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菊丸と、2人と食事を共にした際に投げかけられたのは、「乾は彼女の手料理に、ちゃんとおいしいって言ってるの?」という疑問の声だった。 だが、至って正直にそれに答えた結果、同じことを同じ顔で、2人同時に言われてしまったんだ。 「それはどうかと思うよ」 中学高校を、青学テニス部の部員とマネージャーとして過ごした、菊丸と。 ごく普通に出会った2人は、ごく普通に恋をして、そして間もなく、ごく普通に結婚することになった。 そんな2人の新居にて、ネット環境の整備を頼まれた俺は、仕事を終えた後、礼として作の夕食をご馳走になることに。 そこでの話題は、来週に控えた2人の結婚式のことと、なぜか俺の……というか、俺たちのこと。 実は俺もまた、中学高校を同じくしたと、ごく普通に出会い、ごく普通に恋をし、ごく普通に結婚したいと思っていたからだ。 「乾は、さんのどんな料理が好きなの? 英二は何作っても、おいしいしか言ってくれないから、メニュー考えるのも一苦労なんだよねー」 「だっての料理は、本当に何でもおいしいんだから、しょうがないじゃん♪」 「もー、英二ったら♪」 ……そんなノロケを聞かされながら、の手料理を振り返ってみる。 「まあ、どれも問題なく食べられるな」 「問題なくって……あんたねえ」 「あ、の料理も、何も問題なく食べられるぞ」 実際、の料理は、英二が褒めたたえるのも納得の代物だった。 だが俺の感想は、の機嫌をいたく損ねてしまったらしい。 「その言い方は嬉しくない!」 「そうだぞ、乾。おいしいならおいしいって、ちゃんと伝えなきゃ」 「乾は彼女の手料理に、ちゃんとおいしいって言ってるの? まさか、いつもそんな調子じゃないわよね?」 「………………」 に言われて、初めて気づく。 そうしたことを、これまで全く、気にしたことがなかったことに。 そして、俺の態度ですべてを察したらしい菊丸とには、「それはどうかと思うよ」と、2人同時に真顔で言われてしまった。 ここ数年、は1人暮らしの自分のもとへ、ちょくちょく来てくれている。 半同棲と言っても過言ではないため、すでに台所は彼女の陣地だ。 だが、それだけ長い間一緒にいるにも関わらず、どれだけ振り返ってみても、の前で「おいしい」などの言葉を口にした記憶がない。 だが、その理由は大体わかっていた。 自分は食事を栄養摂取の機会と捉えている節があり、味わいを楽しむことに、さほど興味がないからだ。 もちろん、おいしいに越したことはないが、食べられればそれでいいとも思っている。 そんな俺に対して、は愕然とした。 「乾は絶対、さんと結婚すると思ってたのに……」 「いや、もちろんそのつもりだが……」 長いつき合いで、居心地のいい時間を作れるとの結婚は、もうずいぶん前から意識していた。むしろ、彼女以外を伴侶にするなど考えられない。 「だったらなおのこと、思ったことは言わなきゃダメだよ! もしかしてあんた、好きとか愛してるとかも、ろくに言ったことないんじゃない?」 「あー、まあ……でも長いつき合いだし、そんなことは、言わなくてもわかると思うんだが」 「何言ってるの。その慢心が離婚のもと! あ、結婚前だから、この場合は破局か」 「容赦ないなー、は」 笑いごとじゃないぞ、菊丸。おまえの妻になる女は、容赦なさすぎだ。 しかし、の言うことにも一理ある。 料理がおいしいとか、好きとか愛してるとか、言わなくてもわかることだと思っていた。 何しろ、俺がそうなのは、今に始まったことじゃない。 でも、だからといって、このままでいいことにはならないんだな。 きっと俺より、同性であるの方が、の意見に近いはず。 だから、今日も家に来て料理を作ってくれたに、俺は思いきって、感謝の意を表してみた。 その結果―― 「……貞治、死んじゃうの?」 「……なぜそうなる」 驚きで目を見開いた彼女は、とんでもないことを口にした。 驚かれるとは思ったが、まさか自分が驚かされるとは……。 だが、気を取り直しつつある俺とは対照的に、は「だって、いきなりそんなこと言うから」と、うろたえたままだ。 とにかく落ち着かせて、その発言に至る理由を聞いてみた。 「だって、たまに聞くじゃない。普段しないことをした人が、それをやった後に、この世を去るって話」 「ああ、まるで身辺整理みたいな……って、ちょっと待て」 まさか、今の自分をこのパターンに当てはめているのか? ……どうやら、その手のことを言わなすぎるあまり、おかしな方向に誤解させてしまったらしい。 だが、いくらなんでも、「死んじゃうの?」はないだろう。 頭を抱える俺を見て、自分が心配していたことは何もないとわかった。 何かを悟ったのか、小さく笑いながら、 「もしかして、菊丸くんとさんに何か言われた?」 「……その通りだ」 俺は潔く、2人との会話を明かした。 まあ、「言っておくが、そうした方がいいと言われたからだけじゃないぞ。ちゃんと思っているからこそ、そう言ってるわけであってな」と、潔くない言い訳もしたが。 だがは、「わかってるよ」と笑顔のまま。 本当にそう思っていると、彼女の表情は語っていた。 我ながらこんなにグダグダなのに、なぜすんなり納得できるんだ? 逆に、そっちの方が気になるんだが……。 するとは、軽く動揺する俺を前に、とてもあっさり言ってのけたのだ。 「あれ、もしかして自覚なかった? 貞治は、おいしいものは食べるスピードが早くなるから、特に感想がなくても、見てればちゃんとわかったよ」 「え?」 「あと、帰ってほしくない時は、私のバッグを、いつの間にか寝室に置いてたり。これはパソコン作業してる時が多かったから、後で行くからじっとしてろよって主張だったね」 「そ、そうだったのか……」 どうやら自分は、結構単純だったらしい。 そしてやはり、わかっているなら言わなくていいものではなかったようだ。 「でも確かに……言葉があると嬉しいかな。態度で気持ちがわかるまでは、結構不安だったもん」 「悪かった。ならこれからは、言葉も大事にしていくよ」 それと同時に、俺は決意する。 「」 「ん?」 自分の中でおぼろげに描いた未来を、はっきり形にするために。 「俺と結婚してほしい」 嬉しそうなを見て、言葉は大事なものだと再認識した。 そしてあらためて、彼女とこの先の人生を共に過ごしたいと、強く思ったんだ。 だが、俺の一世一代の告白を聞いたは、見る見る険しい顔になる。 な、なぜだ? 自惚れるわけじゃないが、てっきりも、俺と同じ気持ちだとばかり……。 そうして内心焦っていると、何と彼女は、思いがけない理由で激昂した。 「まさかあんた、プロポーズにも何も言わないつもりだったの!? いくらなんでも、それはない!」 「ちょっと待て。なんでそうなるんだ!?」 「だって、言葉を大事にするって言った直後じゃない。なら、そういうことだったんでしょ! 何も言わずに、なあなあで済ませるつもりだったんでしょ!?」 「違う、誤解だ!」 ……やはり、普段しないことは、無理にしない方がいいのかもしれない。 そうも思ったが、2人揃って新たな道を歩むなら、これは大切なことなんだろう。 言葉は大事だ。 よくわかった。 よーくわかったから、いいかげん、その怒りを静めてくれ。 −END−
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