学生のわたしたちにとって、春という季節は大きな意味を持つ。
 なぜなら今までの環境が、クラス替えという特大行事によって、スッキリサッパリ一新されてしまうからだ。

 特に、わたしみたいな恋する乙女にとって、それはかなりの一大事。
 だって好きな人と1年間、同じ空間を共にできる関係って、とってもとっても重要だもの。


 けど悲しいかな、祈りに祈りを重ねたものの、わたしは想いを寄せる忍足と、離れ離れのクラスになってしまいました。
 ……もっとも、同じクラスになったからって、わたしたちの仲に、目新しい進展が見込めるわけでもないんだけど。


 だってわたし、忍足の前だと……なんていうか、かわいく穏やかに接することができないのよね。
 素直になれないといえばかわいらしいけど、実際は、かわいらしさのカケラもないんだ。
 何しろ周りの人たちに、「なんでは、忍足に対してだけ、そんなにきついんだよ」って、しょっちゅう言われるくらいだから。


 でも、わざとやってるわけじゃないのよ。
 ただ、その……ちゃんと向き合うのが、どうも恥ずかしくて。
 それでつい、はねのけちゃうのよね。

 いつもそんな態度だし、きっと、忍足のわたしに対する好感度は、最悪だと思う。
 だから、これ以上印象を悪くしないためにも、同じクラスじゃないことは、逆によかったんだよ、うん。


 ……そんなふうに自分を慰めてみたけれど、こぼれ落ちるため息が、今のわたしの心情を、如実に物語っていた。



いわゆるひとつのお約束



「理不尽だわ!」


 部室に、わたしの叫びがこだまする。

 新学期を迎えてから、しばらくたった頃。
 たまたま耳に入った、部活後の何気ない雑談に、わたしはひどく憤慨した。


「な、なんだよ、いきなり」
「つーか、理不尽って、何がだよ?」


 言われた方はすごくきょとんとしてるけど、でもでも、言わずにはいられない!

 それは、部活後の何気ない雑談。
 でも、聞くともなしに聞いてしまった内容は、ぶっちゃけ、すごくうらやましいものだった。


「今の話の全部がよ! なんで、日頃から汗まみれで暑苦しいあんたたちに、そんな爽やかで華やかなことが起きるわけ!?」


 宍戸と向日に、立て続けに起きた嬉しい展開に、わたしは声を張り上げた。

 だって、テニスバカの宍戸に、今は男友達と遊ぶ方がずっと楽しいって言ってた向日なのよ。
 恋愛なんかカケラも興味ないって2人に、なんでこんなにも、華やいだ展開が巻き起こるの!


 というのも、今2人がしてた話は、簡潔にまとめるとこうなんだ。





●宍戸の場合●

始業式の日、久々に朝練がなく、体内時計を狂わせて寝坊、全速力で学校に向かう。

その途中で、1人の女生徒とぶつかって言い合いに。

結局、新学期早々、遅刻してしまう。

すると同じ教室に、問題の彼女の姿が。

同じクラスであることがわかり、顔を合わせた途端、互いを指差して「ああっ!?」と叫ぶ。



 ……まあ、氷帝学園は広いし生徒数も多いから、今まで知らなかった人と同じクラスになることは、普通にあるけど。
 でもその彼女が、朝食を食べる暇がなくて、パンをくわえながら走ってたとか、そんな展開はベタすぎない? ベタすぎるでしょ!





●向日の場合●

注意力散漫すぎて、前方不注意で、通りすがりの女生徒に激突。

勢いがよすぎて、相手を転倒させてしまう。

その時に、彼女が落としたメガネを、うっかり踏みつけて破壊。

すると、典型的な優等生タイプの彼女は、不格好なメガネを外すと、かなりの美人さんだった。



 ……あのね、今時のメガネは、普通にオシャレなのよ。
 そりゃ、度の進み具合によっては、レンズが分厚くなって、デザインを選べないことはあるかもしれない。
 でもだからって、メガネ1つで、そこまで美人度が変わるなんて、そうそうありえないんだから!





