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15.作戦失敗 夏の体育といえば、やっぱり水泳。 授業とはいえ、暑いさなかにプールで涼めるのって、ほんと最高よね! でも、着替えがめんどくさいのが、玉に瑕なんだ。 そこで、わたしは思いついた。 着替えがめんどくさいなら、いっそ家から、水着を着てきちゃえばいいんじゃない? ちょっと心配なのがトイレに行きたくなった場合だけど、体育が2時間目の時なら、家を出る前に用を足せば、時間的にあまり心配ない。 わたしってば、頭いい! そう考えて、いそいそと、家から水着を着てきたわけなんだけど……。 家から水着を着てくる、そこまでは別によかった。 でも、水着を着てたからこそ、失念してたんだ。 その時は必要なかったから、本当にうっかり、とっても大事なそれのことが、頭から抜け落ちてしまっていた。 わたしったら、よりにもよって、なんて失敗をしてしまったんだろう。 まさか、家にパンツを忘れてくるなんて……!! わたしってば、頭いい? いえ、前言を撤回します。 ごめんなさい。わたしは完全にアホの子でした。 どうしようもないくらい、アホの子でした。 でも、後悔するのは後回しだ。 そう、落ち込んでる暇なんてない。 わたしには、残りの時間をどう過ごすかという、由々しき問題が残されているんだから。 これまでなら、体育の授業があれば、必然的にジャージがあった。 でも、その体育が水泳な以上、当然ジャージは持ち歩かない。 ただ幸いなことに、わたしには部活というスケジュールがあったのだ。 だから、ジャージは持ってたんだけど……でも、何の関係もないところで、1人だけジャージを着ていれば、変に詮索を受けてしまう。 そこで「パンツ忘れました」なんて、年頃の娘にあるまじき失敗がばれてしまえば……わたしの今後の学校生活は、そりゃもう大変なことになるだろう。 つまり、安心してジャージを着用できるのは、部活が始まってから。 終わった後は、着替えるのがめんどくさいとか理由をつけて、そのまま帰ってしまえばいい。 でも、それまでわたしの下半身を守るのは、冬服に比べて風に翻りやすい生地の、夏物のスカートのみ。 放課後までは、何がなんでもこの状態を死守し、その上で、ジャージでいてもおかしくない安全地帯へ赴かねばならないんだ。 はたしてわたしは、無事にこの作戦を全うできるのか? いや、全うしてみせる! 作戦名はそう――パンツ大作戦! ……って、安直だけど、まあいいや。 だから、その日の私は、非常におしとやかでした。 可能な限り動きを押さえて、スカートがめくれたりすることのないよう、しずしずと移動。 決して、廊下を走ったりはいたしません。っていうか、移動自体を極力しません。 いつもと違うわたしを、友人たちはそろって訝しんだけど、さすがに仲の良い彼女たちにも、この失敗を口にするのは憚られた。 そんなふうに、何とか授業時間を乗り切って、後は部活に勤しむのみ。 でも、防衛に徹しきったわたしの集中力は、さすがに限界だったので、少しでも安心感を得られるよう、ある程度人気がなくなるまで、教室で待機することにした。 もちろん、ちゃんとジャージに着替え終えるまで油断はできないけど、人と接近する機会は、極力減らしたかったから。 そして、機は熟したとばかりに教室を出る。 でも、少し進んだところで、思わぬ人物に遭遇した。 「おや、さん」 それは、とっくに教室を出たはずのクラスメイト、柳生比呂士! ここで人に会うことも、なおかつそれが柳生なことにも、二重の意味でビックリした。 「柳生!?」 「どうしました? そんなに驚いて」 「い、いや、まだ校内にいるとは思わなかったから」 今日は委員会もないし、それなら先に教室を出た彼は、すんなり部活に行ってるはずだから。 その理由で、わたしの驚きに納得した彼は、 「日本史の今田先生に、資料整理を頼まれたんですよ。それで、少々遅くなりまして」 その理由で、わたしも納得。 どうやら、何かと頼れる有能な彼は、先生にいろいろ頼まれて遅くなったらしい。 「そっか、ご苦労さま。それにしても今田って、すぐに雑用押しつけるよねー。でも向こうは、それも仕事なんだから、ほっといていいと思うよ」 「そうは言っても、頼まれた以上はきちんとやらないと」 「柳生にだって、都合があるでしょ。これ以上、今田を甘やかしちゃダメだって」 「手厳しいですね、さんは」 言って、柳生は苦笑い。 そんな感じで世間話を交えつつ、わたしは柳生と同行することになった。 事態が事態なので、さすがに最初は警戒した。 でも、柳生に対しては、あまりビクつく必要もないみたい。 