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猫をきっかけに親しくなった、よくわからないクラスメイト、白石くん。 そんな彼のお宅へ、今度の日曜日、さっそく遊びに行くことになった。 思った以上に早く話が進んだけど、それは別にかまわない。 というより、むしろ大歓迎。だって少しでも早く、エクスタちゃんに会いたいから。 でもわたしには、1つだけ気がかりなことがあって。 それは白石家訪問にあたって……というより、大阪という、新たな土地で生きる上での問題だった。 「駅前の大通りを渡ると、マクドがあるんや。まず、そこを左に曲がって」 「うんうん」 「で、2つ目の信号を右に曲がって、しばらくまっすぐ」 「……うん」 「そうしたら、仏壇屋のでっかい看板が見えるから、そこを左に――」 「待って待って、覚えきれない!」 まだまだ続く行程に、たまらずわたしは悲鳴をあげた。 白石くん家へ行くためには、白石くん家がどこにあるかを知らねばならない。 そのために家への道順を聞いてたんだけど、これが思いのほか、わたしには高いハードルだった。 「白石くん家って、駅から遠いの?」 「歩きなら10分程度か。でもまあ、目印になるもんはそこそこあるし、迷う方が珍しいくらいやで」 「そう言われても、大阪って、まだよくわからないから心配だよ……」 そう、問題は、わたしが大阪そのものに不慣れなことにあった。 道に迷った時は、一度わかるところまで引き返して、道のりを再確認する――それが一番の対処法だと、わたしは思う。 でも、もともとがわからない土地で一度迷ったら、そのまま永遠に迷いっぱなしになりそうで、すごく怖いんだ。 だってここは、わたしが生まれ育った、慣れ親しんだ土地じゃないもの。 一応地図も描いてもらったけど、だからといって、迷わないとは言い切れない。 すると、わたしの不安を知ってか知らずか、白石くんがありがたい提案をしてくれた。 「なら、駅まで迎えに行くわ。ついでにその辺案内するし、そん時一緒に飯でも食おう」 本当に? すごく助かる! わたしは心からホッとして、「ありがとう!」と礼を述べた。 その時は、大して深く考えなかった。 一生迷子にならずにすんで助かったーって、ただ単純にそう思っただけで。 でもさ、実際にその時を迎えてわかったけど、これってなんだかデートっぽくない? だって、男女2人が連れ立って歩いて食事するって、知らない人が見たら、ほぼ確実にそう思う。 白石くんと一緒にいるのは、すごく楽しかった。 学校や先生のことといったありがたい情報から、好きなテレビなどの何気ない日常模様、そしてこれまで知らなかったお互いのこととか、いろんな話をたくさんした。 長々と話し込んで、本来の目的である白石家への訪問時間が、大幅に遅れたくらいだ。 デートっぽく見えることになって、白石くんに嫌がられないかな? けど、こうなるに至ったのは、彼の提案によるもので。 じゃあ、白石くんにとっては、女の子とこうして出歩くのって普通のこと? わたしにとっては、あんまり普通じゃないんだけど……なんて思ったら、ちょっとショックで、でもショックを受けたことに、なんだか驚いて。 この複雑な気持ちは何だろう? 「あの黒い屋根のが、俺ん家やねん」 「そ、そう」 まさか、白石くん家を目前にして、こんな気持ちになるなんて。 どうしよう……だんだん緊張してきた。 とはいえ、緊張するのもおかしな話だ。 だってわたしは、エクスタちゃんに会うために、こうして来たわけなんだから。 そう、おかしくなんかない。おかしいことなんて何もない。 何度も自分に言い聞かせ、ついにわたしは白石家へ足を踏み入れた。 「えっと……おじゃましまーす」 「今日は他の家族おらんから、まあ気楽にしてくれな」 ……そんなこと、今になって言われても。 いやだから、緊張するのがおかしいんだって! 玄関を上がり、さっそく白石くんの部屋へ通される。 健康グッズが好きって話は、食事してる時に聞いたけど、結構集めてるんだなあ。 きちんと整理整頓されてるけど、そこにはダンベルやら骨盤矯正クッションやら、予想以上にいろいろあった。 