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冬休みも残すところあとわずか。 間もなく学校も始まることだし、せっかくだから同じクラスの友人たちで集まって、初詣に行くことになった。 だけど、そこそこの人混みと気ままな行動で、わたしたちの集団はあっという間にバラバラに。 気がつけば、わたしと財前は2人きりになっていた。 わたしと財前は、参道から少し離れたところで、人混みを眺めていた。 財前が仲間の誰かに、はぐれた旨をメールしたので、そのうち落ち合う段取りがつくだろう。だから話がまとまるまで、こうしてぼんやりしている。 「三が日過ぎても、結構人来るんやねー」 「みんな暇なんやな」 俺も人のこと言えんけど、と財前がボヤく。 まあ、今日集まった面子は大体そんなもんよ。 かく言うわたしは、暇といえば暇だけど……という、微妙な感じ。 「暇なのはいいことですよ、財前くん」 今後の予定を思い返して、ため息をつく。 財前はそんなわたしをチラリと見て、 「まるで自分は暇やないって言い草やな。俺の目にはどこからどう見ても、は暇人にしか見えん」 「そりゃ、総合的に見れば暇だよ。つーか、何気に失礼やな。わたしかて、デートの予定の1つや2つあるかもよ」 「ほー、そんな相手がいたとは初耳や」 「まあ、初めて言うし」 「は?」 携帯片手に軽口を叩いていた財前が、ふいに真面目な顔を向ける。 「彼氏おるん?」 「いや、おらんけど……」 今のはデートの相手がいるいないの話を、初めてしたって意味だったんだけど。 そう答えたら、舌打ちつきで「ビビらすな、ボケ」と悪態をつかれた。 いや、ビビらされたのはこっちの方! まさか、がっつり正面から受けとめられるとは思わなかったよ。 「で? 暇そうやのに、何かあるん?」 驚くわたしを置き去りに、財前は何事もなかったように、最初の話題を続ける。だからわたしも、そのまま続けた。 「ああ。明日から3日間、寒稽古なんよ」 よりにもよって、冬休み最後の3日間、わたしの所属する剣道部は、早朝に寒稽古を行うのだ。 昼も夜も暇なのに、朝だけが部活で埋まっている。普通の時間帯ならまだしも、早朝って! 「まだ真っ暗やのに、朝6時から始めんねんで」 そして、再度深々とため息をつくわたしに、財前はさらっと言った。 「まあ頑張れや」 「それだけ?」 「他に何があんねん」 そりゃそうだけど、少しは大変な気持ちを共感してくれると思ったのに。 わたしはさらに、憂鬱ポイントを連ねていく。 「冬の道場は痛いんよ」 「道場が痛いってなんやねん」 「床が冷たすぎて、足がキンキンに痛なんねん」 「そら御愁傷様」 「朝っぱらからそんなんやで。しかも終わった後は、鏡開きでぜんざい出されるし」 そう言った瞬間、財前が力強く振り向いた。 「ええやん、ぜんざい。めっちゃええやん」 あまり目立った感情を示さない財前が、今めっちゃ感情を出してうらやましがった。 ええねんって、2回も言った。どんだけええねん。 けどわたしには、これが一番ため息ものなんだよ。 「ぜんざい好きな人はええやろなー。でもあんこが苦手な人間には苦痛なだけやで。……って、あれ? 財前?」 今まで隣にいた財前が、唐突に消えた。いや、消えたんじゃなくて、いつの間にか近くの自販機の前にいた。財前がこんなにきびきび動いてるの、初めて見た気がする。 変に感心している間に、彼は何かを2つ買って、こちらに戻ってきた。見慣れないデザインの缶だけど、何を買ったんだろう? 「俺のおごりや。ほれ」 「ほれって……うわっ、おしるこやんか! いらんいらん」 そうして手渡されたそれは、なんとおしるこだった。 今、あんこやぜんざいが苦手って話をしたばかりなのに、なぜその流れでおしるこが出るかな? でもわたしの叫びを無視して、財前は自分のぶんのプルタブを開けて、おしるこに口をつけた。 はあ、と吐いた息が白く流れて、それがおいしさと温かさを物語る。 これがコーヒーやココアやミルクティーなら、わたしも後に続くんだけど、さすがにそんな気は起こらない。 「財前財前」 満足そうなのは何よりだけど、意味は全然わかりません。 わたしはおしるこの缶を突きつけて、なおも説明を求める。 財前はこちらをチラッと見やると、おしるこをもう一口。そして、何を騒いでいるのかとばかりに、偉そうに言ってのけた。 「練習や練習。これが飲めれば、ぜんざいもいける」 「別にいけんでいいし、そもそもいきたないねん」 けど、こんなにはっきり断ってるにも関わらず、財前はやけにしつこく食い下がった。 「年も改まったことやし、好き嫌いの克服にはもってこいやろ。ほれ、グッといけ」 「いや、新年と好き嫌い関係ないし」 「今年は受験やし、受験勉強の疲れを癒すためにも、糖分摂取は重要になる。その時にあんこ類が食べれんなんて、死活問題やろ」 「糖分はチョコ食べるからいい。そもそもあんこいらんし」 「俺のしるこが飲めんっちゅーのか」 「絡みしるこ!?」 一向に興味を示さないわたしに、ついに財前は勧め方を変えてきた。いや、勧めるというより脅迫だ。 その後もあれこれ言って、おしるこを飲ませようとしてきたけど、嫌いなものを押しつけられて、さすがにうんざりし始めた。 「財前しつこい! 一体何なん?」 さっきから何度も断ってるのに! あの財前がここまでしつこくするからには、理由があると思うんだけど、理由があっても嫌なことに変わりはない。 イライラが募るわたしを見て、さすがにこれ以上は無理と悟ったらしい。財前は不機嫌そうな顔になると、ポツリと呟いた。 「……ええやん、ぜんざい」 「? まあ、ぜんざいを好きなのはええと思うよ」 「と一緒にぜんざい食うのも悪ないと、俺は思う」 ……何がどうしてそうなった? 相変わらず意味がわからないと首を傾げると、目だけでこちらを見ていた財前が、気まずそうにそれを逸らして、 「好きな奴と好きなもん食えたら最高やん」 それは――確かに最高だ。 財前は再びおしるこを飲む。 口にして、はあ、と吐いた息が白く流れて――わたしたちの間に沈黙が下りる。 「……最初からそう言えばいいのに」 返事はない。そっぽを向く彼の耳が赤いのは、寒さのせいだけじゃないと思う。 もちろん、わたしの顔が真っ赤なのも。 いろいろ考えて、手の中でおしるこの缶を弄びながら、わたしは考えた末の結論を口にした。 「パフェならいつでもつき合うけど……」 「なら同じだけ、ぜんざいにもつき合ってくれ」 パフェにぜんざいって……総カロリーを計算すると、体重的に恐ろしい未来になる。 「太りそうで怖いな」 「そのぶん、部活頑張ればええやん。それに和菓子は、ダイエット向きなんやで」 ふと優しくなった声に、俯けていた顔を上げると、財前が嬉しそうな笑みを浮かべていた。 糖分三昧の未来を心配するわたしに向けてのこの笑顔、それは今抱えるこの心配が、財前が望む未来あってのものだから。 この表情をもっと見たいと思ったら、できることは1つだけ。 「もし飲み切れなかったら、残りは任せるからね」 「さっそく間接キスか。積極的でええことや」 「変なこと言うな!」 柔らかな表情の財前に見守られながら、ドキドキしつつ、わたしは少し冷めたおしるこのプルタブを上げた。 −END−
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