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「全員、ちゃんと引いたか?」 「ウス」 「あっ、まだ見せんなよ。俺が言ってからだかんな」 「なんでもいーからさっさとしろって」 「うっせー、くそくそ宍戸! じゃあ、いくぞー。王様だーれだ!」 「いえーい、俺、王様――っ!」 「なんだ、ジローかよ」 「おーさまおーさま、一番偉いぞー!」 「わかったから、はよ命令しいや」 「あ、あの、あんまり無茶なこと言うのはやめて下さいね」 「んーと、じゃあねーじゃあねー」 ガチャ。 「「「「「「「あ」」」」」」」 「…………………………」 ――バタン。 見なかった。 わたしは何も見なかった。 男だけでの王様ゲームなんて、そんな寒い光景は絶対見なかった。 これは……そう、降りしきる雨の肌寒さが見せた、ちょっとした幻。 それが気温と一緒に、わたしの心も、ほんのちょっぴり寒くさせただけなの。うん、きっとそう。 ガチャ。 「何しとん、自分?」 「うはあっ!?」 しまった! 目の前にあるドアを閉めただけで、安全を確保した気になってたわ。 そんな程度で、この異質な世界を隔絶できるはずなかったのに。 「変な叫び声出してんじゃねーよ。恥ずかしい奴だな」 「中にどうぞ、先輩……って、なんで後ずさるんですか?」 「用があって来たんだろ。ほら、入れ」 そんなわけであっさり捕らわれたわたしは、そのまま魔の巣窟――もとい、部室の中へと引きずり込まれてしまいました。 そこで待ち受けていたのは、適当に作られたクジを手にした、正レギュラーの野郎ども。 でも、ある程度心を落ち着けて見てみると……これって怖いというより、むしろ悲しい光景かも。 だって、天下の氷帝テニス部レギュラーがさぁ……。ねえ? わたしの視線に込められた、これでもかという複雑な感情を、真っ先に見抜いたのは跡部だった。 不機嫌そうに、眉間に深く皺を寄せ、 「なんで、憐れんだ目でこっち見てんだよ」 「だって憐れだもん。憐れじゃないなら、男だらけで王様ゲームやってる理由が見えないし」 だって、王様ゲームが遺憾なく効力を発揮するのって、やっぱ合コンでしょ? そりゃ、合コンのみでやるゲームってわけじゃないけど、だからって男7人でわざわざやることでもない。しかもメンバーは、ホスト集団とか言われているこいつらなのよ。 ここにきて、ようやくわたしの真意を悟ったらしい面々は、呆れたような慌てたような、各々の性格を反映させた態度で、こうなった経緯を説明し始めた。 「変なこと言うなよ。これはただの暇つぶしだって」 「暇つぶし?」 「だって、雨上がんねーしさー」 「そうなんです。待っててもなかなか雨が上がらないから……」 「練習できん間、ボーッとしとるのもつまらんやん?」 彼らの言う通り、少し前に突然降り出した雨のために、部活は一時中断を余儀なくされていた。 ただの通り雨かと思いきや、その予想を裏切って、かれこれ30分以上降り続いている。 しばらく様子を見ていたが、雨足は一向に衰えず、監督はあと30分たっても止まなかったら、このまま今日の練習は終了すると宣言した。 でもってマネージャーのわたしが、それを伝えに部員のとこへと戻ってみれば、肝心の正レギュラーの姿がありゃしない。 みんなそろって部室へ行くのを見たと言われたので、わざわざやって来てみれば、そこはこのような絶対王政の世界だったわけだ。 「確かに暇だろうけどさ……でも、他にもうちょっと何かあるでしょうに」 「うるせーよ。で? おまえは、何の用があって来たわけだ?」 「あ、そうそう忘れてた。監督からの連絡でーす。あと30分しても雨止まなかったら、今日はこのまま解散だって。じゃあ、そゆことで」 そしてすぐさま立ち去ろうとしたのだが、 「えー、ちゃん帰っちゃうのー? 俺さみC」 ジロちゃんが本当に寂しそうに、わたしに縋りついてきた。 でもね、さみCと言われても、わたしにもいろいろとやることが……。 「せやな。男だらけの王様ゲームが寒い言うなら、がここに入ればええんや」 「は? なんでいきなりそうなるの!?」 