|
部活三昧の日常の中、珍しく何の予定もない休日ができた。 それを家で、何気なく口にしたところ、 「じゃあ、せっかくやから、わたしの買い物につき合って♪」 その一言で、兄貴の嫁である、義姉のちゃんの買い物につき合わされることになった。 「なんで俺が、ちゃんの新しい水着選ばなあかんねん」 連れて来られた場所を見て、俺の表情は大いに歪んだ。 買い物につき合えと言うから、てっきり荷物持ちだと思ったのに。 なぜか俺は、デパートの水着売り場にいた。 そこにいる人間もそこにある商品も、すべてが女性の世界を主張しており、はっきり言って居心地が悪い。 まあ本当なら、おかんがチビを子守してる間、夫婦で買い物に行くはずが、兄貴が休日出勤になったせいで予定が狂ったらしい。 ならいっそ、1人で気楽に回ればええのに……兄貴、あんたの嫁は義弟に絡みすぎや。 「だって、男の子目線でグッとくるのが欲しいんやもん。あ、せっかくやし、ひーくんのも買う?」 「別に、泳ぎに行く予定あらへんし。そもそも、夏休みはずっと部活や」 「えー! なんで監督の先生は、そないに練習ばっかさせるんよ? 今時、スポ魂なんてはやれへんのにー」 「いや、うちの監督は、どっちかっていうと緩いけどな」 まあ、それでいて、締める時はきちんと締める人やけど。 じゃなきゃ四天宝寺は、全国レベルのチームになってない。 そう、俺たちは全国へ行くんや。 なら、スポ魂関係なしに、部活に熱が入るのは当然やろ。 でも、俺が部活を優先したことで、財前家一同で海水浴に行く計画が流れたちゃんとしては、面白くないらしい。 で、代わりに兄貴一家だけでプールに行くことになったわけやけど、それでもちゃんは、未だにブーブー言っている。 そもそも、旦那の両親と同居なら、こういう時くらい、自分たち家族で出かけてもええんちゃう? うちの親と仲がええのは、俺としても嬉しいけど、ドラマでよく見る嫁と姑の図を見る限り、たまの休みくらい別々に出かけても、誰も文句は言わんと思う。 そんなことを考えながら、俺はちゃんの後について、水着売り場を一巡する。 「そういえばひーくん、もうすぐ誕生日やね。今日のお礼に、誕生日プレゼントは好きなものあげちゃうよー。ねえ、何がいい?」 「あー、なんでもええよ」 「何それ! そういうのが一番困るって、いつも言うてるやん!」 ……なんで俺、「夕飯、何食べたい?」って聞かれた時みたいに怒られてんの? 「いや、ほんまにちゃんが、ええと思うもんでええよ」 「もー、欲がないなー、ひーくんは。わたしが中2の時なんて、お姉ちゃんの彼氏にもプレゼントねだって、怒られたもんやけどなー」 「そりゃ、お姉さん怒るやろ。あつかましい」 「うっ……。でもその人は、わたしのこと、すごくかわいがってくれたよ」 「彼女の妹なら、邪険に扱うわけにいかんし。自分かて、俺に対してそうやったやん」 「だってひーくんは、ほんまにかわいかったもん」 まあ、ちゃんが兄貴とつき合い始めた時、俺はまだ6歳だったしな。 10歳違いの兄と、同い年のちゃん。 2人は高校生の頃からのつき合いで、ちゃんは家に遊びに来るたび、俺にちょっかいをかけにきた。 来る日も来る日も、とにかくずっと。それはうっとおしい時もあれば、楽しい時もあった。 おかげでちゃんの存在は、幼い俺に当たり前のようにしみ込んでいき、結果的に姉のような友達のような、そんな親近感に溢れた関係になっていた。 うちの家族構成を知った先輩たちは、兄嫁という魅惑の存在と一つ屋根の下と騒ぐけど、実際はこんなもの。みんな、おかしな昼ドラの影響受けすぎや。 「まあ、俺のことは後でええから」 そう言うとちゃんは、本来の目的を果たすべく、えらくかしこまって一礼する。 「では、お見立てよろしくお願いします。できればこう、悩殺できる感じのを」 何か、すごいリクエスト来たな。 「悩殺って、兄貴を?」 「他に誰がおるん?」 一応確認したら、不思議そうに言われてしまった。 俺からすれば、逆にそれが不思議でならない。 「いや、今さら悩殺せんでも、兄貴はもうちゃんのやろ」 「甘いで少年、油断は禁物や!」 油断も何も、兄貴が他の女に目を向けるとは思えんけど。 でも、ちゃんは本気やった。 「ここはいっちょ、ビキニでいこうと思うのですが」 つまり、俺にビキニを選別しろと? 1つ1つ手に取って? ……勘弁してくれ。 「四捨五入で30なのに、それでビキニはどうなんやろ?」 「四捨五入なら、まだハタチ! っていうか、あんた今、世の二十代女性を敵に回したで」 俺はただ、考え直してほしかっただけなのに……。どうも、言葉の選び方を間違えたらしい。 そうやって、2人で少しばかり言い合ってたら、 「お、財前? 珍しいとこで会うもんやなー」 思いがけず、聞き慣れた声に名を呼ばれ、俺はぎょっとして振り返った。 そこにいたのは、ひらひらと手を振る、四天宝寺テニス部の監督。 いや、珍しいなんてもんやない。 ほんまに、なんでこんなとこでこの人に会うんや! っていうか、なんであんたは、女物の水着売り場を普通にウロウロしとるんや! そうした俺の心の声を感じ取ったのか、オサムちゃんはしれっと言い放った。 「財前も目の保養に来たんか?」 