|
12.部長 「次の部長は、財前かのどっちかでいこうと思う」 どっちにするかは、まだ検討中やけど――という言葉の続きは、部員一同の驚きの声にかき消された。 かつて、2年生だった白石先輩を部長にしたように、次の部長もオサムちゃんの無茶ぶり……もとい、指名で決まることになった。 でも、その候補に上がるのが、なぜこの2人なのか。 財前はともかく、なんでマネージャーのわたしの名前が、ここに出て来るの? その疑問は、当然ながら、全員が抱いたものだった。 なのでわたしが、代表して聞いてみる。 「待ってください。男子テニス部の部長が女子って、おかしいですよ!」 「そうは言うても、はれっきとした、男子テニス部の部員やろ? それなら、何もおかしないやん」 というわけで、疑問はあっさり解決した。 ――いやでも、やっぱりおかしいって! 手続き上に問題はなくても、みんなの心情的には、問題大ありなんだから! 何より、指名された当人のわたしが、予想外すぎてついていけない。 他の部員たちを見回せば、みんな揃って微妙な顔。 不安とか不満とかの前に、わけがわからないって感じ。 そして時間がたつにつれて、だんだん自然な意見が出始めた。 「なんでなん?」 「頑張ってるとは思うけど、あくまで普通のマネージャーやん」 「別に、敏腕ってわけでもないしなあ」 そうだけど。確かにそうなんだけど。 でもあまり、本人に聞こえるところで言わないでほしい。 これまで次期部長の呼び声が高かったのは財前で、事実、誰もがそうなるに違いないと思っていた。そう、きっと財前自身も。 そこへきて、突如わたしが対抗馬になったことを、彼は一体どう思っただろう。 ざわめきの中、そっと視線を向けてみる。 でも財前は、至って普通にそこにいた。 「ははっ、オサムちゃん、また奇抜なアイデア出してきたなー」 「笑いごとちゃいますよ!」 衝撃の告知を受けてすぐ、わたしは白石先輩に相談した。 わたしの気持ちをわかってくれるとしたら、同じくオサムちゃんの無茶ぶりを受けた経験のある、この人以外にいないから。 でも、ひとしきり笑って落ち着いた白石先輩は、素朴な疑問といったふうに問いかける。 「は部長になりたないん?」 「なりたいとかなりたくないとかの問題ですか?」 仮にわたしが選ばれた場合、男子テニス部の部長は、女子マネージャーってことになる。 手続き上はOKでも、やっぱりそれってどうなんだろう? 「オサムちゃんは思いつきの行動はしても、無意味なことはせんよ」 「でも……」 「確かには選手やないけど、それはより上を目指すために、これまでなかった新しい可能性を取り入れようとしてるんちゃうかな」 「新しい可能性?」 「マネージャーの視点ってのは、なかなか鋭いもんがあるからな」 選手とマネージャー、同じ競技に関わっていても、両者の視点はやはり異なる。 ケガの兆しだったり、技術の向上だったり、本人より先に、マネージャーのわたしが気づいたことも実際あった。 でもそれは、客観的に見ていればなんとなくわかるもので、鋭さがどうこうっていうのとは違うと思う。 「まあ、俺も経験したから、いきなりの指名でどうなるかはわかるけど……やっぱ周りが気になるか?」 「……」 ふいに真剣な顔を見せる白石先輩の言葉に、わたしは答えることができなかった。 表立って何かをされたわけじゃない。 でも、嫌な視線で見られることは増え始めた。 おまえのどこが部長にふさわしいんだよって、そう言われているも同然の空気が、あれ以来まとわりつく。 「財前は何て言うてる?」 「財前? いえ、特に何も」 財前は何も変わらない。 話しかければ答えてくれるけど、ただそれだけ。お互い、次期部長の話には触れたりしない。 ……ううん、多分わたしが触れたがらないから、財前も触れないんだ。 それでも、わたしへの対応が変わる人もいる中、いつも通りでいてくれることには、大きな安心感があった。 「俺から見ると、財前が部長でが副部長ってのが、理想的な組み合わせやけどな」 「わたしが副部長ってのも、部長と同じくらいありえないことですけどね」 「は自己評価低すぎやで」 もうちょい自信持ち。白石先輩は、優しい笑顔でそう言った。 残念なことだけど、あれから日がたつごとに、状況は悪くなっていった。 何かというと、部内でのわたしの扱い。明らかに軽んじられている。 ようするに、言うことを聞いてくれない。わたしからの指示を無視したり、露骨に嫌な顔をしたり。全員ではなく、一部の部員たちの反応だけど、それでも精神的にきつい。 だから最近、部活に行くことが、だんだん億劫になってきた。 でも、白石先輩に相談に行ったおかげか、他の先輩たちも気にかけて、様子を見に来てくれたりする。 気持ちをわかってくれる人の存在は心強く、それでなんとか頑張ってこられた。 そんなある日、委員会で部活に行くのが遅くなった。 部室へ向かう足取りは重いけど、だからといってサボるのは、逃げるみたいで嫌だ。わたしは何も悪くない。 すると途中で、のんびり歩いている、図書委員の財前に会った。 彼はわたしを見つけると、 「何ちんたら歩いとんねん。遅刻やぞ」 「今日はしゃあないやん。っていうか、財前も遅刻!」 ああ、なんかホッとする。前はみんなと、こうしたやりとりができたのに。 そのまま軽く会話しつつ、2人で連れ立って部室へ向かう。 