16.寄り道



「あ」
「お」
「どうも……」
「……どうも」


 帰り道に立ち寄ったコンビニで、偶然にも出会ったのは、個人的な接点はないものの、互いに見知った相手だった。


 どこか気怠げな、氷帝テニス部の丸メガネな彼。
 確か名前は…………………………何だったっけ?


 ダブルスやってたとか、相方はムーンサルトな向日くんとか、氷帝テニス部は敗者切り捨てで、でも負けたはずの宍戸くんが、なぜかレギュラーに復活してて……とか、どうでもいいことはたくさん覚えてるくせに、肝心の彼の名前が出て来ない。


 誰だっけ……何て名前の人だっけ?


 思い出せないのが気持ち悪くて、彼を見た時の記憶を、懸命に振り返ってみる。
 確か最初は、彼の名前が読めなくて、



* * * * * * * * * * * * * * *



「しのびあし? 忍者みたいな名前ね」
「ふふっ、本当にそうだったら笑えるよね」
「……その口振りだと違うのね。あー、もういいじゃん! 忍者っぽいから、ハットリくんって呼ぼうよ」
「忍者から真っ先にハットリくんに行くなんて、結構、発想古くない?」
「うるさい! 彼はハットリくんなの! 今までもこれからも、ずーっとそうなの!」
「まったく……わからないなら、素直に言いなよ。あれはね、○○って読むんだよ」



* * * * * * * * * * * * * * *



 ……って、不二くんとのどうでもいい会話は覚えてるのに、何で肝心の答えを覚えてないの!?

 しかも、その会話を思い出したばかりに、どう頑張っても、彼の名前はハットリくんとしか思えなくなってきた。ハットリくんは、確実に違うのに!


 あー……頑張って考えたけど、ほんとわかんない。ギブアップです。

 恥ずかしいけど、ここは思いきって、本人に聞いてみよう。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」って、昔の人も言ってたしね。


「あの……突然ですみませんが、お名前何ていうんですか?」


 それまでずっと、どこか表情に乏しかった彼。
 だけど、出会って早々のこの質問には、さすがに驚きを隠せなかった。


「もしかして、ナンパ?」
「!? いえいえ、滅相もない!」


 その言葉に、今度はわたしが驚かされる。
 た、確かに、そう思われても仕方ないけど。
 でもそれは、激しく違うのです。誤解なのです。


 けれど、それをきっかけに、事態は予想外の方向へ突き進む。
 なぜなら、力の限り否定するわたしに対して、次の瞬間、彼は聞き捨てならない一言を投げ放ったのだ。


「何や。残念」
「へ?」


 彼の表情も、声の響きも……そこには冗談っぽさが、全然感じられなくて。


「じゃあ、俺からも質問するわ、青学テニス部のマネージャーさん。おたく、名前何て言うん?」
「へ!?」


 そう言うと、それまでどうでもよさげな顔だった彼が、ふいに不敵な笑みを見せた。
 ……不覚にも、その笑顔にやられてしまいましたよ、わたし。


「俺の名前は忍足侑士」
「おしたりくん……」
「そう。そっちの名前は?」
「わ、わたしは……」


 試合のたびに見かけるのに、お互い名前を知らなくて。

 それは、遠く離れていたわたしたちが、揃って一歩踏み込んだ瞬間。

 そして同時に、ほのかな想いの芽生えた、心ときめく瞬間だった。

−END−


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2009.05.31



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