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5月11日は、テニス部の後輩にして我が愛しの君である、海堂薫くんの誕生日です。 そんな彼に、プレゼントを贈りたいと思うのは至極当然のことで、なおかつ、それで好印象を与えたいと思うのは、恋する乙女として、とても自然な気持ちだと思うの。 まあ欲を言えば、それを機に告白して、何とかOKの返事をもらって、つき合えちゃったりするといいなー……なんて思ってたりもするんだけど。 ただ……悲しいかな、わたしと海堂くんって、それほど親しい間柄じゃないのです。 テニス部のマネージャーをやってるおかげで、かろうじて接点はあるんだけど。 いや、そもそも2年近くも一緒にいて、まともな会話がほとんどないのって、おかしいと思う。 とはいえ、口をきく機会は、そこそこあると思うんだけどね。 休憩の時にタオルとドリンクを用意して、「はい、海堂くん」と手渡しても、返事は「ああ」で終わり。 入部したばかりの越前くんと試合したこの前だって、膝をラケットで打ちつけて血を流してたから、「大丈夫?」って聞いてみただけなのに、「ああ?」と凄まれて終わり。 彼の性格から、口達者じゃないことはわかってるけど、だからって、ほとんどを「ああ」で終わらせるのってどうかと思う。だってあれじゃ、言葉じゃなくてただの音階よ? そんな彼に気圧されて、だから必要以上の会話はなかなかできなくて。 本当は、いろんなことをたくさんたくさん話したい。 だけど彼の態度が、それを望んでないことがわかるから……。 好きな人に嫌な思いはさせたくないし、第一、それで嫌われちゃったら元も子もない。 だからわたしは、海堂くんの前で、あまり活発な行動に出られないでいた。 つまりわたしは、同じ部にいるっていう、形だけの先輩。 けど! それじゃいつまでたっても、彼との距離は縮まらない。 しかも、わたしは3年生。すべての試合が終わったら、引退を余儀なく迫られる儚い身の上よ。 選手のみんなは、引退しても後輩たちの指導で、練習に顔を出しても全然違和感ないけど、さすがにマネージャーのわたしは……ねえ。自分で言うのも何だけど、引退後も力になれるほどの、能力も存在感もないんだから。 そうなると、今みたいに学校で必ず会えるという、素敵な環境は消え失せる。 もともと、大した絆もない間柄。そうすれば、海堂くんの脳裏からわたしの存在が消えてしまうまで、さほど時間はかからないだろう。 でも――そんなの絶対に嫌だ! 「……と、まあそんなわけで、何をプレゼントしたら喜んでもらえるのか、乾様のお知恵をお借りしたいなーと、思ったわけでありまして」 「なるほどね」 今回を勝負の時と定めたわたしは、思いきって青学の知恵袋乾貞治氏に、海堂くんに何をプレゼントしたらいいかを相談してみることにした。部活に行く途中、うまい具合に、乾くんに遭遇したからね。 乾くんは、部員のことは細部に至るまで調べてるから、個人の趣味もよく知ってそう。 しかもその上、あの一匹狼な海堂くんと一番一緒にいる機会が多いという、羨ましい人だもの。 傾向と対策の教えを請うのに、これほど適した人物はいないでしょう。 「そうか、がねー。海堂のことを好きだったとは……」 「もうっ、いちいち口にしなくていいから! で、海堂くんの好きそうなもの、何か知ってる?」 「海堂の好きなものといえば、バンダナだろう?」 ひょっとして知らなかったのか? と、ちょっと意外そうに言う乾くん。 いえいえ、まさか。もちろん知ってますよ。海堂くんが、趣味でバンダナを集めてることくらい。 わたしの知っている、数少ない有力情報だから、プレゼントで真っ先に思いついたのも、やはりバンダナだった。 でもね、聞くところによると、海堂くんのバンダナコレクションって、マジですごいらしいじゃない。 そんな彼なら、たとえ似合いそうなのを見つけたとしても、わたしが行ける範囲の店で買ったようなものなんて、とっくの昔に手に入れてるような気がするの。 