これまで悠々自適な帰宅部だったの日常に、突如入り込んできた、テニス部マネージャー生活。
 きっかけは本人の意志に反したものだったが、仕事内容は、別段嫌なものではなかった。
 とはいえそれは、好きとも言い難いのだが……。



氷帝テニス部浪漫生活 04-A



 の生活の中で、何よりも第一にしたいものといえば、それはもちろん、オタク活動である。
 だが、悪友の奸計にまんまとはまり、今期の公式戦が終わるまでという期限つきではあるものの、平日はおろか休日までも、テニス部のために消費する羽目になってしまった。


 ただ1日を除いて……。


 そう、から勝ち取った、唯一の貴重な休み。
 それが翌日に控える、待ちに待ったイベントの日なのである。


 この日が来るのを、指折り数えて待っていた
 今までいろんなイベントを訪れてきたが、これほどまでに当日を待ち焦がれるのは、初めてではないだろうか。

 何しろ、テニス部に引き込まれたことで、必然的に、趣味を抑制される形になったのだ。
 大好きなことができないのは、思いのほか、精神的に苦痛だった。
 おかげで彼女は、最近少し、悶々鬱々としているのだ。

 まあ、マネージャーの仕事を覚えることや、テニス部という新たな環境に馴染むことに、予想以上に手間取ったせいもある。
 も、そこまでとは思わなかったようだが、いろんなものがたまりにたまって、とにかくは、本当にしんどかったのだ。
 だから、イベントまでの行程が秒読み段階に入った今、これまで低空飛行を続けていた彼女のテンションが、急激に上昇していくのは、無理もないことである。


「はい! はい! じゃあ、明日よろしくお願いしますねー♪」


 イベントに通ううちに親しくなった、サークル活動をする友人からの電話に、大層にこやかに応対する。今の彼女は、身も心も声も、すべてが弾みに弾んでいた。

 そんな、いつもと違うを、興味津々に捉える視線がいくつもあることに、浮かれまくりの彼女は、まだ気づかない。この電話に出るために、いそいそと部活動の場から離れる行動が、人目につかないはずがないのに。

 だが結局、がそれに気づくことはなかった。
 なぜなら気配を察する前に、唐突に現れた不機嫌丸出しの跡部に、声をかけられたからだ。


「とっくに練習始まってんのに、こんなところで何してんだよ。ああ?」
「えっ!? あっ、ごめん。すぐ行くよ」


 誰もいないと思っていたは、突然の声に驚きながら、慌てて携帯を閉じた。
 そんな様子を見た跡部は、なぜか顔をしかめ、


「電話1つするだけで、えらくテニスコートから離れたもんだなあ、


 跡部のその指摘に、思わずの心臓が跳ね上がる。
 イベント絡みの話ゆえ、人に聞かれることを恐れた彼女は、電話のために、極力人気のない場所へと移動していたのだ。


「そ、そんなの、跡部くんに関係ないでしょ」


 そうしたいきさつがあるだけに、会話を聞かれたのではと思ったは、動揺のあまり、つい彼女らしからぬ、きつい口調で返してしまった。
 だが、なぜかイライラしている跡部は、そんな彼女の態度に、さらに気分を害したようで、


「確かに関係ねえけどな。でも、男絡みで部活に支障をきたされたんじゃ、こっちだってたまったもんじゃねえんだよ」
「男絡み!?」


 何をどうすれば、自分に対して、そんな問題が出てくるのか。


 オタク活動に尽力するに、もちろん男の影などありはしない。
 だが、こんなふうにこそこそと隠れながら、弾んだ口調で電話しているのを見れば、さすがに疑念が湧いてくるのだ。

 つい最近、異性問題で大変な目に遭った跡部からすれば、部活に恋愛要素を持ち込まれるのは、たまったものじゃない。
 自らの苦い経験上、そうした面で、部活仲間にも厳しくなるのは、無理からぬことだった。


 けれど、そんな跡部の内心など知らないは、思わぬ言葉に、たまらず絶句。
 それを図星と受け取った跡部は、まるで追い討ちをかけるように、「違うんなら、誰と何を話してたのか言ってみろ」と畳みかけてきた。

 隠れオタクである以上、さすがに、同人絡みの友人と、明日のイベントについて話していたとは言えない。
 こんなふうに問い詰められると思わなかったは、バレた時の恥ずかしさを考えて、つい頬を朱に染めてしまった。それが跡部の誤解を、さらに深めるとも知らずに。


