|
おべんとおべんとうれしいなー♪ ――って、はしゃぐほどではなくなったものの、今日はそれなりに楽しみにしていた遠足の日。 何たって、学生生活最後の遠足なんだもの。浮かれるのも、無理はないでしょ? 遠足そのものは、野外博物館を事前に決めたグループで好きなように回るという、取り立てて面白みのないもの。だけど、平日に学校の外で、友達とレジャーシートの上で、輪になってお弁当を食べるというシチュエーションは、とてもとても楽しいものだった。 ……それで終わってくれれば、素敵な思い出の1つとして、心に刻み込めたのに。 でも残念なことに、このたびの遠足は、楽しさのツケというものが回ってきてしまった。 多分、浮かれすぎたことが、そもそもの敗因なんだろうな。 帰りのバスの中、クラスのみんなは、各々楽しい時間を過ごしていた。 車窓からの景色を堪能したり、疲れを滲ませて眠りについたり。 そんなふうに、個人で気ままに過ごすことを選んだ人たちもいたけれど、ほとんどはおしゃべりに励んだり、ゲームに熱中したりと、にぎやかな過ごし方を選んだようだった。 そんな中で、わたしはというと……実は、猛烈にバスに酔っていたりする。 「外で食べるとおいしいねー!」と、調子に乗って、友達のおかずまで強奪して、食べまくった結果がこれだ。やはり、暴飲暴食はよろしくない。その後、長時間バスに乗ることがわかってたら、なおさらね。 すると、妙に静かなわたしを心配してか、クラスメイトの1人が声をかけてくれた。 「あれ? ちゃん、テンション低ーい。どうしたの?」 でも今は、その気遣いが、とってもありがた迷惑だったり。 っていうか、普段はあまり話をしない子なのに、なぜゆえこんな時に限って、話しかけてくるの? せっかく声をかけてくれたとこ悪いけど、正直、今はうっとおしい。 それに、わたしは今、全身から「放っておいてくれオーラ」を放出してると思うんだけど。なんで、空気が読めないのかな? 「ねえねえ、後ろでトランプやらない? 人数いた方が面白いからさー」 どうやら彼女は、人数集めに、みんなに声をかけているようだった。 そりゃ、普段しゃべらないわたしにも、声をかけてくるはずだわ。 でも、わたしは今、全身から「放っておいてくれオーラ」を放出してると思うんだけど。なんで、空気が読めないのかな? 「……ごめん。わたし、パス」 「えー! いいじゃん、やろうよー!」 ……なんで、空気が読めないのかな? バス酔いで、気分は最悪。そのせいで、すごく剣呑な目つきで断っているのに、それでも彼女はどこ吹く風。そもそも、億劫そうにやる気なく言われたら、相手がそれを望んでないことくらい、簡単にわかりそうなものなのに。 困った相手との対処法を、気分が悪い中で考えるのは、至難の技。 でも、そんな疲れる押し問答をしているところへ、突如、大きな影がさしてきた。 「まあまあ、は疲れたんだよ。そっとしていてやったら?」 やった、天の助け! わかってくれる人が現れたわ。 でも今度は、その影の主、乾くんが標的になったけど。 「じゃあ、乾くん、メンバーに入ってよ」 「ごめん、俺もお疲れ組だから」 あっさり一蹴。だが、それで素直に引き下がる相手じゃない。 無論、彼女は食い下がるけど、乾くんならではの淡泊な口調で、「他をあたってよ」とすげなく断られれば、それ以上会話は続かない。結局彼女は、渋々、次の席に移動していった。 すごいや、乾くん。彼なら、きっと、しつこい訪問販売にも屈しないんだろうなあ。 そんなことを考えつつ、追い払われた彼女の背を何気なく見送っていると、ふいに視界が遮られた。それは乾くんが、それまで空席だったわたしの隣に、なぜか腰を下ろしたから。 あれ? 確か乾くんの席って……。 そんな、視線での問いかけに気づいた彼は、 「俺の席、トランプ組に占拠されちゃったから、避難させてな」 「ああ。うん」 その理由に、あっさり納得。だって、騒ぎに巻き込まれたくない気持ちは、よーくわかるもの。 だからわたしは、乾くんの移動を認めた。 まあ、その席の本当の持ち主は、トランプ組にいるから、単に席を交換したようなものだけど。 そうしてしばらく、お互い無言でいたんだけど。 ……なんだか乾くん、こっちをチラチラ見ていない? それに気づいてから、こっちも向こうを見ていたけど、案の定、しばらくしたら、わたしに視線を向けた彼と、バッチリ目が合った。 しゃべるのも億劫なので、「何か用?」と、またまた視線で問いかける。 すると乾くんは、心配そうにこう言ってきた。 「さあ、もしかして酔ってるんじゃない?」 え? わたし、一言もそんなこと言ってないのに、なんでわかったの!? ……って、バスの中で気分悪そうにぐったりしてれば、大体察しはつくか。 「あー……まあ」 「先生に言わなくて平気か?」 「言ったところで、酔いは収まらないし。っていうか、言ったら多分、先生の近くに移動させられるでしょ? 今、動きたくないのよね」 だって、下手に動いたら、気持ち悪さの塊が、全身を駆け巡って、さらにとんでもないことになりそうな気がするのよ。 