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「、ちょっと顔貸してくんない?」 のんびりと帰り支度をしていたら、ふいに声をかけられた。 そしてそちらを振り向けば、いつもの菊丸くんからは想像もつかない険しい顔でわたしのことを見ていたから、マジで決闘でも申し込まれるのかと思いました。 何か用事でもあるのかと思ったけど、菊丸くんは、単に「一緒に帰ろう」ってことが言いたかったらしい。 とはいえ、やっぱり何かしら、わたしに対して思うところがあるようで。 菊丸くんと並んで廊下を歩きながら、わたしはそれが一体何なのかを考えていた。だってそのことは、わたしもずっと気になっていたことだから。 というのも、ここ最近のわたしを見る菊丸くんの視線は、とてつもなく厳しかったので。 騒動を前にした時の手塚くんさながらに、眉間に皺を寄せて、とてもきつい目で、ただじっとわたしを見るだけの菊丸くん。 何だか話しかけずらくて、でもそこまで見てるからには何かあるんだろうと、視線で問いかけてみても、こちらと目が合えば気まずそうに視線を逸らす。そのくせ、しばらくすれば、やっぱりわたしを見ているのだ。 菊丸くんとは、去年同じクラスだった。 今年は離れちゃったけど、大石くんと同じクラスになったことで、部活での相棒だという彼は、ちょくちょく2組に遊びにきてて、3年になっても顔を見ることは多かった。 それに先月、友達のが彼の友達の不二くんとつき合い始めたことで、わたしや菊丸くんを交えて、4人で集まる機会も結構増えて。 そんなわけで、クラスが違ってる今でも、菊丸くんとはそれなりに親しくしてたわけ。 そんな菊丸くんの、態度の急変。 しかも菊丸くん、何だか怒ってるような……? 睨みつけるかのような強い視線に、少なくともわたしはそう思う。 彼がそこまで態度を変えるからには、やはり何かしらの原因があるはず。 でも、何だろう? わたし、菊丸くんに何かしたっけ? そんなふうに、ここ最近の記憶を掘り起こして、原因を探ってみるけれど―― ……やっぱり何もないし。 くそうっ、何かしたのかと思って、無駄にドキドキしたじゃないか。 でもそうなると、今度は無意識で何か失礼なことをしたって可能性が濃厚になってくる。こ、こっちの方がタチ悪いな。 けど、いろいろ考えてみたものの、やっぱり思いつくものは何もない。 チラリと横にいる菊丸くんをうかがえば、何やら難しい顔をして考え込んでいる。 階段を下りても、靴を履き替えても、ずーっとそのまま。会話なんて、一切なし。わたし、一緒にいる必要ないんじゃないかなと思うくらい。 彼がしゃべらないから、わたしもしゃべらない。 結局、共に黙り込んだまま校門を抜けて、そのまま学校前の通りに出る。 そしてしばらく歩くと、かなりのスピードを出した車がやって来た。 通学路なのに無神経に走ってるなーとそんなことを思ってたら、隣にいた菊丸くんが、慌ててわたしの腕を引っ張って、道路脇に引き寄せる。 「あっぶないなー、あの車……っていうか、も何で車道側なんか歩いてんだよ!」 はあ!? ようやくしゃべったと思ったら、何それ? 何で歩く位置のことで、菊丸くんに文句言われなきゃいけないの? 「そんなの、この並びで出てきたら、たまたまそうなってたんだから、しょうがないじゃん!」 カチンときて強く言えば、「そりゃまあ、そうなんだけど……」と、菊丸くんは苦い顔。 けど、「とにかく、はこっち」とわたしと場所を入れ替わり、無理やりこの話を終わらせてしまった。 その後も、特に会話もなく、黙々と歩くわたしたち。ここまでくると、いいかげん沈黙にも慣れてきたな。でも、しばらく行くと公園に差しかかり、 「……あのさ、ちょっと寄ってかない?」 おもむろに、そう訊ねてくる菊丸くん。お、ようやく会話らしい会話が始まるかな。 菊丸くんの真意を掴むためにも、この提案にはもちろん賛成。 そして公園の自販機で、各々ココアだのミルクティーだのを買って、ベンチに座る。 けど、寄り道を提案した当人は、ここに来てもやっぱり無言。缶のプルタブを開けもしないで、ただじっと座ってるだけ。 ったく、いつもの元気はどこ行っちゃったの? 一体目的は何なのか、そろそろ明かしていただけませんかね、菊丸さんよ。 だって、何度考えてみても、菊丸くんの機嫌を損ねる理由が思い当たらない。 わたしは、あなたに何かしたの? それとも何もしてないの? 何もしてないなら、何がしたくて菊丸くんはこうしているの? 黙り込んだままじっとして、もうどれだけここにいるのか。 思ったほど時間はたってないと思うけど、とりあえず時間を確認するために、わたしは時計代わりでもある携帯電話を手に取ろうと、膝の上に乗せてた右手をふと動かした。 ――と、まさに、その瞬間のことだった。 何の前触れもなく、菊丸くんがわたしの太腿を触ったのは。 「なっ……!?」 予想外の出来事に、咄嗟に立ち上がり、驚きをそのまま菊丸くんにぶつける。 すると菊丸くんの方も、なぜかえらく驚いた様子で、 「ち、違うって! 今のは間違い!」 「何をどう間違えたらそうなるの! っていうか、本当にさっきから何なのよ、菊丸くんは!」 「ごめん、本当にごめん。