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ありったけの勇気を出して、一世一代の告白をしたのは、つい先月のこと。 自滅覚悟で挑んだからか、彼に受け入れてもらえた時は、しばらく信じられなくて。 その後は、この世のすべてがわたしの味方なんだってくらい、浮かれに浮かれまくっていた。 でも当然ながら、そんなことはないわけで。 世の中のしくみはとても簡単。 女の敵は、やはり女だった。 けど、わたしが怒りをぶつけたのは、恋い焦がれてやまなかった大好きな彼氏――宍戸亮だったんだ。 つき合い始めて、初めてのイベント。 そんな今日は、女の子が愛情を示す大切な日、バレンタインデー。 でもわたしにとっては、それが人生最悪の日になった。 しばらく震えた携帯電話が、あらためてそれを思い出させる。 携帯は彼からのメールと着信で溢れてたけど、わたしはそのすべてから目を逸らした。 自業自得とはいえ、別れの言葉なんて聞きたくなかったから。 そう、自業自得。 なぜならわたしは、全力で亮に喧嘩を売ったから。 渡すはずだった、バレンタインチョコをぶつけて。 彼の人気は知っていた。 わたしという彼女ができた今でも、彼に想いを寄せる子たちがいることも。 でもわたしと一緒に登校した彼に、誰の目にも明らかな本命チョコを渡す猛者がいるとは、さすがに思いもしなかった。 つまり、それは宣戦布告。 あんたなんかに負けないと、わたしは正面切って、喧嘩を売られたのだ。 多分、亮自身は、大して深く考えてなかったと思う。 あいつは3年間同じクラスの仲良いヤツでーって、呑気に説明していたし、彼女自身、告白めいたことは一切口にしなかったから。 でも、横にいたわたしにわずかに向けられた視線は、明らかに恋敵に対する、厳しいまなざしだったんだ。 好きになったのは、わたしの方。 つまり、彼の気持ち1つで、いつでも終わる脆い絆。 チョコをまんざらでもなく受け取った彼を見て、わたしはその事実を顧みることになった。 だから、そんなつもりはなかったのに、はっきりと不安な表情を出してしまって。 なのに、そんなわたしを見て、彼が放った一言は、 「なんだよ、。妬いてんのか?」 ……多分、亮自身は、大して深く考えてなかったと思う。 でも、それを聞いた途端、一気に感情が切り替わった。 妬いてるとか、そんな生易しいものじゃない。 簡単にそう言える彼が、本当に理解できなかった。 あなたは、たかがチョコと思うかもしれないけど、それの受け渡しの背景には、1つの戦いがあったんだよ。 だって、彼女であるわたしの前で、攻撃的な行動に出た人を受容したんだもの。 この場合の攻撃性、それはつまり、彼への想いに他ならない。 わたし以外の他の人にも、彼女になれるチャンスを示唆したということ。 わたしへの気持ちは、次の彼女ができるまでの場繋ぎに過ぎないということ。 その事実が、悲しくて腹立たしくて――気がつけば、頃合を見て渡すつもりでいたチョコを、全力で亮に投げつけていた。 そのままその場を後にして、以降、亮の顔は見ていない。 彼に会いたくなくて、力の限り避けまくったから。 だから授業が終わった後は、すぐさま学校を飛び出した。 亮とはクラスが違うから、少なくとも、これで今日は顔を合わせずにすむ。 問題は全く解決してないけど、それでもだいぶホッとできた。 それに、その頃には頭も冷えて、自分のしたことを亮がどう思うか、落ち着いて考えられるようになっていた。 「つき合って1ヶ月……はたってないか」 きっと怒ってる。 廊下で、他の人たちがいる前で、あんなことをしたんだから。 ただの痴話喧嘩と思ってもらえればいいけど、それでも、公衆の面前で恥をかかせたことに変わりない。 「でも、好きな人とつき合うことができたから、それは幸せなことだよね、うん」 彼にふられてしまっても、それでもわたしは幸せなんだって……そう思わないと頑張れない。 これから来るだろう、彼に別れを告げられる、つらい現実に立ち向かえない。 「できれば別れたくないけど……さすがに無理だろうなあ」 好き。大好き。 だから、わたしのことを見てほしかった。 でもきっと、今となっては、すべてが無駄。 わかっていても、それでも、彼のことしか考えられなかった。 けれど明るい見通しは、全くもってないわけで。 