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11月も終わりに差しかかり、少しずつ冷たい空気が鋭さを帯びてきた。 深みを増した秋が、次第に冬へと移行する――11月って、そんな厳しい季節よね。 でも何より厳しいのは、期末テストが目前だってこと。 ほら、11月下旬から12月上旬って、毎年テストの時期だから。 それが真に間近な今、ついに部活も休みになった。 そのおかげで、久々にゆっくりした休日を迎えたけど、いずれ来る試練の時を思うと、やっぱり完全にはのびのびできない。 かといって、家にいると、どうしてもまったりしたくなるし……うーん、ジレンマ。 そんなにカリカリしなくても、今の成績を保てれば、高等部へ進むことに問題はない。 でも実は、少しばかり興味のある学校があって、そこへの外部進学も視野に入れてるんだ。 とはいえ、青学にも愛着はあるし……まあ、本格的に結論を出すのは、もう少し先の話だけどね。 それでも今は、ある程度、進路を絞っておかなきゃいけない時期なんだ。 そうしたこともあって、成績に関わる問題に、気を抜くわけにはいかないのです。 そこでわたしは、少しでも試験勉強に集中できるよう、思い切って図書館へ行くことにした。 最近にしては珍しく、暖かな日だったので、気持ちよく外を歩けた……んだけど、もともとの目的を思うと、さすがに楽しい気分になれない。 何しろ、今の頑張り如何で、今期の成績が左右されるんだもの。 でも、鮮やかに色づく街路樹のイチョウに、少しだけ心が癒される。 普段はあまり足を向けないとこだから、季節がもたらすその変化は、とても新鮮に映るんだ。 なのに、図書館へ続くこの癒しスポットで、何とも言えない気分にさせる光景を、わたしはこの目で見てしまいました。 「どりゃー!」 全力で街路樹を揺すり、風情を害する男が2人。 そうして罪のないイチョウの木に無体を働き、それが原因と思われる木が2本ほど、ほぼ完全に、鮮やかな葉を落としていた。 「あと少しだぞ。気合い入れろ、桃!」 「こいつを落とせば、3本制覇っスね。頑張りましょう、英二先輩!」 汗をかきながら、笑顔で励まし合う2人。 それはどちらも、すごく見たことある顔で。 「うわー……」 残念だ。 ものすごく残念だ。 まさか、街路樹のイチョウを散らすなんて、馬鹿な真似に勤しんでるのが、気心の知れた先輩と同級生だなんて。 「あ、だ!」 しまった。あまりの衝撃にボーッとしてたら、あっさり菊丸先輩に見つかってしまった。 せっかく、他人のフリをしようとしてたのに。 こっちをチラチラ見てる通りすがりの人たち、わたしはこの2人とは無関係ですから! とはいえ、菊丸先輩と桃がやってるこの所業も、それはそれで気になるわけで。 「こんなところで何やってんの、2人とも?」 「紅葉狩り! ……と言いたいとこだけど、意外と紅葉が見当たらないんで、代わりにイチョウ狩りをしてたんだ」 汗を拭き拭き、爽やかに応える菊丸先輩。 その隣で、これまた爽やかに頷く桃。 ………………えーっと…………………………。 先輩は疲れてるのかな? これでも一応、受験生なわけだし。 進む先が青学の高等部とはいえ、中等部からのエスカレーターに何事もなく乗るためには、今回のテストでしくじるわけにはいかないもんね。 そんなに成績は悪くなかったはずだけど、失敗はできないと思うことで、プレッシャーになってるのかも。 ……だから、まさか本気で言ってるわけじゃないよね? でも不安に駆られて、ついついわたしは言ってしまった。 「あの、紅葉狩りって、紅葉を狩るんじゃないですよ? 紅葉の美しさを、目で楽しむんですよ?」 「馬鹿にすんな! それくらい知ってるっての」 すぐさま反論した菊丸先輩に、わたしは内心ホッとした。 だって、紅葉狩りの代わりにイチョウ狩りとか言って、舗道に葉っぱを積もらせてるんだもん。 ちょっとアヤしく思うよね。 でも、わたしは聞き逃さなかった。 反論する菊丸先輩の傍ら、小さいながらも本気な声音で、「え……?」