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「突然ですが、さんに質問です! 現在、つき合ってる人はいるのでしょうか?」 おやつに食べてたチップスターの空き箱が、ふいに目の前に突き出てきた。 見れば向日が、芸能レポーターよろしく、マイク代わりに「どうなんですか?」と、再度訊ねてくる。 「い、いませんが」 あまりに唐突すぎて、つい正直に答えてしまった。 なんなんだ、いきなり? 「じゃあ、好きな人ならどうでしょう?」 「んー、特にいないけど」 「ではさんは、クリスマスを前にして、これといって恋愛対象のない超フリーな人ということで、ファイナルアンサーなんですね?」 でかい声でしつこく念押すな。ムカつくなあ。 「うわっ、ごめんごめん、ごめんなさい!」 強烈な1発をお見舞いしてやろうと、机の中の英和辞典に手をのばした時。 不穏な気配を察したのか、さすがにヤツの口からは、謝罪の言葉が飛び出した。 「で、なんなのよ、いきなり」 「んー、ちょっとした身辺調査?」 「で、わたしを調べて、何しようってわけ?」 「まあ、そう怖い顔するなよ。にとっても、悪い話じゃないからさ」 「……それは、聞いてみないとわからないけど」 そんなわけで、「昨日久々に部活に顔出したら、意外な話が聞けちゃってさ」という前置きのもと、向日の話を聞いてみました。 「うちの部の後輩がな、どういうわけか、のこと気に入ってるみたいなんだよ。よかったら、一度会ってみねえ?」 失礼な。どういうわけかとは、どういうことよ! ……って、問題はそこじゃなくて。 「はあ!?」 向日の後輩が、わたしのことを? 向日の後輩ってことは、あの有名なテニス部の子というわけで。 女子にとっては、彼氏にしたい人の条件としてちょくちょく上げられる、華々しい重要ポイントだ。 そんな人が、わたしのことを? 自分で言うのも悲しいけど、そんなの絶対ありえない。 だからわたしは、真面目な顔で向日に言った。 「あのさ、そういうふうに人をからかうのって、よくないと思うよ」 「ちげーよ! ほんとにマジなんだって!」 けど、対する向日も大真面目。 もしかして……ほんとにほんと? 「ほんとにほんと! だから今日、部活の前に寄ってくから、ちょっと顔貸せ」 何、その急展開。 「ちょっと待って、そんないきなり! 心の準備の時間を要求する!」 「今から放課後までなら、十分心の準備はできるだろ」 「今から放課後までって、短すぎるでしょ!」 だって今は、5時間目が終わった後の休み時間なのよ。 つまり、次の6時間目を終えたら、あっという間にその時間が来ちゃうのよ。 でも、慌てふためくわたしに、「逃げんなよ」と念を押して、向日は自分の席に戻ってしまった。 気がつけば、いつの間にかチャイムが鳴って、6時間目の始まりを告げていて。 そしてわたしは、当然ながら、授業の時間を費やして、心の準備に勤しむことになった。 向日はああ言ってるけど、だからって馬鹿正直に、それに従う必要はないのよね。 わたしにその気がなければ、あいつがなんて言おうと関係ないわけで。 けど、向日がそこまで押すってことは、少なからずうまくいきそうな気配が、わたしとその彼にはあるんじゃないかな。 もうすぐ2学期が終わって、冬休みが始まる。クリスマスがやって来る。 クリスマスだから、何がなんでもカップルにならなきゃ! って思ってるわけじゃないけど、でもどうせなら、カップルでいた方が、楽しい気分を満喫できるとは思うんだ。 なら……向日の話に乗ってみるのも、悪くはないわよね。 そうして無事に心の準備を終え、ドキドキしつつやって来た、テニス部の部室。 部活が始まるまでの僅かな時間に、わたしたちは顔を合わせることになった。 初めての場所に来たことと、初対面の人からのまっすぐな視線を受けて、どことなく居心地が悪い。 でも、それはある意味当然。 だって、わたしの目の前にいるのは、仏頂面の2年男子だったから。 確か、新たな部長の、日吉若くん。 そんな彼でも、わたしを見た瞬間は、さすがに驚きで目を見開いていた。 多分、向日のこの突飛な行動を、読みきれなかったんだろう。 でも、彼が感情を表に出したのは、ほんの一瞬の出来事で。 あとはずーっと仏頂面。こんな顔をされるってことは、絶対わたしは歓迎されてないと思う。 