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「しぶんぎ座流星群ってのが来るんだって。流れ星よ、流れ星!」 年明け早々、勢い込んで言う友人のに、正直わたしは、「ふーん」としか答えようがなかった。 流れ星に興味がないわけじゃないけど、寒い中を待ってなきゃいけないと思うと、あまり見る気は起こらない。 なのには、反応の薄いわたしに対して、なおも「流れ星よ」と笑顔で念を押す。 何度言われようと、こちらとしては、「だから何?」としか返しようがないんですけど……。 そもそも、しぶんぎ座ってどんな星座よ。 でも、こちらがどんな態度を取ろうとも、の勢いは衰えない。 むしろ、こっちが押し負けそうだ。 「あんたは恋する乙女じゃない。ならここは、やっぱりやっとくべきでしょう?」 「やっとくって、何を?」 「そりゃもちろん、お星様にお願い♪」 我ながら単純だと思うけど、決定打はこれだった。 そんなわけで、流星群がピークの1月4日、「1人でやるのは恥ずかしい」と、変なところで恥じらうの家で星空観賞会、もとい、流れ星に願いをかけて望みを叶える会が開催されることになったのです。 透き通る夜気が、肌を鋭く凍てつかせる。 家のベランダで空を見上げる、わたしと。 防寒対策をしているとはいえ、それでも寒い。すごく寒い。寒すぎて痛い。 でも、震えつつも寒さにくじけなかったのは、冬の夜空が、思ったよりもキレイなことを知ったから。街中でも、意外と星って見えるものなのね。 こんなふうに、じっくり夜空を見上げることなんてずっとなかったから、遠い星の瞬きさえ、どこか新鮮に感じられる。 そして時折、フッと横切る小さな軌跡。 ほんの一瞬目に映るそれが、わたしたちの待ち望む、しぶんぎ座流星群だった。 結構、あっけないものなんだ……。 初めて見た流れ星は、感動もあったけど、どちらかといえば、切なさとか虚しさの方が大きかった。 でも、流れ星に願いをかけて望みを叶える会会長のは、感傷なんて何のその。 星が1つ流れるたびに、これでもかという気合いを込めて、「金金金!」とか「男男男!」なんて、心のままにぶちまけていた。 確かに、「流れ星が落ちる前に願いごとを3回唱えると願いが叶う」って、言われてはいるけどさ。さすがに、その願い方はどうなのよ。 でも、欲望丸出しな願かけに苦言を呈すると、 「おしゃれしたいし、遊びに行きたいし、彼氏だって欲しい。でも、おしゃれと遊びは金がかかるし、素敵な彼氏はそもそもいないんだから、そう願うしかないじゃない」 「じゃあ、『宝くじが当たりますように』とか、『素敵な彼氏ができますように』でいいじゃない」 「それを、星が流れるまでに3回言える?」 「……無理だね」 つまり、あの願い方は理に適ってるのか。……何か嫌だな。 その時、欲望に忠実すぎる……じゃなくて、これ以上ないほど正直なその友人が、ふいに真顔で見つめてきた。 「だって、心の内をはっきりするべきよ。きれいごとを並べるだけじゃ、願いは叶わないんだから。あんたが今、心底望むものは何? それがあるから、あんたはここにいるんでしょ?」 ――図星すぎて、何も言えなかった。 わたしには好きな人がいる。 その人のことをただ見つめるだけで、動けずにいる。 呆れながらも、流れ星にお願いなんて、非現実的なの案に乗ったのは、少しでもこの状況を変えたかったからなんだ。 本当は、他力本願じゃいけないってわかってる。 でも、動き方がわからないの。 ただでさえ、恋というのは臆病になりがちなのに、わたしが好きな相手は――恋愛沙汰が想像しにくい、真田くんだから。 「あんたもガツンと言っちゃいなよ。自分への闘魂注入だと思ってさ」 確かに、これが自分に気合いを入れることに繋がるのなら、安いものだ。 わたしはの勧めに、決意を持ってうなずいた。 その時、一際大きな光が、夜空を横切る。 わたしは腹の底から声を出して、今最も叶えたい願いを、流星にぶつけた。 「真田真田真田!」 正しくは、「大好きな真田くんとつき合えますように」なんだけど、流れ星が落ちる一瞬の間にそれを言い切るのは、の言う通り、絶対無理だ。 でも言い切った。ただそれだけのことなのに、不思議な力がみなぎっていく気さえする。 そして、わたしの勇気を見届けたは、 「おー、言ったねー。でも真田の名前を連呼するって、よく考えるとすっごい変!」 なんと、大爆笑しやがった! 「人の勇気を笑うな! っていうか、だって人のこと言えないじゃん!」 あまりの仕打ちに、たまらず顔が真っ赤になる。 実際にやってみたら、が「1人でやるのは恥ずかしい」と言った理由が、よくわかった。 