もともと仁王とは仲の良い方だったけど、あの時をきっかけに、会話の機会が増えてきた。
 でもそのせいで、さらに周囲が騒々しさを増すことに。
 単に仁王と接しなければ静かになるんだろうけど、そんなことのために、交友範囲が狭まるのはごめんだった。

 なので、日頃のストレスは相変わらず。
 いつしかわたしは、女子特有のあのわずらわしさを、仁王にぶちまけるようになった。


「ならいっそ、俺とつき合ってることにしてみるか? そうすりゃ、とりあえず収まるじゃろ」


 でも、むしろ好都合とばかりにそう言われると、ちょっと困ってしまいます。
 それにもう1つ、うんざりしたくなる事情もあったしね。


「あー、無理無理。今度は絶対、『仁王くんとはどうなの?』って、違う詮索が始まるから」
「俺は詮索されても、一向にかまわんが」
「わたしが嫌なの!」
「そこまで力いっぱい言わんでも……」
「あ、別に仁王が嫌とか、そういうわけじゃなくてね」


 仁王のことは好きだけど、「好き」の形がなんだか違う。
 彼がわたしに対して、なんていうか、その……わりと高めの好意を持ってくれてるのは嬉しいけど、自分の気持ちがはっきり確定しないままそうなるのには、さすがに抵抗があった。





 そんなことを繰り返すうち、いつしか季節は2月を迎える。
 それは、バレンタインという一大カーニバルを控えた、乙女たちの聖戦の時。
 学校中の女子が甘やかな空気を醸し出し、当然ながら、ほとんどの話題はそれで占められるようになる。
 そして同時に、バレンタイン特集と題した雑誌が友人間を駆け巡り、情報収集も行われ始めた。

 手作りがいいか、既製品がいいか。
 どんなラッピングをすれば、かわいく見えるのか。
 どこでどう渡せば、受け取ってもらえるのか。

 勝率を上げるべく奮闘する様は、まさに合戦さながら。
 ここまで大きな戦いになると、さすがにわたしも、火種を避けきることはできなかった。


ちゃんは、仁王くんにチョコあげるよね?」
「やっぱ手作り?」
「いや、は手作りってガラじゃないでしょ」


 相変わらず、好き勝手に言ってくれますな、皆さん。
 けど今回は、みんな自分のことで手一杯だからか、普段ほどこちらに干渉してこない。
 だからわたしは、いつもより冷静に、現状を考えることができた。

 仁王にチョコを贈る……か。
 うん、それくらいなら、別にいいかも。


「そうだね。せっかくだから、あげようかな」


 義理とか本命とかそういうのじゃなく、いわばお歳暮みたいな感じで。
 そう、お歳暮よ。あくまで、これはお歳暮なの。

 それで、みんなの貴重な情報源である雑誌も見せてもらったんだけど、


「……すごすぎる」


 適当に見ていたはずが、出てきたのは、感嘆の吐息だった。

 いろんなチョコがあることは知ってたけど、まさかここまでだったとは。
 それに、どれもすごくおいしそう。まあ、そのぶんお値段も張るのですがね。

 世間では不景気を反映して、義理チョコは少なく、その代わり本命には本格志向で臨むから、逆に高級なチョコが売れるんだって。
 だからって、凄腕パティシエが作った9240円のチョコって、一体どんなのよ!?
 そんなハイパーチョコ、わたしの方が欲しいっての!


 でも、こんなにいろいろあると、考えるのも面白い。

 仁王なら、どんなチョコがいいのか。
 どういうものなら、よりいっそう喜んでくれるのか。

 そんなことを考えてたら、バレンタインがちょっと楽しくなってきた。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



「仁王は甘いもの好き?」
「嫌いじゃないが、めったに食わん」
「じゃあ、ミルクよりビターが好みなのかな?」
「まあ、そうじゃのう」
「わたしはどっちも好きだなー」


 仁王とそんな会話をしたある日、リサーチのためにちょっとだけ――本当にちょっとだけ覗くつもりで、にぎわうチョコ売り場を訪れた。
 なのにわたしの手元には、きらびやかな包みがある。

 買っちゃったよ! 見るだけのつもりが、つい買っちゃったよ!



 自分用に。



 だってさー、どれもこれも、みんなおいしそうなんだもん。
 っていうか、実際、すごくおいしいと思う。
 だからそのおいしさを、心から堪能したくなったんだ。

 そして店を出るや否や、ウキウキしながら、包装を破る。
 行儀が悪いのはわかってるけど、少しでも早く食べたかったから。

 でもまさか、最初の1つを口に入れた瞬間、


「ありえん」


 苦い表情の仁王に遭遇するとは。


 す、すごいところを見られてしまった……。
 っていうか、なんでこんな時にバッタリ会うの!?


