ごくありふれた、昼休みのひと時。
 満腹感に浸りつつ、のんびり食後を過ごしていたところへ、それはやって来た。

 コン、という軽い音に目をやれば、なぜかそこに缶ジュースがあった。
 何の変哲もない、100%オレンジジュース。

 それをおもむろにわたしの机に置いたのは、去年同じクラスだった仁王雅治。
 今はもちろん、当時だって大した接点のない、テニス部の有名人だ。


「これ1本、いくらか知っとる?」


 知ってるも何も、校内の自販機で売っている、ちょっと安めの普通のオレンジジュースでしょ?


「……100円?」


 疑問形になったのは、値段に対してでなく、この人の言動を探るため。

 そもそも仁王くんとは、満足に話した覚えがない。
 かつては同じ空間にいたけど、ただそれだけで、互いに関わることはなかった。だから親交が深まることもない。はっきりいって、他人同然。
 そんなわたしにわざわざ声をかけるだけでも変なのに、その質問が意味するところもさっぱりわからない。

 けれど仁王くんは、訝しげに見やるわたしを気にしたふうもなく、妙ににっこり笑い、


「なら、100円で時間が買えるとしたら、何分くらいが適当かの?」
「は?」


 今度は本気で疑問形。
 でも彼は、わたしの答えを聞くこともなく、さくさく話を進めていった。


「まあ、妥当なところで10分くらいか。というわけで、これやるから、10分ばかしつき合ってくれ」
「は!?」


 そう言ってオレンジジュースを押しつけると、仁王くんは強引にわたしの腕を取り、いきなりどこかへ歩き始めた。

 何がなんだかわからない。
 わたしは口をポカンと開けたまま、ただただ彼に引きずられていったのでした。



将を射んと欲すれば 〜狙うは馬〜



「ねえ、どこ行くの? そもそもわたしに何の用?」


 道中、どれだけ説明を求めても、仁王くんは何もおしえてくれなかった。
 そうして連れてこられたのは、テニス部の部室。
 ドアを開けると、なぜかそこには、同じクラスの真田くんがいた。
 見知った人物の出現に少しホッとするけれど、逆に真田くんは困惑顔。


「わざわざを巻き込まなくても……」
「味方が多いに越したことはないぜよ」
「……何の話?」


 無理やり連れて来られた挙句、よくわからない話に巻き込まれようとしている。
 それを察して身を引こうとしても、わたしの手はがっちり仁王くんに掴まれてしまって身動きがとれない。
 そんなわたしに、「そう嫌がりなさんな」と状況的に難しいことを言いつつも、彼はとても簡単に事情説明をしてくれた。


「わかりやすく言えば、真田の恋の話」
「はあっ!?」


 あの真田くんが恋!?
 でも素直な反応を表したら、「そんなに驚かなくてもいいだろう」と、当の本人に不満げに言われてしまった。

 ご、ごめん。でも、だって……ねえ? 驚くよね、これは。


「お相手はじゃ。はよう知っとるじゃろ」


 マジっすか!!
 真田くんの好きな子が、友達のだと知って、わたしはさらに驚かされた。

 そうして、一通り驚いたところで、ふと思う。


「で、なんでそれを、わざわざわたしに言うのかな?」
「やっぱこういうことは、周りからきっちり固めていかんと。何しろ真田とには、全くといっていいほど、接点がないからのう」


 だからと一番仲が良いわたしに、2人の仲を取り持つ依頼をしたいという。
 なるほど、理由はわかった。でも、わからないことが1つある。


「じゃあ、なんで真田くんは、何も接点がないを好きになったの?」


 それは素朴な疑問だった。
 それに対して、仁王くんが「まずい!」って顔をしたのも疑問だったのだが、


「どうして、か……。それに関しては、話せば長くなるんだが――」


 何がまずいのか、程なくして知ることになった。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 真田くんの話は、本当に長かった。
 友達のことを新たな視点で知る機会だし、最初こそ真面目に聞いてたけど、あまりに長々と話すもんだから、正直どうでもよくなってきた。

 と出会った時の衝撃、を見るたびに襲われる胸の高鳴り……ようするに、一目惚れってことね。
 それを大仰に、熱く激しく語るもんだから、「初めて見た時から、ずっと好きなんだ」ですむ話が、無駄に装飾されていくんだ。


