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26.よそと比べてみる 「え? ジャッカルって、8組のとつき合ってんの!?」 下校前に立ち寄った部室で、唐突に驚きの声が響き渡った。 思わず声の方へ目をやれば、そこには仁王と丸井にガッチリ挟み込まれた、ジャッカルの姿が。 いつまでも部室でダラダラして……と思ったら、こんなことを話してたのか。 2人のかなりの食いつきっぷりに、ジャッカル当人はかなり面食らっていた。 でも話題が話題なだけに、無理もないと思うよ。 だって8組のさんといえば、すごく美人だけど、どこかとっつきにくそうなイメージのある人。 そんな人とジャッカルがつき合ってるなんて、想像すらしなかったもの。 おかげで仁王も丸井も、ジャッカルを逃がすまいと、両側から寄り添って離れない。 ……育ちきった男子3人が密着している図は、なかなかうっとおしいものだね。 「けどって、あんまり男がいる感じせんよな」 「そうだな。まさかジャッカル、妄想上でのつき合いとごっちゃになってねえ?」 「バカ言うな! つき合い始めて、ちゃんと2ヶ月たったんだからな」 「2ヶ月!? そんなにたつのに、なんで何も言わねーんだよ!」 「それは、おまえがいつもうるさいくらい……と、、いたのか」 「悪い?」 わたしに気づいた途端、慌てたように口をつぐむから、ついムッとしてしまった。 だって、なんか感じ悪いじゃん。 でも仁王だけは、澱みかけた空気を気にせず、飄々と話題を続行する。 「か……。あいつは色恋沙汰に興味なさげな、ちと淡白で、物足りん印象があるのう。そこら辺はどうなんじゃ?」 「別に。2人の時は、それなりに態度で示してくれるからな」 初めはたじろいでいたジャッカルだけど、今は普通に、聞かれたことに答えていた。 あんなにキレイな彼女さんだもの。そりゃ、自慢したいよね。 わたしは呆れつつも、興味本位でその様子を眺めていた。 でも、次にかけられた丸井の一言に、軽くなりかけたジャッカルの口が閉ざされる。 「なるほど、今はやりのツンデレってヤツな。それって、どんな感じなわけ?」 「……おしえねえ」 「なんでだよー!」 「そんなのは、俺だけ知ってりゃいいんだよ」 満足げなその一言に、丸井だけでなく、仁王までが絶句した。 っていうか、ドン引きしてた。 「ジャッカルのくせに!」――そんな心の声が、表情からありありと窺える。 そんな状況だからか、わたしが感嘆の吐息をもらした瞬間、揃ってみんなに振り向かれてしまった。 周りが静かなせいで、意外にそれが響いたらしい。 「なんだかうらやましげじゃのう、」 不審げなまなざしで、問う仁王。 いや、そんな目で見られる意味がわからないんですけど。 「だって、良くない? 今の」 「どこが!? 気持ち悪いだろ。ジャッカルのくせにのろけやがって!」 「俺のくせにってなんだよ!」 えー、今のジャッカル、男前だと思うけどなあ。 でもわたしの評価に反して、男性陣にはかなり不評らしかった。 そもそも彼氏彼女の自慢って、あまり聞きたいとは思わない。 言っとくけど、これは決して、彼氏のいない、独り者のやっかみじゃない。 相手がああしたこうしたって、逐一誰かに報告する形になるその行為は、常々どうかと思ってたのよ。 だって、思いもよらない人が、好きな人だけに見せた自分の一面を知ってるのって、何か嫌じゃない? 好きな人の話をしたい気持ちはわからなくないけど、これってやりすぎると、のろけ話の範疇を越えてしまう気がする。 そう、そこを飛び越えてしまったら、それはただの個人情報の漏洩だ。 ……っていうのは、ちょっと大げさか。 「いくら友達が相手でも、自分たちの時間のことをペラペラしゃべられるのって、わたしは嫌だな」 だから、ジャッカルのこの姿勢には、とても好感が持てた。 彼のことだから、かっこつけとか、話すのがめんどくさいとか、そんな理由で黙ってるんじゃない。 彼女との時間を、ただ大切に思っている……そんな気持ちが伝わってくるもの。 ジャッカルに大事にされて、きっとさんは幸せだろうな。すごくうらやましい。 でも、そうした本音を述べた直後、なぜか室内に、微妙な空気が漂い出した。 丸井の態度と表情が、明らかに不機嫌なものに変わっている。 仁王は苦笑し、ジャッカルはなぜか頭を抱え……って、何これ? 「で、でもさ、俺の場合は単に聞き役がいなかっただけで、たまになら、のろけ話もしてみたいんだぜ」 まるで何かのフォローをするように、たどたどしく言うジャッカル。 けど、この空気の払拭を試みたと思われる彼の努力は、逆に丸井の不機嫌を煽いでしまった。 「はあ? 聞き役がいないってなんだよ。