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ここ最近、なぜかやたらと忙しい。 学校行事やテストといった、四天宝寺の生徒共通のものから、個人的な用事に至るまで、スケジュールは目白押し。しかも、わたしが暇な時は蔵ノ介くんが忙しくて、蔵ノ介くんが暇な時はわたしが忙しいという間の悪さ。 そうした状況がしばらく続いてがっかりしてたけど、そんなわたしたちにも、ようやく同じタイミングで余裕ができて、とても久々にデートすることになった。 もう嬉しくて嬉しくて、万全の状態のわたしを見せたくて、その日のための装備一式を新調したくらい。 同じクラスだから学校では毎日会えるけど、それだけで満足なんてできない。むしろ月曜から金曜まで、しっかり会っているからこそ、顔も見られない土日はどこか寂しくて物足りなかったんだ。 でも今度の土曜日は、そんなことはない。その日は休みなのに、蔵ノ介くんに会えるんだ。 新しい服を取り出してはニヤニヤして、当日が来るのをただただ待つ。 どこに出かけよう。蔵ノ介くんは行きたいところあるのかな? その時の気分で、なんとなく決めるのでもかまわない。だって、2人で過ごすことに変わりないんだもん。 そうして待ち焦がれたデートの日、ありがたいことに、とってもいい天気に恵まれました。 でも……ビックリするほど寒かったのです。 秋の涼しさが溢れつつも、ここ最近は暖かい日が続いて、それはまだ当分続くと思っていた。 でも今日に限ってなんなの、この気温! なんで一気に冷え込むの! ここまでの寒さは、本当に予想外。それはわたしにとって、かなりの痛手だった。 何しろ今日の装いはかわいさ重視。そしてかわいさを際立たせた服というのは、大抵が防寒能力を備えていない。現に、わたしの服はそうだった。 これだけで外に出たら、絶対に寒い。凍えること間違いなしだ。 でも、違う服で行くという選択はできなかった。どうしても、これを着て蔵ノ介くんに会いたかった。 第一、今日のコーディネートはこれ! って、ずっと前から決めていたから、これ以外のものがとっさに思いつかない。 せめてスカートの下に、レギンスやタイツをはくべきか……。でも色合い的に、なんだか野暮ったく見える気がする。 上着を着ようにも、THE・冬物ってコートしかなくて、さすがにこれは仰々しいし重苦しい。 今の状態をカバーできるアイテムは、残念なことにわたしの手持ちにはなかったのだ。 苦しまぎれに、今すぐ用意できる防寒アイテムを出してみるけど、それもマフラーか手袋くらいなもの。さすがにこれじゃダメすぎる。 ベストコーディネートを崩すことなく、寒さを凌げるもの――実は1つだけ、思い当たるものがあった。 初めて使うから、どれだけの効果があるかはわからない。でも、今助けになりそうなのは、もうこれしかなかった。 わたしの脳裏をよぎった考え。 それは――腹巻パンツの装着だ。 今日の服を買いに出た際、たまたま見つけて購入した。なんだか面白そうで、それでいて、しっかりお腹を守ってくれそうだなーと思って。 腹巻だと、腹周りだけがなんだか気になるけど、これはあくまでパンツだから。下着だから気にならない……と思う。これで少しは、寒さを凌げるんじゃないだろうか。 でも―― 「はらまきぱんつ……」 声に出して言ってみる。響きはあまりかわいくない。 だがこうしている間にも、待ち合わせの時間は刻一刻と迫ってくる。 世の中には勝負パンツという言葉もあるのに、わたしがはくのは腹巻パンツ……。 いや、別に勝負するわけじゃないし、腹巻パンツがダメなわけでもないんだけど! ただ、いくらなんでも、デートの日に使うのはどうかと思うの。 時計と腹巻パンツを交互に見つつ、わたしは逡巡する。暖をとるか、おしゃれをとるか。 考えて考えて――その中で、ふと生まれた想像。 