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昼食の後、次の授業の用意をしてたら、いきなり背中が重くなった。 まあ、犯人の目星は簡単につくけどな。そもそも、背後からこんなふうに飛びついてくる知り合いは、1人しかいない。 「いーぬーいーっ♪」 「どうした、菊丸?」 顔だけ後ろに向ければ、部活仲間の陽気な顔が窺える。 「古典の教科書貸してくんない? 今日忘れてきちゃってさー」 まあ、6組の菊丸がわざわざ11組の俺のとこまでやって来る理由は、8割方がそんなものだ。 「しょうがないな。ほら」 「サンキュ。じゃあこれは、お礼の気持ち&誕生日プレゼントってことで」 言って菊丸はポケットに手を突っ込むと、いくつか飴を取り出して、無造作に机の上に転がした。 多分、クラスの女子にでも、もらったものだろう。 ずいぶん安い謝礼兼誕生祝いだと思ったが、それでも誕生日を覚えてくれてたことに関しては、悪い気はしない。 「ありがとう。せっかくだからいただくよ」 「おうっ。じゃあ、これ借りるな」 そして簡単に礼を言って、菊丸を見送った。 だがその直後、またしても背後から、俺に対してかけられる声。 「えっ。乾ってば、今日誕生日だったの?」 聞かなくても誰だかわかる。 声の主は、この前の席替えで隣どうしになった、だった。 そして現在、一生懸命親睦を深めてる相手でもある。 まあつまりは、今みたいに、ちょっとでも俺に対しての関心を持ってもらえると、非常に嬉しく思える子だというわけで。 「ああ。今日で15歳だ」 「なーんだ。もうちょっと早く言ってくれたら、さっき何か買ってきたのに」 「? どこかに行ってたのか?」 「うん、ちょっと駅前の売り場までね。明日までなの、すっかり忘れててさ」 言ってが見せたのは、明日4日まで発売される、ドリームジャンボ宝くじ。 1等と前後賞合わせて、3億円が当たるというあれだった。 彼女が宝くじを買うことに関しては何の疑問もないんだが、でも気になる点が1つだけあったりする。そこで、さっそくそれを聞いてみた。 「明日までなら、今日か明日の帰りにでも買いに行けばよかったんじゃないか?」 「だって、もし売り切れてたらどうするのよ。そう思ったら、もう気になってしょうがなくてさー」 「それでわざわざ、学校抜け出して買いに行ったのか? 今の今まで忘れてたのに?」 「うっ……。お、思い出したんだから、別にいいじゃない」 「でも好評だったら、今頃売り切れててもおかしくはないぞ」 「買えたんだから別にいいの! そもそも宝くじってのは、買わなきゃ当たらないんだからね。乾も1つ歳とったとはいえまだ中学生なんだから、若者らしくもっと夢を見なさいよ。そんなわけで、はい」 そしては、買ってきたばかりの宝くじ10枚を、俺の目の前で扇形に広げて見せる。 ……これを一体どうしろと? そう視線で訊ねると、は申し訳ないと言いたげな顔でこう言った。 「生憎、これを買って所持金が尽きてしまったので、この中から1枚好きなのを乾にあげる。だから選んで」 「つまり、それが誕生日プレゼント?」 「そっ。もし1等当たったら、半分ちょうだいね」 「これは連番だろう? もし俺がもらったヤツが1等だった場合、が持ってる残りの中に前後賞があることになるんじゃないか?」 「あ、そっか。じゃあ、わたしは前後賞で1億だ」 1等の賞金は2億なんだが、それは一応言わないでおいた。 「じゃあ、せっかくだから1枚もらっとくよ」 そして俺は、の手の中から適当に1枚取った。 それを見届けると、はにっこり微笑みながら、 「誕生日おめでとう、乾」 まったく……その一言とその笑顔で、俺がどれだけ幸せを感じてるか、は知らないんだろうな。 でも、今はまだ知らなくていい。しばらくは、俺1人でささやかな幸せを楽しんでるよ。 「ああ。ありがとう、」 「……でも、1等当たったら、やっぱり半分ちょうだいね?」 「がめついぞ、」 でもはその一言をキレイに無視し、席につくと、残りの宝くじを丁寧にカバンの中にしまい込んだ。そしてまた、1人で勝手に宝くじに思いを馳せる。 「あーあ、本当に1億当たらないかなー。そうしたらわたし、残りの人生プータローで気楽に過ごせるのに」 「その場合はプータローじゃなくて、金利生活者だな」 「金利生活者?」 「ああ。仮に定期預金の金利を0.1%として、1億の0.1%を計算すると――」 「いや、細かい計算はこの際いいから」 慌てて俺の話を遮る。そういえば、数学苦手だったな。 「でも、いい響きだなあ。金利生活者か……」 ……いい響きか? でも、進路希望表に「金利生活者」と書きかねないほど、は憧れに満ちた顔している。 さっきは、俺に夢を見ろとかいろいろ言ってたが、中学生の夢が金利生活者ってのも、ちょっとどうかと思うぞ。 そして、それから数日たち、ついにドリームジャンボの抽選日がやって来た。 さっそくからもらった宝くじを見ながら、当選番号を調べてみる。 さすがに1等は無理だったが、意外にも5等が当たっていた。 つまり1万円。もらいものの宝くじ1枚が、見事にヒット。 でも、これを知ったら、実際に買った本人は悔しがるだろうな。下手すると、口をきいてくれないかもしれない。 しょうがない。の機嫌をとるためにも、この1万円で彼女をどこかに連れてくとしよう。 つまり、これでを誘う、いい口実ができたわけだ。 そもそものきっかけは、俺の誕生日。 やはり誕生日というのは、いつになってもいいものだな。 −END−
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