言ってくれりゃ、俺はいつだって、全力で聞いてやるよ!」 「そうじゃそうじゃー」 「おまえらに言ったら、絶対、あることないこと言いふらすだろ! だからのことは、自然にまかせて、黙ってることにしたんだよ!」 「!? 今、のこと、って言った!」 「か、彼氏なんだから、別にいいだろ!」 うん。丸井はともかく、大事な時期に仁王に知られたら、かなり危険だもんね。 っていうか、話が逸れてるよ、みんな。 「そりゃ、全く何も話すなとは言わないけど、限度ってものがあるでしょ? だからわたしは、つき合うならジャッカルみたいな人がいいよ」 「いてっ!」 なぜか聞こえる、ジャッカルの悲鳴。 どうやら、丸井が彼の足を蹴ったらしい……って、なんでそんなことするのよ、あんたは! 暴力反対! でも、抗議しようとした瞬間、丸井は真正面からわたしを見据えた。 強い視線に射竦められ、その威力に、言いかけた言葉が消えてしまう。 未だかつてない彼の気迫に、わたしはいつしか、緊張で身体を強張らせていた。 「よーくわかった。は、ほんとの恋を知らないんだ。誰でもいいから取っ捕まえて、好きなヤツのことを語り倒したい、胸が弾けそうな衝動を知らないんだ」 でもこの言葉に、わたしの緊張は即座に解けた。 なんなの、そのムカつく発言! そもそも、わたしの恋愛姿勢も知らないヤツが、何知ったような口きいてんのよ。 「うわ、最悪! わたしそういう、人の迷惑も顧みず、一方的に話しまくる人って嫌い!」 「きら……!?」 さっきまでの迫力が、嘘のようだった。 だって、今のやりとりを終えるや否や、丸井の目から、見る見る強さが消えていく。 そして彼を彩る感情は、驚きを伴った悲しみに……って、なんでそんな、ものすごく傷ついた顔するの? 「……つまりは、ジャッカルのことが好きってわけ?」 「な、なんでそうなるのよ」 ジャッカルはいいヤツだし、恋愛における姿勢も好感が持てるけど、そういう意味での好意はない。 「俺とジャッカルの違いなんて、髪があるかないかじゃねえか」 「……そうかな?」 いくらなんでも、そんな単純な問題じゃないと思う。 視界の端で、物言いたげなジャッカルが映ったけど、仁王に止められて、沈黙を守ることにしたようだ。 「そもそも、ジャッカルはのだし」 「わかってるよ、そんなこと」 奪う気もないし、そもそも両想いの2人の間でジタバタしたって、何の意味もない。 「それに俺の方が、のこと、ずっと好きだし!」 自爆。 それが、今の彼を説明するにふさわしい言葉だった。 「なっ……!?」 「あっ……!!」 言った丸井も言われたわたしも、それぞれの衝撃で、一瞬にして朱に染まる。 でも、この場をなんとかしたくても、どうしたらいいのかわからない。 驚きと恥ずかしさが表に溢れすぎて、さっぱり言葉が出てこない。 やがて、なんともできない状況を悟ったのか、丸井は舌打ちすると、「帰る!」と言って、そのまま唐突に部室を出て行ってしまった。 ……もしかして、逃げた? いや、逃げたい気持ちはわからなくないけど、じゃあ、取り残されたわたしはどうなるの? 彼が開け放ったままのドアを見ながら、呆然としていると、ふいに肩に手を置かれた。 振り向けば、変に笑顔な仁王と、困り顔のジャッカルが。 「まあ、その……俺がのことを話す隙間もないくらい、トークをかましてきたあいつの気持ちを、酌んでやってほしいかなと」 「何しろ、これまでずーっと、のいかなるしぐさ、いかなる発言がかわいかったかを、毎日語ってきたんじゃ。そりゃもう、ウザいくらいにな」 そう、多分わたしが、「そんなことまで人に言うな!」と、不機嫌になること確実のレベルで。 でもただ1つ、さっきの話と違うのは、わたしと丸井は恋人どうしじゃないってこと。 つまり、つき合っている2人の時間を晒したんじゃなく、わたしへの好意を、ひたすら訴えていただけってこと。 「あの……わたし、どうしたらいい?」 「まあ、話を聞いてやれ」 「で、自爆をなかったことにしたがって、告白し直すだろうから、そのままつき合ってやれ」 「……そ、そんな簡単に言わないでよ!」 だって丸井は、つき合ったら絶対に、のろけ話とかしまくるタイプだ。 誰でもいいから取っ捕まえて、好きな相手のことを語り倒したいって、ついさっきも言ってたもの。 だから、黙れと文句を言っても、きっと、その瞬間しか黙らない。 それって、すごく困るんだけど! ……って、なんでわたしも、つき合うことを前提にして、困るとか言ってるの? でも、そうやって困る毎日を想像している以上、わたしの気持ちは、すでに固まり始めている。 −END−
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