正月のおみくじに凶は少ないとか、そもそも大凶なんて入ってないとか、そんな話をついさっきまで、面白おかしくしてたのに――
 なのにわたしは、今目の前に、過酷な現実を突きつけられていた。

 そして、固まるわたしの手元を、興味深そうに覗き込む影。


「俺、初めて見たよ。大凶って」


 それは奇遇ですね。
 わたしも初めてなんですよ、乾くん。



最強の運勢



は、初詣まだなのか? じゃあ、せっかくだから、今日行ってみる?」


 今日は、始業式のみで部活も休み。時間だけはたっぷりある。
 だから、乾にそう言ってもらえた時は、すごくすごく嬉しかった。
 だってわたしは、年末年始に全く身動きが取れなくて、正月気分がほとんど味わえなかったから。

 でもまさか、ウキウキ気分で訪れた神社で、こんな仕打ちを受けるとは……。


 大凶。


 それは、わたしが手にするおみくじに書かれた、最悪な運勢を示す文字。
 その存在は知っていたけど、できれば無縁でいたかったもの。


「大凶……」


 口に出してみたけど、どうも実感がない。
 でも、実感がなくても、わたしが大凶を引いたのは間違いないわけで。
 遅まきながらその事実を認めたら、なんだか少しずつ、悲愴感が込み上げてきた。

 最初は、面白そうにニヤついていた乾。
 けど、見る見るわたしが沈み込むから、さすがに焦り出しようだ。


「まあ、ほら……たかがおみくじだし。なっ?」
「取ってつけたようなフォローなんて聞きたくない」


 初詣のおみくじといえば、いわば今年の道標。
 そう言っても過言じゃない、大切で重要なものなのに、そこに大凶って。
 ……大凶って!
 年が明けて、心機一転頑張ろうって時に、何もこんな、出鼻を挫くようなことしなくたっていいじゃない。


 何しろわたしは、正月どころか、せっかくの冬休みに、ほとんど何もできなかった。
 だからこそ、少しでもいい結果をおみくじで出して、自分を慰めたかったのに。


 認めたくないけど、やっぱりわたしの大凶っぷりは、おみくじを引く前から発揮されてたんだろうな。
 だってこの年末年始は、インフルエンザの襲来を受けて、見事に伏せってたんだから。

 寝るつもりのない寝正月って、本当に泣けてくる。
 しかも、ウィルスにねちっこく絡まれたおかげで、冬休みの後半は、丸々潰れちゃったんだ。


 さっきまでは和気藹々としていたのに、今はすごく空気が重い。
 それもすべて、大凶なんて引いた、わたしのせい。
 できることなら笑い飛ばして、この場の空気を変えたかったけど、残念ながら、そんな気力は湧いてこなかった。それだけ、大凶が与えた精神攻撃はすごかったんだ。


 言葉も発せず、全力で落ち込むわたし。
 そんなわたしの対処に困った乾は、ただ黙って立ち尽くすのみ。



 ……立ち尽くすのみ。



「……ちょっと乾。黙って突っ立ってないで、何か一言、フォローしてくれてもいいんじゃない?」
「いや、そう言われても、フォローしようがないというか」
「何よ、それ! そこは、大凶を引いた方が逆にすごいってことで、大凶が出る確率とかおしえてくれればいいじゃんよ!」


 そんな八つ当たりめいた訴えに、けれど乾は真顔で答える。


「それは違うぞ、。大凶が出る確率は、神社によってまちまちなんだ」
「え、そうなの?」
「大凶はあまりにショックを与えるからと、なくなったところもあるくらいだからな」


 ……確かに、これでもかってほど、ショックを与えられたわね。


「なら、とりあえず何でもいいから、説得力のあること言って慰めてよ。そういうの得意でしょ。ほら、早く」
「無茶苦茶だよ、


 わかってるよ。わかってますよ、そんなこと。
 でも、何でもいいから、大凶を払拭できるものがほしいんだ。
 じゃないと、なかなか立ち直れない。ほんとに半端じゃないんだよ、大凶のダメージって。


