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忍足との会話は、一度始まってしまうと、休み時間の終わりまで、延々続いてしまう。 というのも、の方からうまい具合に終わらせることが、なかなかできないからだ。 正直、この無駄な会話を終わらせて一刻も早く読書に戻りたいのだが、どう言って会話を断ち切ればいいのか、いいやり方が思いつかない。 それに、熱心に声をかけてくる忍足に悪いと思う気持ちもあるので、無下に追い払う真似もできないのだ。 せっかく知り合えたわけだし、もなりに、忍足と仲良くなれたらいいと思ってはいた。 思ってはいたが、それでも話す気がない時に限っての、この会話攻勢には、いいかげんうんざりなのである。 それでも、話す気満々の忍足を前に、嫌々渋々ながらも、会話につき合うことにした。 すると、読みかけのページにしおりを挟んだところで、ふと忍足がこう言った。 「ところでさん、ずっと熱心に読んどったそれ、なんて本?」 それは、何気ない一言だった。 けれど同時に、あまりに唐突で、とんでもない一言。 それゆえ、想像もつかない衝撃がに襲いかかったのを、当然ながら、忍足は知らなかった。 「――なっ、ええっ!? ……うひゃあっ!」 椅子ごと勢いよく後ずさり、けれど背後の席に邪魔されたために、身体だけ、その勢いのまま大きく反り返る。 そのまま椅子ごと倒れかけたのを、とっさに助けたものの、彼女のあまりの動揺の仕方に、訊ねた忍足の方が、思わずたじろいでしまう。 「い、いや、別に何読んでてもええんやけどな。ただ、ものすごく熱心に読んでたから、ちょーっと気になっただけの話で。ほら、面白そうなら、俺もいっぺん読んでみたいし」 「や、それはやめた方が!」 「へ?」 が止めるのはもっともなのだが、読んでる本がBL小説だからという、その理由がわからない以上、忍足にとっては、ただの意味不明な言動だ。 ゆえに、驚いた忍足にまじまじと見つめられて、居心地の悪い思いをしたとしても、それはそれで仕方ない。 (ビ、ビックリしたー。まさか、そんなこと聞かれるとは……) (やめた方がいいって……一体、どんな本なんや?) だが、どうやら今の一言で、忍足は逆に興味を持ってしまったようだ。 閉じた本に注がれている彼の視線で、それがわかるは、もはや気が気でない。 これ以上、変なことを聞かれて墓穴を掘る前に、とりあえず、言える範囲のことは言ってしまおう。 「あー、その、これはまあ……強いて言うなら、恋愛モノ」 恋愛モノに、強いても何もないだろうに。 だが、他にうまい分類の仕方が思い浮かばないのだから、しょうがない。 けれど一方の忍足は、それでもようやく始まった、からのまともな会話に、笑顔で食いついた。 「俺も、結構そういうの好きやで。まあ、自分の場合、もっぱら映画の方やけどな」 「そ、そう」 「で、どんな恋愛モノ?」 「え!?」 やはり、そこに来てしまうのか。 だが、ただ純粋に話を膨らませようとしている忍足に、罪はない。 「え、えーっと、えーっとね……」 しどろもどろな自分を奮い立たせ、とにかくこの場をやり過ごすためにも、懸命に言葉を繋ぎ合わせていく。 「し、主人公は自分に自信がない気弱な子でね」 「ふんふん」 「学校でも人気者の、すっごくかっこいい彼氏がいるんだけど、そんな彼が、どうして何の取り柄もない自分とつき合ってるのか疑問に思い始めちゃって、そのせいで、ますます自信をなくしてくの」 いい感じだ。自分は今、いい感じでしゃべっている。 滑らかさを増す口調は、次第に余裕を生み、その余裕のおかげで穏やかさを取り戻した彼女は、心の中でホッと一息つくのだった。 だが次の瞬間、生まれた余裕は、丸ごと消え去る事態に。 「で、彼氏とギクシャクし始めたところに、自分を好きだと言う新たな男が――とか?」 まさに言おうとしたことを、そのまま忍足に言われてしまい、またしても、は驚きで後ずさった。 が、先程同様、後ろの席にぶつかる前に、忍足に腕を掴まれ、止められる。 