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激戦を勝ち抜き、見事全国大会出場を決めた、青学テニス部と六角テニス部。 その朗報は、もともと仲の良かった良校の絆を、さらに深めることになった。 それどころか、ありがたいことに、わたしにまで恩恵を与えてくれて。 実は、全国大会前に合同合宿をするという彼らに、お手伝いの名目で、わたしの同行も許可されたのです。 つまり、気軽に会えない佐伯さんと久々に会うことができ、なおかつ、1つ屋根の下で過ごせるということ。 おかげさまで、わたしの心は、夏の日差しに負けないくらい、キラキラ眩く輝いていた。 「です。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」 「六角中テニス部部長の、葵剣太郎です。こちらこそ、お世話になります! あと、うちのサエさんがお世話になってます!」 「余計なこと言わなくていいよ、剣太郎」 青学テニス部のみんなと共に千葉に到着した、気合い十分なわたしは、まず六角中の皆さんに挨拶した。 でも、葵くんの挨拶からわかるように、今さら改めて言わなくても、みんなはとっくにわたしのこと……っていうか、わたしと佐伯さんのことを知っているみたいだった。 それは佐伯さんが、わたしとのことを、仲間たちにきちんと話してくれていた証拠。 そのことは嬉しかったけど、同時に、どこか恥ずかしくもあった。 だってわたしたち、おつき合いを始めたとはいえ、未だにそれっぽいことは、何一つしてないんだから。 ほのかな交流を育んできたわたしと佐伯さんが、ふとしたきっかけでつき合い始めたのは、まだ最近のこと。つき合い始めたばかりとなれば、本来は、離れるのが名残惜しいと言わんばかりに、ベタベタくっついてる時期だと思うの。それで、これでもかってくらい、周囲の人間をうっとおしがらせるべきなのよ。 でも悲しいかな、わたしと佐伯さんには、東京−千葉間という、物理的な距離があった。 これまではずっと、手紙のやりとりだったから、距離なんて特に意識したことなかったけど、やっぱり特別な気持ちを理解してからは……どうしようもないこの距離感が、ちょっと寂しくて。 しかも佐伯さんと顔を合わせるのは、佐伯さんが青学まで会いに来てくれた、あの時以来。 つまり、彼氏彼女という間柄になってから顔を合わせるのは、この合宿が初めてであり、ここに来なければ、まだ当分会えなかったことになるんだ。 でも、なかなか会えないわたしたちを気の毒に思った、青学テニス部のみんなが、ありがたいことに、こうした機会を作ってくれた。彼らが、今回のお手伝いの話を持ちかけてくれたから、わたしはここに来れたってわけなの。 あの人たち……主に、菊丸先輩と不二先輩と桃は、わたしと佐伯さんが落ち着くまでを、やきもきしながら見ていたから、今後のことも、それなりに気にかけてくれてるんだろうね。 とはいえ、そんな建前があろうとなかろうと、合宿のメインは、やっぱりテニス。 ……まあ、遊びのつもりで始めたビーチバレーで、一時とんでもないことになったけどね。(おかげで、乾先輩のことが、まともに見られないという弊害が) でも、気楽な時間はそこまでで、後はひたすら、テニス三昧。 そんなだから、テニスのできる日中は、とてもじゃないけど時間的に余裕がなかった。 かと言って、夜に期待もかけられない。 今回の合宿は、顧問の竜崎先生も同伴しているから、唯一の女子であるわたしは、必然的に先生と一緒の部屋になる。あんな目敏い人とマンツーマンな状態で、夜中に抜け出す勇気なんて、わたしにはないわ。下手をすれば、一発でバレて大目玉……どころか、最悪、強制送還ってことにもなりかねない。 だから今回の合宿期間中、恋の真っ最中であるはずのわたしと佐伯さんの交流は、事前の予想に反して、なんとも味気ないものになったのです。 でも……練習に疲れてるだろう佐伯さんを、わずらわせなくてすむのなら、それはそれで、よかったのかもしれないな。まがりなりにも、わたしは合宿のお手伝いに来てるんだし、肝心要のテニスの邪魔をすることだけはしたくなかったから。 そりゃ、本音を言うと、ちょっとだけでも、恋人っぽく寄り添いたかったんだけど……まあ、それは今じゃなくてもできることだし。全国大会が終わった後で、改めて時間を作ればいいことよね。 そんなわけで、せっかくの機会だったけど、期待していた甘いひとときというヤツには、残念ながら恵まれなかった。