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「これいいな」 「うん、わたしもこれ好きだな」 「じゃあ、一緒に買っちゃう?」 「いいね。お揃いで買っちゃおう」 部活帰り、とは、学校近くの雑貨屋に立ち寄った。 そこで2人の目にとまったのは、ステンレス製のシンプルなマグカップ。 すると、楽しげにそれを手にする彼女たちに、男性店員が明るく声をかけた。 「その商品なら、サービスで好きな名前を彫ってあげるよ」 そう言われ、見本にいくつか並べられている商品を見やると、MASAMIやKAZUKIといったアルファベット名が、筆記体で軽やかに刻まれている。 最初は興味なさげだった。 だが、何かを思いついたように、ふと呟いた。 「好きな名前?」 「そう、自分のでも自分のじゃなくても、なんでもいいよ」 それを聞いて、しばし考えたは、 「じゃあ、DAISUKEでお願いします」 「DAISUKEね、了解。少し時間がかかるから、待っててね」 要望がスムーズに通り、満足そうにマグカップを預けた。 けれど、店員が作業準備に入ったところで、突如その顔がしかめられた。 ニヤニヤ笑いのの姿が、視界に映ったからだ。 「……何よ」 「だって、ダイスケって!」 「いいじゃん、別に!」 その名前が何なのかを知っているだけに、は笑いを押さえきれなかった。 なぜならそれは、の大好きな声優の名前だったから。 「せっかくだから、も頼めば? 誰かイチオシな人はいないの?」 「んー、いるにはいるんだけど、綴りがわからなくってさー」 多分こうだと思うんだけど……と、自信なさげに、洋風の名前を宙に書く。 どうやら、ゲームのキャラらしい。 「間違えたら悲しすぎるな……」 「そうだね。消せないもんね」 変にしみじみしたところで、機械が金属を削る、甲高い音が鳴り響く。 2人はそれを聞きながら、作業が終わるまで、適当に店内をぶらつくことにした。 その、最初の一歩を踏み出した時である。 「あ」 思わぬ光景に、との動きが止まった。 そして店の外でも、同じように動きを止めた者たちがいた。 まさかここで、窓越しに知り合いと目が合うとは。 それは帰宅途中だった、テニス部の騒がしい顔触れ。 向こうもこちらの存在に驚き、同様に口が「あ」の形で止まっている。 だが、止まっていたのは一瞬だけ。 たちまち向こうは、面白いものを見つけたとばかりに、勢いよく店内に入って来た。 「2人とも、さっさと帰ったと思ったら、こんなとこで寄り道してたのかー」 「女子って、こういうの好きだよな」 陽気に声をかける向日と、彩り豊かな店内に、どこか気後れする宍戸。 「あんたたち、静かにしなさいよ! お店に迷惑でしょ!」 「いや、おまえが静かにしろよ」 「の方がうるさいって」 たちまち店内は、喧騒に包まれる。 そんな彼らを気にもとめず、の視線は、作業中の店員に釘付けだった。 そこへ、騒ぎに巻き込まれるのを嫌った忍足が近寄っていく。 「何か彫ってるけど、あれさんの?」 「うん、マグカップ買ったの」 「ふーん」 そのまま会話もなく、2人はただ作業を見ていた。 やがて機械の音が消え、つられるように、騒いでいたたちも静かになる。 「よし、できた。これでいいかな?」 「うん、ありがとう」 出来映えを確認し、満面の笑顔で受け取る。 その手の中のマグカップに綴られた文字を見て、忍足が怪訝そうに首を傾げた時だった。 店員がに、思いも寄らない言葉をぶつけたのだ。 「君は彼氏の名前彫らないの?」 意味がわからず、きょとんとすると。 だがすぐに、店員の勘違いに気がついた。 はあくまで「好き」な名前を頼んだのだが、どうやら店員の中では「好きな人」の名前、すなわち彼氏になっていたらしい。 「ええ、いませんから」 「っていうか、彼氏じゃないし!」 何事もなく、サラッと答えるに、否定しつつも、満更ではない顔の。 大好きな声優が彼氏に間違えられたのだから、嬉しくないはずがない。 問題は、その辺りの状況を知らない男子たちだ。 彼らはとから距離を取ると、そのまま口々に疑問点を挙げていく。 「なあ、ダイスケって誰や?」 「前に電話でしゃべってたのは、タカユキってヤツだったよな?」 「もう会えないって泣いてたのは、誰のことなんだ?」 困惑気味なその声は、浮かれている彼女たちには届かない。 またしても、思わぬところで思わぬ誤解を招いてしまっただった。 −END−
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