と漏らした、桃の呟きを。 ……まあ、あまり勉強を頑張るタイプじゃないしね、桃は。 どうせ菊丸先輩に誘われるまま、何も考えず、この気分転換につき合ってたんだろう。 きっと他の先輩たちは、最初から、こんなことにつき合わなかっただろうから。 「で、それがわかってて、なんでこんなことしてるんですか?」 「野暮なことを聞くなよ、。男は本来、狩猟民族なんだぜ」 「なんですか、その理屈……。それにどのみち、紅葉狩りは狩猟じゃないし」 「まあまあ、英二先輩。なんかに、男の浪漫はわかりっこないって」 何が誇らしいのか、やたら胸を張る男ども。 でも、どの辺りに胸を張れるのか、わたしは本気でわからない。 「どこが男の浪漫なの。ただ単に、イチョウを散らしてるだけじゃない」 その発言に、異論を唱えようとした桃。 けれど、ふいに流れた明るい音楽を耳にするや、あっさりと、開きかけた口を閉ざしてしまった。 どうやら桃の携帯に、メールが届いたらしい。 そしてそれを見た途端、たちまち桃は、気持ち悪い笑顔になった。 「英二先輩、俺急用ができたんで、今日はこれで帰りますね!」 「えー、マジかよー! あ、さては今のメール、ちゃんからだな!」 ああ、桃の彼女さんか。そりゃ、気持ち悪い笑顔にもなるわ。 事実、彼女からのメールはすごい威力で、桃は菊丸先輩の非難も何のそのだった。 「バレちゃいました? 実は、さっき両親が出かけたとかで、今、家に1人らしいんですよ」 うわ! そのニヤけ面、本当に気持ち悪い!! でも、その顔を見れば、桃の決意は一目瞭然。 そして、菊丸先輩の悲痛な叫びが響き渡った。 「桃の薄情者! 俺より、彼女を取るのかよ!」 ……いや、先輩とかわいい彼女じゃ、比べるべくもないでしょ。 なんで自分が、彼女に勝てると思うんですか。 でも大人な桃は、駄々をこねる先輩を、華麗なまでに退けた。 というより、根が素直だった。素直すぎた。 「すんません。でも俺、イチョウの木を裸にするより、を裸にしたいんで!」 ちょっと! そんなことを大声で言うな!! しかも往来で!!! でもこの主張の効果は絶大で、さすがの菊丸先輩も、それ以上駄々をこねたりはしなかった。 健全な青少年の主張は、健全な青少年だからこそ、よくわかるんだろうな。 ……いや、よく考えたら、先輩は健全じゃないような。 うん、ちょっとだけ病んでると思う。 この紅葉狩り……もとい、イチョウ狩りがいい証拠だ。 意気揚々と立ち去る桃を見送ると、やがて菊丸先輩は、疲れたようにため息をついた。 しかも、そのまま座り込んで俯いてしまい、そこから全く動こうとしない。 目の前にしゃがんで、「菊丸先輩?」と呼びかけても、「んー」と言うだけの、鈍い反応があるのみだ。 まあ、実際に疲れてるとは思うんだけどね。 何しろイチョウの木を3本、葉が落ち切るまで、全力で揺すったんだから。 でも、そうした肉体的なものとは違って、どこか本質的に、まいってるように思える。 そう、何か問題を抱えてるような。 それが解決できなくて、悶々としてる――そんなような気がするんだ。 「勉強疲れですか? それとも、何か悩み事?」 「あー……うん。ちょっと鬱屈してるかも」 もごもごしつつ、答える先輩。 でも、それだけ言うと、また黙り込んでしまう。 ……今、言葉を濁された。 多分、菊丸先輩にとって、深い部分の問題なんだな。だから、迂闊には話せないんだ。 でも、何とかしたいと思ったその瞬間、陰鬱とした気分を一新させそうな、いいアイデアが閃いた! 「ねえ、菊丸先輩。鬱屈してるなら、それこそ本来の紅葉狩りでもして、心を落ち着かせるのはどうです?」 そう、日本の四季が織り成す美しさに触れてみるの! でもその提案は、あっさり却下されてしまった。 「やだ。1人じゃつまんねーもん」 「誰か誘えばいいじゃないですか。ほら、大石先輩とか」 「どうせ、『紅葉もいいけど、今は勉強第一だろ、英二!』って言われるのがオチだって」 「じゃあ、わたしはどうですか? ちゃんとした紅葉狩りなら、いくらでもつき合いますよ」 その言葉に、俯きっぱなしだった菊丸先輩が、恐る恐るといった感じで顔を上げる。 