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走れ走れ! ひたすら走れ! 全力疾走! ダッシュだ! 実際の速度がわずかでも上がるよう、足を前に踏み出すたびに、心の中で自分を鼓舞する。 わたしを待っている彼に、少しでも早く会えるように。 早朝の坂道を全力で走る。 いつもの時間なら、人も車もそれなりの往来がある道路だけど、今に至ってはひっそりしている。おかげで好きなように走っても、誰にも迷惑がかからない。 いや、嘘です。ごめんなさい。 すでにわたしは、多大なご迷惑をおかけしています。 他ならぬ彼氏、大好きで仕方ない不二周助氏に。 今日は4年に一度しか来ない、大切な人の誕生日。 人気者の彼にそんな大イベントが降りかかれば、一体どれだけの騒ぎになるか。 不二くんの誕生日自体は、とても嬉しい。それをお祝いする人がたくさんいるのも、もちろん嬉しい。 でもお祝いする人たちに阻まれて、わたしのプレゼントが届かないなんてことになったら、さすがにそれは悲しすぎる。 祝うのが早いか遅いかで、不二くんの気持ちが変わるわけじゃない。 わかっていても彼女としては、やはり真っ先に行っときたいじゃない。 っていうか、わたしが一番に不二くんに会いたいの! そう、これはわたしの単なるわがまま。でも不二くんは、一番にプレゼントを渡したいという、わたしの願いのために、朝早くに会う時間をくれたんだ。 なのに、言い出しっぺがまさかの遅刻! 冬の早朝に誕生日の人を待たせるなんて、しかもそれが彼女だなんて、こんなに迷惑な贈り物があるだろうか。 待ち合わせ場所に佇む不二くんが、走り来るわたしに目をとめる。 こんな時でも優しい笑顔で、わたしは申し訳なさでいっぱいになった。 「ごめんなさい!」 そう言おうとした瞬間、彼が構えた携帯がカシャッと音を立てた。 驚きのあまり、足が止まる。 今の音、そして手にする携帯と彼の姿勢、これらから考えられるのは、とても恐ろしい事実である。 真冬にも関わらず、全力疾走のせいで流れる汗。 寝癖で大きくはねた髪。 そんな残念要素でいっぱいのわたしを、まさか……撮った? 「ちょっと待って! なんで撮るの!? 今わたし、グチャグチャなのに!」 「そうだね。でも、はいつでもかわいいよ」 「今のわたしのどこに、かわいさの要素が!?」 「たとえば、汗のせいで、おでこに真横にはりついた髪とか」 「めったに見れなくていいね」と言いながらのばされた手が、わたしの髪をわずかにすくう。 その時引っ張られたようで、額から何かが離れる感触が、確かにあった。 まさか必死で走ったせいで、こんな有様になるとは……! 今さらながらに、慌てて髪を整える。 けれど、そんなわたしに不二くんは、 「うん、かわいいかわいい」 「か、かわいくない!」 慰めるように言うわりに、全然慰めになってない。 だって言った当人は、いつにも増して笑顔なんだもの。 この状況の彼女を前に、なんで笑ってられるの? 遅れた自分が悪いのを棚に上げ、さらなる文句を言い募ろうとしたところ、 「好きな子が僕のために一生懸命だと思ったら、嬉しくてさ」 朝一番に会える約束をしてくれたのが嬉しくて、嬉しさのあまり寝つけなくて寝坊して、その結果、寝起きダッシュをする羽目になった、ダメな彼女だってのに。 そんなわたしを前にして、いつでもにこやかな不二くんが、とても輝いて見える。 それは朝日の輝きだけじゃない、不二くんの内側から感じられるもの。 つまり、心からそう思っているということ……? 事実、不二くんは本当に嬉しそう。 そんなふうに言われたら、もう怒ることなんてできなかった。 −END−
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