそのまま伝えるはずもなく、各自素敵なアレンジをつけ加えて、結果、わたしはものすごい人になった。

 実は青学の裏番(これも今時珍しい)だという定番のものから、本当は政府に秘密裏に造られた改造人間で、目からビームを出したり、ロケットパンチを繰り出すところを見たという、もはや人間の域を超えてしまったものまで、種々様々。

 まあ、あの先輩たちのやることに、いちいち目くじら立てたって疲れるだけだから、今更怒る気はしないけど。
 それでもやっぱり不本意なのは、いつの間にやら部内で広まったその話を、微妙に真に受けた後輩たちがいるってことよ。
 あ、もちろん、ビームやロケットパンチの方じゃないからね!


 おかげで、1年生たちのわたしを見る目が、何かこう……ささやかに、恐れを含んだものに変わりつつある。
 だから、わたしが何か用事を言いつける時も、前以上に機敏に動くようになったのよね。

 それは非常にありがたいし、助かってはいるんだけど……やっぱり何だか、すっごく微妙。


−END−

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 記念すべき、初ドリームです。
 今後も続く、青学日常話の第一弾。
 まずはヒロインの、テニス部での位置関係を明らかにしてみました。

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2003.03.01


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