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紆余曲折を経て、テニス部マネージャーに就任した。 初日はまず、自己紹介と仕事の説明という簡単なもので終わり、本格的な仕事は、翌日からとなった。 だが、過去に運動部のマネージャー経験があるとはいえ、そのやり方は、やはり部活ごとに違うもの。それに、いくら親友のが一緒とはいえ、新たな環境は、彼女に必要以上の緊張を強いていた。 そんな困惑顔を隠せないを、親友以上に気遣ったのは、テニス部の面々。 少しでも早く部の空気に慣れ、彼女が仕事をやりやすくなるようにと、彼らは折を見て、に接する機会を増やし、労りの姿勢を見せたのだった。 とはいえ、彼女がごく普通の新人マネージャーだったなら、彼らはここまで気を遣うことはなかっただろう。 極悪……もとい、敏腕マネージャーのに強引に引っ張られ、特殊な経緯で入部したがゆえに、彼らなりにに対して、親身に接することを決めたのだ。 そもそもがいかに強者であるかは、これまでの付き合いで、彼らも嫌というほど知っている。 が絡みの被害を被った時点で、彼女に対しての奇妙な仲間意識は、すでに芽生えていた。しかも、テニス部の内部事情が発端となった事態ゆえ、やはり少なからず、申しわけないと思う部分もあるらしい。 そして、そんな決意を固めて以降、のクラスに、やたら頻繁に顔を出すようになった男がいたのである。 授業が終わると同時に訪れる、生徒たちの憩いのひととき。 そんな休み時間を利用して、は読書にふけっていた。 「読書好き」というイメージの浸透しているのこと、ページを繰る彼女の姿は、ありふれた日常風景として、教室に溶け込んでいた。 普段なら、クラスメイトのと話していることもあるのだが、はというと、ではなく跡部のもとで、何やら話し込んでいた。 実はマネージャー問題が影響して、テニス部の練習内容に、ズレが生じつつあったのだ。 やはり、あれだけのマネージャーが一度に辞めてしまえば、円滑にいくことも、いかなくなってしまう。今だって、新たなマネージャーを獲得したとはいえ、実質2人しかいない状態なのだ。 そのためやむを得ず、一般部員に交代制でマネージャー補佐の役目が回ることになり、そこから生まれる各自の練習メニューの狂いを、少しでも早く調整する必要があった。 試合前ゆえ、正レギュラーさえベストコンディションならいいという問題ではない。 ここから成長を遂げた後輩たちが、次代のテニス部の要となっていくことを、跡部もも知っている。そして部長とマネージャーという、異なる視点で部の全体を把握している2人だからこそ、双方の視点から見えた意見を出し合っているのだ。 早期完成が望ましいゆえ、2人は休み時間も利用して、新たな練習メニューの作成に励んでいた。 そんな緻密な作業に、入りたてのが役立つはずもない。 そうした理由もあって、話し相手を欠いたは、なおさら読書に没頭していた。 そんな時である。彼がやって来たのは。 「よっ、さん。何読んどるん?」 バンッ!! 背後からいきなりかけられたその声に、はすさまじい勢いで本を閉じた。 振り向けば、そこにいたのは隣のクラスの部活仲間、忍足侑士。 本を閉じただけとは思えないほどの大きな音に、近くにいたクラスメイト共々、さすがの忍足も、思わずビクッと身を竦める。 だが、彼の驚きなど、の驚きの比ではない。 それは、なぜか焦りに満ちた彼女の表情が、克明に物語っていた。 「お、おおお忍足くん? ご、ごめん、ビックリして……」 「い、いや、こっちこそ、驚かせてすまんかったな」 苦笑いを浮かべつつ、声の主である忍足は、とりあえず謝罪した。 いきなり声をかけられただけで、普通あそこまで驚くものだろうかと、少々訝しみながら。 何とも言えない空気が生まれ、と忍足は気を取り直すためにも、とりあえず笑ってみたりする。もっとも、の笑顔は少々ひきつっていたが。 「あー、読書中にごめんな」 「い、いいよ、気にしないで」 と言いつつ、本当はものすごく気にしてほしいのだが。 だが、そんなに親しくもない人間に自分の本心をキッパリ言えるほど、は強くない。 こんな時は、の強さが、心底うらやましかった。 そんなことを思い、は内心で、大きくため息をつく。 実は最近、この男が、のちょっとした悩みなのだ。 忍足侑士。 テニス部レギュラーという有名人ゆえ、以前から名前だけは知っていたが、今まで全く接点のなかった同級生。 