「なんで、買ったそばから食うんかの?」


 なんの落ち度もない仁王に、恨みがましいことを思ったってしょうがない――そう思ったけど、さん、ちょっとカチンときました。
 なんでそんなに、非難めいた言い方をするのかな?


「わたしが買ったチョコを、わたしが食べて何が悪いの?」


 とても理に適った言い分だと思う。
 でも、仁王は納得しなかったようで、


「でもそれ、バレンタインチョコじゃろ」
「うん。バレンタインになると、すごく店頭の種類が増えるよね。いつもこれくらい、チョコ売り場が充実してたらいいのになー」
「……がチョコの話ふったのって、まさか自分のためなのか?」
「いや、そうじゃないけど。……あれ? どうしたの、仁王?」


 不機嫌なまま、ため息をつく仁王。
 でもそれは、なんだか落ち込んでるようにも見えて。


「恥を忍んで言うがの、教室であんなに真剣にバレンタイン特集とやらを読んどるのは、自分にチョコをくれるためだと思っとった」
「はあ……」


 どこか神妙に話すから、わたしはおとなしく相槌をうつ。
 何より、その考察は間違ってない。


「だから今、店に行くのをたまたま見かけて、ドキドキもんで様子を窺ってたんじゃ。まさか外に出た途端、いきなり食うとは思わんかったからのう。ったく……予想外にも程がありすぎる」


 それは確かに予想外だ。
 でもそんなの、わたしだって同じだよ。

 そして仁王は、ふてくされたまま黙り込む。
 まさか、こんなに機嫌を損ねられるとは……しかも、間がもたなくて非常にツラい。


「えーと……食べる?」


 仕方なく差し出したのは、先程買ったばかりのチョコ。
 これはおやつとして買うには、なかなか厳しいチョコなんだ。
 本当に、大奮発して買ったのよ。

 そんな貴重なチョコを、断腸の思いで1個あげようとしたってのに、価値を知らない仁王は、あっさり「いらん」と一蹴してくれた。
 しょうがないから、また普通に食べ始めたけど、そうしたら今度は、「もっとこっちに気をつかえ」と、わけのわからない苛立ちをぶつける始末。


 ああもう、どうしたらいいんだろう?
 せっかくのチョコなのに、状況のせいで、さっぱり味がわからないよ。

 しかも、ぎこちなくもぐもぐしてる目の前で、仁王がふてくされたようにボヤくんだ。


「おまえさんの一言に、一喜一憂しとる自分がバカみたいじゃ」とか。

「どうせ、浅はかな想像をした俺が悪いんじゃ。ああ、そうじゃ」とか。

「まあ、それを期待して、の跡をつけてた自分も気持ち悪いがの」とか。

「でも、好きな子からチョコもらえるかもしれんと思った、俺のドキドキを返せ」とか。


 そんなことを並べ立てるけど、言いがかりにも程がある。

 わたしは口の中のチョコを飲み込むと、意を決して、カバンの中に手を入れた。


「ん」


 そして、そこに入ってたもう1つのチョコを、仁王に突き出す。
 それは、大きさもラッピングも、すべてわたし用のと同じもの。


 予定が狂ってしまったけど、こうなった以上、しょうがない。
 自分へのチョコもあると本気で思ってなかったらしい、目の前の早とちり野郎に、1つ1つ言って聞かせてやりたかったから。


「せっかくだから、ちゃんと当日に渡そうと思ってたのに」


 バレンタインは女の子が優位な日だから、普段なら無理なことでも、できると思った。


「仁王ならどんなのがいいかなとか、こんなのでも喜んでくれるのかなって、楽しみながらいろいろ考えてたのが水の泡だよ。わたしのときめきを返せ」


 そうだよ、楽しかったんだよ。
 仁王のこと考えてて、楽しかったんだよ。


「気長に待つって言ったじゃん。そもそも、こんなとこを目撃されるなんて、思ってもみなかったよ! なんで見てんのよ!」


 仁王への気持ちが、前と形を変えたことで、少しばかり不安もあった。
 でも、待ってくれてるなら、きっと大丈夫だって。

 ただ、どうしても不安が消えなかったから、自分チョコで、自らを奮い立たせようと思ったんだよ。
 おいしいものを食べたら、気分が高揚するから。
 そこまで考えてた、わたしのバレンタイン告白計画、一体どうしてくれるのよ!


 最後は逆ギレだったけど、頬を染めながら言ったって、怖さなんてカケラもない。


「ゴメンナサイ。ちゃんと責任とるので、俺とつき合ってください」


 その証拠に、チョコを受け取った仁王は、とても嬉しそうに笑ってた。



気になる人=好きな人


−END−

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  仁王は物事の変化を読み取るのがうまいと思うけど、好きな子の行動は、イマイチ読めなかったりするといいな。
  冷静なつもりでも、恋心がちょっとだけ、思考を妨害するのです。

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2009.02.14

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