すると向日は、そんなわたしの肩を軽く叩いて、 「日吉はあれで普通だから」 ……どうやら、わたしの内心がわかっちゃったみたい。 そうか、あれが自然体なのか……。 「で、向日。なにゆえあんたは、わたしに彼を紹介しようと思ったの?」 わたしは本題を口にした。 本人を目の前にした今、なおさら強くそう思う。 向日いわく、彼がわたしを気に入ってるとのことだけど、この雰囲気だと、とてもそうは見えないのよね。 まあ、向こうがわたしを好きだと仮定しても、向日が勝手にわたしを連れて来たことを考えれば、突然のことに固まるのは、しょうがないと思うけど。 でも向日は、それには答えず、ただニヤニヤ笑うのみ。 ……まさか、単純に面白がってるだけじゃないよね? 「じゃあ後は、若い人たちでごゆっくり」 単純に面白がってるだけだった! しかも最悪なことに、向日はそう言い残して、部室を出て行ってしまったのだ。 そのせいで強制的に、ろくに知らない日吉くんとわたしは2人きりに。 ちょっと! どうせなら、もう少しわたしたちを歩み寄らせてからいなくなってよ! 初対面のわたしたち。 そして、見るからに話すタイプじゃない日吉くん。 騒々しい向日がいなくなった瞬間から予想できたけど、案の定、わたしたちの周囲には、痛いほどの沈黙が満ちた。 ど、どうしよう。何か言った方がいいだろうけど、なんて言ったらいい? わたしに気があるってことは、向こうはわたしを知ってるのよね。 でもわたしは、日吉くんのことを全然知らない。 共通点が見えない中、口下手な子と会話を成立させるのって、本当に至難の技だ。 そうやって、どうしようどうしようと、ひたすら悩み始めた時。 この沈黙を破ったのは、何も話さないと勝手に思っていた、日吉くんの方だった。 「まさか、本当に連れて来るとは思いませんでした」 ……? なんか、今の言い方、変な含みがあるような……。 その意図を訊ねるように、彼に目を向ける。 すると彼は、一瞬驚いて、即座に視線を逸らしてしまった。 そしてそのまま、目を合わせようとしない。 ……これ、わたしのことを気に入ってる人が、わたしの前で取る態度かな? なんだか、嫌な予感がする。 「あの……日吉くん?」 その予感は的中した。 「昨日、変な話の流れになったんですよ。クリスマスの過ごし方から始まって、恋人はいるのかとか、好きな人はいるのかとか、好きなタイプはどんなだとか。それで向日先輩がしつこく聞いてくるから、ついあんな感じの人がいいって、先輩の名前を言っちゃったんです。その、先輩がたまたま近くを通りかかって、目に入ったから。ほんと、たまたま言っただけで、他意はなかったんです」 こちらと目を合わせないまま、長々と淡々と、日吉くんは説明した。 なんだか、気が抜けた。 これまで緊張していたのが、馬鹿らしいまでに。 まあ……真相なんて、こんなもんよね。 でもそれって、やっぱりショックだよ。 わたしのことを好きな人がいると言われて、悪い気はしなかった。 っていうか、結構浮かれてたんだ。 でも、それは全部嘘。 だから、浮かれてたわたしは、ただの馬鹿。 「なるほどねー。おかしいと思ったんだ。まったく、向日も後輩に変な気をつかわせて、困った先輩よねー。あはははは」 乾いた笑いが、我ながら痛々しい。 この場の空気を変えたくて、わたしは不自然なほど陽気に振るまった。 でも困ったことに、全然空気は好転しない。 まずいと思ったけど、もうどうしようもなかった。 とにかく、少しでも早く、ここから立ち去りたかった。 「忙しいところ、邪魔してごめんね。部活頑張って」 結局わたしは、逃げるようにそこを離れた。っていうか、逃げた。 その唐突な行動には、さすがに日吉くんも驚いたようだけど、だからって「待って下さい!」と言われても、待てるわけないでしょう。あそこまで言われて笑ってられるほど、わたしの心は広くないのよ。っていうか、泣きそうなの。ほっといて。 部室から勢いよく飛び出したところで、外で待ってたらしい向日の声も聞こえたけど、それにもかまっていられない。とにかく無視して、走り去った。 惨敗。 勝ち負けの問題じゃないけど、でも負けたとしか言い様がない、惨めさだった。 −NEXT−
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