かといって、静かにじっとしていても、それはおさまらない。 さっきから、何とか酔いをごまかそうとしてるんだけど、これもなかなかうまくいかないし。 学校に着くまで、まだまだ当分かかるのに、それまでわたし、我慢できるのかな? もし我慢できなかったら、そもそもの原因となった、食べすぎのお弁当が、そのまま出てくることになるんだけど。 そういえば、お昼に食べたものって、なんだったっけ? まず、五目ご飯のおにぎり……って、これだけで、すでにかなりの素材が入ってるじゃん! もし、全部ってことになったら……その時はきっと、辺りは地獄絵図になる。 うわー、想像したら、余計気持ち悪くなった! ダメだダメだ、他のこと考えて、気を紛らわそう。 でも、気持ち悪さが、思考回路を鈍らせる。 そして、うまく働かない頭は、さらに気持ち悪さを認識する。 認識すると、考えなくてもいいことまで考えて、結果、さらに気持ち悪くなっていく。 ……悪循環だ。 いっそ寝られれば、この気持ち悪さも遮断できるんだろうけどな。 けど、なかなかうまく寝つけない。 寝よう寝ようと思うから、かえって寝られないのかもしれないけど、今はそれに意識を集中する以外に、眠りへの道が見つけられない。 いっそ、姿勢を変えてみれば、うまく寝つけるかな? そこで、思いきって窓側を向いてみることに。よいしょっと。 うーん……なんかしっくりこない。 けど、シートに背中を預けた自然な状態でもしっくりこなかったし、取り立てて気持ち悪さも攻めてこないから、しばらくはこの状態で様子を見ようかな。 ……と、そんなふうに、人が頑張って寝ようとしてるのに。 瞬間、小さな音が響いた。 それは車内の明るい喧騒の中で、簡単にかき消されたけど、隣にいる人には、しっかり聞こえたようだった。 「……、今、舌打ちした?」 やや戸惑いがちに、乾くんが言う。 ええ、しましたとも。チッて言いましたとも。 「悪いけど、触んないでくれる? 今、すっごく気持ち悪いのよ」 「いや、気持ち悪そうだから、背中をさすってみたんだけど……」 窓側に頭を向けているということは、つまり、乾くんに背中を向けているということで。 そして乾くんは、気をきかせたつもりで、無防備にさらしていたわたしの背中をさすったのだった。 そりゃ確かに、背中をさすってもらうことで、楽になる場合もあるでしょうよ。 でも、今のわたしの場合は、それに適合しない。 気持ち悪いからこそ、触られたくないの。放っておいてほしいの! だってわたしは今、「気持ち悪い」という感情を切り離そうと、必死で頑張ってるんだから。 そんな時に背中をさすられたら、今気持ち悪さと戦っていることを、あらためて認識させられるじゃないの。 「気持ちはありがたいけど、ほっといて。じゃないと、最悪昼に食べたもの全部、そのまま出てくることになるからね。そんなもの思いっきり見せられるのは、乾くんだって嫌でしょうが」 「……それはそうだけど」 「じゃあ、放置ってことで、ひとつよろしく」 そうして、手だし無用の約束を取りつけると、わたしは再び、孤独な戦いに戻っていった。 けど、何かこう……気持ち悪さと戦う姿勢が、やっぱりしっくりこない。 いい姿勢が取れれば、このバス酔いも、うまく受け流せる気がするんだけどな。 窓に頭をもたせかけてみる。 けど、振動が頭に響きすぎて、快適さがカケラもない。 少し腰を落としてみる。 ……んー、イマイチ。 何をやってもうまくいかなくて、シートの上でひたすらごそごそ。 すると、そんなわたしを見かねてか、ふいに乾くんが、こんなことを言ってきた。 「俺の方にもたれたら?」 「え?」 「落ち着く姿勢が定まらないんだろう? 窓側向いてもダメだったなら、残るは通路側しかないと思うんだけど」 確かに、通路側に向くってことは、乾くんの方に向くことだけど。 でも、やるからには、全体重をかけて寄っかかりたいのよ。 「ほら」 でも彼は、遠慮するわたしの肩を抱くと、そのまま自分の方に引き寄せた。 強引だったけど、その動きはわたしを気遣ってか、強い力のわりにとても緩やかなもので。 そうして、実際にもたれかかった乾くんの肩は、思いのほか、心地好かった。 おかげで、ようやく納得のいく姿勢が保てそうだ。 そうなると現金なもので、なんだか次第に、まぶたが重くなってくる。 「ごめん……このまま寝ていい?」 「どうぞ」 うとうとする中で、少しずつ気持ち悪さが押しやられていく。 そんな中、独り言のような乾くんの声が耳に入ってきた。 「やっぱり、下心からの善意はダメだな」 「……下心?」 ぼんやりしつつ訊ねるわたしに、とっくに寝たと思っていたらしい乾くんは、ちょっと驚いていた。 でも、やがて苦笑して、 「気になる子に、うまく触れる口実ができたと思ったんだよ。だから……まあ、続きはバスを降りてから言わせてもらおうかな」 その判断は正しかった。 だってわたしは、その言葉の途中で眠ってしまったから。 でも、眠りにつきながらも、ぼんやり思ったの。 乾くんが言おうとしていたことは、きっとわたしの肩を抱いたまま離れない手と、関係あるんだろうなって。 −END−
|