そしてものすごく慎重に、こんな希望を述べてきた。 「じゃあ、28日に行きたいんだけど」 28日? 何、そのピンポイントな指定は。 でも、そんなことより、その日は確か―― 「それって、テスト期間真っ最中じゃないですか! さすがにちょっと無理ですよ」 「……言うと思った。でも、28日がいい。ダメだってんなら、おまえを嘘つきと見なして、以後、狼少女と呼んでやる」 そう言うと菊丸先輩は、恨みがましく目を伏せてしまった。 ……なんでそうなるの。 そりゃ、紅葉狩りにつき合うって言ったのは、わたしだけどさ。 でも、行く日くらい、妥協してくれてもいいんじゃない? 「せっかく今日会ったんだし、今から行くのじゃダメですか?」 「ダメ、28日。28日がいい」 「先輩、28日にこだわりすぎですよ。その日に何かあるんですか?」 あんまりしつこいから、つい、うんざり口調で聞いてしまった。 それを受けて、ちょっと傷ついた表情を見せる菊丸先輩。 そして口を尖らせると、不貞腐れたように言葉を紡いだ。 「その日、俺の誕生日なんだ」 「はあ」 「俺、誕生日を好きな子と過ごすのが夢だったんだよ」 「? はあ」 「だから行こう、紅葉狩り」 「はあ!? あ、あの、菊丸先輩。もうちょっと、順序立てて話しましょうよ」 唐突すぎて、ちょっと意味がわからない。 いや、わかる部分もあるにはある。 誕生日を好きな子と過ごすのが夢で、その日にわたしをしつこく誘うってのは、つまり……そうなんだよね。 でもそうなる前に、もっといろいろ話すべきことがあるのでは? そんな、わたしの求めに応じた菊丸先輩は、大きく深呼吸をして、再び続けた。 「が好きだ」 なんでそう来るの!? わたし今、順序立てて話してって言ったよね? なのに、なんでそうなのよ? でも突拍子もないながらも、先輩の告白は、本気で切実なものだった。 いつの間にか腕が掴まれ、向き合って座った状態から逃げられなくなる。 「あのさ……外部受験するって、ほんと?」 突如投げかけられた、思いがけない質問に、さすがにわたしも息を呑む。 それは、隠してたわけじゃないけど、言いふらしてたわけでもないこと。 だから、学年の違う菊丸先輩に知られているとは思わなかった。 悪いことは何もしてない。 でも、隠し事が見つかったみたいで、何だか落ち着きが消えていく。 「いや、あの、考えてはいるけど、別に決定ってわけじゃなくて……」 「1年我慢すれば、また一緒にいられると思ったのに」 わたしの言葉を遮って告げられる、菊丸先輩の本音。 それを悲痛な声で、悲しげな瞳で、強くまっすぐ、わたしに投げかける。 「なんで青学じゃダメなんだよ。せっかくいろいろ頑張ってきたのに、高等部にが来ないと思ったら、いきなりやる気がなくなった。大事な時期なのに、どうしてくれるんだ。俺の気力を返せ」 別に、ダメってわけじゃ……。 っていうか、言いがかりにも程がある。 そもそも、青学に行かないって、決めたわけじゃないんだからね。 でも、菊丸先輩が鬱屈してたのは、わたしが違う学校に行くと思ってたから? これまで、当たり前のようにいたわたしが、いなくなると思ったから? わたしの腕を握る手に、グッと力が込められる。 「28日は、俺と一緒にいて。少しでも、と一緒にいたいんだ」 ふざけたり、わがまま言ったり――そういうところばかりが目立って、わたしにとっての菊丸先輩は、かわいいけれど困った人という認識だった。 その人が今、わたしに対して懇願している。 切実な訴えを、わたしに向かってぶつけている。 結局、その一言に激しく動揺したわたしは、先輩の頼みを断ることができなかった。 そうした突然の出来事に振り回されて、今回の成績は散々なものになったけど、でもまあ、これはこれでよかったかなーなんて……必死で青学を勧める彼氏ができた今は、そんなふうに思うんだ。 −END−
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