「目の保養て、なんです?」 「目の保養は目の保養や。俺の夏は、少年たちと青春を育むことに費やされるんでねー」 「で、わざわざ水着だけ観賞しに? ……不毛っすね」 「不毛言うな! っと、失礼」 大人気なく騒いでたオサムちゃんの視線が、ふと、俺の隣にいるちゃんにとめられた。 「ああ、義姉です」 そしてちゃんには、「テニス部の渡邊先生」と簡単に紹介する。 でも、「光がいつもお世話になっております」という、気取った挨拶をすると思いきや、ちゃんはなぜか黙って、オサムちゃんを見つめていた。ただひたすらに、じっと。 見つめられてるオサムちゃんも満更じゃないようで、「いやー、財前くんのお義姉さんですか。できることなら、結婚前にお会いしたかったですなー。ハハハ」なんて、調子のいいことを言っている。 だが―― 「……オサムちゃん?」 ちゃんの一言が、この呑気な空間に、妙な緊張感を走らせた。 ……俺、ちゃんには、渡邊先生としか言うてへんよな? 家で部活の話をする時も、一応先生やから、この呼び方を通してたはず。 なのになんで、この人の名前がオサムやって知ってるんや? その疑問はオサムちゃん自身も抱いたようで、「え?」と固まって、ちゃんを凝視する。 「わたしのこと、覚えてない?」 「えーと……どこかでお会いしましたっけ?」 ――何やねん、これ。 まっすぐにオサムちゃんを見つめる、ちゃんの瞳。 確信を持って向けられるそのまなざしは、2人の間に何かの絆があったことを、言葉以上に告げている。 まさかちゃん、オサムちゃんのモトカノか何かか? で、これをきっかけに2人の距離がまた縮まって、魅惑の兄嫁とは違う、これまた昼ドラ的な展開に……って、何考えてんねん、俺! ちゃんが兄貴一筋やったんは、ずっと見てきて知ってるやろ。 そこに、他の男が入り込む余地なんてなかったはずや。 っていうか、なんでよりにもよって、疑惑の相手がこの人やねん! 「あの……財前くん、目が怖いですよ。それ、先生を見る目やないですよ」 オサムちゃんの小さな抗議が聞こえるが、そんなの知ったこっちゃない。 だが、男2人のおかしな空気に、全くもって気づかないちゃんは、やがて残念そうに肩をすくめた。 「まあ、覚えてなくてもしょうがないか。よく会ってたの、8年くらい前やもんね」 「8年前? ってことは、えーっと……」 うろたえまくるオサムちゃんに、ちゃんはクスッと笑い、 「まだわかれへん? の妹のだよ」 「の………………って、えっ!? ちゃん? ちゃんか!?」 「そうやでー。オサムちゃん、変われへんからすぐわかった」 種明かしをされ、愕然とするオサムちゃんの様子から、俺の心配は取り越し苦労だったことが窺える。 でも肝心の真相が、一向にわからない。 そのうち、憮然と見ている俺に気づいたのか、ちゃんがおしえてくれた。 「オサムちゃんはね、わたしのお姉ちゃんの彼氏だったんよ」 「は?」 「高校生の頃につき合うててね。家にもよく遊びに来て、わたしもかわいがってもらったもんよ」 もしかして……ついさっき話してた、誕生日プレゼントをねだったっていう、姉ちゃんの彼氏? オサムちゃんが? ちゃんの姉ちゃんのモトカレ!? 「ずっとオサムちゃんって呼んでたから、名字はすっかり忘れとったよ。そうか、オサムちゃんが、テニス部の監督の渡邊先生やったんやね。ひーくんから、時々話は聞いてたよ」 「まさかちゃんが、財前の義姉さんやったとは……。世間は狭いもんやなあ」 全くや。 それからしばらく、久々に会った2人は当たり障りない世間話をしてたけど、時間がたつにつれ、なぜかオサムちゃんが挙動不審になってきた。 何か言いたそうに、「あー」とか「えー」とか言いつつ、頭をボリボリかいたりして。 きっとあの人なりに、教え子の前でという抵抗があったんだろう。 それがわかったのは、俺から気まずそうに目を逸らしつつも、意を決したようにこう言ったからだ。 「で、その……は元気か?」 「ひーくん、聞いて聞いて! お姉ちゃんとオサムちゃん、またつき合い始めたの!」 「ああ、どおりで」 前にも増してニヤついてたり、終わり時間が近くなるとそわそわしたり……そんなオサムちゃんを見ていたら、彼女ができたことは一目瞭然だった。 「でも、そんなすんなり、別れた相手ともとに戻れるもんなんか?」 「あの2人の場合は、お姉ちゃんが東京の大学に行って、遠距離になったんがきっかけやったからね。自然消滅に近かったから、嫌いで別れたわけやないぶん、戻りやすかったとは思うよ」 「ふーん」 我ながら気のない返事だが、ちゃんにはそんなのどうでもええらしい。 とにかく、終始ご機嫌で、 「今度はうまくいくとええなー。オサムちゃんがお義兄さんになるなんて、最高やもん」 そりゃ年齢を考えたら、結婚の可能性は十分あるけども。 そう思った途端、俺の中で、とんでもなく大きな疑問が浮上した。 「でも、もしそうなったら、俺とあの人、親戚関係にならへん?」 「義姉の義兄だから遠いけど、まあ親戚にはなるね」 何か、ビミョーやな……。 でも、ちゃんはすごく嬉しそうやし。 なら、ちゃんのためにも、ここはオサムちゃんの幸せを祈るとするか。 −END−
|