| 「わりい、待たせた……って、なんで服着てんだよ!」 「なんでって……寒いし」 ムッとするわたしに、宍戸もムッとなる。 だって、意味がわからない。 向こうの都合で中断したのに、それでなんで、わたしが怒られなきゃならないの? でも宍戸は、ほんの一瞬血圧を上げたものの、すぐに自分の理不尽さに気づいたらしい。 「あー……まあ、ちょっと時間かかったしな」 いや、ちょっとどころじゃないし。 表情で語るわたしから目を逸らしつつ、隣に腰を下ろす宍戸。 けど、そのまま。 何も言わないし、何もしない。 2人で隣り合ったまま、部屋にはただ静寂が満ちた。 ……なんだろう。この沈黙。 宍戸のことだから、てっきりすぐに再開すると思ったのに。 彼の出方が読めなくて、そっと様子を窺ってみる。 そうしたら、同じようにこちらを気にしてたらしい彼と、ばっちり視線が合ってしまった。 さっきまで嫌というほど感じてた、あの緊張感が蘇る。 途端に全身が張りつめるのが、嫌というほどよくわかった。 そんなわたしに、宍戸はわずかに表情を動かすと、 「やっぱり、今日はやめとくか?」 口にしたのは、思いがけない言葉。 でも……ごめん。正直、ホッとした。 けれど、安堵の息を吐いた瞬間、宍戸からなんともいえない響きの声が。 「あからさまにホッとされると、さすがに俺もショックなんだけど」 しまった! そう思っても、もう遅い。 宍戸は寂しげに悲しげに、わたしから離れようと立ち上がる。 え、どこ行くの!? わたしは慌ててその腕を掴むと、必死に制止した。 「待って! 宍戸が嫌なんじゃないよ。あの、あのね」 でも、言葉はなかなか出てきてくれない。 言いたいことが、言わなきゃいけないことがあるのに。 けど、ひたすら「あの」と繰り返すわたしの頭に、宍戸はそっと手を乗せて、 「わかってる。怖いんだよな」 そして優しく撫でながら、とても苦い笑みを見せた。 「が怖がってるのはわかってた。でも、そういうのは慣れの問題だと思ったからよ。ずっとくっついてれば、そのうちなんとかなると思ったんだ」 それに関しては、わたし自身も思わなくはなかった。 でも、ちょっと楽観的すぎたんだ。 それで、なかなか怖さが消えない状況が、さらなる怖さを生み出したわけで……。 けど、負のスパイラルの原因はそれだけじゃない。 「じゃあさ、その……そういう時だけ、って呼んだのはなんで?」 「いいかげん、名字呼びは嫌なんだ。だから、呼び方変えるいい機会かと思ってよ。でも普段もそう呼ぶのは、なんつーか、その……照れるし」 真相は単純明快。 つまりは、わたしが意識しすぎただけなのか……。 でも! 特別な時に特別な呼ばれ方をしたら、緊張に拍車をかけてもしょうがないと思うのよ! 「そんなだから、ついそういう時だけになっちまったけど……嫌だったか?」 軽くイラッとしたのを察知した宍戸が、それを変な方向に捉えて、暗い表情になる。 そんな顔を見たくなくて、わたしは即座に、首を横に振った。 「ううん」 その答えにホッとすると、宍戸は隣に座り直して、またわたしを抱きしめた。 今度はわたしも、彼の背中に手を回して、互いにしっかりと抱きしめ合う。 「実を言うと、跡部と電話してる間に、覚悟を決めてくんねーかなって思ってた。だから、おまえが服を着直してるの見た時は、マジでビビったんだ。でもそんなの、俺の勝手だよな。わりい」 「そんなことないよ。あそこで時間をくれたから、その間にほんとに覚悟を決められたの。ただ、あんなに待つとは思わなくて……」 「マジかよ! なら、なんでもうちょっと、待っててくれなかったんだ?」 「だって、丸出しのまま放置されたんだよ! そんなの寒いに決まってるじゃん!」 「ま、丸出しとか言うな!」 なんでわたしを引ん剥こうとした張本人が、今になって真っ赤になるの? そういえば、彼は意外と照れ屋さんだった。 久々に見るかわいらしさに、思わず笑いがこぼれ落ちる。 「何笑ってんだよ」 でも、今ここでかわいいなんて言ったら、たちまち機嫌が悪くなる。 だから絶対言わないけど、わたしの態度が言ってるも同然じゃ、意味ないかな。 こちらを面白くなさそうに見ていた宍戸は、やがて噛みつくようにキスをした。 まあ、軽く歯を立てられただけで、すぐに優しくしてくれたけど。 