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季節は巡る。何度でも。 そうしていつしか春が来て、今年もまた、卒業式の季節がやって来た。 毎年、大した代わり映えもなく行われる年中行事。 でも、今年のものは一味違う。 なぜなら、他ならぬわたし自身が卒業するのだから。 「ふっ……ううっ……」 青春の思い出たるイベント、卒業式も無事終了し、1人また1人と、クラスメイトたちは教室を後にした。 でも、わたしは動かない。動く気になれない。 そして誰もいなくなった静かな教室で、鼻水をすする音を響かせ、1人泣いていた。 やっぱり卒業の当事者ともなると、感慨もひとしおね。 こう、胸がジーンとして、涙と鼻水がとことん止まらなくなるんだもの。 ――って、実はただの花粉症なんだけどさ! でもでもっ、そのぶんを差し引いたって、わたしの涙にはちゃーんと今日の感動とか、中学生活への惜別の気持ちってのが、目一杯詰まってるんだから! ただ、やたらと目がかゆくて、くしゃみと鼻水が止まらないから、それどころじゃないだけなのよ。 そう、それどころじゃなかったから、わたしは閑散とした廊下に響き渡る聞き慣れた足音にも、その足音の主が教室の前で立ち止まったことにも、全く気づかなかった。 ようやく気がついたのは、そのドアが勢いよく開けられて、「」と呼びかけられた時。 「まだ、こんなとこにいやがったのか。結構探したぜ」 「? 宍戸……」 いきなり開けられたそこを見やれば、現れたのは、クラスメイトだった宍戸亮。 男子の中では、結構な仲良しさん。 「ほらよ、手土産」 「ん、ありがと」 なぜか宍戸が、トイレットペーパーをくれました。まあ、単にトイレからパクってきたんだろうけど。 宍戸は、わたしが花粉症で苦しんでることを知ってるもんね。 でも、手持ちのティッシュは当に底を尽き、どうせ今日が着納めの制服だからと、袖口でせっせと鼻水拭いてたので、マジで助かりました。さっそく、使わせていただきます。 そんなわけで、好きなだけトイレットペーパーを使って、盛大に洟をかむ。 ここまでつらいと、恥じらう気持ちなんて、どこかに飛んでっちゃうわね。 まあ、気心の知れた宍戸が相手じゃ、今さら恥じらうようなものも出てこないけどさ。 そうして、今まで溜め込んでた鼻水を一通り排出すると、律義にも落ち着くのを待っていたらしい宍戸が、おもむろにこう訊ねてきた。 「あのさ……みんなもう帰ってんのに、おまえ、いつまでここにいる気?」 「んー、風が止んで、飛び交う花粉が落ち着くまで」 そう、今日はとんでもないくらい、風が強い日だったのです。 朝の天気予報でも、強風のことは伝えられた。 でも、世間やわたしが問題にしてるのは風ではなく、その風が撒き散らす、やっかいなもの。 事実、その直後に、杉花粉が風に吹かれてドッと振り撒かれる、世にも恐ろしい映像が流され、卒業式という晴れ舞台の日なのに、わたしは朝っぱらから、いきなりブルーになってしまいました。 「花粉症の方はお気をつけて」なんて言われても、気をつけてどうにかなるものなら、花粉症に嘆く人なんて、世の中にはいないのよ! ――って、そんな話は置いといて。 質問されたことで、あらためて宍戸に目をやる。 はっきりいって、ヤツは挙動不審だった。 どこか落ち着きがなく、しきりにそわそわしている模様。 気になったけど、そこでわたしは、別の気になることも思いついてしまった。 まず先に、そちらを聞いてみることにする。 「宍戸さー、わたしに何か用だったんじゃないの?」 「……別に」 そっけない答え。あれあれ? 「さっき、わたしを探してたって言ったじゃない」 「……っ! い、言ったけどさ」 挙動不審パワーアップ。 わたしと目を合わせようとしないし、妙な汗をかき始めたし、なんだかほんとにアヤしいぞ。 