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「非科学的だが、風邪は人に移すと治るという」 「……まさかとは思うけど、そのためにわたしを呼んだんじゃないよね?」 体調管理にかけて右に出る者はいない――そう言っても過言ではない彼氏が、珍しく風邪を引いて熱を出した。 普段熱を出さない人が発熱すれば、さぞかししんどいだろうとお見舞いに来てみれば、あいつ、彼女に対してこんなこと言いやがりましたよ。 「確認するけど、それだとわたしが風邪ひくことになるよね」 「なるな」 「そして貞治は、わたしに風邪を移したいと」 「移したいわけじゃない。ただ、そういう説があるというだけだ」 確かにその説は聞いたことがある。でも、このタイミングで言いますか? 風邪を移したいと言っているも同然の彼を、不信感丸出しで見やるわたし。 一方、貞治は貞治で、咳き込みながら謎のアピールをし始めた。 「そんなあなたに朗報。今風邪を引くと、なんと完治した俺が看病するサービスつき」 「それ、風邪を移されるだけのわたしに、なんのメリットがあるの?」 そりゃ、彼氏がそばにいてくれるってのは嬉しいよ。 でもそれって、自分が治るために、相手に苦しんでくれって言っているようなものよね。 とはいえ、貞治がそんなつもりで言っているわけじゃないのはわかる。いち早く治る方法を考えてたら、ふと頭をよぎったってとこだろうな。 そんなことを考えている間にも、貞治の謎のアピールは止まらない。 「俺が愛を込めて看病するのに、ダメなのか?」 「だってさー、熱出したり鼻詰まったり喉痛くなったり、とにかくしんどいじゃん」 「俺が念入りに、愛を込めて看病するのにダメなのか? 念入りに、愛を込めて看病するのに?」 念入りという部分に、若干抵抗がある。しかもなぜ2回言った? 一体、何をする気でいるんだろう? 「寝込んでるとこなんて、見られたくないよ」 「俺は、が寝込んで何もできないと思ったら、いてもたってもいられないぞ」 それはわかる。 だからわたしも、こうして貞治のそばにいるんだし。 「でも、そもそも風邪を移されなきゃ、寝込むことにはならないんじゃない?」 「くっ、気づかれたか」 熱があるせいか、さっきから言っていることがおかしいな。 ったく、そんなに必死にならなくても、具合悪いあなたを放り出して帰ったりしないよ。 我慢強くて、仕事に行くご両親に心配かけたくなくて大丈夫って言ったけど、実はわたしにSOS出すくらい、本当はしんどかったんでしょ? まあ、甲斐甲斐しくしてもらえるなら、彼の風邪を引き受けるのも悪くないかも。 そんなわたしの内心を知らない貞治は、なおも懸命にアピールを続ける。 「今なら、『特製乾ジュース 〜季節の果物を添えて〜』付き」 「それはいらない」 「じゃあ――」 「わかったわかった。先に風邪だけもらっとくよ」 言って彼にキスすると、えらく驚いた顔をされた。なんだ、その反応。 こういう状況で、手っ取り早く風邪を移すなら、この方法が一番よね。 ……そうだよね? 当たってるよね? 違ってたら、すごく恥ずかしいんだけど! でも、わたしがそばに居続けるとわかってからは安心したのか、静かになった貞治は、そのまま静かに眠りについた。 ゆっくり休んで、早く回復してね。 明日もしくは明後日には、今度はわたしが寝込むだろうから、その時は優しく看病して。 念入りじゃなくて、ほどほどでいいから。『特製乾ジュース 〜季節の果物を添えて〜』もいらないから。 でも不思議なことに、1週間たっても2週間たっても、わたしは健康そのものでした。 「思わぬ誤算だった」とボヤく彼の大きな背中に、とりあえず1発強めに入れておいた。 −END−
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