09.夕暮れ



 全速力で駆ける騒々しい足音が、廊下中にこだまする。
 その音が大きくなっていくことから、足音の主が着実にこちらに近づいていることがわかる。
 やがてその人物は、これまた騒々しく教室のドアを開けて、騒々しく飛び込んできた。


「悪い、遅くなった!」


 それは、一緒に帰りたいと駄々をこねて、部活が終わるこんな遅くまで彼女を待たせてた男、切原赤也。


「いいよ、別に」


 その一言に、彼がホッとしかけた瞬間、


「だから、先帰って」
「は?」


 彼の方を見ずに答えたけど、その声から、どんな顔をしてるかは容易に想像がついた。
 きっと不機嫌6割、意味不明4割ってとこだろうな。
 そりゃ、自分の都合で待たせてた彼女に、先帰れなんて言われたら、赤也でなくてもわけわかんないでしょうよ。


 でも、しょうがないじゃん。
 暇つぶしに図書室で借りた本が、予想以上に面白かったんだもの。

 その面白さは佳境に入り、早く続きが読みたくて、ページをめくる速度がどんどん上がっていく。
 そんな時に赤也が戻ってきたものだから、もうちょっと読んでいたいわたしは、先に帰宅を促したんだ。ハードな部活で疲れただろうし、早く休みたいんじゃないかなーって。
 ……まあ本音は、せっかく乗ってきた読書のペースを崩したくなかっただけだけど。


「何言ってんの、おまえ? もうすぐ真っ暗になるぞ。つーか、そろそろ校舎の施錠されるぞ」
「その前には帰るよ」
「……なら待ってる」
「いいよ。落ち着かないから、先帰って」
「はあ? 意味わかんねえ」


 どうやら、わたしの建前上の気遣いは、間違いだったみたい。

 それがわかったのは、赤也の手がのびてきて、わたしの肩に触れた時。
 その感触に不穏な気配を察して、払いのけようとしたけど、逆にこちらの手がうっとおしげに払われた。


「ちょっと、私は本読んでるんだってば!」
「読んでりゃいいじゃん。俺は勝手に触ってるから」
「はあ? 意味わかんない」
「読書の邪魔にはならねえだろ。おまえこそ、俺の邪魔すんな」
「邪魔って、なんの……」
「俺は今、彼女の感触を堪能してんの」


 確かに視界を遮ったりはしないけど、髪を指に絡めたり、頬を撫でたりと、なぜかやたらと触れてくる。
 こんなふうにあちこち触られたんじゃ、全然本に集中できない。


「ちょっと、赤也!」
「うるせえ」


 でも抗議の声は、赤也の唇で遮られた。


「赤……」
「2人でいるのに、なんで本なんか見てんだよ」


 怒ったようなその顔は、精悍ながらも、どこか幼くて。


「俺を見てろよ」


 拗ねたようなその一言で、ようやく理解する。
 待ち時間が長いとごねるわたしを、なんだかんだと引き止めたのは、少しでも長く一緒にいたかったからだって。


 かろうじて明るかった外はどんどん暗くなり、わたしの集中も、すっかり本から離れてしまった。
 けど、わたしのすべてをもぎ取っていった貪欲な彼は、その後もしばらく離してくれなかった。

−END−


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2016.02.05



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