次に、メールや電話がくれば、ちゃんと返事をしよう。 それで、潔くあきらめよう。 だって、しょうがないじゃない。 嫌われるようなことをしたんだから。 重くなる足取りを奮い立たせて、家路につく。 早く帰って、そこで思いっきり泣きたいけど、考えにふければふけるほど、歩くペースは遅くなる。 だから、いつもに比べて、帰宅時間が遅れたのは知ってたんだけど。 でもまさか、 「おせえ」 彼に追い越されるほど、遅かったなんて。 家の前で憮然と座り込んでいた亮が、わたしを見つけて立ち上がる。 そして、立ち止まるわたしのとこまで来てくれたけど、その顔は何とも言えない複雑なもので。 「なんて顔してんだよ」 それはこっちのセリフだよ。 亮こそ、なんでそんな顔してるの? でも亮は、それ以上何も言わず、見覚えのある包みをわたしに突き出した。 「……これ、ちゃんと渡し直せ」 それはわたしが投げつけたチョコレート。 好きだからこそ渡すはずだったのに、別れのきっかけに化けたもの。 ……あらためて渡し直せって、意味わかんない。 「……別に、わたしのチョコなんて、なくてもいいじゃない」 「なんでだよ。バレンタインに、彼女からチョコもらえねえって、あんまりじゃねえか」 「………………彼女の目の前で、他の子からの本命チョコを受け取る彼氏の方が、あんまりだと思う」 「はあ?」 こんな愚痴、言うつもりなんてなかったのに。 でも、心の底から嫌だったんだ。 これですべてが終わっても、せめてそのことは伝えておきたかった。 わたしがわけもなく気分を害したんじゃないって、わかってほしかった。 「もしかして、朝もらったチョコのことか? あれは別に本命とかじゃ――」 「本命だよ、あれは」 「いや、まさか……」 「あの子は、亮のことが好きなの」 淡々と、言葉を紡ぐわたし。 どう対応するべきか計りかねてる亮は、眉間に皺を寄せつつも、どこか戸惑った顔になる。 亮があのチョコに重みを感じてないなら、わたしは被害妄想に捕らわれた、ただの痛々しい女なんだろう。 それでも、ここまで来たら、言わずにはいられなかった。 「だから……亮があの子を好きなら、別にいいよ」 「は?」 「わたしのことなら、もういいから……」 これまで、心のどこかにあった不安。 でも、わたしとつき合ってくれて、少しずつ一緒にいる時間を増やしてくれて――だんだん気にかけてくれるようになったから、いつしか忘れてしまっていた。 好きになったのは、わたしの方。 これは、彼の気持ち1つで、いつでも終わる脆い絆。 「でも、つき合ってる間は、せめてわたしの目の前で受け取ってほしくなかったな」 つき合う気がないなら、最初からOKしないでほしかった。 彼とつき合えたのは、確かに嬉しかったけど、でも中途半端に夢を見せるくらいなら、最初から切り捨ててほしかった。 いつの間にか、涙が零れていた。 そして、彼から受け取ったチョコを、あらためて渡す。 これが亮にできる、最後のこと。 亮はしばらく黙っていた。 でも、やがてゆっくりと手をのばして、 なぜか、掴んだのはわたしの腕。 そのまま勢いよく引っ張られ、無防備だったわたしは、あっさり彼の腕の中におさまった。 そして、息苦しいほど抱きしめられる。 「なんとも思ってねえ相手なら、あの場ですぐに断ってる。俺は、告白したのがだから、つき合うのをOKしたんだ」 耳元で響く、亮の声。 語られるのは、初耳な事実。 「俺がもらったのは、ただのチョコだ。たとえそこに何かの気持ちがあったって、少なくとも、俺に応えるつもりはねえよ。……でもまあ、バレンタインの意味を考えると、ちょっとばかし無神経だったかもな。わりい」 謝ってる。亮が。わたしに。 「……怒ってないの?」 「怒ってない。つーか、焦った」 別れ前提で、勝手に話進めんな。 そう言われて、わたしの涙腺は、本格的に決壊した。 亮の背中に腕を回して、わたしも力いっぱい彼を抱きしめる。 「好き。大好き」 「……………………………………………………俺も」 なんでそんなに間があるのと、問いたい気持ちはあったけど、これまでそうしたことを言わなかった彼にしたら、かなり勇気がいったんだろう。 告白して、つき合い始めて、3週間ちょっと。 わたしは今、ようやく両想いの実感を手に入れた。 −END−
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