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04.争奪戦 すべての授業を終えた後でも、わたしたちは自由にならない。 あ、別に部活があるから自由じゃないってことじゃないのよ。部活に至る前にも、まだややこしい物事があるってことを言ってるの。何かしらの地位があるなら、なおさらね。 そんなわけで部長の橘は、各部の部長たちが集う、月に一度の生徒総会で、いつもより遅れて部活にやって来た。休憩中だったこともあり、みんなは一目散に橘に駆け寄って、挨拶に励む。 「あ、橘さん!」 「生徒総会おつかれさまです、橘さん」 「あの、後でボレーの練習見てくれませんか、橘さん」 「ああ、わかった。でもその前に軽く走ってくるから、少し待っててくれ」 ああもう、みんなそろって橘さん橘さんうるさいっての。 連中にその気はないだろうけど、これはさながら橘桔平争奪戦。男が男に群れていて、傍から見てると暑苦しいことこの上ない。 するとそんな仲間たちを横目に、1人集団から離れていた深司が、涼しげな顔でボヤき始めた。 「大の男がベタベタしたって、うっとおしいだけだよね。あーあ、見てるだけで暑苦しいってことに、いいかげん気づいてくれないかなあ」 意外な賛同者の登場に、さすがにわたしも驚いた。 「あんたは行かないの、深司?」 「行ったって邪魔くさいだけじゃん。あ、さん、そこにあるの、橘さんのドリンク?」 「そうだけど……」 「じゃあ、俺が持ってくよ」 そして言うが早いか、ドリンクを手にした深司も、橘の輪の中に入っていく。 ……本当はあんたも行きたかったんじゃん。 しかも橘が走り終えた時に、一番に近寄れる口実を、わざわざ手に入れて。 ったく、あんたたちはどれだけ橘が好きなのよ。 世間には、わたしのようなピチピチギャルが溢れてるというのに……ああ、嘆かわしい。 でも、和気藹々と橘に群れているあの子たちを見ていると、自然に顔がほころんでいく。 ほんと、去年のことが嘘のように思えるほど。 一応テニス部のマネージャーなんてものをしているわたしだけど、そもそも部活は、単に内申書に好印象を与えるだろうからっていう、そんなあざとい理由で始めたものだった。 テニス部を選んだのもただ何となくで、テニスに対しては、情熱なんてカケラも持ち合わせていない。だから、先輩や顧問などから執拗な嫌がらせを受ける当時の1年生、神尾たちを、こんな仕打ちを続けられるくらいならいっそ辞めればいいのにと、何度も思ったものだった。 空気がとても悪くて、ただテニス部に在籍しているだけのわたしでも退部を考える、そんな暗い日々。でも、そんな最悪な不動峰テニス部に変革をもたらしたのが、転校生の橘だった。 もちろん、既存のものを根本から一新させる苦労は、並大抵のことじゃない。 だからここに至るまでにも、当然ながらいろいろあった。 そのせいで、去年は公式試合に出場することができなくなったけど、橘たちがそんな形で責任を取らされたことに、わたしはひどく憤慨したものだ。 だって彼らは、何も悪いことなんてしていない。 ……いや、先生を殴るのは確かに悪いことだけど、そうさせたのは、他ならぬその先生の、これまでの行いなんだから。わたしはすぐそばでずっと見ていたから、すべて知ってるんだもの。 そうしたことがあったから、なおさら強く思うの。 橘と出会って、表情を輝かせるようになったあの子たちを見て、本当によかったなって。 だから、新たなテニス部を作ると言って去っていくみんなを見るのは、とても寂しかった。 けどまさか、そんなわたしを、みんなが新生テニス部に誘ってくれるなんて。 わたしは一方的に傷つけられるみんなを、ただ見ているだけの存在だったのに。 「どうした、ボーッとして」 いきなり声をかけられて、少しビクッとする。 どうやらいろいろ考えているうちに、ランニングに行く前の橘が、近くまで来ていたようだった。 「あ。おつかれ、橘」 「ああ。今日のメニューはどこまで終わっている?」 「まだ半分もいってないよ。今日の生徒総会は、終わるの早かったんだね」 「まあ、今は議題そのものが少ないからな。それに最近は、テニス部が槍玉に上げられることもなくなったし」 そう、暴力事件を起こしたテニス部への風当たりは、一時期とてもすごかった。 でもそんなのは、おとなしくしていれば、いつかは消えるもの。今では、公式試合での成果を着実に上げていることもあって、先生方にも、おおむね好意的な目で見守られている。 「これも、練習をフォローしてくれるのおかげだな」 「ふふっ。大黒柱にそう言ってもらえると嬉しいね」 そんなことを言いながら、笑顔を見せ合うわたしたち。 こうした何気ない出来事に触れ合うだけで、今でもどこか不思議さを否めない。テニス部の中で、こうして笑い合ってるだなんて。 それだけ、かつてのすさんだ部活風景の印象は、わたしの中で強かったってことなんだろうけど。 でも、いいかげん考え方を変えなくちゃ。不思議なのは今じゃなくて、そんな時期があったことの方なのよ。 また笑顔が戻ってきたこと――それもこれも、すべてはみんなが戦って勝ち取ってきた、みんなで努力した、確かな証。 その中に自分がいることを、何よりも嬉しく思う。 そう、何気ない日常のすべてが、テニス部にいてよかったなと思える、至福の瞬間だった。 −END−
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