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「俺、のこと好きなのかも」 「え?」 いきなり手を握られて言われたのは、あまりにも唐突なものだった。 それに対して怪訝な顔を見せたら、言った当人は違う解釈をしたらしい。 「かも、というのは失礼だな。俺はのことが好きだ」 始まりは、部室で自前のノートにデータの書き込みをしていた乾が、消しゴムを落としたこと。 わたしの足元に転がってきたそれを拾って渡したら、どういうわけか手を握られて告白された。 ……本当にどういうわけ? わたしたちの間にそうした気配は、全然なかったはずなのに。 何をもって乾は、わたしをそういう対象として認識したのだろう? 「落ち着こう、乾。何がどうしてそうなった?」 「我ながら、この流れは意外だった。突拍子もなくて申し訳ない」 本当だよ! 乾自身も自分の突然さに驚いていたけど、向こうは向こうなりに納得したものがあるようで、いつも通りのさっぱりした顔をしている。 でも、わたしは違う。今もまだ、混乱の真っただ中だ。 わたしたちはただの部活仲間で、思い返してみても、さっきまで2人はとても普通だった。 それが一変したのは、乾が落とした消しゴムを拾って、手渡した時。 あの時乾は、一瞬驚いた顔を見せ、こちらがそれに「ん?」と思う間もなく、途端に何かを受け入れた。 まあ、その何かがこれだったわけだけど、でもあれでどうやったら、わたしへの恋心を自覚できるっていうの? 目の前にいる乾は、じっとわたしを見つめている。 わたしからの返事を待っているんだろうけど、生憎こちらは、驚きすぎて言葉にならない。 その代わり、目で表情で、思いっきり今の心情を伝えてみた。 信じられない、と。 乾は困ったように、少し眉を下げると、小さくため息をついた。 「信じられないだろうけど、信じてほしい。嘘じゃないんだ。今思ったばかりなだけで」 「今思ったばかり?」 今って、まさかさっきの、消しゴムを拾ったことが関係してる? 確かにあれがきっかけだとしか思えないけど、あれの何でそうなったのかは、さっぱりわからないよ。 「消しゴムを拾ってくれただろう?」 やっぱりと思いつつ、頷いて話を進めてもらう。 「それを渡してくれた時、互いの手が触れたよな」 「うん……」 今も触れてますけどね。あの瞬間に、いきなり手を握られて、そのままだから。 まさか、落ちた消しゴムを拾ってもらって、その優しさにドキッとしたとか、そういうこと? そんな程度でドキッとしてどうするよ! あんた、落ちた消しゴムを拾ってもらえないほど、世間に冷たくされてるの? それとも、わたしが消しゴム拾う以上の優しさを、これまで見せなかったと言いたいのか。いくらなんでも、それくらいはあったはず! けれど乾が言いたかったのは、不良が雨の日に捨てられた子犬を拾った的な、たまたま優しさを見せたことなんかじゃなかった。 「あの時に動揺した」 「へ?」 「の手に触れて動揺したんだ」 思わぬ話にまぬけな返事しかできないわたしにきちんと聞かせるべく、乾は同じことを二度言った。 「なぜ動揺したのか。それはを意識したから」 わたしの手を握る手に、わずかに力が込められる。 「なぜ意識したのか。それは、のことが好きだから」 わたしを見つめる視線に、逸らされることのない熱さがさらに灯る。 「好きだと思ったから言った。つまりは、とても簡単な話なんだ」 乾の脳内では、ものすごい速さで、この一連の理論が展開したらしい。 でもそれは、あくまで彼の中での話。 「何、その理屈!」 「とても理論的だと思うが」 思わず叫ぶわたしに、さらっと答える乾。 確かに説明を聞く限りでは、とても簡単に見える。 でも、誰かを好きになったり想いを伝えたりって、そんなにあっさりしたものなの? それじゃ、いろいろ考える方が馬鹿みたいじゃない。 ずっと前から乾が好きで、告白する勇気も持てずに、グズグズしてたわたしが馬鹿みたいじゃない! もう、いろんな感情がごちゃまぜになって、好きな人から告白された現実を素直に喜べない。 嬉しいことは嬉しいけど、これまで何もせずにいた自分を振り返ると、すごく複雑だ。 「うん……まあ、言いたいことはわかったからさ、とりあえず手を離さない?」 少しでも落ち着いて考えたくて、彼から距離をとる提案をしてみた。 今、わたしの手は乾に握られているけど、その間には消しゴムが挟まっている。手のひら越しに消しゴムの存在を感じ合っている、少々変な状況だ。 けれど乾は、小さく肩をすくめると、 「離しがたいな」 「わたしからのお願いでも?」 「の気持ちは尊重したい」 「じゃあ、離そうよ」 「だがそれ以上に、俺は俺の気持ちを大事にしたい」 「……つまり、離す気はないんだね」 「そういうはどうなんだ?」 ため息をつこうとしたところで、ズバリ言われてしまった。 離してほしいようなことを言っても、乾は動揺しなかった。 それはわたしが、彼の手を受け入れていることに気づいているから。 好きな人に手を握られて、平静でいられるはずがない。真っ赤な顔で見つめるわたしが乾をどう思っているかなんて、彼ほどの洞察力がなくても見抜けてしまうだろう。 でもわたしは、あえて言う。「離してほしい」と。 それを聞いた乾から、余裕の表情が消える。 ずっとわたしを動揺させてた彼を動揺させられたのは嬉しいけど、だからって不安にさせたいわけじゃない。 まずは、わかってほしかったんだ。 2人の間に挟まった小さな消しゴムが、邪魔でしょうがないことに。 −END−
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