突発的な忍足の理論に異を唱えるが、なぜか他の連中は、その意見に肯定的。 ……そっか。結局みんなも、男だけでの王様ゲームは寒かったんだね。 「もー。……しょうがないなあ。じゃあ1回だけだからね」 そんなわけで、わたしは1回限りの条件で、王様ゲームに参戦することになりました。 新たにクジを1本作り足し、再度全員に配り直す。 そういや、わたしが来たせいで、さっきのゲームはうやむやになっちゃったけど、よかったのかな? まあ、王様だったジロちゃんは、そのことすっかり忘れてるみたいだし、多分ほっといても大丈夫だよね。 受け取ったクジを見て、各自番号を確認。 それを見届け、がっくんが声高に問う。 「王様だーれだ!」 それに答えたのは―― 「はいはいはーい、わたしでーす!」 なんといきなり女王の誕生! うわー、さんざんゲームを馬鹿にしといてなんだけど、これって実際王様になると、かなり気分いいかも。だって、今においては、あの跡部より偉いのよ。 心行くまでふんぞり返ってたら、小さな舌打ちが聞こえてきた。 どうやら跡部様は、わたしが王位を手に入れたことが、かなりお気に召さない様子でございますわよ。ほほほほほ。 ……でも、後のことを考えると怖いから、不用意に威張るのは、やっぱりやめておこう。 「では王様、我々に命令を1つお授け下さいませ」 「うむ」 芝居がかった物言いの忍足に、ノリノリで返すわたし。 んー、何にしよう。やっぱり、王様ならではって感じの命令がいいなー。 「じゃあねー、5番が3番の足を舐めるってのはどう?」 途端、恐ろしいほど静まり返る部室内。 「……それっていいのか?」 思わず、周囲に訊ねる向日。 「ただのゲームでそれはないだろ……」 呆然と呟く宍戸。そんな宍戸の言葉に、長太郎くんも力の限り頷きまくる。 「あ、あの、さん、もうちょい人権に配慮したものにしてくれへん?」 「ウス。考え直した方が……いいと思います……」 忍足はともかく、樺地くんにまでそう言われるとは……。 「あー……やっぱダメ?」 まあ、わたしも、言っててちょっとヤバイかなと思ったんだけどね。 止めてくれてありがとう、みんな。は人の道を踏み外さずにすみました。 けど、今ので1つわかったことがある。 先程、宍戸が心底ホッとしたように小さく息を漏らしたのを、わたしは見逃さなかった。 なぜ安堵するか。それはおそらく、わたしの命令が実行されずにすんだから。 ……ということは、つまり宍戸が足を舐めろと言われた、5番だということ。 ふっ、わたしに番号を悟られるとは、宍戸も気の毒に。 公然と優位に立てるこの状況で、罠にかかったかわいい小羊を、みすみす見逃すはずないじゃない。恨むなら、素直すぎる反応を返した、自分自身を恨むのね。 そんなわけで宍戸亮、キミを徹底的にからかわせていただきます。 「じゃあさ、5番が王様に愛を囁くってのはどう?」 宍戸がわたしに愛を囁く。 あの宍戸が愛の言葉を紡ぐなんて、爆笑もの。しかも相手はこのわたし。さらにその上、拒否権はなし。 うわっ、楽しすぎ〜♪ 宍戸は一体、どんな素敵リアクションを見せてくれるのかしら。 すでに今から、照れと怒りで顔が真っ赤に…………………………なってないし。 っていうか、リアクション薄っ! 驚いてるようではあるけど、なんていうかこう……他人から見ると、なぜか笑えてたまらないっていう、当事者ならではの激しい驚きようが全然うかがえない。 なんで? なんでよ? 宍戸ってば、そんな薄味リアクションの、つまんない奴だったわけ? でも、よくよく見ると、他のメンバーもなんだか微妙な顔してる。 ど、どうしたんだろ。わたしはただ、どぎまぎする宍戸を、面白半分に見たかっただけなのに。 そう思ってると、ふいに肩をポンと叩かれた。 振り返れば、どういうわけだか不敵に笑んでわたしを見つめる、我が校の帝王様。 「あ、あれ……?」 ……なんで、跡部がわたしのとこに? 「お望み通り、王様に愛を囁いてやるよ」 ――まさか!!!!! 「う、嘘でしょー!?」 「確認するか?」 跡部が手にするクジにあるのは、どこからどう見ても、「5」と書かれた数字のみ。 「あ、跡部が5番なの? じゃあ、宍戸は……?」 