待ちに待った、せっかくの蔵ノ介くんとのデートで、出てくる言葉が「寒い」だけじゃ、幻滅されるんじゃないかって。 おしゃれに冷えは付き物だけど、冷えは万病のもとなのだ。まあこれは、蔵ノ介くんの受け売りだけどね。 「……見えないとこだから、大丈夫だよね」 わたしは決意した。 そして、自分にできる唯一の防寒処置を施し、戦に挑む武将の心意気で出陣した。 そんなわたしを見た、蔵ノ介くんの第一声は、 「寒ないか?」 一瞬眩しそうに目を細めて、かと思えば、形のいい眉を少しひそめてそう言われた。 うん、まあ……道行く人たちの格好と比較すると、確かにわたしは薄着だね。 「そ、そうかな?」 「むっちゃかわいいけど、薄着すぎるやろ。身体冷やすで。ただでさえ、女の人は冷え性多いねんから気をつけんと」 「冷えは大敵。わかってるよ」 「ほんまに? うわっ、手ぇ冷たっ!」 「それはほら、わたしの心が温かいから」 「ほほう、それは指先まで満遍なく熱を運んでる俺への挑戦ですかね、さん」 「いや、そういうわけじゃないんだけど」 確かに蔵ノ介くんの手は、冷たい空気の中なのに、とても温かい。代謝がいいからかな。 そしてそのまま、手を繋いで歩き出す。 「さあ、どこに行こうか! 行きたいとこある?」 彼の温かさにホッとしたところで、寒さに負けて縮こまらないよう、心の中で気合い注入。背筋をのばしてシャキシャキ歩き、はきはきしゃべることを心がける。 でも残念ながら、それは空回りした気合いだった。どんなに心を奮い立たせても、身体の震えまでは止められなかったから。 やっぱり寒い。腹周りを守っていれば大丈夫かと思ったけど、今日の気温は腹巻パンツ1枚で凌げるほどヤワじゃなかった。 そんなわたしの隣りで、しばし考えた蔵ノ介くんは、 「ほんまにどこでもええ?」 「いいよ。どこ?」 「まあ、ちょっとした城やな」 「城?」 「そう、西洋の城っぽい建物。恋人どうしがまったりするには、最適なとこや」 恋人どうしが行く、城っぽい建物……そう聞いて、わたしの頭に浮かんだものは、青少年が明るい時間に行くようなところじゃなかった。大変いかがわしいですよ、蔵ノ介くん。 けど、まだそうと決まったわけじゃない。もし違ってたら、そんなことを考えたこっちの方が、逆に大変いかがわしい。 事実を確認するべく、わたしは恐る恐る訊ねてみた。 「あの、城っぽいとこってどこなの?」 「まずは目で見て確かめようや」 わたしが考えているそれは、城っぽい建物が多い気がする。とはいえ、まだ一度も行ったことはない。だからこそ、イメージだけが膨らんで、とんでもないことになっていた。 蔵ノ介くんはそれ以上何も言わず、ただぐいぐいわたしを引っ張っていく。 ほんとに? ほんとにそこに行っちゃうの? 強引なのは嫌いじゃないけど、せめて心の準備はさせてほしいんだけど! そうして、ビクビクしつつ連れて行かれた場所はというと――最近できたばかりの健康ランドでした。 ……ちょっと拍子抜け。でも確かに、外観は城だ。 「どこ行くと思ったん?」 呆気にとられるわたしに、意地悪な笑みが向けられる。その瞬間、一気に顔が熱くなった。 わたしが何を考えてたか、この人絶対わかってる。っていうか、わざと勘違いさせる言い方をしたんだ。 「知りません!」 もうバレバレだと思うけど、だからって、ラブホテルだと思ってたなんて言えない! そっぽを向くわたしに、蔵ノ介くんは笑いながら、 「あっちはそのうち行こうな」 「行きません!」 「えー」 残念そうなのは、とりあえず無視。そんなことより、気になるのは、 「ところで、なんでここに来たの?」 デートに健康ランドって、ちょっと不思議な気がする。お風呂に入るのは別にかまわないけど、それだと男女別々に分かれるから、デートっぽさがないんじゃないかな。 「ここはいい足湯があるんや」 「足湯?」 