|
皆さん、こんにちは。 氷帝テニス部2年、鳳長太郎です。 ややこしい問題で、混乱していた男子テニス部だけど、先輩を迎え入れたことで、ようやく落ち着きを取り戻しました。 まあ、先輩が強引に引き込んだから、最初はかなり戸惑ってたみたいけど。 でも、そんな先輩も、少しずつ俺たちになじんでくれて、最近はとてもうまくいってたんですよ。 先輩の笑顔と、景気よく発破をかける、先輩の元気な声。 それはいつしか定着した、部活の際には、あって当然のものだったのに。 なのに今、あって当然だったそれが、どういうわけかありません。 それどころか、2人そろって、とても元気がないんです。 「……ちゃん、ちゃん、どうしたの?」 いつもなら寝ているはずの芥川先輩も、おかしな空気を察知したのか、珍しくちゃんと起きてます。 そして、恐る恐る2人に声をかけたけど、 「なんでもないのよ、ジロちゃん」 「そうだよ。だから、ちゃんと着替えて準備して。もうすぐ、部活始まるよ」 そう言われ、さすがに芥川先輩も口をつぐみました。 どう見たって、なんでもなくないけど、その件に触れてほしくないという、2人から漂う空気を察したみたいです。 でも残念なことに、世の中には、空気の読めない人がいて。 「いや、なんでもなくないだろ。どう見たっておかしいぞ、おまえら」 ……宍戸先輩。 あなたへの尊敬は揺らぎませんが、でも、ちょっとだけがっかりです。 2人が心配なのはわかるけど、今は無理に聞いたって、ダメだと思いますよ。 「ごめん……」 「……そっとしといて」 ほらね。 そう言うと、先輩と先輩は、悲しげに瞳を潤ませて―― って、なんで2人とも泣きそうなんですか! おろおろしてないで、なんとかして下さい、宍戸先輩。 今のは、下手に突ついた先輩の責任ですよ! でも、さすがは先輩と言うべきか。 剛の者と名高い彼女は、すぐに気持ちを立て直すと、先輩のフォローをしつつ、遠巻きに見守る俺たちを促して、部活への流れに持ち込んだんです。 とはいえ、いつもと違う2人のことは、やはりみんなも気になるようで。 だからこの日は、部活に支障を来たさない程度に、マネージャー業に勤しむ先輩たちを、極力観察してました。 いつもの2人なら、仕事をしつつも雑談で盛り上がって、少なからず、跡部部長に怒られるはず。 でも今日は、2人とも言葉を出さずに、ため息ばかりを吐き出してます。 まだ仕事に不慣れな先輩からは、一生懸命さが伝わるだけで、楽しさまでは窺えず。 かといって、ここまで悲壮感を溢れさせるほど、部活嫌いな人でもないのに。 ということは、部活以外の何かが、先輩をこうさせている……? しかも、跡部部長に匹敵するほど、強大な存在の先輩までが、同じように悲しみを堪えてるんだから、どう見たって、これは只事じゃありません。 部活はきちんと勤めようとしてるだけに、なんだか2人とも、見てて痛々しいくらいで。 そして部活後、ダブルスの連携を極めるべく、自主練として試合をしていた俺たちダブルス陣は、部室へ戻ろうとした時に、中でずっと話してたらしい、先輩と先輩の会話を、偶然聞いてしまったんです。 「わたしたち、こんなんじゃダメだよね」 「確かに、何をしてても、このことばかり考えちゃうのはね……。でも今は、そうなるのも仕方ないと思うよ」 ……まさかこれって、現状に至る、根本の話では? それを耳にして、ドアを開けようと伸ばした腕が、思わず止まりました。 そして、一斉にドアに張りつく、宍戸先輩と忍足先輩と向日先輩。 ……俺も、右へ倣います。 そんな俺たちの動きなど知るよしもなく、2人は静かに話を続け、 「いつか、こんな日が来るのはわかってたけど……」 「でもわたしは、まだまだ先のことだと思ってたよ」 「わたしも。……これでもう、彼には会えなくなっちゃうんだね」 彼。 先輩の口から飛び出したこの単語で、向日先輩がはしゃぎ出し、宍戸先輩と忍足先輩に押さえつけられました。 向日先輩って、結構、恋バナ好きですよね。……まあ俺も、嫌いじゃないけど。 「でもさ、これまでの楽しい思い出は消えないよ。それにいくら悲しくたって、こんな思いをするくらいなら、いっそ出会わなきゃよかったなんて、思わないでしょ?」 「そうだね。今、この瞬間も、あの人を好きな気持ちは本物だもの。何より、こんな気持ちを感じられるのは、彼に出会えたからだしね」 「だからさ、悲しみを否定するのはやめよう。この悲しさは、好きな気持ちがあってこそのものだもん。好きだからこその気持ちなら、無下にするのはよくないって」 いいこと言いますね、先輩。宍戸先輩たちも感心しています。 けど、そう言いつつも、先輩たちに明るさは生まれません。 「でも……やっぱり寂しいよ」 「うん、寂しいね……」 涙を帯びた2人の声に、何とも言えない沈黙が落ちた。 着替えるためには、中に入る必要がある。 でも、とてもじゃないけど、それができる雰囲気ではなくて……。 やむなく、俺たちは一度、部室から離れることにしました。 「もしかしてのヤツ、彼氏と別れたんじゃねえ?」 「でも、単に別れただけにしては、悲壮感溢れすぎやで」 「何より、があそこまで親身になるって、只事じゃねえぞ」 先輩の認識が、何気にひどいですよ、宍戸先輩。 とにかく、先輩と先輩が、大きな悩みを抱えていることは明白で。 いつもの2人を知っているから、なおさらそれがよくわかる。 だから、なんとか力になりたいと、みんなそう思ったんです。 俺たちは、真剣に話し合った。 2人は、この件に触れたがらない。 なら、今後何かがあって、2人が相談を求めてきたら、その時こそ全力で助けになろう。 俺たちの意見が一致するのに、時間はかからなかった。 人前で涙を見せずに、頑張る2人を守ってあげたいって……先輩たちも俺自身も、今この瞬間、心からそう思ったんです。 大好きな漫画の、9年に渡る連載が終了―― 2人の落ち込んでる理由が、そうとは知らない俺たちは、仲間意識をたぎらせて、ひたすら熱く燃えていた。 −END−
|