 対峙する男女の周囲に、不穏な空気が立ち込める。

 すると、この険悪ムードを阻止すべく、物陰から救いの神が現れた。
 それは、の死角から飛び出してきた、友人のである。


「まあまあ、跡部。プライベートの話はいいじゃない。とにかく、早く部活を始めましょ」


 この場の空気を一蹴した、軽やかなの登場に、驚きつつも安堵する
 代わりに跡部の矛先は、の方へ変わったが。


! てめえ、今までどこにいやがった!?」
「え? えーと……みんなでこの辺りを、ブラブラ散歩していたり?」


 だが、勢いよく出て来たわりに、の歯切れは悪い。
 それもそのはず、跡部と同じように、に男の影があると誤解した仲間たちが、電話のために遠ざかった彼女の後をつけるのに、面白がって便乗したからである。

 そしてが現れたところから、忍足、向日、宍戸、鳳、芥川、樺地……と、見知った顔触れが、次々と姿を現した。


「樺地、てめえもか」
「ウス……すみません」
「まあまあ、樺地は跡部の言いつけ通り、ちゃんと俺らを探しに来たで」
「そうそう。でも多数決の結果、もうちょい、ここにいようってことになってさ」


 申し訳なさそうな樺地を前に、さすがに悪いと思ったのか、忍足と向日がフォローに入る。
 そんな、野次馬と化していた彼らに、跡部は苛立ちを隠すことなく、大きく舌打ちした。

 どうやら、だけでなく、マネージャーやレギュラー陣といった主要メンバーが、一様に行方知れずだったため、部活が始められなかったようである。
 その上、捜索に向かわせた樺地も戻って来なかったため、仕方なく、跡部自らが足を運ぶことになったのだろう。彼の機嫌が悪かったのも、それで頷ける。


 こうして、ひとまず状況は収まった。
 そして落ち着いたところで、は今さらながらに感じた疑問を、にぶつけることに。


「そういえば、。みんなそろって、あんなところで何してたのよ?」
「いや、あんたが携帯抱えていそいそと出ていくのを、みんなが面白がって後つけようとしてたから。だからわたしは、必要以上に接近しないよう、頑張って止めてたのよ」


 何しろ、の趣味がバレるようなことになれば、彼女はマネージャーを辞めかねない。
 としても、それだけは避けたい事態なのだ。

 その辺の事情を知っているだけに、の説明を、疑うことなく受け入れた。


「え、そうだったの? ありがとう!」
「ふふっ、どういたしまして」


 だが、そんな友人思いの言葉の裏側で、はこの状況を、とても面白がっていた。
 今の説明は事実ではあるが、後をつける行為を止めなかった時点で、十分そのことが窺える。
 けれど、今日を乗り切ることに集中しているは、友人のそんな胸の内など知るよしもなかった。

 そして目の前に、「明日はイベント」という、おいしい餌がぶら下げられているは、いつにも増してきびきび動いた。
 これまでは余裕なく、必死で動いていた彼女が、今日は笑顔さえ見せるほどに。

 そんな行動が、部員たちの中で、「見るからに男っ気のないだが、あれでいて、実は男がいるらしい」という疑惑を決定的にしていることに、彼女自身は、やはり知るよしもないのだった。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 いつもより気合いを入れた格好で、普段はしないメイクもする。
 今後、彼氏ができたとして、その時にもこれほどの意欲を保てるだろうか。
 そう思えるほど、気合いの入った出で立ちで、意気揚々と、は本日の会場へ向かった。

 そして楽しい時間は、あっという間に過ぎていき――
 イベントを終えたは、戦利品の本を抱えて、ほくほくしつつもどこか寂しげな様子で、複雑そうに家路を辿っていた。

 大きな規模のものではないが、それでも多くの人が集まり、久々に共通の趣味を持つ、友人知人に会うことができた。
 だが、そうした仲間たちとしばし語らった後、1人だけ、一足早くその場を後にしたのだ。
 本当は、その後の打ち上げにも行きたかったのだが、あまり長居すると、明日の部活に響いてしまう。そのため、後ろ髪を引かれる思いで、切り上げてきたのである。


 あーあ、せめて朝練さえなければなあ……。


 そんな愚痴をこぼしても、明日の朝練はなくならない。

 それに今日を休んだ以上、やはり明日は、きちんしておくべきだろう。
 できることなら、買ったばかりの同人誌を早く読んでしまいたいが、迂闊に手を出せば、読むのに熱中しすぎて、気づけば朝……なんてことになりかねない。
 だから、今日の余韻に浸るのは、ほどほどにしておく必要があった。


