|
四天宝寺に転校して1ヶ月。 これまでと大きく環境が変わったこの1ヶ月は、わたしにとって、人生最大の山場とも言えた。 何しろ、転校なんて初めてのこと。 新しい場所になじめるか、新しく出会う人たちに受け入れてもらえるか――そうした問題で、とにかく不安でたまらなくて。 だからわたしは、必死で頑張った。 自分から話しかけて、周りの人と接点が増えるように努めたし、逆に話しかけすぎてウザくならないよう、引き際の見極めにも神経を使った。 おかげで無事に友達はできたけど、それでも独特すぎる四天宝寺で過ごすのは、楽しい反面、やっぱりどこかしんどかったんだ。 そんな中、ふいに生まれた憩いの存在。 その姿を初めて見た時から、わたしの心は惹き寄せられた。 彼に会いたいと願うことで、学校へ行くのが待ち遠しくなったくらい。 一見するとクールだけど愛らしさもあって、近づきたいと思い始めてから、もうどれだけたったろう。 でも、1人の時間をこよなく愛する彼は、誰かが近づくことにすごく敏感で。 いつもこちらを見つけると、即座に姿を隠してしまう。 そうした態度をとられることはすごく悲しかったけど、でもそれは、他の誰に対しても変わらないんだと思ってた。 おまけにわたしは新参者。だから、そっけなくされてもしょうがない。 そう思ってたのに―― でもある日、わたしは見てしまったんだ。 これまでの予想を、大きく覆す現実を。 暖かな日差しに照らされて、眩いばかりの笑顔を見せる、同じクラスの白石くん ――に撫でられて、ゴロゴロとご機嫌な声を上げている、愛すべき黒猫を。 「ああっ!?」 思わず出た叫び声に、両者の肩がビクッと揺れる。 「な、何や、さん。いきなり大きな声出して」 常に落ち着いてる白石くんも、いきなり現れて勝手に愕然とするわたしには、さすがに驚いたらしかった。 でもこっちは、それどころじゃない。 彼の手を頭に乗せながら、警戒心丸出しでわたしを睨むあの子を見たら、冷静でなんていられない。 なんで? なんでわたしの憩いの君は、白石くんとすごく楽しげに接しているの? そりゃ、彼は優しくて人当たりがいいけど、それに関してはわたしも自信がある。溢れんばかりの愛だってある。 なのに、白石くんがよくて、わたしがダメなのはなんで? わたしと彼の、何がどう違うっていうの!? 「あの……なんで?」 「? それは、何に対する『なんで』なん?」 白石くんの疑問はもっともだけど、今のわたしには、それをうまく説明できない。 それくらい、衝撃的な光景だったんだ。 あの子は誰とも馴れ合わない孤高の存在。 頑なに人の手を拒むあの子に触れられるよう、日々頑張ってきて、なのに白石くんはとっくに仲良しになっていて、それが思った以上にショックで……。 そんなことが頭の中を慌ただしく駆け巡って、なかなか簡潔にまとまってくれないんだ。 そうこうするうちに、騒ぐわたしが邪魔になったらしい黒猫は、胡乱げにこちらを見やると、静かにこの場を離れていった。 「ん、帰るんか? ほな、またなー」 小さくも雄々しい後ろ姿に、手を振りながら見送る白石くん。 「ねえ、白石くん、あの子……」 「ああ、裏山のボスか。最近、この辺りにも来るようになったんで、挨拶しとったとこ」 裏山のボス! どおりで威風堂々としてると――って、それはひとまず置いといて。 「なんで!?」 「さっきからなんでばっかやけど、一体何なん?」 こちらに気圧され気味だった白石くんも、先程から同じことを繰り返してばかりのわたしに、さすがに眉をひそめ気味。 でも、ごめん。この勢いは、もう自分でも止められない。 「なんであの子は、白石くんには近寄るの!? なんでわたしには近寄ってくれないの!?」 「あー、意味がわからんので、とりあえず落ち着こうか、さん」 なんでなんでとうるさいわたしを、白石くんは根気よくなだめてくれた。……ほんと、申しわけない。 そしてようやく落ち着いたわたしは、そこで初めて、白石くんに事のいきさつを説明できた。 学校を出入りするようになった黒猫と遊びたいのに、なぜか毎回逃げられること。 でも白石くんは、逃げられないどころか頭を撫でてたこと。 しかも向こうは、ご機嫌でそれを受け入れてたこと。 「まあ、うちは猫飼ってるし。猫慣れしてるから、向こうも近寄りやすいんかもなあ」 猫慣れ……何て素敵な響き! どうやらその特殊スキルのおかげで、白石くんはここら一帯の野良猫とも、普通に戯れられるらしい。 おかげで、野良猫たちとの思い出語りが、うらやましいったらありゃしない! でも聞くところによると、彼と同じテニス部には、もっと野良猫と親密になれる、凄腕の猛者がいるんだとか。 「その人に弟子入りできないかな? 同じテニス部なら、ぜひ口利きしてもらいたいんだけど」 「千歳の腕は天性のもんやから、あいつと同じようにってのは難しいな。つーかさん、弟子入りの本気度、高くない?」 