そのままわたしたちは、「何時だと思ってるの! 静かにしなさい!」と、のお母さんに怒られるまで騒ぎ続けた。 そして冬休みが明け、久々に学校生活が始まる。 いつも通りの朝を迎え、いつも通り学校へ行き、いつも通り、同じクラスの真田くんと顔を合わせる。 ドキドキしつつも、「おはよう」といつも通りの挨拶をし――でも今日は、なぜかいつもと違っていた。 それは、真田くんが挨拶を返すより先に、「少しいいか?」と、2人きりでの話し合いを求めてきたからだ。 訝しみつつ、彼の求める通りにすると、 「のことが好きだ。だから、俺とつき合ってほしい」 なんと、いきなり告白されてしまいました! 一体、なんで!? 嬉しいことだけど、驚きが大きすぎて、素直に嬉しさを実感できない。 そんな、状況の把握に必死すぎて無反応なわたしに、真田くんはやや不安げに、 「駄目だろうか?」 「いや、ダメだなんて、そんな!!」 冬休み前のわたしと、冬休み後のわたしって、これといって変化はないよね? まあ、変化っていうか、恋の進展に思い当たることがないわけじゃないんだけど、まさか……ねえ? でもまさかも何も、真田くんからの告白は、正真正銘、本物だった。 「なら、俺との交際を受け入れてもらえるか?」 「は、はい!」 心からホッとしたという穏やかな、そしてとても嬉しげな笑顔。 初めて目にする真田くんの表情に見惚れながら、わたしはようやく、この奇跡のような出来事が、現実であると認識した。 それにしても――流れ星ってすごい! そうして始まった、わたしと真田くんのおつき合い。 そこからは、驚きの連続だった。 何しろ、武士と言っても過言じゃないあの真田くんが、彼女のわたしには超優しい! これまでのわたしは、ただのしがない、クラスメイトその1に過ぎなかったのに。 さんざんに、「考え直した方がいいわ。下手に何か失敗したら、『無礼者!』とか『恥を知れ!』って、斬り捨てられるに違いないんだから」なんてビビらされた時でさえ、そこまでないとは言い切れなかったのに。 だって、昔気質な真田くんには、どうしてもそういうイメージがある。 さすがに斬り捨てはないにしても、「女は男の3歩後ろを歩くもの」とか、平成の世に似つかわしくない、時代錯誤なことはあると思っていた。 でも実際の真田くんは、柳生くんに負けず劣らず紳士的。 彼女という存在に向ける彼の優しさが、これほどのものだとは思わなかった。 そこまでしなくていいってことも中にはあるけど、そういうことは、言えばちゃんと改善してくれる。 わたしにそこまで心を砕いてくれるなんて、嬉しいのを通り越して、申しわけないやら不思議やら。 真田弦一郎とは、こういう人物だったのね。 流れ星にお願いしたからって、これはすごすぎる。 でも――ちょっと待って。 もしかして……もしかしてよ。 あの時見た流れ星は、実は地球を調査していた宇宙船で、たまたまわたしの願いを耳にした宇宙人が、戯れに真田くんをわたしとつき合うように仕向けたとか、そういう展開だったりしない? なんか、こう……彼の身体に特殊な機械を埋め込んで、操作しているとか。 そういうの、なんて言うんだっけ? 「キャトルミューティレーション……じゃないな。あ、埋め込まれるんだから、インプラントだ」 「きゃとる……? 何の話だ?」 「ううん、なんでもない。ところで真田くん、最近身体の調子はどう? どこかおかしいところはない?」 「自己管理は常に万全だ。第一、とつき合えるようになったのに、おかしなところなど作っていられない」 いや、わたし的には、それがおかしいと思うのですよ。 ……まあ、すごく嬉しくもあるのですが。 「そ、そう? まあ、大丈夫なら何よりだね」 思わず照れるわたしに、彼は柔らかな表情を向ける。 「が、こんなに心配性だとは思わなかった」 いや、別に心配性なわけでは……。 こっちだって、真田くんがこんなに細やかな人だとは思わなかったよ。 つき合わなければ、知り得なかった一面。それはまさに、彼女の特権。 好きな人が自分のことを考えていてくれる喜びは、何物にも替え難い。 だからわたしは、驚かされる反面、常に真田くんから幸せを与えられていた。 でも、わたしは彼に、そういう特別なものをあげられたのかな? 不思議がったり疑ったりで、彼にきちんと向き合ってなかった気がする。 2人で歩く帰り道。わたしは隣にいる真田くんを、ふと見上げた。 そして、不思議そうにわたしを見返す真田くんに、 「真田くん。あの……これからよろしくね」 「どうしたんだ、いきなり?」 「そういえばわたしからは、きちんと言ってなかったなーって」 「そ、そうか」 ちょっと唐突すぎた気もするけど、この際だから、いろいろ伝えておこう。 