わたしの住む街と彼の住む街、両者の違いを堪能するべく、胸いっぱいに空気を吸い込む。
 匂いも温度も、肌に触れる何もかもが異なるけれど、だからこそわかる懐かしさがあった。
 わたしは今、夏休みの合宿以来の、思い出深い場所に立っている。
 そして胸躍らせながら、大好きな彼を待っていた。

 そんな時に聞こえる、「あれっ?」という覚えのある声。
 振り向けば、驚きのあまり愉快な顔になっている、天根ヒカルくんがいた。
 待ち焦がれる人はまだ来ないけど、代わりに別の懐かしい人に出会いました。



2人のスマホ入手大作戦 前編



「わ、久しぶりー!」
「え、ちゃん? どうしたの?」


 久々に出会ったヒカルくんは、なぜかえらく動揺していた。
 そりゃ会うと思ってなかった人に突然会ったら驚くけど、さすがに驚きすぎじゃない?


「佐伯さんを待ってるとこだよ」


 そう、わたしは今、千葉の某駅前で、迎えに来てくれる佐伯さんを待っているところ。今日はそこから、佐伯さん家へ行く流れなの。
 理由を聞いたヒカルくんはすぐさま納得したものの、「そうだった。2人はつき合ってたんだった」と、わたしたちが待ち合わせする可能性に思い至らなかったことに、なぜか恥ずかしそうにしていた。

 な、なんかあらためて言われると、かえって照れるな――って、向かい合わせの男女が互いに照れてたら、いらぬ誤解を招くじゃないか!
 佐伯さんの地元で、そんなことになっては非常に困る。わたしはこの空気を打ち消すべく、慌てて話を続けた。


「青学も六角も、テストの時期が近いからね。だから一緒にテスト勉強するんだ」


 なんたって、学生の本分は勉強ですから!

 ……なーんて偉そうに言うものの、正直、そこまで真面目に思ってない。
 でも、勉強の成果が今後の行方を左右する以上、真面目にやるのは当然のことだ。

 そう、今後の佐伯さんとわたしの繋がりを強める上で、次のテストで負けるわけにはいかないのです。
 わたしはテストへの意欲を高めつつ、本日に至る過程を振り返っていた。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



「もしもしちゃん? 久しぶりー!」
「え、あれ?」
「虎次郎はさっき帰ってきたばかりで、今着替えてるの。もう少し待っててね」


 びっくりした。佐伯さんの携帯にかけたら、いきなり女の人が出た。
 しかしその正体はすでに知っている。佐伯さんのお姉さんだ。佐伯さんが携帯から離れたタイミングで着信があると、時々勝手に出てしまう、困ったお茶目さんである。
 今もきっと、佐伯さんは荷物を残して、先に着替えに行ったんだろうな。

 電話の向こうのさらに遠くから、「今日のご飯何ー?」と聞こえるものだから、思わずクスッと笑ってしまう。
 その声がこちらに届いたことがわかったのか、お姉さんは会話を続けた。


「うちは今日、ロールキャベツなんだ」
「いいなー。うちなんて煮魚ですよ」
「煮魚もおいしいじゃない」
「おいしいけど、わたしは魚より肉の方が好きなんです」
「そんなこと言われたら、からあげ食べたくなってきた」
「ちょ、肉テロはやめてください!」
「肉テロって! あ、虎次郎に電話だよ。ちゃんから」


 和やかな夕飯談義を打ち消すように、けたたましい足音が近づいてくる。


「なんで姉さんが普通にしゃべってんだよ! あと、勝手に出るなって!」


 こうして着替えを終えた佐伯さんに携帯を奪われ、わたしとお姉さんとの会話は幕を下ろしたのでした。


「普通に会話してるから、自分の携帯でしゃべってると思った。ちゃんも、もっと強く代われって言ってよ」
「いや、着替えてるって言われたので。それくらい、普通に待ちますよ」


 その方が佐伯さんは落ち着いた態勢で、ゆっくり話せるだろうし。
 でも当の本人は、何やら不満げに声を上げている。


ちゃんと話ができるのはいいけど、電話だと姉さんに時間を盗まれるな」
「あの、時間を盗まれるというのは?」
「姉さんと仲良いのは嬉しいけど、そのぶん俺がちゃんと話す時間が減っちゃうだろ? それを思うと1対1のやりとりで邪魔が入らないぶん、手紙の方がいいかもしれないな」


 すごくすごく不満そうな口調は、明確にある感情を表していて。
 これはつまり……わたしと仲がいいお姉さんに妬いている?