だが、テニス部のマネージャーに就任したことで、思いがけず身近になった人物。 その忍足が、なぜか最近、やたらとにつきまとう。 おかげで、満足に読書もできないわ、忍足ファンの女子たちの目が怖いわ、いいことなしなのだ。 前者の場合は、一見問題ないように思われる。 ところがこちらの方が、にとっては、なかなかの問題なわけで。 (……危なかった) 平静を装いつつ、実はかなり、心臓をバクバク言わせてる。 (次のページってば挿絵じゃん。しかも、思いっきり濡れ場じゃん!) 学校でBL小説を読むのは、やはり危険だ。 それでも、読みたいんだから、しょうがない。 何しろ、部活に時間が割かれるようになり、個人の自由時間は、格段に減ってしまったのだ。 使える時間は有効に使い、読みたくても読めなかった小説類は、こうした時に、可能な限り読み進めてしまいたい。 ……だというのに―― (つーか、むちゃくちゃいいとこなのに! 誤解のせいで離れてた2人が、ようやく身も心も仲直りっていう、一番の見所なのに、一体なんだってのよ、この人は!! 休み時間になるたびに、毎回毎回毎回毎回、人の楽しみを邪魔しに来て!!!) 読書のいい流れを邪魔され、心の中で怒りの叫びを迸らせる。 だからといって、彼に文句を言うわけにもいかず、それで余計に苛々は募る。 だから、彼女の口調がどこか刺々しくなってしまうのも、致し方ない。 「……で、何か用?」 「んー? 別に、用ってわけでもないんやけど……」 このやりとりも、これで一体何度目か。 このように、忍足は暇さえあれば、目的もなく、のもとにやって来る。 そして、ただ適当にしゃべっていく。 たわいない会話に、最初のうちこそ、はきちんと応えていた。 だがこれが、休み時間のたびに延々繰り返されるとなれば、さすがに話は違ってくる。 不必要としか思えない彼との会話に、の愛想は、日に日に削られていった。 一体、忍足は何を考えているのか。 なんでいちいち、自分に話しかけに来るのか。 には、その理由がわからない。 だが、忍足には忍足なりに、ちゃんとした理由があったのだ。 3年レギュラーの中で、ただ1人、と面識のなかった忍足は、彼なりに、と親睦をはかろうとしていた。 人見知りなわけではないが、率先して人付き合いをするタイプでもない。そんなと忍足の間には、他のメンバーにはない、距離のようなものがあったからだ。 別に、彼女に無視されているわけでもないのだが、それでもが、仲間たちと和気藹々としている時に感じる、自分への壁のようなものは否めない。 つきあいの薄い忍足に対してだけ、はまだ、少し身構えてしまうのだ。 そうした壁を取り払うのに、一番いい方法は、やはり話し合いだろう。 会話を重ねていけば、親密さも深まっていくはず――そんな結論に至った忍足は、以来のもとに通い詰めているわけなのだ。 そして今回もやって来た忍足は、空いていたの前の席に、まず腰を下ろした。 だが、それを見た途端に渋くなる、の顔。 (うわー、座っちゃったよ、この人。長居する気満々だー) (……なんでそんな顔するんやろ。いくら俺でも、さすがに凹むで) 嫌われてるわけではないと、忍足はそう思う。 だが休み時間に訪れるたび、は、そりゃもう嫌そうな顔をするのだ。 にしてみれば、趣味の読書を事あるごとに邪魔されて、それでいい気がするはずもない。 何か用があってやって来る場合なら仕方ないが、忍足は特に用事もないくせに、ただどうでもいいことを話して帰っていくのだ。 おかげで、今や忍足侑士は、のちょっとした敵でもある。 (ここまで露骨に嫌な顔されるってことは、やっぱ俺、嫌われてんのか?) (もーっ! なんでもいいから、早くどっかに行ってよー!!) だが、最初は当たり障りなく接していたが、こうして自分の素直な感情を表し始めたのは、忍足に対して、だいぶ慣れてきた証拠でもある。 気兼ねなく嫌な顔ができるのは、親しい相手だからこそ。 もしくは、いちいち気遣う必要がないほど、本当に嫌いな相手だからかもしれないが……。 親睦をはかろうという忍足の考え自体は、決して間違ったものではない。 だが、いいかげん読書中はNGだと悟らなければ、の好感度は下がる一方だ。 そのことに早く気づこう、忍足侑士。 −END−
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