何気なく通りがかった、小さな花屋の前。
 花の名前なんて、全然わかんねえし、そもそも大して興味もない。
 けど、店先に並べられた彩り豊かな花々を見てたら、俺の足は、いつしかその場に止まっていた。



心をこめて君に贈ろう



「男は女のプレゼントに、気軽に花を選ぶよねー」


 はっきり言って、迷惑なのに――と、何かの折にそう言ったに、正直、俺はカチンときた。
 というのも、間近に迫るあいつの誕生日には、まさに花束を贈ろうと考えていたからだ。


「はあ? 女なら、花が好きなのは当然じゃね?」


 それを聞いて、俺は刺々しく反論した。
 迷惑だのなんだのって、まるで自分のプレゼントを、けなされたように思えたから。
 よくよく考えれば、まだ贈ってもいない上、は自分のプレゼントが、花束であることも知らなかったのに。

 この一言で、の表情が一気に険しくなった。
 女ならこうあるべきなんて決めつけられ方をしたら、あいつがムカつくのも当然だが、苛ついた俺には、そんなことさえわからない。
 結果、2人にしか聞こえないゴングが鳴り響き、不毛な戦いは幕を開けた。


「女なら花が好きって、何よ、その勝手な理屈。そもそも、なんで女なら、花が好きじゃなきゃいけないわけ?」
「なんでも何も、そういうもんだろ? 花をもらって喜ばない女はいないって、よく言うじゃん」


 だから俺も、プレゼントに花束を選んだわけだし。

 するとは、深々とため息をついた。
 ……わざとらしいその仕草が、大いにムカつく。


「あのね、何が好きかなんて、そんなの人それぞれでしょ。わたしだって、別に花は嫌いじゃないけど、これといって興味もないの。そんな人間にとって、こまめに水を換えなきゃいけないあの代物は、とにかく邪魔くさくてしょうがないのよ!」
「そんな程度の理由かよ。水換えの手間なんざ、ほんのちょっとのもんじゃねえか」
「そのちょっとが、めんどくさいの! 第一、手間暇かけたって、いずれは必ず枯れるのよ。いくら見た目がキレイでも、捨てるのがわかってるものをもらったって、イマイチ嬉しいとは思えないわ」
「だからって、それくらいで文句言うのは、物ぐさすぎだろうが」
「……そう言うからには、当然亮は、自分で花の面倒見たことあるのよね?」
「いや、ねえけど……」
「したことないのに、文句つけるの? 苦労がわからないのに、文句つけるの? へーえ、ずいぶんと高尚なお方ですことー」


 その言い方にムカムカしつつも、今のは俺が改めるべきだと、なんとか堪えた。

 そう、今のはが正しい。
 実際に花の世話なんてしたことない俺が、その手間をどうこう言える筋合いはねえんだ。

 だからひとまず、落ち着け、俺。
 あいつの言い方も表情も、いちいちムカつくけど、頑張って落ち着け、俺。


 だが、さらに加えられた駄目押しの一言が、そんな努力を吹き飛ばした。


「大体、女へのプレゼントに安易に花を選ぶのは、ただの男の怠慢よ!」


 ――図星を突かれた。


 確かに、何を贈っていいかわからなかったから、無難なものとして選んだのが花束だった。
 それに、女へのプレゼントなら花でいいかって、安直な思いがあったことも否定できない。

 でも、そこに行き着くまでには、俺なりの試行錯誤ってものがあったんだよ。
 喜んでもらうために何を贈ればいいかって、俺なりに、すっげー真剣に考えたんだよ。
 だから、今のの一言は、一生懸命考えたプレゼントを、否定かつ拒絶されたとしか思えないものだった。


 結果、それをきっかけに、本格的な喧嘩が勃発。
 あいつの誕生日は、つき合いたての俺たちにとって、恋人どうしの、初のイベントだったのに。
 そんな状況ゆえ、の誕生日はなし崩し的に、争いの中の1日として通り過ぎることになった。

 それどころか、お互い頑固で引くに引けず、結局、別れる手前まで話がもつれちまって。
 今思えば、よく別れずにすんだと思う。
 それくらい、俺たちの意地の張り合いはすごかった。


 たかが花束で、こんなとんでもないことになるなんて……。
 以来、俺にとって花は、決してプレゼントに選んではいけない代物になった。





 そうした危機を乗り越えつつ、やがて俺たちは高校を卒業した。
 そして互いに新生活を迎え、大学進学をきっかけに、は一人暮らしを始めることになる。

 俺は、ようやく身の回りが整い始めたあいつの家に、足繁く通いつつ、たまには手土産の1つでも……と、ある時ふと考えてみたりして。


 考えてみたのはいい。
 でも、なぜそれで今、俺の手の中には、花束なんかがあるんだろう?