「なっ、ななななんで知ってんの!?」 「いや、ありがちな展開やん」 確かに、ありがちな展開だ。 だから、ちょっと言ってみただけなのに、なんで彼女はここまで驚くのか。 はで、忍足は本当は、この本の内容を知っているのではないかと――つまり、この手の本を読んだことがあるんじゃないかと思って、あそこまで驚いたわけなのだが。 だが、忍足の様子を察するに、どうやらそういうことはなさそうである。 「そ、そうね。言われてみればありがちね」 「で、その後、彼女はどうなるん?」 こうした話は、一時迷いつつも、本来の彼氏との愛を再確認して、結局、もとの鞘におさまるというのがセオリー。 それゆえ、この後の展開も容易に想像がつくが、とりあえず忍足は聞いてみた。 だがは、今度はなぜか、きょとんとした顔でこちらを見ている。 そして心底不思議そうに、こう訊ねたのだ。 「彼女って?」 「だから主人公」 「……?」 そのまま、しばし首を傾げる。 一体、自分の話のどこに、女の子が出て来たというのか。 しかも忍足は、主人公のことだと言う。自分は主人公のことを、一度も女の子だと言ってはいないのに、なぜ―― けれど次の瞬間、彼女は唐突に青ざめた。 その急変ぶりに、忍足がぎょっとするほど。 わかった――わかってしまったのだ。忍足の言葉の意味するものが。 先程は、主人公に対しての説明の中で、「彼氏がいる」と発言した。 彼氏がいる以上、普通に考えれば、主人公は女と思うのが一般的だ。 だからこそ、忍足は主人公を指して、「彼女」と言ったのだ。 けれど、「彼女」と示された主人公に対して、違和感を抱いた自分。 実際、主人公は「彼」なのだから、おかしいと思うのは当然だ。 けれどそれは、本の内容を知っているから言えることである。 そうした認識の違いから、忍足に、何を読んでいたのかバレてしまったんじゃないかと、そう思えてならない。 あれくらいでは、そんなことまでわからないと思いつつも、一度生まれた疑念は、そう簡単には消えてくれない。そうこうしているうちに、嫌な汗まで流れてくる始末だ。 もう、これ以上は耐えられない。 そう思った彼女は、読書に関する話は二度とするなと言わんばかりに、慌しく本を机の中にしまい込み、おもむろに声を張り上げて、こう言った。 「おっ、忍足くん。最近どうよ、調子の方は!」 「は? ま、まあ、ぼちぼち……」 不自然なまでの話題転換に、さすがの忍足も反応が遅れる。 けれど、半ば必死なは、お構いなしに話し続ける。 「ぼちぼちじゃイマイチね。もっと、いい感じになってもらわないと。そう、宍戸くんなんて、最近調子良さそうじゃん。あれくらいに――」 「でも俺、昨日の練習試合で、宍戸に勝ったで」 「へ? そ、そうだっけ?」 「見てたやん、自分」 言われて、はたと思い出す。 そういえばそうだった。 負けた宍戸は、忍足にジュースをおごらされ、なぜかそれに、ちゃっかりジローが便乗していて、と2人で、「要領いいなあ」なんて笑ってたのだ。 「た、確かに、そうだったわね」 「しっかりしてやー。まだまだボケるには早すぎるで」 「ははははは……」 おかしな感じではあるが、とりあえずとの話がはずんでいることに、笑顔を浮かべる忍足。 一方は、なぜか言葉を交わすごとに動揺が激しくなり、平静を装おうとして浮かべる笑顔が、ひどくぎこちない。 結局今回も、2人は噛み合ったり噛み合わなかったりしながら、休み時間いっぱいまで、話していたのだった。 そして―― 「他の部員はそれでいいとして、準レギュラーの方は……って、何笑ってやがる、?」 「だ、だって……」 2人の会話は、打ち合わせ中のの耳にも、しっかり届いていた。 跡部にとっては、教室内の雑音の1つにすぎなくても、からすれば、これはとてつもなく面白いネタである。 必死なは、彼女の笑いのツボを刺激し、結局こちらも、なかなか笑いの治まらないのせいで、さっぱり仕事にならなかったそうな。 −END−
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