彼が喜んでくれて、なおかつ、わたしが手に入れられるような素敵なバンダナ――そんな都合のいいもの、さすがにあるとは思えない。 それを言うと乾くんも、「確かに」と納得していた。 「なら、バンダナはやめておいた方が無難だろう。もらった時は嬉しいだろうが、それが自分の持ってるものと同じだと知れば、最初に喜んだぶん、落胆は大きい」 「でも、バンダナ以外に何がいいかっていうと、これが全く思いつかないのよねー。変なものあげるよりは、タオルとかの実用品がいいと思うけど、それも芸がないというか……」 「なら、Tシャツ辺りはどうだ? もし気に入れば、これもかなりの好印象だと思うが」 「Tシャツかー」 Tシャツも悪くない。けど、海堂くんが気に入ることを前提に考えると、一体どんなものがいいんだろう? 悩みに悩んで頭をひねりまくってたら、乾くんが助け船を出してくれた。 「海堂の好きな色は青だ」 「青か……。ならいっそ、海堂くんサイズでパジャマ作ればよかったかな。そしたら、そいつをプレゼントできたのに」 「パジャマ?」 「うん、家庭科でね、パジャマ作ってんの。あとちょっとで完成なんだよ」 言ってわたしは、今日の授業で、より完成に近づいたパジャマをカバンから取り出して、歩きながら乾くんに見せびらかした。 青い生地で、派手すぎず地味すぎず、それでいてちょっと珍しい柄だと思うのよね。 お、乾くんも、ちょっとお気に召したご様子。 「へえ……なかなかいい色合いだね。ん? 何か落ちたぞ」 「あっ、これはミシンの練習用にね」 足を止め、カバンから落ちた四角い布の切れ端を、乾くんが拾ってくれた。 ミシンを使うのは、去年の家庭科の時にスカートを作って以来だから、久々すぎて、ちょっと自信なかったの。それで、余り布の端を縫って、練習してみたんだ。 そういえばこれって、見た目的に、ちょっとバンダナっぽいわね。近くで見ると、とんでもない縫い目がバレバレだけど。 「あーあ、この柄のバンダナがあれば、本当は一番いいんだけどなー」 海堂くんの好きな青色だし、デザインもいい感じだし。 そう言って、わたしは自分の頭にそれを結んでみる。 「どう?」と聞くと、「似合う似合う」と、子供をあやすような感じで乾くんに言われた。 そうこうしてるうちに、わたしたちは部室まで来てしまった。 「ありがとね、乾くん。とりあえず、いいTシャツ探してみるよ」 「どういたしまして。まあ、無理せず頑張れよ」 「うん、頑張る」 そして部室に入ろうとする乾くんを、何気なく見送っていたら―― ガチャ。 「あ、海堂」 「!?」 「……っス」 乾くんが開けようとしたドアを先に開けて出て来たのは、先程までの話題の主、海堂くんだった。 うわっ! さっきまでしてた話が話だし、何よりいきなり会えるとは思ってなかったから、すっごく緊張するよー。 「じゃあ、着替えてくるから」 「えっ? あ、うん」 引きつってるわたしを面白そうに眺めると、乾くんはそのまま部室に入って行ってしまった。 あ、あの、こんな状態で海堂くんと二人きりにされると、わたしすっごく心細いんですけど……。 無言のままじゃ気まずいし、かといって、どんなふうに話しかけたらいいかもわからないし……。 そんなふうに、現状の打開策を一生懸命考えていたら、当の海堂くんから、いきなり声をかけられた。 「あの、先輩」 「へっ!?」 驚いて海堂くんを見る。 海堂くんは、珍しく興味を浮かべたまなざしでわたしを見て――いや、わたしの頭を見て言った。 「そのバンダナ、どこで買ったんスか?」 「バンダナ?」 最初は、言っている意味がわからなかった。 でも彼の視線を辿って、何気なく頭に手をやると、手のひらが髪とは違う感触を伝えてくる。 それでようやく気がついた。ひょっとしてわたし、練習用の布を巻いたまま? 「ちっ、違う違う! これバンダナじゃないの! まぎらわしいことしてごめん」 自分でもビックリして、わたしは慌てて布を取った。 「は? 違うんスか?」 「うん。これ、家庭科でミシンの練習に使ったヤツでね」 「ミシンの練習?」 「うん、今パジャマ作ってるの。これは、その余り布」 「へえ……いい柄っスね」 「でしょー?」 ……自分で自分が信じられない。 わたしってば、未だかつてないくらい、海堂くんと会話が弾んでる。 今まで音階でしか答えてくれなかった海堂くんが、ちゃんと言葉を返してくれる。 ただそれだけのことだけど、わたしはすごく嬉しかった。 気がつくと、わたしたちは話しながら、テニスコートに向かって一緒に歩いていた。 「先輩。さっきのヤツなんですが……」 「さっきのヤツ?」 訊ねると、海堂くんは視線で、わたしのカバンを示す。 そこには、先程無造作に突っ込んだ布が、ちょっぴり顔を出している。 「これのこと?」 取り出すと、海堂くんはうなずいた。 「それ……よかったら、俺にくれませんか?」 「いいけど……変なもの欲しがるのね。一体こんなのどうするの?」 不思議に思ったけど、わたしにはもう必要ないものだし、何より彼の要望に応えられることが嬉しくて、深く考えずにそれを手渡そうとした。 でも次の瞬間、信じられない一言が! 「こんな感じの欲しかったんで」 それを聞いて、わたしは慌てて手を引っ込める。 でも、海堂くんは敏速だった。とっさに布を掴んで、わたしの動きを阻む。 わたしたちは布を掴み合ったまま、しばしそのまま対峙した。 「つかぬことを聞くけど、海堂くん……まさか、これをバンダナにする気なのでは?」 「ダメっスか?」 「ダメに決まってるじゃん! ほら、よく見てよ。練習に使ったヤツだから、縫い目がガタガタなのよ? こことかこことかここなんて、糸が飛んじゃってるんだから!」 「構いません」 「わたしは構う!」 そんな強い言葉で、徹底抗戦の意志を示した、その時。 「俺、もうすぐ誕生日なんです」 誕生日――その単語にドキッとする。 思わず、「知ってるよ」と言いそうになったけど、それは何とか堪えきった。 「そ、それで?」 「誕生日プレゼントってことで、これもらえませんか?」 「プレゼントなら、なおさらこんなのダメだって!」 そんなの、わたしが許せない。 海堂くんが生まれてきてくれた、記念すべき日なのよ。 こんなへんてこな布じゃなく、もっとちゃんとしたものを贈って、お祝いしたいじゃない。 だからわたしは、こんなのを渡してなるものかと、徹底的に抵抗した。 けど、相手は頑強な男の子。わたしから布1枚を奪うなんて、たやすいことだった。 「もーっ、返してってばー!」 けど、わたしは諦めない。だって渡しちゃったら、これがわたしからの誕生日プレゼントってことになっちゃうんだもの。そんなの認められないわ! しつこいわたしに海堂くんもちょっと驚いた様子で、それでもわたしが取り返せないように、布を持った手を高く掲げてしまった。 「プレゼントなら、もっといいものあげるから!」 だから返して――そう言おうとした時だった。 「俺は先輩からもらえるなら、何だって嬉しいっス」 へ? 今、何て……??? わたしの耳が確かなら、今海堂くんは、ものすごいことを口にしたと思うのですが……。 きょとんとして見上げるわたしに、海堂くんの顔が見る見るうちに紅潮していく。 「と、とにかく、これもらいますね」 わたしが呆然としてる間に、海堂くんはそのまま布を手にして行ってしまった。 えっと……もし、わたしの考えが間違ってなければ、ひょっとしてひょっとすると、海堂くんはわたしのこと……。 そう思ったらわたしの顔も、一瞬にして真っ赤になった。 熱い頬を、両手で押さえる。それでも、温度は上がる一方。 「ま、待って、海堂くん!」 わたしは海堂くんを追いかけた。 今思っていることを、彼にしっかり伝えたかったから。 わたしからもらえるなら何でもいいって言ってくれて、すごく嬉しかった。 でも海堂くんへの誕生日プレゼントは、他にちゃんと考えているの。 だからそれだけで満足しないで。 ちゃんと5月11日に渡すものも受け取って。 そしてその時、「誕生日おめでとう」ってわたしに言わせてくれるなら、その布は今、喜んでキミにあげるよ。 −END−
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