謝るから、行かないでよ、」 わけがわからなくて、思わず彼のそばから離れようとしたわたし。 でも遠ざかる寸前のわたしの腕を慌てて掴み、必死で頼み込む菊丸くん。 まるで今にも泣き出しそうで、情けなさに顔を歪めた彼を見ていたら、どこか気の毒になってきて、とりあえず逃げる気はなくなった。 そしてわたしは立ったまま、菊丸くんはベンチに座ってわたしの腕を掴んだままで、やはりしばしの時が過ぎる。 その沈黙を破ったのは、菊丸くんのボソボソとした声。 「……あのさ、立ち話も何だから、座らない?」 「……痴漢がすぐそばにいるから嫌です」 「痴漢じゃないって! さっきはたまたま、ああいうふうになっちゃっただけで……」 「足以外に触るものがないってのに、たまたまも何もないでしょーが」 「そんなことない!」 「じゃあ、何を触ろうとしたら、ああいうふうになるのよ!」 そう言われた菊丸くんは、瞬間的に言葉に詰まったけど、すぐに答えた。 っていうか、開き直った。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜手だよっ!!」 ……手? 「手を握ろうと思ったの! の! そしたらいきなり、が動くから……!」 ああ、カバンの中の携帯を取ろうとした、あの瞬間。 確かにその時まで、わたしの手は膝の上にあった。 いきなり足を触ったのは、タイミングが悪かっただけの話か。 でも、それがわかっても、まだわからないことがある。 「わたしの手? 何で握るの?」 「……その辺りは、察していただけるとありがたいんですが」 うわ、菊丸くん、顔真っ赤。 耳まで真っ赤。 俯いただけじゃ隠しきれないくらい、すべてが見事に真っ赤っ赤。 男の子が、女の子の手を握ろうと思うのは、つまり……あえてそうしようという、それなりの意志が存在するというわけで。 で、菊丸くんは、わたし以外に女の子がいないこの状況で、鮮やかなまでに真っ赤になっているわけで。 ……うん、察した。 とりあえずベンチに座り直したわたしに、菊丸くんは少しホッとした様子。 そして、ようやく思ってたことを話し始めてくれた。 「あのさ、不二がとつき合い始めて、友達の俺らも一緒にいるようになったじゃん。俺としてはと過ごす時間が増えてすっごく嬉しかったんだけど、の方はがいるから一緒にいるって感じで。それってやっぱ、すごく切なくてさ」 「切ない、ねえ……」 「あっ、何だよその信じてなさげな態度!」 「いや、今までの菊丸くんのどこに、切なさがあったのかなーと思って」 「切なさ大爆発だったじゃん、俺!」 「……ずっとわたしのこと睨んでたくせに」 「に、睨んでない! ずっと見てたけど、断じて睨んでなんかない!」 ああ、ようやくわかってきた。 ようするに、あんまり力入れてわたしのこと見てたから、知らず知らず、目つきが厳しくなっちゃってたのね。 そして結局のところ、こんな展開になってしまい、肩を落としてため息をつく菊丸くん。 「はあ……。かっこよく告白しようと思って、日々覚悟を固めてタイミングをはかってきたってのに……」 「だから、ここんとこずっとわたしを睨んでたと」 「だから、睨んでないってば」 さっきから掴まれたままのわたしの手を、彼はほんの少しだけ持ち上げると、優しくきちんと握り直す。 「こうやって手を取ってさ、それでがこっちを見た時に、思いきって好きだって言おうと思ってたんだけど」 「……うん」 「告白しようって決めたのに、と2人きりになれるが全然チャンスがないしさ。それなら自分できっかけを作ろうと思って声かけてみたけど、何て言ったらいいかさっぱりわからなくなるし。タイミング外しまくりで、ダメダメだよ」 そしてすべてを話し終えると、あらためて菊丸くんは言った。 「さん」 「ん?」 「好きなんですけど」 「うん」 「どうしたらいいですかね」 まるで他人事のような会話。 けど菊丸くんは、本当にどうしたらいいかわからないって感じで、困ったようにわたしを見ている。ここで困られても、わたしが困るんだけどな。 「あー……なら、とりあえず、告白してみるとか」 「……してるじゃん」 「してないよ」 そう言われて、心外だと言わんばかりのまなざしで、わたしを見つめる菊丸くん。 「だってわたし、告白の計画を聞かされただけだもん」 我ながら意地が悪いと思うけど、実際あれは告白じゃないと思う。 ……まあ、告白されたも同然だけど。 だから菊丸くんの言い分は、至極もっともなもので、 「……ここまできたら、いいかげんわかるじゃん」 「でも、これからつき合っていこうって相手に、始まりをおろそかにされるのは嫌だよ」 菊丸くんは、もうほとんど自分の気持ちを言っていて、今のでわたしも、何て答えるか暴露したようなものだけど。 でも、ここまできたなら、やっぱりちゃんと言ってほしい。 わたしの手を握る菊丸くんの手は、とてもとても汗ばんでいて、彼が今、ものすごく緊張してることがわかる。 意地悪なことしてごめんね。 でも、菊丸くんに何かしたんじゃないかって、わたしはずっと不安だったんだから、せめてこれくらいの仕返しは許してほしいんだよ。 −END−
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