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「なあ、昨日何があったんだよ。はいきなり出て行くし、話を聞こうにも、日吉は全然おしえてくれねーし」 向日はなかなか粘り強い。 顔を合わせてからというもの、すでに同じ質問を、8回繰り返している。 でも、こっちだって負けていない。 わたしは向日に、8回目の無視で答えた。 「なあなあ、なあって! 日吉と何があったんだよ。いいかげんおしえてくれよー」 「もう、うるさいな! あんたこそいいかげん、静かにしてよ!」 向日の粘り強さは、想像以上にすごかった。っていうか、恐ろしくしつこかった。 ずっと黙ってたけど、さすがに限界。 そして、21回目を数えたところで、ついにわたしは根負けしたのだ。 何も言わないことから、大体の雰囲気を察してくれてもいいのに。 でもそんな技術は、あいにく向日に備わってないみたい。 とにかく、このしつこさから逃れたくて、でも不快感は表すべく、わたしは昨日のことを、吐き捨てるように彼に伝えた。 「あんたが変なこと言ったせいで、かかなくてもいい恥をかいたの」 「は?」 「だーかーらー! 日吉くんは、別にわたしのことなんて、好きでもなんでもなかったの!」 あらためて口にしたら、またヘコんできた。 もうこれ以上、何も言いたくない。 「お、おい」 次の授業が移動教室なのをいいことに、わたしはそのまま、向日から離れた。 でも、あれだけ空気を読めずにまとわりついていた向日が、すんなり離れるはずもない。 すぐさまわたしに追いついて、再度問いかけが始まった。 「それ、どういうことだよ。まさか、日吉がそう言ったのか?」 「日吉くんが言わなきゃ、誰が言うのよ」 ここまで言ったら、十分でしょ。 この件について、わたしはもう一切しゃべらない。黙秘権を行使する。 けど、向日に対するそんな姿勢が固まった時、わたしは予期せぬ事態に遭遇した。 「あ、日吉」 というか、遭遇したのは日吉若。 ……なんでこんな時に、当の日吉くんとバッタリ会っちゃうんだろう。 向日の呑気な声とは裏腹に、ひどく張りつめるわたしたち。 日吉くんはクールで、一見すると、何を考えているかわからない。 でも今の彼には、どことなく、動揺している気配があった。 それはどうして? わたしが何か関係してるの? でも、日吉くんにとってのわたしの位置付けなんて、いわば、ただの通行人A。 そんな人間と遭遇して、何を驚くことがある? 何か言いたそうに、そしてどこか困ったように、わたしを見つめる日吉くん。 でもわたしは、そんな彼から目を逸らして、さっさと先に進んで行った。 結局わたしは、昨日のことを、全部向日にぶちまけた。 思いがけず日吉くんに会ったことで、昨日の出来事が掘り起こされて、悶々とした気持ちに拍車がかかったから。 だから向日には、とにかく黙って聞いてもらった。 聞きたがってた時にはあれだけ無視してなんだけど、ほっといてほしい時にほっといてくれなかったんだから、少しくらい捌け口になってくれても、バチは当たらないと思うのよね。 それで、悪かったなーごめんなーって謝罪に、肉まんの1つでも心付けに添えてくれれば、沈んだ気持ちも多少は浮上する。 でも、すべてを聞き終えた向日の口から出て来たのは、見事なまでに、わたしが求める言葉じゃなかった。 「いや、あいつはのこと好きだと思うぞ」 「……あんた、わたしの話聞いてたの?」 今まで長々と話したのはなんだったのか。 わたしは、がっくり肩を落とした。 でも意外なことに、向日はすごく真面目顔。 どうやら、本気で言ってるみたい。 「だってあいつ、『好みのタイプは先輩です』って、はっきりおまえの名前言ったから」 「だから何? 日吉くんは適当に言っただけなんだから、そんなの理由にならないじゃん」 「なるって。だっておまえと日吉は、何の接点もないんだぜ。