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「あ、あの、不二くん!」 「あれ、さん?」 部室から出たところで、いきなり僕を呼び止めたのは、クラスメイトのさんだった。 ……いや、違うな。正しくは、元クラスメイト。だって先週の終業式で、3学期と一緒に、彼女と同じクラスだった、2年生生活も終わりを告げたんだから。 つまり、今は春休み――なんだけど、ちょっと待って。 確か、さんって帰宅部じゃなかったっけ? そんな彼女が、この時期に学校に来るのって、おかしいよね。 だって、春休みの間にわざわざ学校に出て来るのは、僕たちみたいに部活をしているか、手塚みたいに生徒会に携わっていて、入学式の準備に追われている人間くらいなものだ。だから手塚は、今日も練習を途中で切り上げて、そっちの仕事に……って、そんな話はさておき。 一体さんは、何の用事があって、学校に来たんだろう? とりあえず、連れ立っていたみんなと別れて、さんと2人にさせてもらった。 英二が興味津々と言わんばかりにこちらを見ていたけど、大石にしっかり頼んでおいたから、ちゃんとこの場から離れてくれるだろう。好奇心の塊の英二さえ押さえておけば、盗み聞きされる心配もない。 ……あ、でも、乾も油断できないな。データ収集のついでとか言って、余計なことまで調べてそうだから。 そんな乾と英二が、もしタッグを組んだら……大石1人で止めるのは、ちょっと苦しいかもしれない。タカさんが協力してくれたとしても、乾と英二が相手じゃ、やっぱり厳しいだろうな。 しょうがない。さんと2人きりってのは、実は嬉しい状況なんだけど、変に冷やかされるのは楽しくないから、早く用件をおしえてもらおう。 「ところで、どうしたの? こんな時期に、学校に何か用事でもあった?」 「う、うん、そう。大事な用事があってね、えーと……その……」 言いにくいことなのか、彼女は少し、しどろもどろに。 でも、すぐに意を決したようで、まっすぐに僕を見ながら、力強く呼びかけてきた。 「あの! 不二くん!」 「な、なに?」 今までの態度とは対称的なあまりの気迫に、思わず後ずさりかけた足を、何とか押しとどめる。 そしてさんは、少し頬を赤らめながら、思いもつかないことを言ってのけたんだ。 「誕生日おめでとう!」 ……一瞬、言ってる意味がわからなかった。 だって、僕の誕生日は2月29日だから。 「え?」 念のため、聞き返してみたけど、 「おめでとう!」 どうやら、聞き間違いじゃないらしい。 あまりにさんが堂々と言うので、何だか、自分の方が間違えているような気さえする。 けど、頭の中のカレンダーで確認するまでもなく、春休み中の今は、どう考えても2月ですらない。 さんの真意はわからないけど、このまま黙ってるのも、何だか気まずい。 何かしゃべらなきゃ……そう思った末に、口にしたのは、 「えっと………………ありがとう?」 ……我ながら、かなり間抜けな返答だと思う。 けど、他に言い様がなかったんだ。 繰り返すけど、僕の誕生日は2月29日。今年は閏年じゃないし、何より2月は、とっくの昔に過ぎ去っている。その2点を踏まえるだけで、十分すぎるほど、僕の戸惑いはわかってもらえるんじゃないかな。 いや、もしかすると、単に僕の誕生日を間違えてるとか? ……それ、結構ショックなんだけど。 一方、そんな僕の心中など知るよしもないさんは、言いたいことを伝えられた、満足感でいっぱいの様子だった。そして、抱えていたバッグの中から、何かを取り出すと、 「はい、これ、誕生日プレゼント!」 そう言って手渡してくれたのは、駅近くにある、和菓子屋の包装紙にくるまれたもの。ほのかに漂う香りで、中身が桜餅であることがわかる。 そういえば、あそこの桜餅がおいしいとか、前に言っていたような……。 「で、これはおまけね」 そして、彼女の与えた衝撃が、未だに尾を引いているところへ、新たに渡されたのは、綺麗にラッピングされた……って、 「ちょっと待って」 ここで、第二の意外な出来事。でも、第一の時に比べれば、その威力はずっと軽い。 