10.噂話



 今日の午前中に行われたスポーツテストは、日頃の運動不足を身をもって痛感させられるだけの、そりゃもう苦しいものだった。
 でも、苦行はそれだけにとどまらない。
 何とわたしは、身体を動かした数時間後に、早くも筋肉痛に襲われるという、非常事態に陥っていたのです。

 特に階段の上り下りが苦しくて、下校のために昇降口まで行くだけでも一苦労。
 そんなわたしを、見るに見かねて手を貸してくれたのは、通りすがりの大石くんだった。
 大石くんは苦笑しながら、


「筋肉痛でここまで難儀している人は、初めて見たよ」
「そりゃ、日頃から身体を動かしている大石くんには、筋肉痛に嘆く人間の気持ちはわからないでしょうよ」
「いや、それでも筋肉痛になったことくらいはあるよ」
「はいはい、そうですかー」


 何か悔しかったので、支えになってくれてるのをいいことに、思いきり寄っかかってみた。
 でも、さすが我が青学のテニス部レギュラー。お世辞にも軽いとは言えないこのわたしの全体重をかけても、よろめきもしないなんて。
 けどそんなことをしてたら、今度はこの密着っぷりが恥ずかしくなってきたので、慌てて体勢を立て直した。そして、話題を変えてみる。


「そ、そういえば、大石くんさ、部活があるにしては遅くない?」


 わたし自身が遅刻に拍車をかけてるぶんを差し引いても、部活動のある人が、こんな時間に校舎にいるのは、ちょっとおかしい。
 すると大石くんは、何でもないことのような口振りで、


「ああ、うちのクラス、今日体育委員が休みでさ。代わりに俺が、そのぶんの仕事をしてたんだ。部活の方は、遅れるって連絡してあるから大丈夫だよ」


 体育委員といえば、体育に携わる委員なわけだから、スポーツテストの今日は仕事がいっぱいだったはず。それにテストそのものが終わった後も、クラス全員の記録用紙を集めて、今日の進行についての反省やら感想やらを書いた用紙と一緒に、提出しなきゃいけなかったような……。
 まさか大石くん、それも律義にやったっていうの? 本職じゃないんだから、言えば先生も免除してくれるだろうに。まったく、いい人にも程があるよ。


「クラス委員は大変ねえ……」
「俺から見ると、そっちの方が大変そうだけどな」


 確かに、ツラそうに壁を伝い、それだけじゃ飽き足らず、大石くんの手まで借りて移動するこの様は、我ながらいかがなものかと。
 そんな自分の状態をあらためて顧みると、一度は収まった今日の愚痴の数々が、再びふつふつと込み上げ始めた。


「もーっ! 身体は痛いし、日焼けするしで、今日はほんと最悪だー!!」
「確かに、今日は日差し強かったもんな。でも、そんなに言うほど、焼けてないと思うけど?」


 言って、まじまじとわたしの顔をのぞき込む大石くん。
 あ、あの、結構、顔近くない? さすがにそんな位置から見られると、緊張するんだけど……。


「か、顔はマメに日焼け止め塗ったもん。でも、腕や足にまでは、そんなに時間かけられなくて。体操服と短パンの日焼けって、まぬけだからイヤなのに」


 今は制服で隠れてるからいいけど、実際は肩と肘の真ん中へんや、ふとももの真ん中へんといった中途半端な場所で、きっちり肌の色が分かれちゃってるんだ。
 この焼け方って、ほんと美しくないと思う。できることなら焼けたくないけど、でもどうせ焼けるなら、いっそキレイに焼けてほしいのに。


「そういや、クラスの女子もそんなこと言ってたな。こういう時は、まだブルマの方がよかったって」


 ……え? 今、何て言いました、大石くん。
 ひょっとしてひょっとすると、今、ブルマとかおっしゃいませんでした?

 ま、まさか大石くんの口から、「ブルマ」という単語が出るなんて……!
 まあ、やましい内容の話じゃないし、そもそも話題は日焼けだから、別におかしなことじゃないんだけど。
 でも、ちょっとビックリしたよ。今はもう、学校生活にブルマなんてないから、特にね。


「んー、日焼け問題に関してはそうかもしれないけど、やっぱりブルマはイヤだなー。気をつけてても、やっぱりパンツがはみ出る時ってあるし」


 思わず、そんなことを口にした後、大石くんを見上げてみると、困ったように苦笑い。
 そりゃそうだろう。同意された方が、むしろ困る。

 そんなふうに、どうでもいいことをつらつらと話してるうちに、ようやく一番下まで辿り着いた。
 そして昇降口の手前まで来ると、そこで見覚えのある人影が。


「英二?」
「あれっ、大石じゃん」


 その人影は、同じクラスの菊丸くん。そういえば、体育委員だったっけ。
 菊丸くんは、意外そうにわたしたちを見ると、


「へー、珍しい組み合わせ。2人で何話してたの?」


 そう聞かれ、思わず「ん? ブルマについて」と、正直に言っちゃったばかりに、事件は起きた。


「「ええっ!?」」


 さすがにそんな返答がくるとは思わなかったらしく、菊丸くんどころか、大石くんまで声をあげる。
 でも、そのまま驚き続ける大石くんと違い、菊丸くんの目は、たちまち悪戯っぽく輝き始めた。


 ……言った相手が悪かった。だって、よりにもよって菊丸くんだもの。


「ブルマ? 大石がブルマトーク? うわーっ、マジで!?」
「ちっ、違……っ!」


 けど、未だ驚き途中の大石くんは、とっさに言葉が出てこない。
 そして大石くんに弁解の隙も与えずに、菊丸くんは「面白いこと聞いちゃったーっ!」と、猛ダッシュでテニスコートへ駆けて行った。
 そんな相棒の後ろ姿を呆然と見送る大石くんを見て、わたしはただ、心から申し訳ないと思うことしかできなかったです、はい。


 ご、ごめん、大石くん。でも間違ってはいないよ、うん。あれはブルマトークだよ。
 けど菊丸くんの中では、独自の脚色を加えて、とんでもないブルマトークになってるんだろうな。
 でもって……あちこちに吹聴するんだろうなー。あの真面目で爽やかな大石秀一郎が、ブルマについて熱く語ってたとか。ううっ……明日が怖い。

 ま、まあ、「人の噂も75日」っていうし、悪いけど、75日はあきらめてもらおう。
 その代わりと言っては何だけど、それ以上も続くようなら、その時は大石くんの社会的評判を、わたしが何とか死守してみせるから。

−END−


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2009.05.31



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