 けど、これで当分、イベントとはおさらばか……。


 そう思うと、知らず知らず、ため息がこぼれる。
 心地好い楽しさを味わった後だけに、再び我慢を強いられる環境に戻るのは、非常に億劫だった。

 だが、イベントがあるたびに休みをとれば、跡部たちから、余計な詮索をされることにもなりかねない。彼らにオタク活動を知られるのだけは、何がなんでもごめんだった。


 そう、あんな感じの集団に知られるのだけは……と、大通りを挟んだ歩道に、見慣れた姿をいくつも見つけ――次の瞬間、は激しく凍りついた。

 なぜなら、ふと目を向けたその先に、テニス部の面々がいたからである。


 驚きのあまり、思わず足を止める
 そして目をこらし、自分の見間違いであることを願って、1人1人の姿を確認する……が、それはどう見ても、テニス部レギュラー+友人でしかない。

 予想外の展開に、は焦った。


 え!? な、何やってんの、みんな。
 部活は? ……って、そういや、今日は練習試合とか言ってたような……。
 まさか、今、その帰りなの?
 嘘でしょー! なんでよりにもよって、このタイミングで遭遇しちゃうのよ!


 そして、焦りに焦った彼女が出した結論は――


 ……とりあえず、何も見なかったことにしよう。


 幸い向こうは、こちらに気づいてない様子。
 ならばこのまま、何事もなく通り過ぎてしまえばいい。


 だが世の中、間の悪いことというのはあるもので、


「あ! あれ、ちゃんじゃねー?」


 元気なその声が、状況を一変させる。

 そんなジローの声に驚き、とっさにそちらを見やる
 すると、それまで各々雑談していたテニス部メンバーたちと、ばっちり視線が合ってしまった。


「ほんとだ。おーい、ー!」
「へえ……」
「ほー……」
「見違えましたね、先輩」
「ああ、なかなかのもんじゃねえか」


 跡部たちの感嘆の呟きは、その表情から、大通り越しのにも伝わった。

 イベント仕様のため、本日の見た目は、制服着用の平素とは当然異なっている。
 服装選びには気合いを入れ、いつもはしないメイクをし――だが、そんなに驚かれるほど、いつもと違うものだろうか?

 だが、そんな疑問は、ひとまず横に置いておく。

 今の問題は、ただ1つ。彼らに会うのは、とてもまずいということだけ。
 何しろは、今の格好に似つかわしくない、変に大きな手提げカバンをぶら下げているのだ。
 こんなに不自然な大荷物を抱えていれば、程なく誰かが、中身について触れてくる。


 ここに薄っぺらい、いかがわしい本がどっさり入ってるのが見つかったら、わたしもう学校に行けない!


 そう心の中で叫んだ、の決断は早かった。


 ――逃げよう。


 幸い、彼らとは、大通りを隔てた、反対側の位置にいる。
 車の往来は激しく、無闇に横切ることはできない上、ありがたいことに、近くには信号もない。
 ここを横断することができなければ、追いつくことなどできないはず。
 健気に呼びかけるジローには悪いが、ここは黙って退散させてもらおう。


「あれっ? どうしたの、ちゃん。俺たち、こっちだよー!」
「……もしかして、逃げてる?」


 状況を的確に捕らえた向日の呟きが、たちまち彼らを騒然とさせた。


「は? なんでだよ」
「やっぱり男なんだ! きっと近くにいるんだぜ」
「そんなにつき合ってること、知られたくないんですか?」
「おいおい、一体どんな男なんだよ」


 こちらを見て、何やら騒いでいるのはにもわかったが、その内容までは頭に入ってこなかった。彼らに構ってなどいられない。とにかく、早く逃げなければ。

 そんなの必死の願いは、なんとか天に届き、彼女は誰からの追及も受けることなく、無事に帰宅できたのだった。
 ただ、身の安全と引き換えに、部活仲間の好奇心を、必要以上に煽ったが……。


 そして翌日、当然ながら、昨日のことを詮索される羽目になる。
 だがそれは、の考えていたものと、全く異なる問題で。


「なあなあ、。別に、おまえの交際を邪魔しようってんじゃねーからさ。せめて、どんな相手かくらいは、おしえてくれてもいいんじゃね?」
「まあ、節度さえ守ってくれりゃ、つき合いに口は挟まねーよ」
「ほー。大人やなー、跡部は」


 そんな感じで、なぜか向日たちからは、男の影を気にされていた。

 同人イベントの気配を察知されなかったのはありがたいが、なぜそんなことになったのか。
 には、不思議でたまらない。


「何か言われるとは思ったけど、なんであの状況で、男がどうこうって話になるの?」
「バカね。あの状況だからでしょ」


 オタク活動を知られたくない一心の、彼女の着眼点からは、自分の行動がどのように見えているのか、窺い知れないようである。
 そして、そんな彼女を前に、友人のは、えらく楽しそうに笑っているのだった。

−END−

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 04-Aはヒロインバージョン。
 04-Bはこれに対しての、友人視点の話です。

 イベント仕様に見惚れる辺りは、ちょっとした、ギャップ萌えのきっかけかも(笑)

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2007.06.15

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