お手伝いの仕事も、思っていた以上に多くて、結構こき使われたしね。 それでも、久々に佐伯さんに会えて、佐伯さんと話ができて……それだけで、わたしは嬉しかった。幸せだった。 本当よ? 本当に、十分だったのに―― 「でも、せっかくつき合ってるのに、2人で一緒にいる思い出がないのは、やっぱりよくないと思うんだよ」 唐突にそんなことを口にしたのは、不二先輩だった。 みんなで楽しく過ごしていた、にぎやかな食後の一時。 それが途端に静まり返り、みんなの視線が、一斉にこちらへ注がれる。 ちょっ……わたしを見られても、困るんですけど! っていうか、佐伯さんまで、こっちを見てるんですけど! そもそも、いきなり何言い出すんですか、不二先輩! でも文句を言おうにも、驚きが勝ちすぎて、何も言葉が出て来ない。 そんな時、わたしは見た。見てしまった。目をキラーンと輝かせた、菊丸先輩の姿を。 そして、まさに猫のように、勢いよくこの話題に飛びかかる。 「そうそう! そもそも、ちゃんを連れてきたのって、そのためじゃん!」 元気いっぱい、拳を握りながら力説する――が、その力説がかえってアヤしい。 わたしのためというより、単に面白がってるだけな気がする。 けれど2人が奏でた意見は、まるで波が押し寄せるように、他のみんなへ広がっていって。 「じゃあ、オジイと竜崎先生に陳情して、ちょっとだけ休みをもらうってのはどう?」 「そうだね。せっかくさんも、遠いところを来てくれたんだし」 「いいねいいね、大賛成!」 木更津さんのその提案に、葵くんと桃が即座に賛成。 そして、あっという間に賛同者が募り――その結果、翌日の午後のみだけど、本当に自由時間をもぎ取ることに成功したのである。 それは同時に、わたしと佐伯さんのデートが、強制的に決定された瞬間でもあった。 そんな感じで周囲は大いに盛り上がり、当事者たちを置き去りにしたまま迎えた、翌日の午後。 「じゃあ、お言葉に甘えて、ちょっと出かけてくるよ」 「行ってらっしゃーい♪」 「い、行ってきます……」 玄関に勢揃いするみんなに見送られ、わたしと佐伯さんは、合宿所を後にした。 ほ、本当にいいのかな? 歩き出したものの、やっぱり何かが引っかかって、ついつい後ろを振り返ってしまう。 でもみんなは、気持ち悪いくらいの笑顔で、わたしたちに手を振るだけ。 ……行くしかないのか。 「ちゃん?」 「あっ、はい!」 わたしが足を止めたせいで、佐伯さんとの距離が開いてしまった。 もう、考え込んでも仕方がないよ。 ここに来て、ようやく観念したわたしは、少し先のところで待ってくれていた佐伯さんに、小走りで駆け寄った。そして隣に並び、改めて2人で歩き始める。 合宿所が見えなくなり、みんなの気配も遠のいていく。 目の前に広がるのは、知らない町の風景。ここにいるのは、わたしと佐伯さんの2人だけ。 2人だけ。 本当に……本当に、佐伯さんと連れ立って歩いているんだ。 たったそれだけのことでも、絶対無理だと思ったのに。 そんなささやかなことが未だに信じられなくて、隣を歩く佐伯さんを、ついチラチラ見てしまう。 そうしたら、こちらに視線を向けた佐伯さんと、バッチリ目が合っちゃって。 そして彼は、意識しすぎてどぎまぎするわたしに、にっこり微笑みかけてくれた。 「まさか、こんなことになるとはね」 「え、ええ。本当にびっくりしました」 「けど、嬉しいな。今回の合宿は、なかなか一緒にいられなかったから、こういう展開は、正直、あきらめてたんだ」 嬉しい――その一言に、胸が高鳴る。 見上げれば、そこには、とても嬉しそうな笑顔の佐伯さんがいる。 その言葉が嘘じゃないことを、しっかりおしえてくれている。 本当なんだ。浮かれてたのは、わたしだけじゃなかったんだ。 佐伯さんも、同じように、喜んでくれてたんだね。よかった……。 でも、落ち着いて考えると、実は全然よくなかったり。 だって、ほのかな想いに気分が盛り上がっても、なかなか言葉が続かないんだもの。 佐伯さんと2人でいられるのは嬉しいけど……でも、こんなふうにお膳立てされた状況は、どこかやりにくい。そもそもわたしと佐伯さんって、文通で仲良くなったわけだから、直接の会話にはあまり慣れてないのよね。ちょっとした会話であっても、まず声が聞こえるというだけで、必要以上に緊張してしまう。 でも佐伯さんは、どこかぎこちないわたしを気にした様子もなく、「せっかくだから、あちこち回ろうよ」と、まずは海辺の散策に出てくれた。 