だから今度は固まることなく、すぐに疑問を口にできた。 「何?」 「何か、見た目的におかしくない? プレゼントとおまけ、明らかに逆でしょ」 だって、普通に買ってきた桜餅と、見るからにプレゼントとして買われた、リボン付きの代物だよ。これに関しては、誰に聞いても、同意見だと思う。 すると、それまで堂々としていたさんは、途端にしゅんとしてしまい、 「や、やっぱりダメ?」 「いや、ダメとかそういう問題じゃなくて、ちょっとした疑問というか……」 もらっておいて文句を言うのも何だけど、事実、おかしいんだからしょうがない。 でもそれは、このプレゼントを選んだ当人も、やはり思っていたことのようで、 「えーと……本当は、ちゃんとした誕生日の時に渡そうと思ってたんだけど……」 話を聞く傍らで、彼女がくれたプレゼントを開けてみる。 それは、シンプルで優しい色合いの、僕好みのマフラーだった。 「不二くんの誕生日って、今年はちゃんとなかったじゃない。そういう場合は、何日にするべきなのか、よくわかんなくて……」 ああ、僕の誕生日を間違えたわけじゃなかったんだ。 それがわかったら、少しホッとした。 「難しく考えなくても、2月最終日の翌日だから、3月1日でいいんじゃない?」 「でも、2月生まれなのに3月にお祝いするのは、どうかなと思って。それなら、2月28日の方がいいかとも思ったんだけど、悩んでるうちに、どっちの日も過ぎちゃって。だから、今日までずっと待ってたの」 「じゃあ、意図的に今日にしたの? 何で?」 「だって今日は、旧暦の2月29日だから」 そういうことか。考えたな、さん。 「実は、ずっと前に、不二くんに似合いそうなマフラーを買ったんだけど、もう、それが必要なほど寒くないでしょ? プレゼントに季節外れなものを渡すのは、やっぱりちょっと……と思って」 「だから、季節のものを本命にしたの?」 「あー……うん」 気恥ずかしそうに笑うさん。それで、桜餅なのか。 いろんなことが腑に落ちなかったけど、話を聞いて、ようやくすっきりした。 「ありがとう、さん」 「……不二くん?」 不思議そうな顔で、僕を見上げるさん。 そりゃ、僕にあげたはずのマフラーを自分にかけられたら、首も傾げたくなるよね。 されるがままで、その様子を見ているけど、あんまり無防備にしていると危ないよ。 まあ、こっちには好都合だけどね。 そして、マフラーに手をかけたままこちらに引っ張ると、気を抜いてたさんは、とても自然にこちらへ引き寄せられる。 そうして、今までにない接近をしたところで、さらなる接近を僕は試みた。 少しかがんで、さんに触れる。 いきなりのことで、最初はわけがわからずにいたさんも、これには見る見るうちに真っ赤になった。 「ふ、不二く……!」 「好きだよ」 それを伝えると、もう一度触れる。 さんの唇に、僕の唇で。 ありがとう、僕の誕生日のこと、いろいろ考えてくれて。 そうして考えたプレゼントを、休みの日の学校に来てまで渡してくれたってことは、少なからず僕のことを想ってくれてるんだよね。僕がキミに対して抱いている気持ちを、キミも僕に持ってくれているんだよね。 本来、そういうことは、こういう行動に出る前に確認するものだけど、さんが緊張に強張らせた身体から、少しずつ力を抜いて、僕に寄りそってくれたから、その考えが間違いじゃないってわかったよ。 それが嬉しくて……嬉しすぎて、抱きしめた柔らかな身体を、なかなか離せない。 人払いしたのをいいことに、その後も、結構しつこくキスを続けた。 おかげで、一段落した今も、さんは恥ずかしがって、なかなか顔を見せてくれない。 そんな彼女をなだめていたら、英二の騒がしい声と、それを止めようとする大石の声が、だんだん近づいてきた。 やっぱり面白がって、様子を窺いに戻ってきたんだな。 ふう、早めに行動に出て、本当によかった。 ……でも、真っ赤になっている今のさんを見られたら、やっぱり、何かしらつっこまれるんだろうなあ。 −END−
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