「これからわたしの身には、インフルエンザなんて目じゃないくらい、次々に悪い出来事が降りかかるんだ。きっと成績ものびなくて、わたしがマネージャーなばかりにテニス部も惨敗続きで、そして今年こそはと思ってた素敵な彼氏も、結局できないままなんだー!」
「落ち着け、。それはさすがに、悲観的すぎるぞ」
「悲観的にもなるわよ! だって大凶なのよ、大凶。そうなることだって、十分あり得るじゃない!」
「あり得ないから。もうおまえ、大凶にこだわるの禁止。いつまでもそんなの持ってるから、余計に悪いこと考えるんだよ」


 確かに乾の言う通り、大凶をきっかけに、悪い想像がどんどんふくらんでいる。
 でも、だからってそう簡単に、気持ちは切り替えられないの。


「でも……!」
「でもじゃない」
「だって……!」
「だってでもない。けど、そんなに気になるんなら、この機会を利用して、1つ言わせてもらうよ。これもが心配してた、最後のヤツに該当すると思うからね」


 言うと乾は、それまでわたしが握り締めていた、大凶のおみくじを取り上げる。
 そしてわたしの注意が、おみくじから乾自身に向いた瞬間、「突然だけど」と前置きして、とんでもないことを言ってくれた。


「俺とつき合ってくれない? のこと、ずっと好きだったんだ」





 ――あまりにサラッと言うもんだから、内容を理解するまで、少し時間がかかった。





「…………………………ええっ!?」


 本当に突然すぎる。
 突然すぎて、大凶ショックどころか、すべてが吹き飛んで真っ白になったよ!


 とりあえず、落ち着いて考えるべく、ここに至るまでを振り返ってみよう。


 乾の告白は、「が心配してた、最後のヤツに該当すると思うからね」という、言葉の後にあった。
 さっきわたしが口にした、諸々の心配。その最後の項目は、確か――


「……素敵な彼氏?」
「素敵じゃない?」


 苦笑する乾。

 いやいや、これはただの確認。
 わたしは別に、そんな失礼なことを言いたかったわけじゃないのよ。


「なら、素敵になるよう努力するよ。ちなみに俺が彼氏になると、授業のわからないところを常におしえてあげられる」


 ……ということは、成績がのびないなんてことはない?


「でもって、彼女の前で無様な試合はできないから、よりいっそう部活に励むようになる」


 ……そうしたら、試合で惨敗ってこともない?


「どう? が気にしてること、俺なら全部クリアできるよ」
「……そうみたいだね」
から見て、大凶が入り込む余地はあると思う?」
「ない……と思う」


 乾がそばにいるだけで、物の見方が一変する。
 しかも、それは口だけじゃない。彼は本当に、わたしのために頑張ってくれるだろう。

 わたしのために――そう思ったら、一気に顔が真っ赤になった。


「じゃあ、もう一度言うよ。 さん、俺とつき合ってくれませんか?」
「は、はい!」


 あらためて伝えられた彼の要望に、勢いよく答えるわたし。
 すると乾は、それを聞いて、あからさまにホッとした。


「よかった。俺の告白を、大凶項目に捉えられたら、どうしようかと思った」


 あんなに、自信満々言っといて……。
 っていうか、


「乾でも、大凶とか気になるんだね。ちょっと意外」


 根っからの理系だし、大凶についても淡々と語ってたから、そういうのはあまり気にしないと思ってた。
 でも、事実はほんのちょっとだけ違っていて、乾はこれまたサラッと、ものすごい発言でもって、わたしに答えてくれたんだ。


「おみくじは気にならないけど、のことは気になるよ。だからが気にすることは、俺だって気にする」


 今度は、大凶を引いた時とは逆の意味で、今が信じられなくなった。

 だって大凶なのに、こんな嬉しいことが起きるなんて。
 これでもし、大吉を引いてたなら、一体どうなってたんだろう?


−END−


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 大凶どころか、凶も入ってないおみくじは、結構あるそうです。
 今まで一度も引いた記憶がないから、大抵の神社は、やっぱり格段に少ないか、そもそも入ってないのかも。

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2008.01.15

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