それで、俺たちみたいに何かしらの表舞台に立つことのない、地味な存在のの名前を知ってるのは、どう考えてもおかしいだろ」 ……サラッと失礼なこと言ってるけど、わたしが目立たないのは事実だから、しょうがない。 「それにその話をしたのって、昨日部活が終わった後、しかも部室でだぜ? 何をどうすれば、そんなところでおまえが通りがかるのを目撃できんだよ。だから、に言ったのは、ただの照れ隠しなの。間違いない!」 間違いないって言われても……。 わたしは日吉くん本人から、はっきりと、あれは他意のない発言だって言われたんだよ。 向日を疑うわけじゃないけど……ごめん、やっぱり信じ切れない。 でも、半信半疑だった向日のその言葉を、次第に本当かもしれないと思うようになった。 なぜなら、それを印象づける、不思議な違和感を覚えるようになったから。 日吉くんって、よくわたしを見ている。 あれから数日たって気がついたけど、移動教室のタイミングとかで、日吉くんと接近する機会は、意外と多い。 ……わたしを見ている機会が多い。 そんなこと、今まで全然気づかなかった。 なのに最近、それがとてもよくわかる。 だって、今まで空気同然だった彼のまなざしが、急に熱を帯び始めたから。 わたしを見ていることを、すごく主張し始めたから。 でもなんで? なんで今になって、そんな焦がれるようにわたしを見るの? 遠くから、わたしを見つめる日吉くん。 そんな彼から、目を逸らすわたし。 とても奇妙ないたちごっこ。 そして、そんなことを繰り返すうち、いつしか冬休みが目前に迫っていた。 暖冬だと言われても、やっぱり冬は寒いもの。 だから冬休みは、部屋でぬくぬくしつつ、ひたすら読書に励もうと思う。 そんな素敵ライフの確立のために、わたしは帰宅前に図書室に寄って、大量の本を吟味することにした。 あちこち回って、本を取り出しては引っ込めて。 すると、ある本棚の最上段に、面白そうなタイトルの本を発見した。 でも、わたしが自力で取るには、それはなかなか微妙な高さ。 取れそうで取れない、そんな距離としばし格闘していたら、ふいに背後からのびた手が、わたしの求める本を取り上げてくれた。 こんなふうに、さりげなく優しさを発揮できる人っていいよね。 その親切な人にお礼を言うべく、笑顔で振り向けば――そこにいたのは、会いたくない人NO.1な日吉若! なんで、あんたがここに!? 「部活前に、本を返しに来たんです」 きっと、あまりに「なんで!?」って顔をしてたんだろう。 何も聞いてないのに、気になる点を答えてくれた。 「そ、そう。……ありがとう」 とりあえず礼を言って、この場を立ち去ろうとする。 でも、それはできなかった。 だって受け取ったはずの本を、彼が未だに掴んでいたから。 あの、あなたが離してくれないと、わたしはここを離れられないんだけど……。 っていうか、ひょっとしてひょっとすると、その本自分が借りるつもりだったとか? なら、受け取るつもりで礼を言ったわたしって、相当恥ずかしいんだけど! でも、幸いなことに、それは違ったみたい。 なぜなら、日吉くんがいきなり頭を下げたから。 「不快な思いをさせて、すみませんでした」 その謝罪が意味するものは、あの出来事以外にない。 ……まあ、突然のことだったし、何より彼が悪いわけじゃない。 ただ、わかっていても、あの時言われた言葉は、簡単には消えないんだ。 「そもそも、向日が先走るのが悪いのよ。まったく、困った先輩を持って、日吉くんも大変ねー」 おまえに興味なんてない。ちょっと気があるふりしたからって、調子に乗ってんじゃねえぞ。 ――そう言われたみたいで、心が暗くなる。 だから、早く彼から離れたかった。 でも、こんなに態度で関わりたくないと示してるのに、それでも彼の手は本から離れない。 わたしをこの場から離そうとしない。 もう、この本はあきらめようか――そう思いかけた時、 「……見ているだけでよかったんです」 「え?」 