 しかも渡す相手は、以前、「花をもらっても、むしろ迷惑」なんて言いやがった女だぜ。
 そんな女に、なんでまた、よりにもよって?


 ごくごく小さな、手のひらサイズの本当に小さなものだけど、それでもこれは、花束に変わりない。

 けど、店先に並んでた花を何気なく見た時、本当に自然に、あいつに似合いそうだなーと思ったんだ。
 理由なんて、ただそれだけ。

 それだけだが……俺たちが、あれほどもめるきっかけになったものでもあるんだ、これは。


 でもまあ、買った以上はしょうがない。
 嫌な顔されたら、その時は責任持って、自分で持ち帰ればいい話だろ。

 そう思った俺は、若干決死の覚悟で、花束を携えてのもとへ向かった。
 ……つーか、自分の彼女と花の組み合わせに、ビビりすぎだろ、俺!

 けど、いつまでもビクついてたってしょうがねえ。
 深呼吸して、いざ出陣だ!


「ふーん、なかなかキレイねー」


 出陣……って、あれ?


 嬉しそうなその口調に、その表情。
 それは完全に、予想外の反応だ。

 少し戸惑ったが、かといって、まだ警戒態勢は崩せない。


「マジで? だってこれ、花なんだぞ?」
「見ればわかるよ。何言ってんの、亮?」


 ……なんだ、そのあっさりした反応。
 それじゃ、ビクビクしながらここまで来た俺が、馬鹿みてえだろ。

 だが、がテーブルに飾られた花を見て、えらくニコニコしているのは、確かな事実であって。
 予想外すぎて、どうしたらいいんだか……。


 ――いや、待て。
 喜んでいるように見せかけて、その実、これは罠かもしれない。


 俺たちは、花をきっかけに、あれだけの大喧嘩をしたんだ。
 そこへ、のこのこ花を持って現れた俺のことを、が笑顔で迎えるはずがない。
 まさかこれは、「花であれだけの喧嘩をしたのに、もう忘れちゃったんだね」なんて、呆れ果ててもう笑うしかないという、見限りモードに入ったんじゃ……。

 だとしたら、どう説明すればいい?
「おまえに似合うと思って」なんて正直に口にしても、そんなんじゃ、適当なこと言ってんじゃねえと怒鳴られるのがオチだろう。


「あー……おまえ、こういうの好きだっけ?」
「んー、好きっていうのとは違うけど、でもまあ、好きだよ」


 どっちだよ。

 だが、がご機嫌なのは変わらない。
 その笑顔に、裏なんてなかった。

 ここに至り、ようやく俺の不安と警戒は、杞憂にも程があるってくらいの、馬鹿げたものであることがわかったんだ。


「花なんて、面倒見るのが苦手な人間には、邪魔なだけって思ったけど、たまに見ると、やっぱり華やかでいいね」


 ちょっと考えが改まったと、はそう言った。
 そして、照れを見せつつ、「ありがとう」とまで。


 こんなふうに言われるなんて、予想だにしなかった。
 ただなんとなく買ったものなだけに、礼とかそういうものは、全然期待してなかったんだ。

 だからこそ、この一言はたまらない。
 おまえ……かわいすぎるだろう。反則だ!


 でも、これで1つわかった。
 何気ないプレゼントとしては、花束はありなんだな。


「じゃあ、また買ってくる」
「いや、当分いいよ」


 だが、それなりに感動したにも関わらず、あいつからはつれない返事。

 おいおい、おまえの彼氏は今、自分からのささやかなプレゼントで彼女が喜んでくれたことに、いたく感動したとこなんだぜ。


「なんだよ。花束見直したって言ったくせに」
「見直したけど、そうちょくちょくはいらないよ。でも……そうだな。花瓶は、ちょっと欲しいかも」


 あー……確かに。


 その意見に納得して、俺はあらためて花束を見る。
 水を張った丼に入れられた、色鮮やかな花束を。

 いくらキレイでも、丼との組み合わせは、さすがに不釣り合いだった。

−END−

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「氷帝三年R誕生祭3」への参加作品。

 せっかくのプレゼントに文句を言うのは失礼だけど、私も花束は遠慮したい方です。
 それにもらっても、ほぼ確実に枯らすしね(苦笑)

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2009.03.03

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