真田くんには顔を背けられてしまったけど、その頬はほんのり赤い。 それを見ていると、こちらの顔も熱くなるけど、この機会は逃せなかった。 「あのね、真田くんにはこうしたおつき合いするイメージがなかったから、好きだって言われても、なかなか現実味がわかなかったんだ。それに、その……好きな人が好きだって言ってくれるなんて、夢みたいでなかなか信じられなくて」 それはわたしから彼への、初めての告白。 真田くんが振り返ったのがわかったけど、恥ずかしすぎて、今度はこちらが彼から顔を背けてしまった。 「同感だな」 そしてわたしの告白に対して、真田くんがそっと呟いた。 「同感って?」 「好きな相手が自分を好きだと知った時の驚きだ。でもだからこそ、思いきって動くことができた。確証が掴めるまで想いを告げられなかったのは、我ながら不甲斐ないがな」 そうだったんだ。 豪胆な真田くんも、恋には慎重だったんだね。 でも、なぜか素直に喜べなかった。 それは今の彼の言葉に、どこか引っかかるものを感じたから。 「確証が掴めるまで想いを告げられなかった……?」 何が引っかかるのかわからなくて、首を傾げつつ、声に出してみる。 するとそんなわたしを見て、ふいに真田くんが、「しまった!」という顔をした。 それと同時に、こちらも疑問点に行き当たる。 「真田くん」 「む、なんだ?」 「確証って何?」 そう訊ねると、目を逸らす。 わたしは今、初めて気持ちを打ち明けた。 つまり、今の今まで、真田くんはわたしが彼のことを好きだとは知らなかったはずなんだ。 「確証って何?」 再度訊ねるわたし。 確証が掴めるまで想いを告げられなかったってことは、確証が掴めたから想いを告げたってことになる。 つまり告白した時には、真田くんはわたしが彼のことを好きだと知っていたことになるのよね。 わたしは片思い時代に、気持ちの片鱗を見せることはなかったはず。 なら真田くんは、一体どこでどうやって、わたしの気持ちを知ったわけ? 「確証って何!?」 無反応を貫く真田くんに、わたしは同じ質問を繰り返す。 やがて、こちらの苛立ち混じりな気配を感じ取ったのか、間もなく真田くんは、渋々ながら観念した。 「冬休み中、しぶんぎ座流星群というのが来てだな」 思わぬところに話が飛んで、少々驚く。 「あ、それと見たよ」 「……知っている」 「へ?」 「の家で、2人でベランダにいただろう? 知っている」 なんで知ってるの? そんな疑問が浮かんだけど、即座に答えもわかってしまった。 それはとても簡単なこと。 あれを知っているということは、つまりは近くにいたからだ。 近くにいて、しかもわたしが真田くんを好きな確証を、そこで得たということは―― 流れ星に願いをかけて望みを叶える会の活動が頭の中を駆け巡り、思わず硬直してしまう。 「実は男子テニス部でも、めったにない機会だからと、天体観測をしていてな。平時なら夜更かしなどもってのほかだが、まあ冬休みでもあるわけだし」 固まるわたしに焦ったのか、真田くんがいつもより饒舌に、当時の状況を説明してくれた。 つまり、男子テニス部でも誰かの家に集まって天体観測をしていて、その時ジャンケンに負けた真田くんが夜食の買い出し係になり、意外と近所だったの家の前を通ったらしい。 「じゃあ真田くん、ん家の前を通ったの? いつの間に!?」 「と言い合いをしていたから、気づかなかったんだろう」 言い合いって……と言い合いをしたのは、「真田真田真田!」と叫んだのを笑われて憤慨した、一度きり。 ってことは、え? ちょっと待って。 それって、真田くんの名前を連呼しただけじゃなく、その理由まで知っているってこと? そういうことになる……よね? わたしが真田くんを好きな確証って、つまり――あれを全部聞かれたってことなのよね!? あまりの衝撃に、公道にいるにも関わらず、わたしはがっくり膝をついた。 穴があったら入りたい。今思うのは、ただそれだけ。 すると、わたしのあまりの落ち込みように驚いた真田くんが大慌てで、 「大丈夫だ、俺しか見ていない!」 「なおさら悪いよ!」 信じられない! なんでそんなとこ見てるのよ! そうは言っても、通りすがりの真田くんに罪はない。 すべては運のなせる業だ。 でも、真田くんが思いきって行動できたのは、あの一件を聞かれたからなわけで。 それなら、自分の行動が、活路を開いたことに間違いはない。 ……やっぱり、流れ星へのお願いってすごいんだね。 −END−
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