わたしたちの空気は、再び、甘く柔らかくなった。 そんな中、宍戸から1つの提案がもたらされる。 「なあ、もっかいだけ挑戦しねえ?」 その提案が出ると同時に、わたしの身体は後ろに倒されようとした。 でも、考えるより先に、身体に力が入る。 ――どうしよう。もう抵抗したくないのに。 なのに腕が突っ張って、彼の身体を押しのけようとする。 ――どうしよう。やっぱり怖さが拭いきれない。 相変わらずどっちつかずで、それが怖さを増長する。 そうした負のスパイラルがわかっていても、自分ではどうすることもできない。 けれど、縋るように見つめるわたしに、宍戸は「大丈夫」と、触れるだけのキスをした。 さらには、「怖かったら、いつでも言えよ」とまで。 これまで、一度もそんなこと言わなかったのに……。 だけど、わたしが怖がってることを知った上で、そうした気遣いを見せてくれる姿勢に、ほんの少しホッとした。 じゃあ、行けるところまで行ってみようか。 わずかだけど余裕の心が出てきたわたしは、小さくうなずくと、黙って宍戸に身をまかせた。 でもお互い服を脱いで、素肌で重なり合って、それどころか、指とか唇とか、あと………………舌とか、そんなので触れられちゃったら、あっという間に、余裕の心はどこかへ吹き飛んでしまって。 「し、宍戸。あの、やっぱり今日は……」 ごめん、宍戸。 ここまでやってなんだけど、わたしはギブアップです。 「そうか」 いっぱいいっぱいなわたしの声に、短く返事をした宍戸は、胸から腰を経由して、その手を太ももに滑らせた。 やがてそれは逆行して、今度は次第に足の付け根へ――って、ちょっとちょっと! なんで!? わたし今、ギブアップしたよ。そうしたら、途中でやめてくれるんじゃないの? 「あ、あれっ? あの……あれっ?」 あまりに疑問が大きすぎて、なんて言えばいいのかわからない。 ただ、激しく動揺してるのはわかってもらえた。 でも、それをわかってくれたのに、宍戸のヤツはしれっとこう言ったんだ! 「怖かったら言えと言っただけで、別にやめるとは言ってねえ」 「!?」 なんだそれ! 詐欺だ! 衝撃的すぎる発言に、声も出ない。 絶句して、宍戸を凝視する。 でも彼は、そんなわたしから顔も視線も背けなかった。 「……本当に嫌か?」 まっすぐに見つめる、その瞳に映るのは、期待と恐怖という異なる感情。 期待はわかる。わたしと1つになりたいってこと。 なら、恐怖は―― そちらは、もっとよくわかった。 だって、わたしが今抱いている気持ちと、全く同じものだから。 宍戸だって、わたしと同じく、これが初めての経験になる。 うまくやり遂げられるかどうか、そうした不安はどうやったってつきまとう。 それに加えて、わたしに拒絶される恐怖。 わたしが、この先を拒めば宍戸に嫌われると思ったように、宍戸も、この先を望んでわたしに嫌われるかもしれないと不安がってるんだ。 こんな気持ちを抱えたままでいたくない。 だったら、引いちゃいけないんだ。 引いちゃいけない。 強く強くそう思った時、わたしは今まで言えずにいたことを、勇気を出して彼に伝えた。 声が震えるのは止められなかったけど、せめて聞こえるようにはっきりと。 「嫌じゃないよ」 宍戸が息を呑むのがわかる。 その一言が、すべてを決めた瞬間だった。 そして―― 「」 わたしに覆いかぶさる、逞しい身体の奥深くから、力強い鼓動が聞こえる。 わたしのものに負けず劣らず早いそれは、彼自身がひどく緊張している証。 それでも、わたしの気持ちが恐怖一色に染まる前に、懸命に和らげようとしてくれる。 自分だって気持ちに余裕があるわけじゃないのに、わたしのことを優先してくれる。 優しく撫でる手、優しく触れる唇、わたしに向けられる彼のすべてが愛おしい。 「好きだ、」 ――わたしも好き。 「……亮」 わたしの呼びかけに、驚いて軽く目を見開く亮。 けれどすぐに、嬉しそうに微笑んでくれた。 ――大好き。 「大好き」 ――大好きだよ。 つらくないとは言えなかった。 でも、そこには確かに、泣きたくなるほどの幸せがあったんだ。 宍戸亮。 それは、わたしの大好きな人。 今日はその大好きな人が、わたしを大好きだと、全身全霊で伝えてくれた日。 そしてわたしが、彼を大好きだと、全身全霊で伝えた日。 −END−
|