そんな中でまず目についたのは、明るい色合いのヨガマット。 そういえば、さっき言ってたっけ。「謙也にヨガマット貸したら、ペットのスピーディーがボロボロにしよったらしい。まあ俺も、あいつに借りた消しゴムなくしたから、文句は言えんけど」って。 で、新しいのを買ったけど、前みたいにエクスタちゃんがそこで寝てくれないとか嘆いてたんだ。 ……それにしても、テニス部の人たちの名付けセンスは何なんだろうね? 「それ、邪魔やな。片づけるわ」 そう言うと白石くんは、ヨガマットを丸め始めた。 ちょっと離れたところには、そのマットをしまうための袋が転がっている。 わたしは片づけてる彼に渡そうと、何気なくそれに手にのばした。 でも、そこから受ける謎の重み。当然、袋は動かない。 あれ? 中身は白石くんが持ってるから、この袋はからっぽのはずじゃ……。 不思議に思い、近寄って中を確認してみたら、 「ひょあっ!?」 何とそこには、大きな毛玉が! まさかこれって――これってまさか!? 「ちょ、白石くん!」 「どうした?」 驚くわたしのそばに来た白石くんは、袋の中を確認すると、「ああ」とあっさり納得した。 「なんや、エクスタやないか。こんなとこにおったんか」 「エクスタちゃん? これが?」 「ああ、うちの箱入り娘や」 いや、箱じゃなくて袋に入ってますけど。 って、そんなことはどうでもいい。 ビックリした! 本当にビックリした!! 「なんでこんなとこに入ってんの!?」 「猫は狭いとこに入り込むんが大好きやからなー」 頭から入り込んでるのでお尻しか見えないけど、確かにご満悦な様子ではある。 だって、ゴロゴロ言ってるもの。ただ、袋に入ってるだけなのに。 「エクスタ、ご機嫌なとこ、ごめんなー。ちっとばかし、俺らと遊んでくれや」 そして白石くんは、引っ張り出したエクスタちゃんを、「ほい」とわたしに向けてきた。 「え?」 「ほら、抱っこして」 「いいの!?」 「いいのって、今日はエクスタと触れ合うために来たんやろ」 そうだけど、そうなんだけど、いざ本物の猫を前にすると、どうしたらいいかわからない。 すると、戸惑うわたしに痺れを切らしたのか、白石くんが先に動いた。 彼の腕からわたしの腕へと移される、柔らかな温もり。 それは追いかけた数だけ逃げられ続けた、わたしにとっての至高の存在。 胸元からじっと見上げる独特な瞳。 それを見た時、未だかつてない震えが走った。 「感動……!」 「そこまでか」 心の底からジーンとするわたしに、白石くんは呆れたように笑っていた。 そりゃ、通りすがりの猫に受け入れられる白石くんにはわからないよ。 わたしは本当に、ほんっとーに、逃げられ続けてきたんだからね。 そして、エクスタちゃんに触れたことで、わたしのボルテージは一気に上昇した。 「かわいい! ほんとかわいい! かわいすぎだよ、この子ったら!」 「にゅー」 「聞いた!? 今、にゅーって鳴いた! にゃーじゃなくて、にゅーって!」 「声がくぐもったんやろなあ。もうちょい抱っこの力緩めてやって……って、さん聞いてる?」 「もう、すっごくかわいい、あっ!」 あまりのかわいさにギューギュー抱きしめまくったら、さすがに苦しかったらしい。 全力で暴れられ、こちらの力が緩んだスキに、タンスの上まで逃げられてしまった。 「さん、力強すぎ。そら、エクスタやのうても逃げるで」 「すみません……」 「怖がらせんよう、こんなふうに優しくな。さ、おいで、エクスタ。………………エクスタ?」 ……エクスタさん、タンスの上から下りてきません。 どんなに呼びかけても、こちらの様子を窺ったまま、微動だにしません。 わたしを見据えたまま、もう油断しないぞという決意じみた気配が漂ってきます。 「これはエクスタ待ちになるな」 「ご、ごめん」 「さんの前のめりな愛は、初対面のエクスタには、まだ荷が重いやろ。まあ、俺ならいつでも大歓迎やけど」 「……え?」 エクスタちゃん待ちになると言われ、すぐさま正座して、待ちの態勢に入ったわたし。 そのせいで、今の白石くんの発言への対応が遅れてしまった。 正直、聞き逃しかけた。 でも、しっかり聞いてしまった。 