そ、そうよね、せっかくの機会だもの。有意義に過ごさなくちゃ、もったいないわ。 わたしも気持ちを切り替えて、今はこの時間を、精一杯満喫することに決めた。 そう決めたのに―― 「バカ! 押すなよ、桃!」 「英二先輩が前に出すぎなんっスよ!」 ……2人きりでいるはずなのに、背後から、聞き慣れた声がするのはなんでだろう? 佐伯さんが苦笑いするのと、わたしが小さなため息をついたのは、ほぼ同時だった。 「つけられてるね」 「……そのようですね」 まあ、こうなるんじゃないかって、予想はしてたけど。 だって、いくら気を利かせてくれたとはいえ、全員が全員、あんなに殊勝なことを言うのはおかしいもの。 結局、みんながあんなにデートを勧めてくれたのは、わたしたちのためというより、自分たちがその様子を観察して、楽しむためだったんだ。 「でも、今のところ、連中はただ単に、尾行ごっこを楽しんでいるだけのようだ」 うん、それはわたしも思った。 だって、声を殺しているつもりでも、地声が大きい桃がいるからか、それにつられて、ところどころ、みんなの会話が聞こえてくるんだもの。 でも、一緒にいる不二先輩や乾先輩が、こちらに会話が聞こえていることに――バレていることに、気づかないはずがない。確かに本気の尾行なら、彼らの状態はありえないものだった。 「しかも、後ろにいるのは、どうやら青学オンリーのようだね」 「え、そうなんですか?」 「あ、振り向いちゃダメだよ。そのままそのまま」 でも、出発前のあの雰囲気から察するに、六角の人たちも、一枚噛んでると思うんだけど。 単に口を開いてないだけで、同行してるんじゃないのかな? 「でも、後をつけるなら、六角の人たちの方がよくないですか? この辺のこと、よくわかってるし」 「だからこそ、ダメなんだよ。あ、こんにちはー」 最後の一言に驚いて、思わず佐伯さんを見上げる。 すると彼の視線は、間もなくすれ違おうというほど近距離に来ていた、知らないおばさんに向けられていて。そういえば、後ろの連中が気になりすぎて、前方はノーマークだった。 いきなりのことで驚いたけど、つられてわたしも挨拶する。 どうやら佐伯さんの知り合いらしいそのおばさんは、続いて挨拶した後、連れ立って歩いているわたしたちを軽く冷やかして、笑顔で通り過ぎていった。 そんなおばさんを見送りながら、佐伯さんが言う。 「……と、ご覧の通り、地元の人間はほぼ知り合いだから」 「ってことは、もし後ろに、六角の人たちがいたら……」 「隠れてたって、今のおばちゃんに声をかけられて、一発で俺たちにバレるってわけ」 納得。つまり六角のみんなは、地元すぎて不利なんだね。 ということは、佐伯さんの言う通り、尾行部隊は青学オンリーと見て間違いないだろう。 けど、メンバーがわかっても、この状況に変化はない。 このまま、あの人たちの娯楽にされながら歩くのは、面白くないなあ。 でも、そう考えていたのは、わたしだけじゃなかったみたいで。 気がつけば、渋い顔をしていたわたしを、佐伯さんがじっと見ている。 な、何も、こんな顔してる時に、そんな真顔で見つめなくても……。 すると焦るわたしに、佐伯さんは言った。真剣そのものの表情で。 「連中を振り回すのも、それなりに面白いと思うけど。でも、ちゃんといられる貴重な時間をそんなことに使うのは、やっぱり不本意だな」 その言葉の威力に、かつてないほど心臓が跳ね上がる。 わたしは、勢いを増す鼓動に合わせて、懸命に自分の気持ちを奮い立たせた。 「わたしも……」 黙ってばかりじゃダメだ。会話に慣れてないのが、なんだっていうの? 佐伯さんは、きちんと言ってくれたんだから、わたしだって、しっかり自分の気持ちを伝えなきゃ! 「わたしも………………不本意です。もっと落ち着いて、佐伯さんと過ごしたい」 本音を交わした後、そのまま立ち止まって、しばし見つめ合うわたしたち。 後ろからは、「お、なんだなんだ、あの展開?」「もしかして、このままキスしちゃったりとか!?」「や、やっぱり、こんなふうに後をつけるのはよくないよ。戻ろう、みんな」「今さら何言ってるんだよ、大石!」「ははっ、青春だね」なーんて、好き勝手な会話が聞こえてくる。……後で覚えてろよ。 そんな会話に、舌打ちしたいのを抑えてたら、ふいに佐伯さんが少し屈んで、わたしの耳元に唇を寄せた。 えっ、な、何っ!? 驚いて固まるわたしに、彼はただ静かに言った。 後ろの連中には聞こえない、ささやかな声音で。 