ポツリと呟く日吉くん。 あの、主語がないんですけど……。 一体、何を言おうとしてるの? 「遠くから見てるだけで、満足だったんです。俺のことをどう思ってるかなんてわからないし、そもそも欲張ったって、いい結果が返ってくるとは限らないから」 主語は消えたままだけど、彼の話がその輪郭を形作っていく。 何に対して思いを馳せているのか、それをわたしに伝えようとする。 「向日先輩と仲が良いことは知ってました。でもまさか、先輩のことを口にした翌日に、本人を連れて来るなんて思わなかったんです。っていうか、普通思わないでしょう。何考えてんだ、あの人は!」 どうやら、言いながら気持ちが高ぶってきたらしい。 向日への愚痴と一緒に、ついにわたしの名前まで飛び出した。 「だから、その……いきなりすぎて驚いて、しかも俺は何も言ってないのに、もう俺の気持ちが伝わってるみたいで、何か変に恥ずかしくなって……ああもう、何言ってんだ、俺は。とにかく、あの時ああ言ったのは、本心じゃないんです。それだけはわかって下さい」 初めて会った時は、ずっと仏頂面で、全く表情が読めなかったのに。 なのに今の日吉くんは、言葉だけでなく、表情までもが饒舌だった。 何より、すごく必死だった。 ……それって、わたしに嫌われることが怖かったから? 照れ隠しの言動がもとで、わたしに避けられるとは思わなかったから。 そのせいで、見てるだけでよかったわたしを、見られなくなったから。 だから観念した――日吉くんの今の心境を表すなら、そういうことになるんだろう。 「じゃあ、最初に向日に言ったことは本当なの?」 「本当ですよ。たまたま見てたんじゃなくて、ずっと見てたから知ってたんです。ええ、どうせ遠くから見るしかできない、根暗な男ですよ」 「そ、そこまで言うことないじゃん」 まさに苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるように日吉くんは言った。 でも、そんな顔を見せたのは、ほんの一瞬のこと。 すぐに表情を切り替えて、日吉くんは驚くほど、真剣で精悍な顔つきに変わった。 「あなたが好きです。クリスマスなんて特に興味はなかったけど、もしそれを満喫するなら、先輩と一緒がいいと思ったんです」 だからあの時、あなたの名前を出したんです――と、日吉くんは、はっきりとそう言ってくれた。 まっすぐにわたしを見やる、彼の目力は半端じゃない。 その強さに耐えかねて、ついわたしは、顔を俯かせてた。 だって、あんな顔でそんなことを言われたら、これまでとは違った意味で、顔を合わせにくいんだもの。 ドキドキして、日吉くんをまともに見られない。 でも、そんなわたしの心境を知らない彼は、これまでみたいに顔を背けてることに、どこか不安そうで。 「あの……先輩?」 「……クリスマスを満喫するなら、先輩って呼ぶのはどうかと思う」 言ってチラッと見上げたら、日吉くんは一瞬驚いた後、初めて見せる表情になった。 気難しい顔しか知らなかったから、柔らかなその表情が、ちょっと意外。 そして彼は、表情に見合った柔らかな声音で、わたしを呼ぶ。 「さん」 ……さん付けか。でも、いいや。いきなり呼び捨てにされたら、さすがに恥ずかしすぎる。 ただ、呼び方の変更を相手に要求する以上、やっぱりわたしも同じようにしないといけない……よね。 「じゃあ、えーと……若くん」 ドキドキしながら、そう呟く。 でも、その小さな一言には、予想以上の威力があって。 面食らった彼の顔が、たちまち真っ赤に染まってしまった。 1冊の本を掴み合って相対したまま、赤面するわたしたちは、さぞ変だったと思う。 とりあえず、これからよろしくと握手したついでに、わたしたちは手を繋いだまま、図書室を後にした。 −END−
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