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チクチクするようで、もふもふするようなその感触は、独自の髪質と髪の長さが生み出す、絶妙なコラボレーション。 わたしはそれを堪能するべく、全力で撫で回そうと手に力を入れる。 でも、目的を察したらしい髪の主に、いともあっさり逃げられてしまった。 「人の頭、いじくり回すんじゃねえ」 「えー、宍戸の髪、気持ちいいのに」 「はあ? 長い時ならまだしも、今の状態で、何が気持ちいいんだよ」 「それは、髪質と髪の長さが生み出す、絶妙なコラボレーションがね……って、そんな顔で自分の彼女を見るのはやめて下さい」 あいつ、明らかに変な人を見る目で、かわいい彼女を見やがりましたよ。 でもわたしは、めげずに再び手をのばす。 「そりゃ、長い時の感触も好きだったけどね」 指にクルクル巻いて遊ぶことも、指の間を滑らかに流れ落ちる感触を楽しむことも、今はもうできないけど。 思えば、宍戸に興味を持ったのは、あのキレイな髪があったから。 だってあの髪は、わたしの憧れだったから。 宍戸とわたしは、3年間一度も同じクラスになることはなかった。 にも関わらず、このマンモス校で互いを認識できたのは、友人のが、3年で宍戸と同じクラスになったから。 そしてのところに遊びに行くうちに、いつしか隣の席にいた宍戸とも、話すようになっていた。 「宍戸って、髪キレイだよねー」 「よく言われる」 「何か特別なことしてるの?」 「別に」 当時の宍戸は、わたしだけでなく、ほとんどの女子から羨望のまなざしを向けられていたと思う。まあ、宍戸というより、宍戸の髪にね。 もちろん、宍戸自身が好きって子もたくさんいたと思うけど、どちらかといえば、わたしみたいに髪に惹かれてる子の方が多かったんじゃないかな。(調べ) でも、美髪の秘訣を聞こうにも、当の宍戸は超適当にあしらうのみ。 実際、秘訣も何もあったもんじゃなかったしね。 テニスに全力で勤しむあいつは、部活のために早寝早起きを心がけ、好き嫌いなしのバランスの良い食生活を営んでいた。 身体のことを考えて動いたというより、身体が求めるままに動いたら、結果的にそうなったという感じ。 つまり、基本的なことを心がけたら、身体全体どころか髪の毛の先にまで、しっかり栄養が行き渡ってしまったのだ。 で、そんな力みなぎる自分に、宍戸もまんざらではなかったらしく。 「おまえ、髪キレイとか言って、単に俺に見惚れてたんじゃねえ?」 言って、意地の悪い笑み。 言われて、しばし考えるわたし。 「あー………………それはないな」 「なんだよ、今の間は。それ、動揺してる証拠じゃねえの?」 「いや、考えたこともなかったこと言われたんで、よく考えてみただけ」 「けっ、そうかよ」 ポニーテールができるほどの長髪男子。それだけでも人目を引くのに、見た目はそこそこかっこいい上、あのテニス部の正レギュラーとくれば、宍戸の周囲に女の子が群がるのは、ある意味自然な流れだった。 でも、テニスバカなあいつは、女の子に愛想をふりまくことも、かといって冷たくすることもなく、軟派と硬派の中間にいることを楽しんでいるようだった。 そこに見えたのは、まぎれもなく自信。実際、それだけの力を、確かに宍戸は持っていたんだ。 でも……いつしか自信は、過信に変わってしまったようで。 その決定的な出来事が、宍戸のレギュラー落ちだった。 それは氷帝テニス部の伝統にして、非情なる敗者切り捨ての掟。 以来、立場が急降下し、張りつめた雰囲気になった彼には、以前のように気安く近寄れなくなった。別に人を拒んでるわけじゃないけど、すごく険しい顔をするようになったから。 しかも宍戸は、なぜか日に日に傷を負い、毛先まで手入れが行き届いていたキレイな髪も、次第に傷み始めていった。 によれば、授業はほとんど居眠り状態。毎日、すごく疲れてるみたい。 宍戸が何をしてるのか、何をしたいのかは全然わからなかったけど、でもたまに目にする彼の瞳は、まだ何かに燃えているようだった。ヤケになってるわけじゃない。 だからそれがわかった時、わたしは自分にできる範囲で、応援したいと思ったんだ。 でも、できる範囲でってのは、結構難しい。 結局思いついたのは、おやつのお裾分けだったし……って、これでもわたしなりに考えた、適切な理由があるんだからね。 「これあげる」 「……別にいらね」 「そう言わずに食っとけ。変なものは入ってないし、悪いようにはしないから」 「なんだよ、それ。余計アヤしいぞ」 苦笑ではあったけど、いつもよりは笑顔に近い顔を見て、わたしは少しホッとした。 そして自分も、宍戸にあげたのと同じもの――チョコレートを口にする。 ちなみに、カカオ含有率の高いヤツ。それは普通のチョコに比べて、身体にもいいし、何より太りにくいって聞いたから、ここ最近の定番持ち込み菓子だった。素晴らしきかな、カカオ・ポリフェノール。 でもこれを宍戸に渡したのは、カカオが傷の治癒にも効果的だと聞いたからなんだ。 傷だらけの宍戸が、早く前みたいに元気になるようにって、そう思ったから……。 以来、事あるごとに、同じチョコを渡しに行った。 宍戸は苦笑しつつも、毎回ちゃんと受け取ってくれた。 なんとなく……なんとなくだけど、気持ちは通じたんじゃないかな。