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9月29日の宍戸の誕生日に、2人で一緒に大人の階段を上っちゃおうと決めてから数日後、わたしは借りていたCDを返すついでに、学校帰りに宍戸の家に立ち寄った。 そしてそのまま彼の部屋に行って、いつものようにどうでもいいことをしゃべりながら、時間を過ごすわたしたち。 けど、学校と違って人目がないのをいいことに、ここぞとばかりにベタベタイチャイチャしていたら、なんだかそのうち……そういう空気になってきちゃって。 この前みたいに、教室でいきなり押し倒されるのは勘弁だけど、宍戸の部屋で、しかもいい感じの空気になってる、今この状態でなら……このまま先に進んじゃってもいいかなーなんて、そんなふうに思えてくる。 そう、状況はわたしたちに味方している。 だって宍戸のお母さんは、先程買い物に行かれたとかで、今この家には、宍戸とわたしの2人しかいないんだから。 そもそも、好きどうしの人間2人が同じ空間にいて、何も起きないはずがないのよ。 ベッドを背もたれにして、隣どうしに座るわたしと宍戸。 最初は軽いスキンシップ程度に、何気なく唇を寄せ合っただけだったのに、不思議と離れられなくなった。 そうして繰り返される、優しいキス。 触れて、離れて、でもすぐに角度を変えてもう一度。 何度も何度も唇で触れ合い、その時間は数を増すたび、どんどん長くなっていく。 けど、それだけじゃ到底治まらず、わたしたちは互いの背に腕を回して抱き締め合い、密着度をより高めた。 「んっ……」 「……」 意外と堅い宍戸の胸に押しつけられて、たまらず息をもらしたら、いつもより低い声で、名前を呼ばれた。その慣れない響きに、ゾクゾクする。 そして、ついに宍戸が動いた。 優しくわたしの頬を撫でていた彼の手が、ゆっくりと下へ動き始めたのだ。 頬から首筋を伝って、肩へ。夏服の薄い生地越しに、彼の手の温度が伝わってくる。 こんなふうに、彼の温もりが移ってくるのは初めてだ。 でもこれから、もっと初めてのことが、わたしの身に降りかかる。 怖くないわけじゃない。というより、正直怖い。 でも、それ以上の期待もあるの。わたしたちの関係がより深くなる、未知への期待。 それは、果てしなく恐怖を上回る。 だってその相手が、他ならぬ宍戸亮だから―― 大好きな彼じゃなきゃ、わたしはこんなふうに、腕の中でおとなしくなんてできないんだから。 でも、宍戸の手の感触と温度を感じているうちに、知らず知らず泣きそうになった。 今のうちからこんなにドキドキしていたら、宍戸と1つになった時、一体わたしはどうなるんだろう。そんな疑問が、首をもたげて。 もしかしたら、心臓が壊れちゃうかもしれない。 わたしは本当に、怖いくらい、宍戸のことが好きなんだ。 その想いを今、身をもって痛感させられた。 そんなことを考えてる間に、宍戸の手はついに、まだ成長の見込みがある、わたしの胸へと到達し―― って、胸!? 「! わ、わりい……」 まるで飛び退くように、大慌てでわたしの胸から手を離す宍戸。 それもそのはず、だって今までおとなしく身をまかせてたわたしが、とんでもない勢いで、いきなりビクッと震えたからだ。 「ご、ごめん! 違うの。あの、大丈夫だから……」 別に、胸を触られるくらい平気。緊張はするけど、そのことが怖いわけじゃないから。 でも、いつの間にか涙目になってるわたしにそんなこと言われても、信じるのは難しいよね。 それに信じてくれたとしても、「じゃあ、もう1回」って、気軽にやり直せるもんでもないし。 うーん、気まずい。っていうか、本当にごめん、宍戸。 けどね、この問題に気づいちゃった以上、わたしとしても、おとなしくあんたに、身を委ねるわけにはいかないのよ。 ほんとにもう、わたしったら、なんで忘れてたんだろう。、一生の不覚! で、でも、こんなことになるなんて思ってなかったんだから、しょうがないよね。 そう、これは彼氏と事に当たる女の子にとっては、かなりの死活問題だ。 とはいえ、いい気分でいたところをぶち壊された今の宍戸に、どうしてそのことが言えようか。 「えっと……ごめんね、宍戸」 「あー、うん……」 どんなに頭をひねっても、出てくるのは謝罪の言葉ばかり。 それで宍戸は、余計困ったように、遠くに視線を向けてしまう。 彼としても超気まずいらしく、わたしと目を合わせてくれない。 多分、誤解してるよね。自分1人が先走ったとか思わせちゃったよね。 本当は、全然そんなことないのに。わたしは別に、宍戸を嫌がったわけじゃないんだよ。 ……けど、真相を伝えるのもなー。 ――ええいっ、しょうがない! こうなったら、腹を括って事実を話そう。 事実は事実で、怒られたり呆れられたりするかもしれないけど、このまま仲がぎくしゃくするより、ずっとマシだ。 わたしは、意を決して宍戸に言った。 「あのさ、やっぱ本番までとっとこうよ。せっかく、宍戸の誕生日にって決めたんだからさ。その時はわたしも……ちゃんと準備を整えとくし」 「なんだよ、準備って」 相変わらず目をそらしたまま、憮然と呟く宍戸。 でも、構わずにわたしは言った。かなりの勇気がいったけど。 「………………………………………………………………………………下着とか」 「はあ!?」 