|
「しーしーどっ♪」 「……うるせえ」 うわ、ちょっと御覧になりました? ただ呼びかけただけなのに、この人今、眉間に皺寄せて睨みつけましたよ。 ったく、かわいい彼女に対する態度とは思えないわね。 まあ、英語の時間のやたら堂々とした居眠りを見咎められて、居残りでプリントやらされてるおバカな彼氏じゃ、しょうがないかもしれないけど。 久々に一緒に帰れると思って、上機嫌で隣のクラスの宍戸を迎えに来たら、この態度。 その上、明らかに宍戸が落ち度の、この状況。 ……せっかく、放課後デートができると思ったのに。 「……わりい、もうちょっとかかる」 「ん、じゃあ待ってる」 でも、一応宍戸も悪いと思ってるみたいだし、しょうがないから、今回はおとなしくするか。 ほんとは、もっと文句言いたいんだからね。 部活を引退したとはいえ、後輩の指導云々で、宍戸の時間の大半は、まだテニス部のもとにある。 前を思えば、2人でいられる時間は増えたけど、それでも一緒に帰れるのは、やっぱり時々だ。 その数少ない貴重な時間を、こいつってば、居残り命じられてふいにして。 それでも一緒にいるわたしって、ほんといじらしいと思うわ。 宍戸がテニスを好きなのも、時間の許す限りテニスをやっていきたいと思ってるのも、わたしは知っている。 でも、テニスを絶対的に優先しながら、その上でわたしと一緒にいたいと思っていることも、ちゃんと知っている。 向こうから告白してきたくせに、いざ付き合う段階でそう言われた時は、なんて勝手な男だろうと思ったけど、それでも宍戸のテニスバカっぷりを目の当たりにしたら、なんだかしょうがないやと思えてきた。 普段、愛想のかけらもないあいつが、こんなにも生き生きと表情豊かにしてるのは、テニスに携わってる時だもの。 むしろ、これだけ大きな情熱のすぐそばに、わたしへの想いがあることが、ちょっと嬉しくなったりした。どうやらわたしも、相当宍戸に惚れ込んじゃったみたい。 「おい、ニヤニヤしてんな。気持ちわりい」 あ、しまった。どうも思ってることが、顔にも出ちゃったみたい。 適当にごまかしつつ、わたしは宍戸の前の席に、腰を下ろした。 「邪魔なんてしませんよー。見ーてーるーだーけー」 「それが邪魔なんだよ」 「優しく見守ってるだけなのに」 「やかましい。暇なら、ちょっとは手伝いやがれ」 「ヤダ。なんで宍戸の罪を、わたしが肩代わりしなきゃいけないの」 「……ちっ」 そんなふうに文句を言いつつも、プリントの余白はだいぶ減っている。 これならどのみち、あとちょっとで終わるじゃない。 わたしは宍戸がプリントと格闘する様を見ながら、じっとそれが終わるのを待っていた。 わたしたち以外、誰もいない教室で、宍戸がシャーペンを走らせる音だけが、静かに響く。 あーあ、やっぱり何もしないで、ただ待ってるのは暇ねー。 手持ちぶさたなわたしは、邪魔するつもりはないんだけど、作業中の宍戸に、何気なく声をかけた。 「そーいや、宍戸ってもうすぐ誕生日だよね」 「そうだな」 「何か欲しいものとかある?」 「んー、特にねえや」 まあ、欲しいものがあったとしても、宍戸は催促するようなタイプじゃないか。 でも正直、わたしもプレゼントをどうするか、決めかねてるのよねー。 ――と、ここでわたしは、あることを思いついた。 実を言うと、前からいっぺん、言ってみたかったことがあるんだよ。 しかも今ってば、それを言うのにピッタリの状況なんだ。 彼女的立場の伝家の宝刀。 世に広く知れ渡った、伝説の名セリフ。 ちょっと恥ずかしかったけど、わたしは宍戸の方に身を乗り出し、声もわたしなりに色っぽく変えて、思いきってあれを言ってみた。 「じゃあさ……プレゼントは、『わ・た・し☆』ってのはどう?」 ペキ。 シャーペンの芯が折れる、軽い音がした。 「なーんてね♪ ……ん?」 あれ、どしたの宍戸。動きが止まってるよ? 固まったまま動かない、宍戸の顔を覗き込もうと、さらに身を乗り出したところ、 「ねえ、どうし――ぐわっ! 何すんの!?」 男の子は迂闊にからかうもんじゃないと、今になって痛感した。 でも……気づくの遅かったかな。 なぜならわたしは、いきなり立ち上がった宍戸に、前の席から力まかせに引き上げられて、そのまま強引に、あいつの机に押し倒されてたから。 この体勢、苦しいにもほどがある。 だって、前の席から、無理やり後ろの机に引き倒されたのよ。 腰が自然とは言い難い曲がり方をしてる上、しかも背中の下に、ペンケースとかシャーペンがあって、ゴツゴツしてすごく痛いんだから。 