部室では、同じく委員会で遅れた部員たちが着替えていて、外まで話し声が聞こえてきた。 1人なら入りにくいけど、今は隣に財前がいる。だから、心強いはずだった。 それでも無情な言葉は、わたしを鋭く切りつける。 「最近、のヤツ、生意気じゃね?」 思わず足が止まった。わたしも財前も。 「この前も、ダラダラ走るなって、偉そうに言われたで」 「さすが、次期部長様は言うことが違いますなー」 「勘弁してくれよ。が部長なんて」 響き渡る笑い声に、やはりわたしは動けないまま。 すると一歩踏み出した財前が、いつもより乱暴に部室のドアを開けた。その音と勢いに、中にいる全員が、驚いて振り返る。 「うおっ、ビビったー! 何や、財前か」 「つまらんことくっちゃべってる暇があるなら、さっさとコート行けや」 「はいはい、わかったわか――」 後ろにわたしがいることに、ようやく気づいたらしい。彼らの表情が、一瞬で変わった。 わたしの顔が強張っているのを見て、場の空気も凍りつく。 言った本人の「しまった」という顔から、わたしに聞かせるつもりはなかったとわかるけど、だからといって、言っていい言葉じゃなかった。 やがて彼らはわたしの横を通り抜け、無言のまま、そそくさと出て行った。 静かになった部室の中で、わたしは立ち尽くす。 なんでここまで言われなきゃならない? わたしが一体、何をしたっていうの? オサムちゃんはどういうつもりで、わたしを部長候補にしたんだろう。 あれ以来、部の空気はギスギスして、そしてついにこうなった。 白石先輩は、2年で部長になった時のことを「大変やったでー」と軽く言っていたけど、実際はそんな一言では言い表せなかったと思う。 無言で佇むわたしを、じっと見つめていた財前は、 「おまえもはよ準備せえ」 「……行きたくない」 「なんで?」 そう返されるとは思わず、驚いて彼を見る。 財前は至って普通だった。ただ普通に聞いている。 ……意味がわからない。なんでこの状況で、そんな疑問が出てくるの? 「だって……気まずいやん」 「気まずいのは、暴言吐いた向こうの方や。は堂々としとればええ」 それは、わたしに向けての励ましの言葉。 そして財前は、強く言った。 「部長候補にも上がらんかった奴らに負けんな」 ――涙が出てきた。 負けたくないよ。あんなことを言われて悔しい。 でも今は、財前がわたしを後押ししてくれていることが信じられなくて、それでいて嬉しくて――もう、わけがわからない。頭の中がグチャグチャだ。 「なんでわたし、部長候補になったんやろ……」 財前の方が、文句なしでふさわしいのに。 ボロボロ泣きながら、そもそもの問題を口にする。 それを聞いた財前は、呆れたようにため息をつき、 「なんでそんなに自己評価低いねん。もっと自信持てや。おまえはオサムちゃんから見て、部長職が務まると判断されるだけの力があんねんで」 どこかで言われたようなことを言われた驚きで、思わず涙が引っ込んだ。 全く違う人たちが同じ感想を持ったなら、きっとほぼ確実にそうなんだろう。 でも、それがわかったからって、そう簡単に自信は持てない。 そんなわたしの内心を知ってか知らずか、さらに財前はこう続けた。 「思ったんやけど、マネージャーとしての力を見込まれたなら、サポート業に向いてるってことやろ。なら、俺が部長でが副部長、それで丸く収まるんちゃう?」 「わたしが副部長……?」 これまたどこかで同じことを……。 「俺は、あんま細かいことまで目に入らんし。それなら、俺ら2人で力合わせたら、最強やと思うけど」 「白石先輩にも同じこと言われたけど……ほんまにそう思う?」 そう言った途端、「白石さん?」と、財前の顔が不機嫌に染まる。 え? なんでここで、そんな顔をされるの? そうした疑問丸出しのわたしに、財前は苦々しく言った。 「自分は部長に向いてない、俺の方がふさわしいて言うなら、なんで白石さんやのうて、俺に相談せえへんのや」 「だ、だって、オサムちゃんの無茶ぶりの被害者って点では、白石先輩の方が共感してもらえると思ったから」 まさか、そんなことを抗議されるとは思わなかった。 っていうか、財前に相談? そういうことをしてもいいの? うっとおしがられない? いろいろ聞きたかったけど、それ以上は許されなかった。 「とにかく! 俺が部長でが副部長。それでええな?」 問答無用か! でも……嫌じゃない。むしろ頼もしい。 「はい、部長!」 わたしは力強く返事した。 それを聞いた財前が、ニッと笑う。 「おー、いい返事や。なら、しっかりついて来いよ」 「うん。あ、でもオサムちゃんは納得してくれるかな?」 「まあ、部長候補が2人な時点で、部長やない方は自動的に副部長やろ。心配なら、俺らで先に決めたて、オサムちゃんに言いに行くか」 「そんなんでええの?」 「ちんたら考えてる方が悪いねん。俺らが先に決めたんやから、早いもん勝ちや」 「今度の部長は、横暴やなあ……」 「ガタガタ言わんとついて来い。行くで」 「あ、待って!」 善は急げとばかりに、動き出す財前の後を追う。 わたしは頼もしい、新たな部長についていく。 誰にも文句を言われない――言わせない仕事をしよう。 彼の隣がふさわしい場所であるように。 でもその前に、まずは2人で、オサムちゃんに進言だ。 −END−
|