 え、やだ、すっごく嬉しいんですけど!
 今この目で佐伯さんを見られないのが、とても残念だ――って、いや、やっぱりそれは困る。
 そんな姿を見せられたら、嬉しいけれど恥ずかしい。現に今、そう言われただけで顔がすごく熱いもの。

 向こうに見えないのをいいことに、心ゆくまで顔を真っ赤にさせていると、突然黙り込んだのを訝しむように、「ちゃん?」と声がかかる。
 いけない、時間がもったいない。まずは今日の本題を言わないと。


「佐伯さんは、電話より手紙の方がいいですか?」
「どちらも一長一短あるから、何とも言えないけど。どうして?」
「実は親と交渉した結果、今度のテストで順位アップしたら、スマホを買ってもらえることになりました」


 電話より手紙がいいと言われたらどうしよう――そんなことを考えて、緊張しつつ告げてみる。
 けれどそんな心配は無用とばかりに、「本当!?」と弾んだ声が返ってきた。

 スマホもガラケーも持たないわたしが彼の声を聞くためには、自宅の電話にかけるしか手段がない。
 以前は携帯に興味なくて、周りの子たちが持っていても、特に気にならなかった。
 でも、今は違う。佐伯さんとの連絡ツールが欲しい。切実に欲しい!

 とはいえ、彼氏と頻繁にやりとりしたいからスマホ持たせて♪ なんて理由で、買ってもらえるはずがない。
 今時珍しく自宅の電話にかけてきて、きちんと挨拶する佐伯さんはうちの親には好印象だけど、それとこれとは別問題だ。
 わたしとしても、佐伯さんのお姉さんと仲良くなれたりいいこともあったけど、やはり家族を気にせずやりとりしたい。

 その問題も、わたしがスマホを持てばすべて解決だ。だって佐伯さんと直通になるんだもの。
 まあ、佐伯さんのお姉さんは時々介入しそうだけど、そこは佐伯さんに携帯を肌身離さず持つなど、頑張ってもらうとして。
 今回はそんな決意表明を聞いてほしくて電話したんだけど、その反面、頑張る過程でどうしようもない問題も抱えてしまったのだ。


「でも、気合い入れて勉強頑張っても、歴史はイマイチ自信がなくて……」


 数字と相性が良くないのか、年号がなかなか頭に入らない。
 全体の平均点を上げるか、得意科目を頑張って不得意科目を切り捨てるか、作戦の選択で結果も変わってくるだろう。
 全体が上がるに越したことはないけれど、それができれば、こちとら苦労はないわけよ。
 頑張ると言ったそばからため息をつくわたしに、けれど佐伯さんは救いの手を差しのべてくれた。


「なら、俺がおしえてあげようか? 語呂合わせ考えるの得意だから、頭に入りやすいと思うよ」
「本当ですか!?」
「もちろん。それでちゃんがスマホ持ってくれたら、俺としてもすごく嬉しいしね」


 佐伯さんが応援してくれるなら、もうスマホはゲットしたも同然よ!
 これでメールもラインも思いのまま。わたしたちの新たな時代の幕開けはすぐそこだ。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



「――というわけで、ここまで来たの」


 今日に至る流れをざっと説明し終えると、ヒカルくんの納得顔はさらに深まった。


「そりゃサエさんも気合い入れて勉強したがるわけだ。……って、そういえば」
「どうしたの?」
「サエさんで思い出した。借りてたCD、早く返さなきゃ」


 この2人がCDの貸し借り? いや、別におかしくないけど、あまり同じ曲を聞くイメージが湧いてこない。
 でもそもそものきっかけは、剣太郎くんが「サエさんが普段聞いてる音楽を聞いて、モテオーラを会得するんだ」とか言い出したことにあるようで。それにヒカルくんも巻き込まれて、一緒に佐伯さんのCDを借りたらしい。


「モテオーラが会得できそうなCDってどういうの?」
「せっかくだから、勉強してる時にかけてもらえば?」
「でもそれって、今ヒカルくんが持ってるんでしょ?」
「あ、そうか。でも、CDなら他にもまだあるはずだし。サエさんのCDなら、他のヤツでも条件は同じじゃない?」


 適当だなー。まあ、モテオーラCDを真面目に語られても困るけど。
 そのまましばらく話してたけど、そのうち「一緒にいるとこ見られて、サエさんに睨まれたくないから」と言って、ヒカルくんは帰っていった。

 佐伯さんがやって来たのは、それからすぐのこと。
 立ち去るタイミングも登場するタイミングも、怖いくらいに完璧だった。
 ヒカルくんの立ち去った方を見ながら、思わず呟いてしまうほどに。


「もしかして、佐伯センサーが搭載されている……!?」
「何の話?」


 ついさっきまでここにいた後輩を知らない佐伯さんは、不思議そうに首を傾げるのだった。

−NEXT−

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 アナログなヒロインにも、ついに近代化の波がやって来ました。

 この話のネタを温めているうちに、世間の主流はガラケーからスマホになり、実際にスマホを持つまで、「今時苦労してゲットしたのがガラケーってのはありなのか?」と地味に悩んでおりました。

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2017.03.15

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