文句を言おうと、押さえつけてる宍戸を見上げれば、そこには初めて見るほどの、真剣極まりない顔が。その思わぬ精悍さに、わたしは息を呑んだ。 「シャレになんねーこと言う、おまえが悪い」 いつもよりも、ちょっと低い宍戸の声。 シャレにならないって……もしや宍戸くん、本気に捉えてしまったとか? 「あ、あの、っていうか宍戸、この体勢、腰痛いっ」 「やっちまえば、どうせ腰は痛くなるだろ」 やっちまうって何を!? いや、「プレゼントはわたし」発言は、つまりはそういうことだけど。 でもでも、だからって予備動作もなく、いきなりこんなのは、やっぱりどうかと思うのよ! 「ちょっと! 跡部みたいなこと言うのやめてよ! 宍戸はそんな子じゃないでしょ!?」 「そんな子ってどんな子だよ!?」 ああもう、わけわかんない。 「好きなヤツにそんなこと言われて、サラッと流せるわけねーだろ」 いや、流してもらわないと、ちょっと困る……。 べ、別に宍戸が嫌とか、そういうことじゃないのよ。 ただ、ほら、初めての場所が学校ってのは、さすがにどうかと思うわけで。 実はわたしたち、まだキス止まりの発展途上な関係だ。 そもそも、一緒にいる時間そのものが少ないから、そこまで進むだけの時間がとれないのよね。 だからこそ、いきなりこんな展開になると、どうしていいかわからなくなる。 「とにかく離してよーっ!」 「暴れんなっ! ったく、久々に2人きりになれたと思ったら、おかしなこと言いやがって」 「一緒にいられないのは、主に宍戸が原因じゃん!」 「……っ! そ、そりゃそーだけどよ……」 たじろぐ宍戸。 どうやら今の発言を、「わたしよりもテニスの方が大事なのね」と、受け取ったみたいだった。 ……まあ、否定はしない。 そして、押さえる力が緩んだスキに、わたしはさっと起き上がる。 ずっとペンケースの角が、背中に当たってて痛かった。ああ、プリントもクシャクシャになっちゃったじゃん。わたしのじゃないから、別にいいけどさ。 「なあ、……」 「とっととプリント終わらせる! それまでは口きかない!」 言って机から降りると、わたしは、少し離れた席に陣取ろうとした。 でも、宍戸に背を向けたところで、腕を掴まれる。 「」 無視。 「なあ、」 無視ったら無視。 「」 「……何よ」 これまでずっと名字呼びだったくせに、なんでいきなり。 ふいの名前呼びに、不覚にもドキドキしつつ、それでもいつもの宍戸みたいな仏頂面で振り返ったら、あいつはものすごくすまなそうな顔をしてた。 「わりい。いきなりだった」 「……まあ、変なこと言ったわたしも、悪かったし」 うん、どう考えても、起爆剤はわたしよね。 「それから、おまえのことほったらかしてばっかで……ごめん」 もしかして――宍戸ってば、そのこと気にしてた? そりゃ、正直不満もあったけど、今はテニスを一番にしたいって、最初にきちんと言われたし、不器用なりに、わたしのこと好きだっていう姿勢を示してくれてたから、わたし的には別に問題なかったのに。それに、こうして気にかけてくれるだけでも、結構嬉しいよ。 でも、そんな気持ちを面と向かって伝えるのは、ちょっと恥ずかしくて。 どう答えていいか、わからずにいたせいで、教室にちょっと微妙な沈黙が降りる。 そんな中、先に口を開いたのは、意外にも宍戸の方だった。 「あのさ、俺の誕生日、うち来ねえ?」 「うん、いいよ」 「……うちの親、多分夜になるまで、帰って来ねえと思うから」 「……うん?」 「それまで絶対、邪魔は入らねえ」 宍戸の顔を見れば、鮮やかなほど朱に染まり。 ……さっきわたしを押し倒した男と、同じ反応だとは思えない。 何も言わずに、じっと見つめているわたしを、言葉の意味がわからないと思ったのか、宍戸は面白いくらい、しどろもどろな調子で、 「あー、つまり、その、かいつまんで言うとだな」 「い、いや、大丈夫。わかるから」 かいつまんで言われたら、逆に恥ずかしい。 まあ、ようするに……誕生日プレゼントはわたしってことで、OKらしい。 ――いや、待てよ。 そうなると、この場合に必要なのは、むしろ……。 「じゃあさ、誕生日プレゼントはアレの方がいいよね。コン……」 「それはやめてくれ」 「そうだね。あれはやっぱ、男の子が用意するべきだもんね」 「いや、そういうことじゃなくて」 「え!? で、でも、何もつけないでやるのは、やっぱ心配だし……」 「だから、そういうことじゃねえっての!!」 宍戸の顔は、さっきから真っ赤なまま。 何よ、もう。 でもでも、アレは絶っっっ対必要なんだから、忘れないでよね! −END−
|