 つまり2人の話は、ごくありふれた日常の1コマ……なんて、ささやかなものじゃない。
 彼らが出会ったのは、ものすごい幸運に見舞われた、かけがえのない瞬間だったんだ。
 なのに、肝心の宍戸と向日は、その貴重性に気づいてないのよ。


「はあ? 一体、俺の話のどこら辺に、華やかさがあるってんだよ」


 まず、テニスバカが異議を唱える。
 わたしはビシッと言ってやった。


「ありまくりじゃない! 今は一見嫌い合ってても、なぜか同じ委員とかになったりして、一緒に過ごす時間が増えるのよ! でもってそのうち、お互いの優しいところやいいところを見つけて、惹かれていったりしちゃうのよ!」


 すると宍戸は、あっさり言葉に詰まってしまった。
 ……図星かよ。

 でもね、「あいつムカつく」なんて言いつつも、宍戸の会話のほとんどを占めるようになったことで、彼女の存在が大きくなってることは、容易にわかるのよ。


 向日に至っては、いちいち言わなくても、確実に相手のことが気になり始めてるし。
 今まで眼中にもなかった子なのに、かわいいと知った途端、これなんて……。


 っていうか、なんで――


「なんであんたたちにばっかり、そんないいことが起こるのよー!」
「おまえらラブコメ体質やったんやな。いやー、うらやましい」


 恋愛イベントを切望する心からの叫びに、ふいに賛同の声がかかった。
 でもわたしは、その声の主である忍足に、厳しい視線を向けて黙らせる。
 そうか、忍足もそういうのが好きなのか……と、心なしかショックを受けたのは、内緒の方向で。

 そんなピリピリするわたしに、これ以上関わりたくないと思ったんだろう。
 今までダラダラしてたくせに、宍戸と向日は、そそくさと部室を後にしていった。



 ……ごめん。

 本来なら、彼らに直接言うべき言葉を、わたしは胸中で呟いた。



 これはただの八つ当たりだ。
 自分の恋がうまくいく見込みがないから、順調に恋を育むあの2人が、うらやましかっただけなんだ。


 出会って間もない相手と、着実に距離を縮めていく宍戸と向日。
 でもこちらは、2年間部活で一緒だってのに、未だに忍足との距離を縮められずにいる。
 まあ、わたしの一方的な態度を思えば、それも当然なんだけど。


 だから忍足と2人きりになると、すごく緊張する。
 好きな人といる以上、それは自然なことなんだけど、わたしの場合は、嫌われ要素満載の態度を取らないかってことの方が、すごく心配で。
 だって2人きりだと、わたしの暴言を止めてくれる人がいないんだもの。

 だから、極力2人きりにはなりたくないのに……でも、宍戸と向日が帰ったことで、部室内はあっさり、わたしと忍足だけになってしまった。


 ……まずい。ただ、2人でいるってだけなのに、わけもなくドキドキする。
 早くこの状況を脱しないと、また余計なことを口走りそう。

 幸い、マネージャーのわたしは鍵当番だ。
 悪いけど、戸締まりを口実に、忍足には一足早く出て行ってもらおう。


「鍵閉めるから、早く出てって!」


 そして、ドアを指差して、そう告げる。

 ……いつも、言ってから思うんだ。もうちょっと、他に言い方があるだろうって。
 そして忍足は、わたしの言動に苦笑いを浮かべつつ、素直に従う……かと思いきや、おもむろにこんなことを訊ねてきた。


はああいう、ベタベタなんが好みなん?」


 ――いきなり何?