「あっちには、不二や乾みたいに、侮れない人間がいるけどさ。でも、どれだけ頭がきれるヤツがいたって、地の利はこっちにあるんだ。今から、それを証明してみせるよ」 そして、穏やかながらも芯の通った決意表明の後、こちらに向かって手を差し延べる。 ドキドキしたけど、すべてを任せるという意志を込めて、わたしは佐伯さんの手を取った。 そうして触れたわたしの手を、佐伯さんは強く握りしめ、 「行こう!」 言うや否や、わたしの手を掴んだまま、佐伯さんは全速力で、手前にあった路地に駆け込んだ。 にぎやかだった背後で、「あ、逃げた!」と、さらに騒がしい声がする。 そして、慌ててわたしたちを追いかける、いくつもの足音。 佐伯さんは気にもとめず、そのまま突き当たりまで進み……って、その先にあるお宅の庭に、無断侵入してるんですけど! それを訴えたくても、運動に縁のないわたしのこと、全力疾走しながらしゃべるなんて、器用なことはできない。佐伯さんに手を引かれるまま、ただひたすらに進むだけ。 そして佐伯さんは、遠慮なく他人様の庭に押し入り、わたしたちはそこの裏手にある、垣根へと出た。 「ごめんね。ちょっと我慢して」 今度は強引に、その垣根をくぐり抜けさせられる。 葉っぱがチクチク当たって痛いけど、今はそんなことを言ってられない。 そうして抜け出た先は、さらにお隣りの敷地。 そこでも、目の前に広がる塀の下をくぐり抜けて、またまたさらなるお隣りへと。 そんな感じで、佐伯さんは、どんどんどんどん進んで行った。 わたしには、もうここがどこだか、さっぱりわからない。 「ここはみんなの家に遊びに行く時の、最短ルートだったんだ。ちなみに、今通ったのがダビデん家」 なるほど……。でもそれは、あくまで昔の話で、大いに成長した今は、ここを通るのに向いてないと思うのですが。 でも、そんなことを繰り返したおかげで、土地勘のないお邪魔虫たちは、あっという間にまかれてしまった。それを確認して、ようやく佐伯さんの足は止まる。 「ふう、うまくまいたね」 「さすがに、知らない人の敷地に入るには、抵抗があったみたいですね」 まあ、庭に、その家の人が出ていることもあったしね。 でも、それをすべて「こんにちは」の一言で片づけて、横切っていく佐伯さんはすごいと思う。 ……まあ、それをあっさり通らせる、家の人もすごいけど。もしかして、この辺の子って、みんな普通に、そんなことしてるの? 「けど、俺たちの姿が消えたことで、今度はうちの連中も交えた、大捜索が始まる可能性があるな」 「……暇なんですね、みんな」 「っていうか、これを楽しむために、ちゃんの参加を促した節があるからね」 ……確かに、否定はできません。 全国大会前なんだから、もっとテニスに集中しようよ、みんな。 「さてと、普通に考えれば、邪魔が入らないのは俺ん家なんだけど……多分そっちは、一番におさえられてるだろうな」 そして、真剣な顔で熟考する佐伯さん。 えーと……わたしたちは今、デート真っ最中の恋人というものであって、決して罪を犯した逃亡者ではありませんよね? そんな違和感を覚えつつも、出歯亀連中を振り切って、本格的に佐伯さんと2人きりになれたことに、わたしは再び、ドキドキしていた。 でも、そんなことを考え始めた矢先、 「よし、決めた!」 いきなり出された大声に、たまらずわたしはビクッとする。 そんなわたしを見て、「ごめんごめん」と謝りつつも、えらく陽気な佐伯さん。 ……なんで、そんなに笑ってるの? さっきまでは、あんなに真剣な顔だったのに。 っていうか、何を決めたって? 視線で、それを問うわたし。 すると佐伯さんは、世紀の大発見とばかりに、喜び勇んでこう言ったのだ。 「2人きりになれる、いい場所を思いついたよ。まさか向こうも、ちゃんを連れた状態で、そこに行くとは思わないだろうな」 「え? ど、どこですか?」 どうやら、2人でゆっくり過ごせる、いい場所を思いついたらしい。 それはいいんだけど……どれだけ聞いても、肝心のその場所をおしえてくれないのは、なぜ? そりゃ、この辺の地理はよくわからないから、聞いても知らない可能性はあるけど。 でも、何も言ってくれないのは、すごく気になる。一体、どこへ行こうとしてるの? 結局、佐伯さんは黙秘を貫いたまま。 そして、いたずらっ子めいた笑顔を浮かべると、わたしの手を取り、再び進み出したのである。 −NEXT−
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