「足湯はええでー」 その後はもう一直線。実際に足湯につかると、健康マニアは頭寒足熱を熱く語り始めた。 わたしはそれを程々に聞き、 「とりあえず、足を温めるのはいいことなのね」 「……だいぶ大ざっぱにまとめたな」 「いきなりたくさんの情報を与えられても、吸収できないよ」 「威張って言うことちゃうで」 でも、足湯は確かに素晴らしかった。 外では寒さに負けて縮こまってたけど、足を温めただけで全身が温まったんだ。 そのせいか、もうしゃべりまくり。他愛のない、普段と同じ会話だけど、蔵ノ介くんといられることが、楽しくて嬉しくて。 デートで健康ランドなんて、最初はどうかと思ったけど、足湯効果で心がほぐれたのか、2人でまったり話ができ、これが本当に楽しかった。 でも、蔵ノ介くんがここを選んだのは、わたしが寒がってたからだよね。 2人で楽しむことよりも、まずわたしのことを優先してくれたんだ。 もしあのまま出歩き続けたら、寒さに気をとられて、何もできなくなっていた。 いくら自分の見栄えを良くしたいからって、肝心の2人の時間が犠牲になるようじゃダメなのに。 そんなだから、健康ランドを出ると、当然また寒くなった。 ブルッと身を震わせると、蔵ノ介くんの新たな提案が届く。 「なあ、うち来ぉへん?」 「うん、行く行く!」 もちろん、即行で賛成した。こんなにありがたい話はない。 だって寒さを凌げるし、何より白石家には、かわいいエクスタちゃんがいるもの。 でも、わたしのもくろみは半分外れることになる。 それを知るのは、白石家が間近に迫ってからのこと。 「言うとくけど、エクスタは今日、トリミングに行っとるで」 「えー、いないのー?」 エクスタちゃんがいないと知って、わたしのテンションは急降下。 そういうことは、もっと早く言ってよー。とはいえ、あんまりブツブツ言うとすねるから、口にすることはできない。「はエクスタに会うために、俺とつき合うたんか。俺とのことは遊びやったんやな」と、めんどくさく絡まれるから。 でも次にかけられた言葉で、テンションどうこうの問題じゃなくなった。 「せやから、家に誰もおらんねん」 思わず見上げると、彼と目が合った。 とても――とても意味深な発言だった気がする。 その証拠に、こんなに寒いのに、蔵ノ介くんの瞳はとても熱い。 その熱を帯びたまなざしは、今の真剣な気持ちを如実に伝えていた。 土壇場に来るまでそういうことを黙ってるのは、ちょっと卑怯な気がしないでもない。 でも、わたしは知っている。彼が自信満々に見えたって、常に自信に溢れているわけじゃないことを。確実を期すために、綿密に事を進めていく、慎重な人だってことを。 わたしとつき合う時だって、距離を詰めるために、エクスタちゃんを利用したくらいだもの。 このまま彼とそうなることは、やぶさかじゃない。 でも――でも今日のわたしは、腹巻パンツを装備している。一番の勝負どころでもある重要ポイントが、致命的すぎる。 ピンク色のかわいいヤツだけど、腹全体を覆う、大きなパンツだ。これで事に挑むのは、いくらなんでも恥ずかしすぎる! かといって、ここで「やっぱり帰る」なんて言おうものなら、確実に彼を傷つけるわけで……。 わたしのためらいをどう受け取ったのか、繋いだ手の力が痛いくらいに強くなる。 「こんなかわいいの見せられて、黙って帰せるわけないやろ」 かわいいわたしを見せたい願いは、十分すぎるほど叶ったようだ。 でもどうせなら、細部に至るまで、きっちり叶えてほしかった。 装いは完璧。けれど、その中には腹巻パンツ……。 まさかこんなにも早く、人生の正念場に立つとは思わなかった。 行くか戻るか、選択肢は2つ。 どうしよう? ……どうする、わたし!? 白石家に到着するまで、あと18秒。 −END−
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