「すまんな、
「まあ、いいよ。ジュースもらったし」


 それに、真田くんに変なスイッチ入れちゃったのは、わたしだしね。
 それにしても話が長いな。真田くんの語りは、まだまだ続きそうだ。こちらを巻き込むことを渋っていたわりに、えらく盛り上がってまいりましたな。

 わたしはもらったオレンジジュースを飲もうと、プルタブに指をかけた。でも、固すぎてうまく指がかからない。しばらく悪戦苦闘していると、横からのびてきた手が、いとも簡単に開けてくれた。


「ありがとう」
「どういたしまして。ところでは普段、周りになんて呼ばれとる?」


 なんか、普通に話しかけてきたぞ。
 でも仁王くんは、おそらく何度も聞かされた話なんだろう。恐ろしいまでのスルー力で、真田くんを空気扱いしている。
 真田くんも真田くんで、普段ならきっと「人の話はちゃんと聞け!」と怒るだろうに、への情熱が変に勝ってしまったのか、語りが熱を帯びすぎて、こちらのことが見えていない。何これ、シュールすぎて怖い。


「大体、とかちゃんとか」
「なら、俺もにしよ」


 突然の呼び捨てにぎょっとするものの、意識しすぎても変かと思って、そのまま会話を続行する。


「に、仁王くんは? 普段、なんて呼ばれてるの?」
「まあ、ほとんどは仁王じゃな」
「そういえば、下の名前では聞かないね」
なら、雅治でもまーくんでも、好きに呼んでかまわんよ」


 まーくんって……。
 ニッと笑うその顔はかわいいんだけど、素直に受け取れないものが彼の中に潜んでいる。
 そう、これは何かの企みを秘めている顔。


「――というわけで、俺のへの想いは、その時に芽生えたんだ」


 あ、ようやく語りが終わったみたい。
 仁王くんもやれやれといった顔で、


「まずは、真田とを顔見知りにさせたい。そのために、の力が必要なんじゃ」


 話はわかった。わかったけど……。


「でも、あの子は恋愛事に興味ないから、いきなり真田くんを紹介するって言っても、変に身構えられそうだよ」
「いきなり核心に触れんでもいい。とりあえず、遊びに誘われたからメンバーを集めてるとでも言えばええよ」
「このメンバーで遊びにって……謎すぎない?」
「真田とは同じクラスで、繋がりがあってもおかしくなかろ? でもって俺は、去年と同じクラスで、真田とは部活が同じじゃ。この3人で話しとるうちに盛り上がってーってことにすれば、何も問題ないじゃろ」


 この3人で盛り上がる?
 架空の話でも、その話題がすごく気になって仕方ない。


「とにかく、下地を作りたいんじゃ。一緒にいるのが不自然じゃなくなるような」


 そうして仁王くんが主動となって、今後の作戦会議が決められていった。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



 教室に戻る途中、中庭の近くを通った。
 すると、そこに設置されているベンチには、無防備に座るの姿が。
 気ままに生きるあの子と、規律を重んじる真田くんは相反する存在だと思う。でも異なるからこそ、逆に惹かれてしまうのかな。

 オレンジジュースを飲みながら、ぼんやりと友人を見やる。
 何も知らないは、暖かな日差しの中で、呑気に昼寝していた。
 口を開けて、幸せそうに寝ている。そのうち、よだれを垂らすんじゃないだろうか。
 もしそんなところを見ちゃったら、百年の恋も覚めるだろうな……そう思って真田くんを見れば、なぜか頬を赤らめて、


「……可憐だ」


 ぶほっ!


 思わず、飲んでいたオレンジジュースを盛大に噴いた。
 そんなわたしを、誰が責められよう。


「はしたないぞ、。少しはを見習え」


 ――って、真田くんに責められた!

 ちょっと待って、いろいろおかしいぞ!
 無防備に馬鹿面見せてる、あの子のどこを見習うのよ!

 でも反論したくても、オレンジの酸味が気管にしみて、それどころじゃない。
 苦しさのあまりむせ続けていると、仁王くんが気の毒そうに、「正直、すまん」と言いながら、背中をさすってくれた。
 そして小声で、


を見るたびこの調子で、うっとおしくてかなわん。とにかくこの恋を、成就なり破滅なり、きっちり決着つけさせたいんじゃ。協力してくれ」


 破滅って、あなた……。

 でも、事情はわかった。身に染みてわかった。
 確かにこれは、早く決着つけさせなきゃ。

−NEXT−

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 最初は恋する真田を面白がって弄ってた仁王だけど、絶対に「失敗した!」と思ったろうな。

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2016.09.29

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