「だって本気だもん。ねえ、猫と仲良くするにはどうしたらいいの?」 「まあ、結局は慣れちゃうんかな。こっちの存在に慣れたから、そばに行っても動じんし、さらに慣れたから挨拶も交わせると」 「ボスという、孤高の存在相手でも?」 白石くんは「孤高て……」と苦笑いしてるけど、聞いてる方は大真面目です。 「ちょっと思ったんやけどな。もしかしてさん、いつもそんな感じで迫ってる? 必死すぎて目が怖いで」 「必死にもなるよ! だって触りたいのに、どの子もみんな逃げるんだもん!」 「そのテンションで突撃されたらなあ……。さんかて、熊が全力で突っ込んできたら、怖くて逃げるやろ?」 「……わたしは熊扱い?」 「まあ、猫からすりゃ、そんなもんやろ。俺が思うに、キミの愛は前のめりすぎる」 正直、納得しきれないけど……でもまあ、そうなのかな。 体格差もあるし、事実、突撃しては逃げられてるし。 でも、見るからに不満そうなわたしに、白石くんはなおも思案顔。 「さんは実際、どんなふうに接してるん?」 「どんなふうって?」 「俺が猫役やるから、試しにいつもみたいにやってみて」 猫みたいにやってみる? 同じクラスとはいえ、あまりしゃべったことのない白石くん相手に? さすがに気が進まなくて、ちょっとためらっていたら、なぜか白石くんは、違う方向で気遣いを発揮してくれた。 「まあ、これじゃ雰囲気出んか。なら、ちょっと待っててな」 「え、どこ行くの?」 「確か、部室に猫耳あったから。それつけた方が、雰囲気出るやろ?」 「なんでテニス部の部室にそんなものが!?」 「うちは被り物が充実してるんや」 そこまでしなくてもいいと言ったけど、なぜか白石くんは、ノリノリで猫耳を取りに行ってしまった。 っていうか、わたしはやるとは言ってない! 白石くんがどんな子か、正直わたしはよく知らないけど、小耳に挟んだ「残念なイケメン」という話は本当かもしれない。 そして5分後。 「さあ、レッツトライ!」 「いや、ちょっと待って。やっぱり違和感あるんだけど」 猫耳をつけた白石くんはとってもかわいいんだけど、だからといって、猫同様にちょっかいが出せるわけじゃない。 でも、若干引き気味なわたしを知ってか知らずか、変に勢いのついた白石くんは、元気ににじり寄ってくる。 「にゃー」 「ぎゃー!」 のしかかってきた! のしかかってきたよ、この人! 驚きのあまり、つい全力で叩いてしまった。 「いてっ! ちょ、ほんまに痛い!」と悲鳴が聞こえるが、これは正当防衛だ。 「なんで、そっちから近寄ってくるのよ! わたしが猫に、どう接するかを見るんでしょ?」 「それもそうか。なら早いとこ、俺を誘ってその気にさせてな」 「さ、誘う?」 誘うとかその気にさせるとか、何、そのいかがわしい言い方。 「つまり、さんにかまいたくなるように、仕向けてほしいんやけど」 「そう言われても……」 彼の嬉々とした目の輝きを見ていると、どうもやる気が失われる。 でもこれって……もしかして、わたしが猫にしていることじゃ? 相手に勢いよく迫られると、対する方は逆に引く――そんな今の状況は、これまで何度も、逆パターンで経験している。 そうか。白石くんは、わたしが猫にしていることをあえてやってみせて、その結果がどうなるか、身をもっておしえようとしてくれているのね。 それに気づいて、あらためて白石くんを見る。 彼は相変わらず、楽しそうにわたしを見つめ――って……単に面白がってるだけだな、これ。 不覚にも、無駄に深読みしてしまった。 「白石くんさ、わたしにちょっかい出す気満々でしょ?」 「あ、バレた?」 白い目で見やるわたしに、しれっと答える白石くん。 「バレバレだよ。やるからにはボスみたいに、わたしに興味なんてない、むしろ空気みたいな扱いをしてくれないと、やりにくい」 「それは難しいな。俺はさんに絡みたいし」 「それじゃ練習の意味ないじゃん! ちゃんとわたしを無視してよ! 全力で、わたしの存在を否定して!」 熱を入れて訴えるわたしに、白石くんは「そこまでせんでも」と困ったように笑い、 「さんを無視するんは難しいな。なら、ここはひとつ、うちのお嬢に協力してもらうか」 「うちのお嬢って?」 「うちの猫のエクスタちゃんや」 その思わぬ申し出に、わたしの胸は高鳴った。 うちの猫……何て素敵な響き! まあ、名前はちょっと気になるけど、それはこの際置いといて。 「白石くん家の猫? ほんとに!?」 「ほんまほんま。せやから、今度うちおいで」 「行く行く! いつでも行く!」 「即答かい。俺から誘っといて何やけど、簡単に男の家に行くもんやないで」 「大丈夫。遊びに行くのはエクスタちゃん家だから」 「白石さん家や!」 そんなわけで今度の日曜日、猫を飼っている白石くんのお宅で、猫と接する際の講義を受けることになりました。 エクスタちゃんってどんな子だろ? うわー、すっごく楽しみだ! −NEXT−
|