ブン太や赤也みたいに動きがバタバタしてない彼は、常に動作がゆったりしてて、いきなりぶつかられて大惨事へ一直線! なーんて危険はなかったから。 それに歩くペースも、わたしに合わせてくれるしね。 だから、柳生なら一緒にいても大丈夫……と、ほんのちょっと、気を緩めた時だった。 廊下の窓から吹き込んできた悪戯な風が、わたしたちの間を、軽快に通り抜けていったのは。 わたしたちは隣り合って歩いていたけど、話しながらだから、当然、相手の方を向いていて。 もちろん、相手のことがよく見えます。 だから、まあ、その―― 柳生は唖然。 わたしは茫然。 ええ、風さんったら、見事にやってくれました。 盛大にスカートをめくって、すべてをもろ出しにしていきました。 「あの……」 何かを言いかけた柳生に、凍りついていたわたしの機能は、瞬時に復活した。 慌ててスカートを押さえても、もう遅い。 そして現状を認識した途端、一気に血が巡って、自分でもわかるほど、とんでもなく真っ赤になる。 もう、恥ずかしいなんてものじゃない。死んでしまいたい。 「ごめん! 本っ当にごめん、柳生!」 柳生にも、本当に申し訳ない。 いきなりこんなもの見せられたら、たまったもんじゃないわよね。 とにかく恥ずかしすぎて、彼の方を見られなかった。 「……そもそも、なぜそんなことに?」 ああ、それは真っ当な疑問よね。 そこでわたしは、こうなった経緯を説明し、すべてを聞き終えた柳生に、「あなたって人は……」と、盛大にあきれたようなため息をつかれてしまった。 「ごめん……」 本当に、ごめんとしか言い様がない。 これが胸なら、見る方もちょっとくらいは、「ラッキー☆」と思ってくれるかもしれない。 お尻も、まあ、その範疇に入るでしょ。 ただ、今回の場合はなあ……。 見る気がないのに見せられたら、わたしでも、正直どうかと思うんだ。 けど、しばらく何かを考えていた、柳生の意見は違ったようで。 「不可抗力なのはわかりました。ですが、こうなった以上、ちゃんと責任は取りますよ」 「責任って?」 「さんの、秘めたる部分を見てしまった責任です。そういうわけで、大人になったら結婚しましょう」 なるほど、責任を取って――って、なんでそうなるの!? っていうか、話が飛躍しすぎ! あっ、わかった。 これは、柳生なりの冗談よね。 あまりにあり得ない失敗をして、わたしが落ち込んでるから、元気づけようとしてくれてるんだ。 ……でも柳生くん、ものすごく真顔ですね。 まあ、彼みたいなタイプは、真顔で冗談を言って、「おまえの冗談は、冗談に聞こえねーんだよ!」とつっこまれるのが、1つのセオリーなんだけど。 あの……冗談、ですよね? 何か、本当に本気っぽいんですけど。 わたしは、恐る恐る聞いてみた。 「ねえ、冷静に考えよう、柳生。もし柳生が、なかったことにしてしまいたい失敗をわざわざ持ち上げる相手に、責任取るから結婚しようって、いきなり言われたらどう思う?」 「ドン引きですね」 「だよね! だって唐突すぎるもん」 「でもそれが、好きな人から言われたことなら構いません」 ……そうかなあ? いくら、好きな人から好きって言ってもらっても、そんな突拍子もないのって、どうだろう? そんなわたしの意見は、あっさり顔から読めたらしい。 それを見た柳生は、またまた少し考えて、 「つまり、さんの理論だと、唐突じゃなければいいわけですね。では、結婚を前提におつき合いということで、いかがでしょう?」 「だーかーらー! 結婚から離れようよ!」 「私はさんとなら、一生添い遂げる覚悟と自信があります」 「……覚悟があるとか言うわりには、ずいぶん軽く、サラッと言うじゃない」 「こんなこと大真面目に言ったら、重すぎて引かれるじゃないですか」 ああ、引かれる内容なのは自覚してるのね。 「でも、ごめん。結婚とかは、さすがにちょっと……」 普通におつき合いするぶんには、別に問題ないんだけどさ。 柳生のことは、その……嫌いじゃないし。 そう思ったら、今度はさっきまでとは違う恥ずかしさで、頬が熱くなっていく。 そんな顔を見られたくなくて、わたしは柳生に背を向けた。 でも、そうしたわたしの態度を、柳生は違う意味にとったみたいで。 背後で「そうですか……」と、少し寂しげな声が聞こえてきた。 それを耳にして、「誤解させた!?」と、慌てて振り向こうとした瞬間―― 「でも私は、前からさんが好きだったんですよ。そこへきて、こんな衝撃的な姿を見せられたら、今まで以上にあなたのことが目に焼きついて、離れないじゃないですか。きちんと責任取って下さいよ!」 そして後ろから、いきなりスカートをめくられた。 ちょっ……なんて逆ギレの仕方すんのよ! この、変態紳士! −END−
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