「俺? 3番だけど」 なんてこと!!!!! 「なんで宍戸が3番なのよ!」 「知るか、んなこと! 取ったら、たまたま3番だったんだよ」 「だってあんた、さっきの命令が取り消しになった時、すごくホッとしてたじゃない。だったら、あの安心感は何なのよ!」 「んなもん、いきなり足を舐められろって言われたら、誰だって嫌に決まってるだろ!」 そ、そりゃまあ確かに……。 でも、舐める方と舐められる方ならやっぱり……って、この場合、跡部が宍戸の足を舐めるわけよね? うわっ、それってばすごすぎ! いやいやいやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃなくて! わたしは、とんでもない勘違いをしていた。 5番だと思ってた宍戸は3番で、5番に命令した以上、当然ながら3番の宍戸には全く一切関係がない。それどころか関係があるのは、実は5番だと判明した跡部の方。 その跡部は、いつにも増して意地悪そうに、わたしを眺めやっていた。 「おまえ、宍戸に愛を囁かれたかったわけ?」 「い、いや、別にそういうわけじゃ……」 ただ、宍戸は非常にからかい甲斐があるもので。 それだけであって、別段深い意味はありません。ええ、ほんとに。 でも、ここで1つ悲しいお知らせがあります。 というのも、わたしにとっての宍戸がオモチャであるように、跡部にとってのオモチャが、なぜかわたしだったりするからです。 素敵な笑顔の跡部とは裏腹に、引きつり笑顔のわたしの背筋を、イヤーな汗が伝う。 たまらず後ずさろうとするものの、わたしの肩をしっかり掴み、跡部がそれを許さない。 「あ、あの、跡部さん。離していただけないでしょうか」 「王様の命令は絶対らしいから無理だな」 「その王様が言って……って、腰に手を回すな!」 「……」 「ギャ――! 耳元で囁くな――!!」 「囁けって言ったのはおまえだろ?」 囁きながら、跡部は実に楽しそうに笑っていた。 もう、ほんとダメ。経験してみてはっきりわかった。 こいつの囁き声は危険すぎる。 女にとっては、十分すぎる凶器だ。悪いけど、これ以上は耐えられない。 「ギ、ギブ、ギブアップ!」 「プロレスやないんやから」 うるさい忍足! そんなの知ったことか。 っていうかあんた、見てる暇があるんなら助けなさいよ! そう言おうとした時だった。 「あー、雨小降りになってきたなあ」 「せやな。これならもう止むやろ」 「じゃあ、そろそろコートに戻るか」 「え? ちょ、ちょっとみんな!?」 なんでみんなして、いきなり席を立つの? なんでそのまま、連れ立って部室を出てっちゃうの!? 薄情な仲間たちの姿に、思わず呆然とするわたし。 するとジロちゃんが、そりゃもうかわいらしい笑顔を浮かべて、こんなことをのたまった。 「そーいえば、俺が王様になった時の命令って、まだだったよね。じゃあちゃんと跡部は、このまま部室に残ること」 は!? 「な、なんでよっ! 第一そのゲーム、わたし参加してないじゃない! っていうか、雨が止むなら練習再開だし!」 「でも、ちゃんがいきなり来たせいで中断しちゃったし、ちゃんと責任とってよ。監督には、適当に説明しとくからさ」 「最高だぜ、ジロー」 「……っ!!!!!(もう言葉にならない)」 そしてジロー(もはや呼び捨て)たちは、本当にわたしたち2人を部室に残して、行ってしまった。 こんなことなら、最初の命令を撤回するんじゃなかった――そう思っても、もう遅い。 呆然としっぱなしのわたしに対し、えらくご機嫌な跡部は、不敵に笑って宣告した。 「さてと、前王様の命令と合わせて、現王様の命令を遂行するとしますか」 「うっ……く、来るなら来いっ!」 こうなったら、もう開き直りよ。 跡部の囁き声はダメージ抜群だけど、絶対ただではやられないんだから。 いつまでも、あんたにいいようにされてると思ったら、大間違いなんだからね! なんていうか、こう……ガツンとやってやるんだから!! …………………………た、多分。 −END−
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