はじかれたように振り向く宍戸に、今度はわたしが目をそらす。 だって――だって今日、ブラとパンツの色が違うんだもん! オレンジのブラにグレーのパンツって……こんな奇妙な色の組み合わせ、宍戸には絶対見せたくない。 でも、そんな女心を意に介さない宍戸は、まぬけな顔で口をポカンと開けながら、 「もしかして……今おまえが嫌がったのって、それが理由?」 「い、いや別に、嫌がったわけじゃないんだけど」 そう、嫌じゃない。 本当は、下着へのこだわりとかもわかってほしいけど、今はとりあえず、それだけがわかってもらえれば。 すると宍戸は、しばらく何やら考えた後、あらたまってわたしを見つめ、 「気にすんな。そんなの、別に大した問題じゃねえ」 「え!? ちょっ……!」 言うが早いか、宍戸は離れてしまったわたしを引き寄せ、また腕の中に収めると、制服のシャツをたくし上げた。 文句を言おうとしたら、強引なキスで口を塞がれ、反論の機会を奪われる。 バカ宍戸! 空気読め! あんたにはくだらない問題でも、わたしにとっては大問題なのよ。 恥を忍んでわざわざ言ったんだから、それくらい理解してよ。 っていうか、ここでなら、わたし泣いてもいいんじゃないか? くっそー、それなら本格的に泣いてやる! そして、罪悪感に苛まれるがいい! でもここで、わたしの背中に手を滑らせていた彼の手が、ふいにピタリと止められた。 もしや、願いが通じた? けど……どこか様子がおかしいような。 唇が解放され、わたしは静かに宍戸を見上げる。 すると宍戸は、どうしたらいいかわからないという、バツの悪そうな顔で、わたしを見ていた。 今さら引っ込めようのない手は、まだわたしの背中を撫でるようにさまよっていて――そこでわたしはピンときた。宍戸が何をしたかったのか。 ……ほんと、重ね重ね申し訳ない。 どこか情けないその顔を見ていたら、そんなふうに思えてきた。 「あー……えっとね、今日のブラ、フロントホックなの」 「フ、フロントホック?」 「そう。後ろじゃなくて、前にホックがあるタイプ」 まあ、後ろにホックがあるブラの方が、品数も種類も豊富だし、男の子の宍戸がフロントホックを知らなくたって、それは無理もない。 無理もないけど……ブラを外したかった宍戸にしてみれば、完全に予想外の出来事よね。 これが決定打で、わたしたちは完全に熱を奪われてしまった。 「えー……ちゃんと準備しておくので、続きは後日ということで」 「……そうだな」 本番は、勝負下着着用で。フロントホックは不可。 そんな重要事項を頭に刻みつけていたら、ふいに宍戸と目が合った。 今さら視線をそらすのもなんだし……と思って、そのままお互い、無言で見つめ合ったりするんだけど、いやはや、気まずさ最高潮です。 けど、前半はともかく、後半は宍戸が悪いと思う。 「宍戸はもっと、ムード作りの方法とか学ぶべきだ」 「なっ……! そ、そう言うおまえだって、ムードぶち壊しただろーが!」 「複雑な女心が介入しただけだもん」 「だから下着くらい、気にしねえって」 「……フロントホック外せなかったくせに」 「!!」 ああ……さっきまでいい感じだった2人とは思えない、不毛な言い争いが始まってしまったわ。 でも宍戸にだけは、ムードないって言われたかないのよ! そうこうしてるうちに、ムード云々から話は逸れて、ケンカは熱を帯びていく。 「宍戸はわたしとつき合ってるのに、恋人らしいことほとんどしない!」 「それは、おまえも同じだろ! つき合い始めてそこそこたつってのに、未だに俺のこと、宍戸呼ばわりじゃねーか」 「何よ、あんただって、わたしのことのままじゃん。つき合ってんだから、たまには『』って、色気のある呼び方してみなさいよ」 「なっ……! 気味悪い声、出してんじゃねーよ!」 実は今、「」ってとこを、跡部の真似して言ってみたんだけど……やっぱわたしごときでは、あのセクシーキングの力は、カケラも再現できないか。 「ふんだ。呼べないくせに、偉そうに言うなっての」 「呼べないのは、おまえの方だろ」 「そんなことないわよ!」 「だったら、呼んでみやがれ!」 「上等よ! でもそこまで言うなら、あんただって呼んでみなさいよ!」 「おお、やってやろうじゃねーか!」 なんだか、おかしなことになってきたな。まあ、別にいいけど。 とにかくそんなわけで、せーので、2人一緒に名前を呼び合ってみることに。 せーの、 「っ!」 「亮っ!」 2人で向かい合って、互いの名を呼び合う。 呼び合う。 呼び……。 ギャー! 恥ずかしーっ!! 何これ、何これ、耐えらんない! 言うのも言われるのも、まさかこれほど恥ずかしいなんて! じっとしてなんていられないよ。 慣れないことをしたせいで、2人して、真っ赤になった顔を隠して転げ回る。 そうして転げ回ってる間に、どうやらお母さんが帰って来たようで「何騒いでるのー?」と言って、こちらにやって来る気配を見せたから、わたしたちは大慌てで、乱れたままだった服装を整えた。 そして落ち着いたところで、顔を見合わせて、2人でため息をつく。 こんなんでわたしたち、本当に本番を全うできるのかな? そんな不安を抱えた、宍戸の誕生日は、もう間もなく―― −END−
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