少なくとも、わたしはそう感じたよ。 でも、それから間もなく、突然の事件が起きる。 宍戸が、あの宝の髪を切ってしまったのだ。しかもざんばらに。見る影もなく。 世間では、一度レギュラー落ちした宍戸がレギュラーに復活したという、氷帝テニス部始まって以来の事件の方が関心高かったみたいだけど、わたしにとっては、そちらの方がショックだった。 馬鹿にされると思って言わなかったけど、わたしにとって宍戸のキューティクルは、神の御技に等しかったから。 でもこの日を境に、これまでずっとピリピリしてた宍戸は、ようやく落ち着きを見せ始めた。 ……そんなのを見せられたら、「なんで切っちゃったの!?」なんて言えないじゃん。 レギュラーに復活したって、わざわざ報告してくれた嬉しそうな顔を見たら、「よかったね。おめでとう」としか言えないじゃん……。 そんな寂しさを抱えてしばらく後、ふいに宍戸と2人で話す機会ができた。 一緒に帰ろうとを迎えに行ったら、ちょうど宍戸と日直の日で。それでは、日誌を出しに行っちゃったから、教室には帰り支度をしている宍戸しかいなかったんだ。 で、を待ちがてらしゃべってたんだけど、今やすっかり定着した宍戸の頭を見ていたら、ふと気がついた。前より、髪のびたなーって。 「そういえば、宍戸って髪のびるの早いよね。スケベなんじゃないの?」 「男がスケベで何が悪い」 「うわっ、開き直った! じゃあいつも、あーんなことやこーんなことを考えてるわけね。不潔よ、不潔!」 「なっ! 別に、いつもってわけじゃ……っ」 宍戸、うろたえすぎ。意外とこういうネタ、弱いんだな。 でも宍戸がうろたえたのは、ネタがどうこうというより、それをふったのがわたしだったことに関係あったようで。 「……好きなヤツと自分がそういうことになったらって考えるのは、大しておかしくないだろうがよ」 「そりゃまあ……って、ん?」 宍戸の主張はおかしくない。おかしくないけど、何か……何かの含みが、わたしに対して向けられている気がする。 そう感じて、目の前の宍戸を見る。 あまりにわたしがまっすぐ見るから、宍戸はしばらく目を泳がせてたけど、じきに仏頂面のまま、わたしのもとに視線を定めた。 「あー………………好きだ」 衝撃的な一言だった。 あまりの威力に、互いにしばらく動けなかったほど。 そして視線も、それぞれに向けられたまま動かなかった。 目の前にいるのは、真っ赤になった宍戸。 その顔も、発された言葉も、決して冗談には見えなかったし、聞こえなかった。 つまり――本気で言ってるんだ。本当に、わたしのことが好きだって。 ようやくそのことを理解したわたしは、予想もしなかった展開に、本気でうろたえた。 「で、でもわたし、宍戸とデートしたりとか、あと、その……そういうのって、イマイチ想像できないよ」 「っていうか、あんまできねえと思う。今は部活に専念したいから」 でも、動揺するわたしに向かって、今の告白並みに予想しなかった言葉が、宍戸の口から飛び出した。 ……ちょっと待って。 今の発言、なんだかすっごく引っかかる。 「……その言い方だと、まるでわたし、ふられたみたいなんですけど?」 告白された直後に、その相手からふられるって、前代未聞だと思う。 っていうか、単にからかわれてるの? すると宍戸は、気まずそうなまま、乱暴に頭をかき、 「だから、まだ言うつもりなかったんだよ。とじっくり向き合えねえのに、そんなこと言ったって意味ねえから。でもこうなった以上、中途半端にはしたくねえ」 逆ギレっぽい物言いが、ちょっと引っかかったけど、でも文句なんて言えなかった。 だって、再度向けられた目は、さっきまでと段違い。 真剣そのものの、熱い瞳だった。 勝手に告白して、勝手につき合いを拒んで。 本当に勝手にも程があるけど、そこまで彼を突き動かすのは、それだけすごい大きな感情。わたしに抱く、強烈な想い。 「好きだ、」 そして、あらためてされた告白で、わたしは一気に惹きつけられた。 まあ、大会が終わるまではテニスに集中したいから、つき合ってるらしいことは何もできないけどかまわないかって要求には、苦笑しちゃったけど。 でも、宍戸がそのために頑張ってきたのは知ってるし、わたしだって、そんな宍戸を応援してたしね。 そうした経緯で幕を開けた、わたしたちのおつき合いは、今も順調に続いている。 ただ1つ意外だったのは、わたしが自分でも驚くほど、宍戸に惚れちゃったことかな。 「……一生の不覚かも」 「いって! 何すんだよ、何が一生の不覚だ!」 しまった。せっかく、おとなしく頭撫でさせてくれてたのに、考え込んでたら、つい爪を立てちゃった。 「ごめんごめん。ししどりょーくん、たんじょーびおめでとー」 「なんだよ、その気の抜けた言い方……って、ちょっ……!」 いきなり抱きついてみたら、えらく驚かれた。 いきなり押し倒したり、いきなり舌入れるキスしたりで、あんなにわたしを驚かせたのに、なんであんたはこれだけのことで驚くのよ。 でも、いつもやられてるぶん、動揺させられて、ちょっと嬉しかったりする。 だって、やっぱり悔しいんだよ。 そんなに惚れる気なかったのに、ここまで惚れさせられたなんて。 −END−
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