「だから、用があったから探してたんでしょ?」 「いや、用っていうか……だからつまり、おまえはいつ頃帰るのかと……」 おどおどしながら言った言葉は、先程と同じもの。 ……一体何が聞きたいの、宍戸は。 「わたしは、目のかゆみとくしゃみ鼻水が落ち着くまで、当分ここにいるけど」 「……なら待ってる」 そして宍戸は、わたしの前の席に、どっしり腰を下ろしてしまいました。 ……な、なんで? えーと、宍戸の目的がわからないんだけど。 でもって、非常に微妙な空気です。ちょっぴりいたたまれません。 何かしゃべれよ宍戸、と思っても、奴はあさっての方向を向いたまま沈黙。 そのくせ、この場は離れようとしない。 このまま、空気がよりいっそう重くなるのは勘弁してほしかったので、仕方なく、わたしは適当にしゃべってみた。 「んーと……ひょっとして宍戸、わたしと一緒に帰りたくて待ってるとか?」 それはまあ、場繋ぎのジョークというか、「ふざけたこと言ってんなよ、てめえ!」という、宍戸らしいリアクションを期待してのものだったんだけど―― 「……別に最後くらい、そう思ったっていいだろーが」 ……期待大外れ。っていうか―― 「はあっ!?」 目を見開いて、宍戸を凝視。 しばし待つものの、「冗談だ、バーカ」というリアクションは――ない。 っていうか、宍戸は乱暴に頭をかいて、むしろ、自分の発言に対してのリアクションに困っている。 「つまり、もしかしてもしかすると、中学生活最後を締めくくる素敵な思い出とするために、君はぜひ、わたしと一緒に帰りたいということですか?」 「……その言い方には、めちゃくちゃひっかかるもんがあるが、まあ、要はそういうことだ」 マジですか? 目はかゆくて充血してるし、いっぱい泣いて瞼は腫れてるし、洟のかみすぎで、鼻の頭と下のところがうっすら赤くなってヒリヒリしてるような女と、君は本当に帰りたいんですか? そう言ったら、宍戸は何ともいえない顔をしてちょっと逡巡した後、驚くほど真剣にわたしを見つめて、こう言った。 「最後だから、と一緒に帰りたいんだよ」 平素、素直さとは無縁な宍戸に、神妙にそんなこと言われて、嫌だなんて言えますか? 答えは否! だってだって、ちょっとすねた感じですぐにそっぽ向いちゃって、でもそのほっぺが、ほんのり赤いのよ。おまけに、前みたいに長髪じゃないから、耳が真っ赤なの丸見えだし。もうもうっ、すっごくかわいいの! しかも、そんなかわいい顔を見せてくれるのは、相手がわたしだからよね。 これって、うぬぼれちゃってもいいのよね? っていうか、うぬぼれる! 決定! もー、しょうがないなあ。 きちんと言ってくれたことだし、他ならぬ君のために、その願い叶えてあげるよ。 わたしとしては、花粉症の時以外の状態が望ましかったけど、今日という日はこれっきりだもんね。 これはこれで思い出に残るし、まあ良しとするよ。 でも―― 「ぶえっくし!」 「うわっ、ティッシュティッシュ!」 ……ねえ、宍戸。 君ってば、こんな時に、力の限り鼻水垂らすような女と、本当に一緒にいたいの? さすがに自分でも、ちょっぴり情けないんだけど……。 でも、昨日今日いきなり花粉症になったわけじゃなし、それにトイレットペーパーをわざわざ持ってきてくれたことから、きっと宍戸はこういう展開も予想してたんだと思う。 ……変なところで、気がきく奴だ。 いや、現にそのおかげで助かってるから、文句は言えないんだけど。 じゃあ、一緒に帰ろっか――すぐにでもそう答えたかったけど、生憎、今度はくしゃみが止まらない。 せっかく勇気を出して言ってくれたとこ悪いけど、わたしの体調と、蔓延する花粉が落ち着くまで、もうちょっとだけ待っててね。 −END−
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