「べ、別に好みってわけじゃ……って、そもそも忍足に関係ないし!」


 あーもー、わたしったら、見事なまでに相変わらず。
 本当は、むちゃくちゃ関係あるのに。

 でも彼は、わたしの失礼な物言いなど、意に介さず、


「ほんまに?」


 真顔での再度の問いかけに、心を読まれたのかと、一瞬ドキッとする。

 しかも気がつけば、忍足は予想以上に近くにいた。
 慌てて後ろに下がるけど、なぜか彼は、すぐさま距離を詰めてくる。


「俺は好きやで。これでもかってほど、初歩的なヤツが」


 忍足の好みのシチュエーションを聞いたって、しょうがない。
 わたしは登校途中でぶつかったりしないし、メガネだってかけてない。
 あてはまる要素なんて、1つもない。


「……どんなの?」


 そして、怖々そう訊ねた時には、わたしの後ろはなくなっていて。
 いつの間にか、壁際まで追い込まれていた。

 そのことが緊張感を煽いで、わたしの表情は硬くなる。
 なのに忍足は、そんな自分とは対照的に、飄々と言ってのけたんだ。とても飄々と。


「好きなヤツの前では素直になれんっていう、かわええのが」
「なっ……!?」


 その一言に、わたしは一気に硬直した。


 いや待て、落ち着け。
 忍足はそういう展開もあると言ってるだけで、それに該当するのがわたしだとは一言も……。
 って、もしかして、わたしの気持ちバレてるとか!?


 焦るわたしに、忍足は目だけで笑い、


、俺にきついこと言う時、いっつも目ぇ合わさへん。だから、今までのが本気やないのは、わかっとったよ」


 まあ最初のうちは、顔も見たくないほど嫌われてんのかって、ショックやったけど――そんな忍足の言葉は、どこか他人事のように聞こえてきて。


「でも、岳人や宍戸に幸せが来とる時に、自分が独り身ってのは、さすがに気に入らんな」


 そう言うと忍足は、真剣な面持ちでわたしを見つめ、力を込めた口調で、はっきりと言った。





「ずっと好きやってん、のこと」





 それは夢のような一言だった。


 好き。わたしもずっと好きだった。

 でも彼に対して、そうした言葉を言い慣れないわたしは、普段口にしている、心にもないことを言ってしまいそうで。
 けど、ここできちんと本音を言わなくちゃ、もう気持ちは通じないと思うと、怖くて口を開けない。

 どうしよう。
 どうしよう、忍足のこと好きなのに。彼を突き放してしまいそう。


 でも、こちらが何も言わないうちに、なぜか彼の顔がどんどん近づいてきて……。
 って、この態勢はまさか!



「……なんやねん」



 突然のことに、思わず全力で押し退けたら、ものすごく不満げな声が返ってきた。


「ま、まだ何も言ってない!」
「顔が、俺のこと好きって言うとったから、俺もまず、行動で気持ちを示そうと思って」


 そう言われて、途端に真っ赤になるわたし。
 それは彼に対する、否定しようのない態度。

 でも忍足は、それでは納得してくれなかった。


「なあ、。俺のこと、どう思ってるか、ほんとのとこをはっきりおしえてくれ」


 そして、彼を押し退けていたわたしの手は、忍足の手で壁に縫いとめられる。
 強く押さえ込まれているわけじゃない。でもきっと、このままじゃ、彼は離してくれないだろう。


 逃げられない。

 ごまかせない。



 ……つまり、観念するしかない。



 わたしは真っ赤な顔で俯いたまま、激しく葛藤した。
 そして勇気を振り絞り、やっとの思いで、小さな一言を口にする。


「……好き」


 今まで素直に言えずにいた、ありのままのわたしの気持ちを。


「やっと言うてくれたな」


 それを聞いた忍足は、嬉しそうに微笑んで、今、わたしが言ったのと同じ一言を伝えてくれた。



 優しいキスと一緒に。

−END−

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 忍足の趣味が、「映画観賞(ラブロマンス系)」とわかった時に書いてたネタを、こねくり回してみました。

 最初は、忍足が宍戸たちに起きた展開をうらやましがる役だったんですが、ギャグにしかならなくなったので、取りやめることに。
 あれはあれで気に入ってたけど、忍足がすごくイタくなったのです(笑)

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2008.04.30

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