そこからふいに、にぎやかだった部屋の中が静まり返る。 え、何この沈黙。 いや、不可解なのは沈黙じゃない。 理解できないのは、白石くんの方だ。 さっきの一言って何? ふざけてるのか本気なのか、全くもってわからない。 白石くんの様子を窺うと、こちらをじっと見つめているのがわかる。 エクスタちゃんに狼藉を働いたことを怒ってるのか、それとも、さっきの一言に対する返事を待ってるのか。 それを考えると彼の方を向けなくて、だからエクスタちゃんのいる方から、視線が外せなくて。 黙り込む白石くんも不自然だけど、やたら背筋をまっすぐにして固まるわたしも不自然だった。 「さん、俺とお話しませんか?」 「え? あ、うん。何話そうか?」 「なんでもいいけど、その前に、俺の方を向いてくれん?」 「で、でもその間に、エクスタちゃんがどっか行っちゃったらどうするの?」 「どっか行ったって、家の中にはおるんやし」 そんな話をしつつ、こちらに寄り添って、同じく正座する……のはいいけど、ちょっと近すぎないかな? 少しずれると、同じだけ白石くんもずれてくる。 そうやってるうちに、少しずつ隅の方へ追いつめられてきたような……。 「さん」 呼びかけられても振り向けない。 わたしは姿勢よく俯いたまま動けない。 しばらくこんな状態が続き、やがて白石くんはため息と共に呟いた。 「……エクスタ利用せんと、正面から行けばよかった」 そして肩を掴まれ、強引に向き合わされる。 でも――その表情を見たら、言葉を発する前に、彼の言いたいことがわかってしまった。 そうしたら、自分の中でもやもやしていたものが、ようやくはっきりして。 だから、白石くんに向けての自分の答えもすぐに決まった。 「好きや。俺とつき合うて」 「はい」 まるで呼吸するように、自然に出た返事。 その滑らかさに自分でも驚いたけど、もっと驚いたのは白石くんの方だった。 「は? マジで!?」 「マ、マジですよ」 そりゃ驚くよね。 「つき合うて」にかぶりかけたくらい、早い返事だったもの。 「まさか、ちょっとそこまでみたいなつき合いと思ってへんよな。俺が言いたいのは」 「男女交際の意味でしょ? わかってるよ」 「ほんまに? ほんまやな? 絶対ほんまやな?」 しつこいくらいの念押しに、「絶対ほんま!」と答えると、 「……ヤバイ、嬉しすぎる」 口元を手で押さえるけど、綻ぶ表情は隠せない。 嬉しそうにしている白石くんを見てると、こっちも嬉しくなってくる。 でも、それ以上に照れくさくなって、つい言わなくていいことを口にしてしまった。 「白石くんと一緒なら、いつでもエクスタちゃんと遊べるしね」 「ちょお待てや、そんな理由でのOKかい!」 「え? ちょっと、何!?」 一瞬にして、どこか怖い彼の顔が、至近距離に迫る。 部屋の隅にいたのが災いして、逃げ場がない。 そして抵抗する間もなく、そのまま強引にキスされてしまった。 そうか……つき合うってことは、こういうこともするんだな。 白石くんを意識し始めたのも、告白されたのも、キスをしたのも、全部短時間でのこと。 かなりの急展開に眩暈がする。 そんなふうに、ちょっとショックのようなものを受けてたら、白石くんはそんなわたしにショックを受けているようだった。 「猫に負けるんか、俺……」 「そ、そんなことない! 白石くんのこと好きじゃなきゃ、つき合おうなんて思わないよ!」 そう、急すぎて驚いただけで、嫌だったわけじゃない。 でも白石くんは、疑いのまなざしでわたしを見る。 「ほんまに?」 「ほんまほんま! ……ん?」 彼の信用を得るため、必死でうなずいた時、視界の端で何かが動いた。 それは静かな足取りで移動する、ふわふわの塊。 さっきまで、タンスの上にいたエクスタちゃんだ! 「あっ、エクスタちゃん!」 「ちょ、さん!?」 すっ飛んでいくわたしに、傷つく白石くん。 そしてエクスタちゃんに逃げられて、傷つくわたし。 2人の気持ちは、若干噛み合ってないような気がしなくもない。 でも間違いなく、わたしたちは相思相愛になったのです。 −END−
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